潜んでいるのは仮面の変人

□監・査・変・人
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「了解した。君は引き続き、彼らと共に行動したまえ」
「……ああ。分ったよ、タチバナさん」
 物陰に隠れて、朔田(さくた) 流星(りゅうせい)は彼の背後で指示を出す存在、「反ゾディアーツ同盟」の「タチバナ」に連絡を取っていた。
 と言っても、それは通常の定時報告に過ぎない。これと言って大きな進展はなく、「牡羊座」……アリエスゾディアーツに進化する可能性のあるゾディアーツの存在もなかなか見当たらず苛立ちは募るが、それを表面に出す事は避けている。
 ……否、避けているつもりだった。
 それでも、語気に含まれる小さな棘と、本人も気付かぬ内に吐き出した嘆息に気付いたのだろう。「タチバナ」は冷たさを感じさせる声で、流星に向って声をかけた。
「随分と、焦っているようだね」
「……焦りもする。アリエスが見つからないどころか、当たりの連中も少ないんだ」
「だが、焦りすぎて君がメテオである事は知られないように」
「それも、分ってる」
「……では。期待しているよ」
 その言葉を最後に、「タチバナ」からの通信は途絶えた。
 それを確認するや、流星は苛立たしげに近くの柱を殴りつけ……しかし直後、大きく一つ深呼吸をするや、その顔に人の良さそうな笑みを作って、その場を立ち去っていった。
 そして彼が立ち去ったその後に。どこに隠れていたのか、この学園の制服に身を包んだ生徒らしき人物が一人、興味深そうに自身の唇を撫でつつ、小さく呟きを落とす。
「うーん、流石にこれは財団に報告すべきかねぇ……?」
 トントンとその場でタップを踏むその存在。手の中には、「M」と描かれた大きめのUSBメモリに似た物体……ガイアメモリ。その中でも汎用性のある「マスカレイドメモリ」と呼ばれる物だ。
 彼の存在、マスカレイドドーパントとしての通り名は「クーク」と言う。
 肩書きは「財団Xの構成員」。末端の者が扱うのと同じ「マスカレイドメモリ」を使ってはいるが、実際はかなり高い地位にいるエージェントである。
 とは言え、「己の享楽の為に動く」をモットーにしているせいか、上からのウケはすこぶる悪い。
 綿密な計画を立てるくせに、「面白くない」と言う一言の下で、己が立てた計画を全て台無しにする……そんな存在であった。
 クークの現在の仕事は、財団がこの学園の理事長である我望光明へ資金提供を行なっている「アストロスイッチ」に関するデータ収集、並びに利用価値があるかに関する監査。
 その仕事の最中、偶然にも先程の流星とタチバナの会話を立ち聞いてしまったのである。
 反ゾディアーツ同盟。恐らくその名の通り、この学園の理事長である我望(がもう) 光明(みつあき)率いる「ゾディアーツ」に反抗する組織なのだろう。
「朔田流星。仮面ライダーメテオ。そしてその後ろにいる『タチバナ』って人かぁ……」
 タチバナ。漢字に変換するなら、「立花」か「橘」だろうか。あまりにも情報が足りなさ過ぎる為に、敵とも味方とも言い難い。
 いや……敵であれ味方であれ、自身の享楽に繋がるのであれば何者でも構わない。
 財団自体はそうは思わないだろうが、彼らが動くか否かはクークの報告如何による。
「……ま、いっか。ここへの出資が無駄になろうと、財団にとっては然程大きなダメージにはならないでしょう」
――と言うか、もしかするとそっちにも出資してるかも知れないし?――
 口の端に笑みを浮かべ、クークは心の中でのみそう呟くと、手元のマスカレイドメモリをポケットにしまい、何事も無かったかのようにその場を立ち去ったのであった。


 ゾクゾクと身を震わせる寒さの中。ここ数日、然程大きな事件も無いのを良い事に、如月(きさらぎ) 弦太朗(げんたろう)はまだ友達になっていない生徒と友達になる為に、校内をうろうろと彷徨っていた。
 担任だった園田(そのだ) 紗里奈(さりな)の病は、彼が思うよりも重い物らしく、彼女は退職したのだと、校長が言ったのはつい最近の事だ。
「園ちゃん、命に関わる病気じゃなきゃ良いけどなぁ……」
 はあ、と溜息を一つ吐き出しながらも、彼はとぼとぼと歩く。
 「友情は病気の特効薬」だとは言え、相手は友人ではなく教師。否、相手が教師あっても恐らく彼ならば友人として接するであろうが、何分にも、やめたとは言え教員の住所。「個人情報だから」と言う理由で一切公開されていない。
 見舞いに行きたくても家が分らないのであれば行きようが無いではないか。
 もう一度溜息を吐き出しつつ歩いていると、ふとどこからか軽快な音楽が流れてきた。
