潜んでいるのは仮面の変人

□異・形・交・錯
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監・査・変・人


 天ノ川学園高校の校長室。そこではこの部屋の主である校長の速水(はやみ) 公平(こうへい)と、マントをつけた赤髪の女に見える異形……バルゴゾディアーツが佇んでいた。
 下ろされたブラインド越しに外を見る速水の顔には、奇妙な笑みが浮かんでいる。
『楽しそうだな』
「ええ。面白い人材を見つけたものですから」
『面白い人材?』
 人材、と言う言い方をしたと言う事は、まだスイッチを渡してはいないのだろう。思いながらも、バルゴは無感情な声で問いを返す。
 ……何となく、速水がその人物に関して語りたがっているように聞こえたからだ。
「ええ。己を捨てたいという願望を強く持っている生徒がいます。その生徒なら、あるいは……」
『ラストワンを越えた、新たなる同志となり得る……と言う訳か』
「ですが……その前に、フォーゼとメテオは始末しておかないといけませんね」
 校長室の扉の前に佇んだままに声を紡ぐバルゴに、速水は首を縦に振りつつ言葉を返す。
 これまでに、彼も様々な失態を犯している。だがその原因の殆どが、自分達の物と異なる「アストロスイッチ」を使う戦士……仮面ライダーフォーゼと、仮面ライダーメテオなる存在のせいだ。彼らさえいなければ、もう少し事は上手く運んでいた。
 とは言え、終わってしまった事をグダグダと言い募っても仕方がない。苛立ちはあるし、焦りも少なからずあるが……それでも、速水は余裕の表情を崩すような真似はしない。
「一人、色々な意味で有能な生徒がいます。その生徒の力の源は『認められたい』と言う意思です」
『それが、フォーゼ達を倒すと?』
「ええ。『倒せば認められる』と、そのように言い聞かせましたから」
 くすり、と速水の口の端に浮いた笑みは、酷薄な物。そしてそれはつまり、言った言葉の中に多少なりとも偽りが存在している事を示している。
 だが……バルゴはそれを「悪い事」だとは思っていないらしい。ふ、と軽く笑うと、持っていた扇と斧を足し合わせたような杖で床を軽く叩き……
『上手く行くと良いが』
「ええ、上手く行きますよ。……今度こそ」
 低く呟かれた速水の声は、外に漏れる事なく部屋の壁に吸われて消えていくのであった。


 サジッタとフォーゼの戦いが終わった直後のその場で。
 クークの依頼によってこの学園に「潜入」している存在の一人、彩塔硝子は、壁に突き立った矢を引き抜いてまじまじとそれを見つめた。
 実は彼女、この場で恋人である灰猫弓と待ち合わせをしていたのだが、出て行く前にサジッタとフォーゼの戦いが始まってしまい、出るに出られなくなってしまったと言う経緯がある。
 だが、出て行かなかった事はある意味正解なのかもしれない。少なくとも、あのサジッタの攻撃が厄介なものである事は理解できた。
「如月君の使ったシールドを粉砕、足のペンで実体化させたガードも粉砕ですか」
 見ていた限り、サジッタの矢は然程強力とは言えない。だが、狙いを一点に集中する事で威力の弱さをカバーしていた点は評価できる。矢の装填時間も短い為、反撃の暇は殆どなかった。
 ただ、サジッタの攻撃に時折「迷い」が見て取れたのも事実として存在する。そしてその「迷い」故に、弦太朗に反撃の機会を与え、撤退を余儀なくされた様子ではあったが……
「もしもサジッタから迷いが消えれば……フォーゼの勝機は限りなく低くなりますね」
『多分ね。でも、どうかにゃ〜、迷いが消える事は、まあまずないと思うけど』
 唐突に横から響いた機械加工された様な声に、硝子の頬がひくりと引き攣る。まるで、「聞きたくなかった」と言いたげに。
 しかし無視する訳にもいかないと思ったのか、彼女は心底嫌そうな表情のまま、その声の主へと顔を向ける。その視線の先にいたのは、彼女の予想通りの顔。
 天高の女子制服に身を包んだクークが、軽く右手を上げてこちらを見ていた。
『や』
「……『や』ではないでしょうクーク。そのスカート丈で回転しないで下さい。ハーフパンツを穿いているようですが、中が見えます」
『いやん、エッチ』
「見たくもない物を見せる方が卑猥です」
 きゃ、とふざけた調子で言ったクークに、硝子はこめかみを押さえて呻くような声で言葉を返す。
 普段のクークは一般的なマスカレイド同様、タキシードに身を包んでいるが、今日はスカートを穿いているせいで本当に際どい。
 それでも弓のように「似合わない」と言わない辺りは、彼女の優しさか、それとも単純に諦めただけか。どちらにしろ、それ以上クークの服装にツッコミを入れる事はせず、彼女は疲れきった様に何の用かと問う様に首を傾げた。
『ねえねえ、サソリちゃんがどこ行ったか、興味ない?』
