潜んでいるのは仮面の変人

□矢・座・妄・執
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仮・装・行・列


 ひゅん、と空気を切る音が響き、フォーゼの脇をサジッタの矢が掠める。
 何とかかわした物の、フォーゼにとって不利な状況である事には変わりない。フォーゼが避けた先に向けてサジッタは矢を放ち、彼を壁際へと追い込んでいく。
 そして少し離れた場所では、放り出された伴都の肉体を抱えながら、彼らの戦いを不安そうに見つめる魁雅の姿があった。
「もうやめろ伴都! お前、如月先輩を殺すつもりか!?」
 声を荒げる魁雅だが、それをサジッタは無視して矢を放ち続けている。いや、「無視して」と言うのは正確では無い。何故なら彼の耳に、魁雅の声は届いていなかったのだから。
 彼の中にあるのは、「フォーゼを殺して認めてもらう事」の一点のみ。そこに集中しているせいで、周囲の雑音は聞こえていないと言うのが現状なのだ。
「くそっ……もう魁雅の声も聞こえてねえのかよ!」
 矢をかわしながらも、フォーゼは仮面の下の顔を顰めて毒吐く。
 親友に認めてもらいたいと言う気持ちは、彼も良く分る。だが同時に、認め合ってこその仲でもあるとも思っている。
 今のサジッタの……伴都の行動は、ただの押し付けだ。魁雅の意思を見ようともしていない。
 先日までの自分が、賢吾を案ずるあまり、彼を見ようとしなかったのと同じように。
 何とかその事に気付かせてやりたいが、矢が邪魔でどうしても近付く事が出来ない。どうすれば近寄る事が出来るだろうかと考え始めた刹那。
 ジリリン、と一昔前のダイヤル式黒電話のようなベル音が鳴った。それはラビットハッチにいる者……恐らくは賢吾からの連絡を示している。
 それを察するに、フォーゼは即座にベルトの左端にあるレーダースイッチをオンにし、左腕に現れた画面に視線を向ける。そこには思った通り、インカムをつけた賢吾が真剣な表情を浮かべていた。
『如月、ファイヤーステイツだ。あれならその矢も一掃出来る』
「おうっ!」
 前置きも無く出された賢吾の指示に、弦太朗は迷う事なくベルトの右端のスイッチをロケットからファイヤーに交換、即座にそのスイッチをオンにした。
『Fire』
『Fire On』
 スイッチの名と、それが作動した事を告げる電子音。直後に何らかのメロディが流れ、フォーゼの姿はそれまでの「白」から炎のような「紅」に変化。更に手元には今までは存在していなかったハンドバズーカらしき形の武器が握られた。
 フォーゼ・ファイヤーステイツ。その名の通りコズミックエナジーを「炎」と言う形で示す「消防士(ファイヤーファイター)」。手に収まっているヒーハックガンと呼ばれるそれは、ユニットの接続状況で「消火」と「火炎放射」と言う、相対する効果を持つ。
 そして今回、フォーゼは賢吾のサポート通り火炎放射で矢を焼き払うと、その勢いでサジッタへ向って駆け寄ると、次の矢を放つ暇を与えずに近距離で火炎放射を浴びせた。
『あっつ!! ……ゲンタロ、容赦ないね』
「ああ。お前は友達だからな。間違った方向に向う友達は全力で止めるぜ」
 炎から逃れるように下がりつつ言ったサジッタに、フォーゼはそう言葉を返す。
 そしてその言葉は、彼の本気から来る物だとサジッタも理解しているのだろう。クスリと小さく笑うと、彼は矢を放つ事をやめた。
 だが、だからと言って戦う事をやめた訳ではないらしい。何故なら、それまで腕に付いていた無数の矢が、見る間に巨大な一本の矢へと纏まったのだから。もはやその形は、矢と言うよりも剣に近いだろうか。
『ゲンタロが全力で止める気なら、僕は全力で進む。結局、ゲンタロは僕の一番じゃないから』
 そう言うが早いか、サジッタは軽い足音と共にフォーゼとの距離を詰め、その剣を振るう。それまでが矢による遠距離牽制型の攻撃だったのに対し、今回は剣による近距離直接攻撃型だ。
 その突然の変化に戸惑いつつも、フォーゼは半ば反射的に身を捩ってその剣をかわすと、空いたサジッタの胴に蹴りを見舞う。
 蹴りは思い切り入ったにも拘らず、やはり「人間を捨てた」からなのか、然程大きなダメージには到っていないらしい。軽く数歩下がっただけで、動きが鈍くなったような様子はなく、即座に体勢を立て直すとその剣をすっと構えた。