「……何だ?」
 耳をそばだてて音源を捜せば、近くの校舎裏かららしい。まるで何者かに誘われるように、弦太朗は不思議そうにその音の出所へ歩みを進め、音源を見つけた。
 どうやら、淡い桃色のプレーヤーから流れている音楽らしく、その前では一人の女子生徒の姿がある。
 彼女はチア部に属しているらしく、この寒い中、ユニフォームである赤いノースリーブを纏い、金色のポンポンを持って、音楽に合わせて踊っている。
 顔に笑みが浮いているのは、「踊る者」の反射なのか、心底から踊る事を楽しんでいるのか、あるいはその両方なのか。軽快な音楽に乗せて、誰に見せる訳でもなく踊る彼女の動きに、思わず弦太朗はじっと見入ってしまっていた。
 仮面ライダー部の部長にしてこの学園のクイーンである風城(かざしろ) 美羽(みう)。彼女のダンスも魅力的だったが、目の前で踊る彼女の動きもキレがあり、躍動感に満ちている。
 やがて音楽が終わり、踊っていた彼女の動きもぴたりと止まる。その瞬間、思わず弦太朗は手を打ち鳴らし、彼女に近寄っていった。
「すげえな! お前、美羽に負けず劣らず、ダンスが上手じゃねえか」
「へ?」
 ぐい、と己の腕で額から滴る汗を拭った彼女は、まさか人がいるとは思っていなかったらしい。きょとんとした顔で弦太朗を見つめると、その一瞬後には持っていたポンポンで大袈裟なまでに顔を隠し……
「ひきやあぁぁぁぁっ!?」
「って、そんな驚く事ねぇだろ!?」
「だだ誰もいないと思ってたんだから、驚きますよ! ど、どどどどどっどちら様、ですか!?」
「俺は如月弦太朗。この学校の全員と友達になる男だ!」
 悲鳴をあげ、そして出来る限り弦太朗から離れるようにして逃げた彼女に、弦太朗はにかっと笑うと真っ直ぐに拳を突き出した。
 一方で彼女の方は、今にも泣き出しそうに顔を歪め、ポンポン越しにチラチラと弦太朗の顔を伺い見ている。プルプルと震えているように見えるのは、弦太朗の「スカジャンの下に短ランにボンタン、おまけにリーゼント」と言う、所謂「バッドボーイ」と呼ばれる外観のせいだろうか。
 弦太朗本人は、外観からは見合わない人懐っこさと熱さを備えた「良い奴」なのだが。
「学校の全員と……友達……?」
「おう。だから、お前とも友達(ダチ)になる。なあ、名前は?」
孤桜(こおう)……(けい)、です」
「へえ、京か。俺の事は弦太朗で良い。よろしくなっ」
 今にも泣き出しそうな声で答えを返す彼女に、弦太朗はうんうんと頷くと、そのまま敵意などないと言いたげに手を差し出す。
 友達になるにはまず握手……触れ合う事から始めるべきだと言う信念からの行動なのだろう。
 しかし京の方は、差し出された手をポンポン越しに見るだけで、取ろうとはしない。むしろ、余計に体を縮めてビクビク、ぶるぶると震えるだけ。
 それを訝しく思ったのだろう。弦太朗は不思議そうな表情を浮かべると、もう一歩分、彼女との距離を縮め……しかし次の瞬間、彼女はブンブンと首を横に振りながら弦太朗の脇をすり抜けた。
「友達、なんて……無理です、無理っ! 絶対に無理ですぅぅぅっ!」
「お、おい!?」
 引きとめようと手を伸ばしたものの、脱兎の如く駆け出した彼女に触れる事は叶わず、その手は虚しく空を掻くだけで終わる。
 残されたのは彼女が踊るのに使用していたプレーヤーと、困惑顔の弦太朗、そして偶々通りがかったらしい、白衣を着た教師だけ。
 教師の方は、口にシガレットチョコを咥え、きょとんとした表情で逃げていく京の後姿を見つめていたのだが、すぐに何が起こったのかを把握したらしく、カリカリと自身の後ろ頭を掻きながら弦太朗の側に歩み寄った。
「なあ如月。さっきの、三年の孤桜さんだよな」
「ああ、灰猫(はいねこ)センセ。いや、ダチになろうと思って声をかけたら、今の勢いで逃げられちまって……」
 咥えていたシガレットチョコを口から離し、教師……数ヶ月前からこの学園で化学の臨時講師をしている灰猫 (きゅう)に問われ、弦太朗は困惑その物の表情で彼の顔を見やる。
 顔の造形が良い為なのか、弓は女子生徒からの人気が高い。男子からも頼れるお兄さんのように扱われている事が多い。
 現に、弦太朗も彼を「教師」と言う目では見ていない。それは弓が……否、「彼ら」が持っている秘密を知っているからと言うのもあるが……それ以前に、彼があまり教師扱いされたがっていない事を見抜いていたからかもしれない。
 形式上は「先生」と呼びはしているものの、友達の延長のような存在に思っている。
 弓もそれで構わないのか、然程気にした様子も見せず、やれやれと言いたげに溜息を一つ吐き出した。
