潜んでいるのは仮面の変人

□仮・装・行・列
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異・形・交・錯


 妙に広い家の中。だが、その家の中でも最大の広さを誇る個室は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように……あるいはその部屋その物がおもちゃ箱であるかのように、おもちゃが床一面に散乱している。
 だが、この部屋の主はそれを気に止めている様子はなく、部屋の中央にあるベッドの上でごろりと寝そべり、傍らには一人の青年が呆れたようにその人物を見下ろして持っている書類をめくっていた。
「……現時点での天ノ川学園高校に関する報告は以上です、クーク様。なお、財団には『概ね問題なし』と報告しておきました」
「ああ、うん。それで良いよー」
「星雲女子学園高等学校、並びに昴星高校の方からも、異常は無いとの報告がありました。なお、夕飯当番の九龍(くりゅう)と洗濯当番のエンドを除き、今日は部活や合コンで遅くなるそうです」
「我が部下ながら、皆リア充だねぇ。結構結構。あ、帰ってきた時の為に、お風呂沸かしといてあげてって、義人(よしひと)かアンディに伝えておいて」
 言われた方……素顔の左半分を隠すような白い仮面をつけたクークが、自身の部下である青年に対してにこやかに言葉を返す。着ている服は財団から支給されている白い服なのだが、着崩しているせいで特有のかっちりとした印象は受けない。
 とても報告を受けるような態度には見えないが、クークのそれはいつもの事である為か、青年は呆れた表情を浮かべてはいるものの、諌めるような事はしなかった。
 面白い事しかしたくない、面白くない事には動きを見せない。それがクークと言う存在だと、十年以上付き合っていれば、嫌でもわかる。結果、財団への報告や家の事などは、部下である「彼ら」が行なう事になってしまうのだが……それを苦だとは、自身を含め誰も思っていないらしい。結局の所、何だかんだ言いながらも尊敬している。
 ダメな上司の(もと)に就くと、下がしっかりすると言うが、まさにその典型だろう。クークは自分達を働かせる事に関しては天才的な才能を持っている。
 しかし怠惰なように見せかけていても、財団の中でも有数の幹部だと言うのだから侮れない。クークの実力は、直属の部下である彼らが誰よりもよく知っている。
「……ところでクーク様。今回はサジッタゾディアーツと交戦なさったと聞きましたが」
「うん、したよ。副作用の確認を兼ねてね」
 クークの言葉に、青年が訝しげに顔を歪める。ゾディアーツスイッチに何らかの副作用があると言うのは初耳だ。勿論、強力な依存性や精神への負担と言う面は聞き及んでいるが……それはどのようなツールであれ同じ事が言える。クークが扱うガイアメモリも同じ事が言える。
 ならば、クークの言う副作用とは一体何なのか。
(あい)がスイッチの『試用』をしている時に確認したんだけどね。あの時は『記憶の部分欠如』……何の為にスイッチに手を出したのかと、自分がボクの部下であると言う事実を忘れて、スイッチに飲まれていた」
 その言葉に、青年はぎょっと目を見開く。「愛」とは自身の同僚、すなわち十一人いるクークの部下の内の一人である繰糸(くりいと) 愛の事だ。
 クークの部下は、皆十年以上クークに仕えている。それなのに、その事実を忘れてしまっていたと言う事は……即ちそれまでの人生を侵食されていたと言う事に他ならない。
「……どうやら、スイッチと別の力を併用した場合、何らかの副作用が生じるらしい。おまけに、力の種類によって症状はまちまち。今回の場合は二つの力が反発しあって、体調不良と言う形で現れている。その上、あの子が持っている『迷い』もあって動きが鈍い。本気のあの子なら、もっとボクを追いつめられたはずだ」
 「ちょっと期待してたんだけどなー」と呟きを落とすクークに、青年は軽く眉を顰めた。
 それが上司に怪我を負わされた際の責任を考えなのか、それとももっと別の理由があるからなのかは定かでは無いが。
「奴がクーク様を傷つけるような事になれば、色々と問題が生じます。それに、あなたが死ぬ様な事になれば、僕達は路頭に迷う事になりかねません」
「いつも言ってるけど、下剋上ならばバッチ来いカモン! それならば路頭に迷う事もナシ!」
「いつも申し上げておりますが、お断りします。僕達も面倒事は嫌いですので」
「えー? 酷いなあ。そうやってボクに、『上からの圧力』と言う一番の面倒事を押し付けるんだから」
 拗ねたように自身の部下を見上げながら、クークはベッドの上に乗っていたクッションの一つをぎゅうと抱きかかえる。
 が、次の瞬間。クークは一瞬だけうっと呻くと、体を折ってゴホゴホと苦しげに咳き込んだ。勢い良く前傾姿勢をとったせいか、顔にかけていた仮面は外れ、カタンと床に転がり落ち、その素顔が曝け出される。