 恐らくあの剣のような矢に斬られれば、ただではすまない。何しろシールドを破壊し、ペンによる防御すらも打ち砕く矢が集まった物だ。生半可な防御ならば容易く斬り裂かれるだろう事が目に見えている。
 どうしたものかとフォーゼが打開策を考え始めた、その時。
 どこからか現れた蒼白い光の球が、フォーゼとサジッタの間に落ち……そこから赤紫色の複眼を持った隕石の戦士……仮面ライダーメテオが姿を現した。
「メテオ!?」
 彼の登場に、フォーゼが驚きの声を上げる。
 一体彼は、何を基準に現れるのだろう。そして、何をしたいのだろう。
 出会ってすぐの頃、「俺はお前達の敵だ」と宣言しておきながら、つい先日……ドラゴンと戦う際は、自分達を助けてくれた。
 基本的にはゾディアーツと戦う身らしいが、何かのきっかけがあればゾディアーツの味方にもなる不可思議な存在。
 今回は一体どちらなのだろうかと不思議に思うフォーゼをよそに、サジッタは彼の登場を心待ちにしていたかのように……高らかに笑った。
『あっはははっ! 正直、ゲンタロは僕の友達だから、殺したくないって思ってたんだけど……お前は友達じゃないから殺しても良いよね!』
「俺の運命をお前が決めるんじゃない。お前の運命を、俺が決めるんだ」
 互いにそう宣言すると、まずはサジッタがメテオとの距離を詰め、持っていた剣を振り下ろしにかかる。だが、メテオは深く腹……正確には臍の下にある「丹田」と呼ばれる部位に己の気を溜めると、鋭く息を吐き出し、自身の左腕でサジッタの右腕を弾く。
 剣と言う媒体ではなく、それを持つ腕その物の動きを止める事で、その先にある剣の動きも止めたのだ。
「ホォワチャァッ!」
 止めた勢いのまま、彼はあえて大きな声を上げ、右の拳を真っ直ぐ前に……サジッタの顔に突き出す。
 だが、その動きを読んでいたのか。サジッタはその拳をギリギリの距離でかわし、大きく後ろへ飛んで一旦メテオとの距離をとった。
――あの距離で、俺の拳をかわしただと!?――
 絶妙のタイミングだったと自負していただけに、メテオは……いや、流星は仮面の下でぎょっと目を見開く。
 いくらゾディアーツとは言え、相手はこの学園でも一、二を争う程の「遊び人」。通常なら他人の動きを読むなんて事は出来ないはず。コズミックエナジーは、特異な力や体力の増加と言った面では期待できるが、戦闘経験まではカバー出来る訳ではない。
 喧嘩慣れしている弦太朗や、武術を習っていた自分のように、ある意味「戦う事に慣れている者」であるならば理解出来るのだが……
『どうしたの? 動きが止まってるよぉ?』
 サジッタの声で、メテオは自分がぼんやりしていた事に気付く。同時にその視界に相手の剣が飛び込んでくる。
 慌ててそれを回避したが、軽く剣先が掠めていたらしい。青く煌く鎧に、サジッタの剣によって付けられた白い筋が一本奔っているのが見えた。
「ちぃっ」
 軽く舌打ちを鳴らし、体勢を立て直すメテオ。そしてそんな彼の脇に、フォーゼがかばうように並んだ。
「どう言うつもりだ?」
「俺の友達の仮面ライダーが言ってた。『仮面ライダーは助け合いでしょ』ってな。だから俺もお前を助ける。正直ムカつくし、何考えてるかよくわかんねーけど……でも、絶対に友達になれるはずだしな」
「……お前達と馴れ合うつもりはない」
 フン、と鼻で笑いながらも言葉を返すと、メテオはもう一度大きく前に出てサジッタに向って拳を繰り出す。しかも今度は正拳突きではなく連打。
 怪鳥音を口から吐き出しながら、素早く鋭い突きを幾度となく繰り出す物の、そのことごとくをかわされてしまう。
――やはりこいつ……ただの遊び人じゃ無い――
 サジッタの無駄の無い動きに、メテオは冷静に判断する。と同時に、彼は連打をやめ、少しだけ下がってサジッタとの距離を取った。
「フォーゼ。お前達と馴れ合うつもりはない。だが……俺はこいつが当りかどうかを確かめる必要がある」
「へ?」
「同時攻撃だ」
『Mars Ready?』
 言うとほぼ同時に、メテオは右腕に着けているガントレット、メテオギャラクシーにあるレバーの一つを引く。
 その行為と先に投げられた言葉の意味をフォーゼも汲んだらしい。小さく一つ頷きを返すと、ベルトのスイッチを発射口下部のスロットに挿し込んだ。
 一方でメテオは、メテオギャラクシーに左手の人指し指を押し当てた。
『OK! Mars』
 マーズ……火星を意味するそのレバーの力で繰り出される攻撃は、「マーズブレイカー」と呼ばれている。