「……如月、お前もう少し自分の格好が一般的に怖い印象を抱かせるって事を自覚した方が良いぞ」
「えぇっ!? 俺のどこが!?」
「全部だ、全部。俺も他人の事を言えた義理じゃあないけどさ、もう少し見た目整えれば、充分モテるだろうに。勿体無い」
 僅かに苦笑を浮かべ、まるで煙草の煙を吐き出すかのような仕草を取った。繰り返すが、咥えているのはシガレットチョコであるにも関わらず、だ。
 それなのに、本当に煙を吐かれた様な気がして、弦太朗はちらりと迷惑そうに弓の顔を見やり、一方で弓の方はニヤリと悪人のような笑みを浮かべた。
 「教師」としての仕事をしている彼は、決してそう言った笑みを浮かべない。弓と派閥を二分する臨時講師の彩塔(さいとう) 硝子(しょうこ)が「エセホスト」と評す程、嘘くさいまでに爽やかで人当たりが良いのが彼の特徴だ。
 弦太朗に対してそう接して来ないのは、恐らく「演じる必要がない」と判断してもらっているからなのだろう。それは嬉しいようなくすぐったいような、何とも言えない感覚ではある。
「……とは言え、孤桜さんのアレはお前に限った事じゃないからなぁ……」
「そうなのか?」
「ああ。俺も担当していないから、詳しい事は良く分らないんだが、極度の人見知りらしくてな。詳しく知りたければ風城さんに聞くと良い。彼女はチア部だし、それにクラスも一緒のはずだ」
「そっか。サンキュ」
 全ての生徒と友達になる。その為にはまず相手の事を知らなければ始まらない。人見知りだと言うのならなおの事、友達になって話をたくさんしてみたい。
 それに……これはちょっとした野望ではあるのだが……彼女と美羽が一緒に踊っている所も見てみたいと思うのだ。咄嗟にポンポンで隠してはいたが、存外に可愛らしい顔立ちでもあったし。
 美羽が「女王」なら、京は「王女」といった雰囲気だろうか。踊っている時の彼女は、心底楽しそうだった。
 そんな風に思いを馳せていると、校舎の角からひょっこりと一人の青年が顔を出した。
 雰囲気はライダー部の一年生部員、JK(ジェイク)に似ているだろうか。カラフルなシャツに、長めの髪は金に近い茶に染められており、背は弦太朗よりも少しだけ高い。ヘッドフォンを首から提げ、左手には黒いプレーヤーを持っている。
「あれ? やっほーゲンタロ。おっと、灰猫っちも一緒にゃ?」
「こんにちは、古道(こどう)君」
「よお、伴都(はんと)じゃねえか。お前もここでダンスの練習か?」
「イエス! ブレイクダンスは練習しておくに限るからね! それにここ、結構練習には良い場所なのだ。窓ガラス鏡代わりになるし、場所広いし、何より人目につかないにゃ」
 古道伴都と言うらしいその生徒は、右手を招き猫のように己の顔の横に上げながら、彼らに説明をする。
 伴都やJKは、学園内では「遊び人」と言うカテゴリーに分類される。一見すると軽薄で、顔が広く、そして誰に対しても然程物怖じしない。世間一般で言う「がり勉」……あるいは学園内で「ブレイン」等と呼ばれる存在からは嫌悪の眼差しで見られる事が多いが、話してみると気の良い連中が多い。
 伴都もまた、弦太朗の「友達」の一人だ。「遊び人」のグループの中でも、取り分け「ブレイクダンス」を好む一派のリーダー格で、夢は一流のダンサーになる事だと聞いている。
「んー、それにしても、灰猫っちは相変わらず堅いにゃぁ。もっと人生楽しく生きなきゃ」
「堅いかな? どこかの誰かからは、『エセホスト』のみならず、最近では『結婚詐欺師』とまで呼ばれているんだけど」
「え、灰猫っちと彩塔チャン、まーだ仲悪いの?」
「あちらが突っかかって来るんだよ。俺としては、仲良くして欲しいと思っているんだけどなぁ」
 伴都の言葉に、弓がアハハと乾いた笑いと共に言葉を返す。
 灰猫弓と彩塔硝子。彼らは赴任してからずっと仲が壮絶に悪い間柄として生徒の間では知られている。そのきっかけは、弓がデートに誘ったのを硝子が無下に断ったからだとも、硝子が淹れた茶を弓が散々コケにしたからだとも、あるいは双方共に「相手の事を受け付けない」からだとも言われている。
 とは言え、今や何がきっかけなのかは問題ではない。実際顔を付き合わせれば互いに厭味の応酬を繰り返し、いまや「エセホスト」と「猫かぶり」は彼らの代名詞として定着してしまっている。
 ……だが、実際の二人の関係が、そんな険悪な物ではなく、むしろベッタベタに甘い関係……恋人であると言う事を、弦太朗は知っている。そして、彼らが「表向きの敵対」を演じている事に、何かしらの理由があるらしい事も。
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