 一方で側に立っていた部下は心配そうに顔を歪めると、反射的にクークの背に手を伸ばして撫ですさった。
 どれだけの時間そうしていたのか。ようやく咳が治まったクークは呼吸を整えると、ゆっくりと紅潮した顔をあげて……
「うう、老い先は短そうぢゃ」
「…………すっとぼけた事を言っていないで、薬を飲んで下さい。あなたはあまり体が丈夫では無いんですから」
「へーい。ああ、後でキミも薬を飲むよーに。風邪引いてるでしょ? ちょっと声擦れてるよ?」
「……何でご自身の事よりも、部下である僕達の体調の方にお詳しいんですか……」
 ふざけた口調で言ったクークに、青年は呆れた表情を返すと、枕元においてあった、緑色の薬液が入った小瓶を渡す。
 とは言え、彼はこの薬液に見覚えがない。いや、そもそもそれを薬液と呼んで良いのかどうか。何しろ見た目には薄いメロンソーダにしか見えない。クークの性格から言って、渡した液体が「実はメロンソーダでした」と言う話である可能性は高い。
「ところでそれ、本当に薬なんですか?」
「まさか。細胞維持酵素だよ」
 心配になって問うた青年に、クークは小瓶の蓋を開けつつさらりと言葉を返す。
 その言葉に、青年は一瞬だけぎょっとしたような顔になる。
 細胞維持酵素と言えば、かつて財団が資金提供していた研究の一つである「死亡確定固体復環術」……俗に「ネクロオーバー」、あるいはもっと簡略化して「NEVER」と呼ばれる者達に使われる酵素だ。
 だが、これは研究の名が示す通り「蘇生された死体」に用いられるものであり、クークが使用するメモリは「マスカレイド」。マスカレイドが倒された場合、他のドーパントと異なりその亡骸は塵となって消滅する。つまり「死体」になりようがない。
 そうだと気付くや、青年はすぐに表情を冷静な物に戻し……
「……いつ、あなたがNEVERになったと言うんです。ふざけてないで飲み干して下さい。そもそも、NEVERの細胞維持酵素は経口摂取ではなく注射です」
「あ、その顔は信じてないな。これ、甘そうな色してるくせに、口の中が痺れるくらい苦いんだぞ」
 呆れ顔で言った部下に文句を言いながらも、クークは大人しく小瓶の中の液体を煽る。
 口に含んだ瞬間に物凄い勢いで顔を歪めた事から察するに、言っていた通り相当に苦い薬なのだろう。それでも吐き出さずに嚥下している所を見ると、効果があると言う事は分っているらしい。
 「楽しい事しかしたくない」といつも言っているが、「楽しい事をする為の努力」は楽しくなくてもするらしい。薬を大人しく服用しているのも、そう言った努力の一環なのだろう。そうでなければ即座に今の薬をも吐き捨てる輩だ、クークと言う存在は。
 だからだろうか。己の主が完全に薬液を飲み干したのを見届けるや、青年は深々と一礼をしてその部屋を後にした。報告する事はもうないし、食事が出来上がるまではまだ時間がある。当番の「九龍 義人」と言うらしい人物を手伝うつもりなのだろう。
 そんな彼の背を見送ると、クークは真顔になって部屋の片隅に追いやられている鏡に視線をめぐらせた。
 鏡に映る、自身の素顔。それを見て、薬を飲んだ時とは比にならない程忌々しげに顔を歪ませる。
 普段から仮面を被るのは、常日頃言っているように「シャイだから」……と言う訳では勿論ない。いや、実際に「シャイ」な側面も持っているが、それが一番の理由ではない。
 最大の理由。それは……自身の顔が、何よりも嫌いだからだった。
 クークの素顔は、世間的に見て美形の部類に入る。それでもこの造形が気に入らないのは……ひとえに、クークの生い立ちのせいであろう。
「……フン。この顔がいくつもあると思うとぞっとする。ボクは、クークだ。……もう、K-0011じゃ……財団の被験体なんかじゃ、ない」
 低く呟くと、クークはふいと鏡から目を反らし……そしてボフンと枕に顔を埋めるのであった。


 昼時、皆がカフェテリアで食事を取っているであろう頃。普段から人気など微塵もないはずの校舎裏。
 そこに二つの人影があった。一つはチア部のコスチュームに身を纏った、すらりと背の高い女性、孤桜京。そしてもう一つは……皿を二枚合わせたような顔と、やたらと長い触角を持つ異形、リブラゾディアーツだ。
 そのリブラの左手にはゾディアーツスイッチ。そしてそれを京の顔の高さで掲げ、右手の杖で京の逃げ道を塞いでいる。
『君は、星の力を手に入れたいとは思わないか?』
 機械加工されたような声の中に偽りの優しさを滲ませて、彼女の眼前にスイッチを差し出す。
 一方で彼女は、泣きそうな表情を浮かべてそのスイッチから視線を外し、両手に持つポンポンで己の顔を隠す。顔と一緒に視線も隠しているのは、スイッチを嫌悪しているからなのか、それとも惹かれそうだからなのか。どちらにしろ、金の房が邪魔をして、その表情を窺う事は出来ない。