 楽しげなクークの声に、硝子はピクリと肩を震わせて反応する。
 彼女は知っている。クークの言った「サソリちゃん」と言うのが、この学園で暗躍するスコーピオンゾディアーツであり、そしてその正体が「長期病欠」として扱われている教員、園田紗里奈である事を。
 ある意味この学園にいる間に何とかしたいと思っていた相手なだけに、それが消えた事を訝しく思ってはいたが……
「また唐突ですね。……ですが、興味がないと言ったら嘘になります」
 硝子の正直な答えに、クークの素顔はニマリと笑う。とは言え、今はドーパントとしての顔を見せているので、硝子には自身の表情の変化など気付けるはずも無いのだろうが。
『彼女はね、『ダークネビュラ』って言う摩訶不思議空間に飛ばされちゃったんだ。色々失敗続きだったからねー、あっちのボスも呆れちゃったみたい』
「それは、二度と戻っては来られない……と言う意味でしょうか?」
『多分ね。何しろ、直訳すると『暗黒星雲』だし』
「……そうですか」
 二度と戻れない場所に飛ばされたと言う事実を、どう受け止めたのか。
 硝子は一瞬だけ残念そうな表情を浮かべたが、すぐに考えを改めたのかふるふると首を軽く横に振った。
 生徒を巻き込み、何かを企んでいる不埒者が一人減った。それは、喜ぶべき事であって、残念に思う事ではない。それにまだ、スイッチをばら撒いている一味は存在しているのだから。
「と、なると……当面は先日お会いした、あのド変態だけに留意すれば良いんですね」
『あっはっは、そうなる……うぇっゲホゲホっ!』
 そうなるね、と返そうとしたのだろうか。しかしクークはそれを全て言い終わるより前に、苦しげに体を折り曲げて口元に手を当て、激しく咳き込み始めた。
 しつこいようだが、マスカレイドの姿なので、口など見当たらないのだが、そこは癖なのだろう。
「……風邪ですか? それとも単純にむせただけですか? 前者なら、しばらくの間霧雨さんには近寄らないで下さい。伝染されては困りますから」
『ゲホゲホゲェッホ……もー、病人に冷たいなぁ。そりゃあ確かにボクは風邪気味だけどさぁ……ゲェッホゲホゲホっ』
「え、本当にあなた大丈夫ですか? 何と言うか、今にも色々と吐き出しそうな声に聞こえるんですが」
 なおも咳き込むクークの声に、何やら危ないものでも感じたのか、硝子は心配そうに眉を顰めると、そのままクークの背に手を当ててさすってやる。
 それでもしばらくの間、クークの咳は止まず……ようやく止まった頃には、クークも咳き込みすぎて疲労困憊と言わんばかりにぜぇぜぇと肩で息をする程であった。恐らく素顔は酸欠によって上がった血流の影響で、真っ赤に染まっている事だろう。
『あーもー、ホント死ぬかと思ったよ。主に咳による呼吸困難で』
「と言うか、その顔でよく呼吸が出来ますね」
『この状態での飲食も可っ!』
「……本当にどこが口なんですか、その顔」
 ビッシと無意味にサムズアップを見せていつもの調子に戻ったクークを、まだ少し心配そうな表情で見やりつつ、硝子は一応軽口を返す。呼吸困難に陥る程の咳をした後なのだ、楽観は出来ない。
 だが、咳き込んだ当人はすぐに呼吸を整えると、いつも通り不可思議なリズムのステップを踏んでその場でくるりと回転した。
『まあとにかく。さっき弓君にも言ったけど、この状況、更にぐっちゃぐちゃに引っ掻き回せば良いと思うよ』
「……そうしたいのはあなたでしょうに」
『まあそれでも良いんだけど、ホラ、ボクってばシャイだから。あんまり人前に出たくないんだよねー』
 スカートの裾を摘み、ひらひらとはためかせながらもそう言うと、クークはトトンとステップを踏んで硝子との距離を開けた。
 それが、別れの合図であると気付いたのだろう。硝子はその顔に苦笑めいた表情を浮かべ、夕日に溶ける様にして消えていく相手を見送った。
 ただ、夕日の赤に染まっているその姿が何故か……血に塗れたように見えたのは幻覚だったのだろうか……


 サジッタの攻撃があった翌日。弦太朗は仮面ライダー部の皆と手分けしつつ、サジッタの手がかりを得ようと校内を歩き回っていた。
 とは言え、めぼしい情報は特にはない。サジッタに襲われたらしい生徒の情報も無ければ、サジッタの目撃情報すらも今のところは存在しない。
 使っていた武器が矢だった事を考えると、弓道部の人間と言うのも考えられなくは無いのだが、相対した際に感じた印象では「弓道」を嗜む人間では無いような気がする。矢の長さから鑑みるに、一般的な弓やアーチェリーではなく、ボウガンのような物だ。
「うーん……やっぱわからねぇなぁ……」
 共に襲われた灰猫弓ならば何か分るのかも知れないが、出来る限り無関係の人間を巻き込みたくは無い。彼はとばっちりを受けただけだし、そもそもサジッタと相対した時間も短い。