 だが、リブラは彼女の行動を後者と受け取ったらしい。強引に彼女の顔の前にある房を掻き分け、その鼻先に突きつけるようにスイッチを差し出す。
『さあ。受け取りたまえ』
「い、要りません……」
『君にはスイッチが必要なはずだ。これを使えば、人前に顔を晒す事はないのだからね』
 蚊の鳴くような拒否に、しかしリブラはなおもぐいと彼女の視界にスイッチが入るように差し出しながらそう言葉を放つ。
 そしてその言葉に、京はピクリと小さく反応し……
「顔を……隠せる……?」
 顔を晒さない、顔を隠せる。
 その事に何らかの興味を抱いたのか、京は小さな反応を示し、それまで反らしていた視線を僅かにだがスイッチへ向けた。
 それを見て、リブラは内心でほくそ笑む。
 今の彼女は揺れている。怪しげなスイッチに手を出すか否かで。
――もう一押し、と言ったところか――
 あと少しだけ唆せば、彼女の心はスイッチに傾く。それを確信し、もう一度彼女の目の前にスイッチを差し出した。
『そう。君は、今の自分を捨てたいのだろう? このスイッチなら、今の君を……人間を捨てる事が出来る』
「今の私を……人間を、捨てる……?」
 ぼんやりと呟くようにリブラの言葉を繰り返し、京は夢を見るような目でスイッチを見つめる。それまで反らしがちだった目が、今では完全にスイッチに固定されており、それでもまだ悩んでいるのか、手に持った房がカサカサと彼女の震えを教えている。
 だが、リブラの経験上こう言った反応を示す生徒は、大抵スイッチに手を出す。功を焦って無理に押し付けるような真似をしなければ、確実にこちらの思惑通りに動く。
 事実、彼女の手が僅かずつではあるが、スイッチに向って伸び始めているのが見て取れる。
 完全に彼女の心はスイッチに傾いた。そうリブラが確信した次の瞬間。
「よせ、京!」
「やめなさい!」
 どこかで監視でもしていたのだろうか。響いてきた声に振り返れば、そこには忌々しいフォーゼの姿と、パワーダイザーに登場している隼、そして彼の仲間である仮面ライダー部の面々が立っていた。
 京もそれに気付いたのだろう、はっとしたように伸ばしかけた手を引っ込め、持っているポンポンで再び顔と視線を即座に隠す。
 その様子に、リブラは舌打ちをしたい気分に駆られる。折角彼女がスイッチに手を伸ばすところまで言ったと言うのに、彼らの登場で振り出しに戻ってしまったのだから。
『……君達は黙っていたまえ。今は、私が彼女と話している』
 苛立ちながらもリブラはフォーゼにそう言うと、自身の持つ杖、「ディケ」を振るって自身の分身体とも言える兵士、ダスタードを出現させる。
 黒い忍者のような姿をした無数のそれらは、リブラの意思の下、一斉にフォーゼ達に向って襲い掛かる。
 ダスタードの存在が壁となり、京をリブラから引き離す事が難しくなる。パワーダイザーが、その強力で一息に蹴散らしてくれるのだが、蹴散らしても蹴散らしてもリブラの影からダスタードが生まれ、その数が減る事は無い。
「くそっ! またこいつらか!」
「弦太朗さん、急いで! あいつ、あの人をもう一回巻き込もうとしてる!」
 フォーゼから少し離れた位置にいる友子が、リブラを指しながら鋭く声を上げる。
 その声に反応してダスタード越しに視線を送れば、確かに壁際に追いやられた京に、リブラが再度スイッチを差し出しているのが見えた。
 だが、すぐにまたフォーゼの視界をダスタードが阻み、フォーゼの動きを封じようと取り囲んでくる。
「くっそぉ……邪魔すんな!」
 群れるダスタードに向ってフォーゼが怒鳴るが、それはダスタード……否、リブラも同じ事。京を「星の運命」に導く邪魔をするなと、フォーゼに向って声を大にして言いたいところ。
 己の分身体が、忌々しい連中を足止めしている間に、何としてもスイッチを彼女に渡してしまおうと画策しているのか、リブラは再度彼女の鼻先にスイッチを差し出して囁いた。
『さあ、このスイッチを使いなさい。星の導きのままに』
「……あ……」
『さあ』
 スイッチとリブラの顔と、そして少し離れた場所で戦うフォーゼとパワーダイザーを順に見やると、彼女は泣きそうに顔を歪めた後、それら全てから視線を外すように俯き、ポンポンを持った手で顔を覆う。
 房がカサカサと鳴っているのは、彼女が小さく首を横に振っている為だろうか。
「私……私、は……」
「孤桜!! スイッチに手を出せば、自力では戻って来れなくなるぞ!」
『自分を捨てたいのだろう? さあ』
 未だ迷う素振りを見せる京に、賢吾とリブラが同時に声をかける。
 勧める声と止める声の両方に苛まれているせいか、京はますます顔をポンポンに埋め、はっきりと首を横に振った。
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