 サジッタの当面の狙いは自分と、正体不明のメテオ。となれば、やはり自分が囮になっておびき出すしかないのだろうか。しかしそれでは相手にスイッチを使わせる事になってしまう。
 スイッチを使わせない為に探しているのに、スイッチを使うように仕向けるのは本末転倒も良いところだ。
 どうするかと爆発しそうなまでに悩みつつも、校内を見回っている最中。弦太朗の視界の端に、妙に落ち込んでいるように見える女子生徒……孤桜京の姿が入った。
 手には昨日忘れて行ったはずのピンク色のプレーヤーを提げている事から、これから昨日の場所で練習でもする気なのだろう。
 弓の言葉に従って、チア部に属していた美羽に聞いた話では、誰が相手であっても顔を隠し、距離をとってしまうらしい。ダンスの腕は美羽曰く「上の上の上」との事らしいのだが、人前に出る事を拒む為、公式には一切出てきていないらしい。
 専らダンスを作り、そして小道具などの裏方に徹するのだと言う。
――あんなに上手なのに、勿体無いのよね、あの子――
 溜息混じりにそう言った美羽の言葉は、恐らく彼女の本音だろう。
 そしてその言葉に、弦太朗も同意する。あれだけ綺麗に踊るくせに、人前で披露しないと言うのはひどく勿体無いように思う。
 だからだろうか。瞬時にサジッタの事を頭の片隅に追いやると、弦太朗は満面の笑みを浮かべて、前を歩く京の肩をぽん、と叩いた。
「よ、京!」
「へ? ひ、ひぃぃぃっ!!」
 突然現れた弦太朗の存在に驚きを隠せなかったらしい。引き攣れた様な声を上げると、京は大袈裟なまでに弦太朗との距離を取ろうと大きく一歩後ろへと下がる。
 だが、ここで逃げられては友達にはなれないと思ったのか、弦太朗はそれ以上距離が開かないよう、しっかりと彼女の腕を捕えた。捕らえられた方は逃げられないと悟ったらしく、これと言った「無駄な抵抗」はせず、ただただ自分の両手で顔を隠すだけに留めている。
 その事に少しだけ安堵しつつ、弦太朗は人懐っこい笑みを浮かべたまま、言葉を紡いだ。
「お前の事、美羽から聞いた。極度の恥ずかしがりやだって? 勿体無いじゃねえか、あんなにダンスが上手いのに」
「は、ははは、恥ずかしがりやと言うか……顔を見られるのが、怖いんです」
 泣きそうな顔で、必死に顔を背けて言う京の言葉に、昨日弓に言われた言葉を思い出す。
――お前、もう少し自分の格好が一般的に怖い印象を抱かせるって事を自覚した方が良いぞ――
 自分の格好は、泣きそうになるほど怖いのだろうか。自分ではそうは思わないが、人の感じ方は十人十色だし、ひょっとすると京には物凄まじく怖い男に見えているのだろうか。
 そんな風に思い、弦太朗は空いている方の手で自身の頬を掻くと、困惑しきりと言った表情で彼女に向って問いを投げた。
「……なあ、それってやっぱり、俺の外見が怖いって事なのか?」
「ち、違います。そうじゃありません。あ、あなたの事が怖いとか、そう言う訳じゃないんです。ただ、単純に……私、誰が相手でも、自分の顔を見せたくな……」
 「見せたくない」と言おうとしたのだろう。しかしその言葉は、咳き込んでしまったが為に最後まで放たれる事はなかった。
 俯いてケヒケヒと数回咳き込む彼女に、弦太朗は心配そうに彼女の顔を覗き込み……そして、絶句した。
 無理矢理覗き込んだ顔、その口の端から、うっすらと赤い筋が流れていたのだから。
「京、お前、血ぃ吐いてるじゃねぇか! 病院……」
「だ、大丈夫です。……ただの血痰(けったん)ですから」
「けったん?」
「喉が切れて痰に血が混じったものが、血痰。肺や気管支からの出血で呼吸困難を伴うのが、喀血(かっけつ)。胃などの消化器系の損傷で血を吐くのが吐血(とけつ)
 首からかけていたタオルで口元を拭いながらも、京は頭にクエスチョンマークを浮かべた弦太朗に、微かな笑みを向けながら簡単に説明をする。
 口から血を吐く事全てを「吐血」と言うのだと思っていた弦太朗にとって呼び名の違いと言うのは新鮮な驚きではあるが……
――いや、血痰でも充分問題なんじゃねえか?――
 そう思う弦太朗に気付いたらしい。京はぐい、と彼を押しやるようにして距離を開けると、俯いてから思い切り早口に言の葉を紡いだ。
「最近、風邪気味みたいで。咳き込みすぎたのか、喉が切れてて。それで、時々こうやって血を吐いちゃうんですけど……重篤な病気とかじゃないですから」
「でも……」
「と……とにかく、私には関わらないで下さい。本当にっ! 私は……誰とも関わりたくないんですっ!」
 半ば涙目になってそう言うと、彼女は力の限り弦太朗を突き放し、自身の自由を得る。それと同時にくるりと踵を返すと、器用に生徒の間を縫うように走って、弦太朗の視界から消えてしまった。
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