 これは火星を模した形を持つ超高温エネルギーの拳で相手にダメージを与える技。そしてフォーゼが用意している技もまた、高温を武器にした物……
『Fire. Limit Break』
「ライダー爆熱シュート!!」
「ホォワチャァァァッ!!」
 フォーゼが放つ強力な火炎放射。そしてその脇を併走し、飛び上がるメテオ。
 サジッタの体はフォーゼの火炎放射で焦がされ、直後には上から降ってきたメテオの熱を帯びた拳。
 二重の熱に灼かれたサジッタは大きくのけぞり……
『あ……ああぁぁぁぁぁぁぁっ!』
「伴都!?」
 断末魔にも似た悲鳴を上げ、ドォン、と大きくその身を爆ぜさせたサジッタの身を案じるように、戦いの様子を見つめていた魁雅が叫ぶ。
 伴都の体は彼の腕の中にあるが、サジッタもまた「古道伴都」であると理解しているようだ。
「き、如月先輩! 伴都は……!?」
「大丈夫だ、今戻して……」
 問いかけてきた魁雅に、フォーゼが答えようと前に一歩踏み出した刹那。
 サジッタを崩壊させたはずの炎が一点……宙に浮いたサジッタのスイッチに収束し、それが徐々に形をとっていくのが見えた。
 炎の中で輝く四つの星は禍々しい光を放ち、取り囲む炎を払うようにしてサジッタが再度姿を現す。肩で息をしているように見えるのは、サジッタとしての形を再生するのに多大な労力を費やしたからなのか。
「伴都、お前……」
「ラストワンを越えた……こいつは当たりだ!」
 愕然とした声を出したフォーゼとは対照的に、メテオは嬉々とした声をあげ、サジッタを見やる。
 だが、サジッタの方はそんなメテオに視線を向けると……
『……うる、さいなあっ!!』
 低い声で呟いたと思った次の瞬間。サジッタの体はメテオの目の前に現れ、そのまま相手の鳩尾に膝を蹴り入れた。
「がっ!?」
――早い!?――
 そう認識した時には、更なる衝撃がメテオの背を襲い、一瞬だけ視界が白濁する。気付けばメテオの体はうつ伏せの状態で地に倒れており、彼の背中をサジッタの右足が踏みつけていた。
 ギリギリとメテオの背に体重をかけて踏み躙るサジッタに、フォーゼは慌てて右端のスイッチをロケットに戻すと、それを起動させサジッタへと突進する。
 だが、フォーゼのその動きに気付いたらしい。サジッタは微かに肩を震わせると、足元でもがくメテオの首を掴み上げ、彼をフォーゼに向って投げつけたのだ。
「おわぁっ!?」
「なっ!? ……うぐっ!」
 スピードを出して飛んでいたフォーゼの正面から、同等の速度でメテオが飛んでくれば、かわす事は至難の業。ある意味当然のように二人は正面からぶつかり、その場に落ちた。
 コズミックエナジーを纏っているからなのか、肉体に大きなダメージはない。とは言え、ぶつかった衝撃は体に伝わっているのか、互いにぶつけた部位がジンジンと痛んで痺れている。
『君達を殺せば……きっと僕の事を一番に考えてくれるようになる。だから、悲しいけど……今すぐ、殺してあげる』
 両の手に二本の矢を構え、ゆったりとした足取りでフォーゼとメテオの二人に近付くサジッタ。
 だが、そんなサジッタの前に。見ていられなくなったのか、魁雅が両手を広げて二人を守るような格好で立ち塞がった。
 その事に驚いたのだろう。サジッタの足はぴたりと止まり、軽く首を傾げた。
『アート、そこどいて。その二人、殺すんだから』
「……なんて声出してるんだよ、お前」
 感情らしい感情が全て抜け落ちてしまったような声で言ったサジッタに、魁雅は辛そうな顔をますます歪ませて言葉を返す。体が震えているのは、恐怖からか、それとも怒りか。
 だが、その場から引くつもりは無いらしい。真っ直ぐにサジッタを見つめると、彼は首を横に振りながら、きっぱりとした口調で言葉を紡いだ。
「本当に、もうやめてくれ伴都。お前は、いつだって僕の一番の親友だろう!?」
『一番の親友? 本当に? じゃあ、どうして僕に、けーちゃんの事が好きだって、教えてくれなかったの? 教えてくれたら、僕はめいっぱい協力して……』
「だからだよ。だから、お前には言えなかったんだ。だって……伴都、お前も孤桜先輩の事、好きだろう?」
『……え?』
 がしりと魁雅の肩を掴み、縋るように言ったサジッタに対し、掴まれた方はその手を取りながら、静かな声を返す。
 そしてその言葉は、端で聞いていたフォーゼとメテオ、そしてサジッタ自身にも意外だったのだろう。驚いたような声がそれぞれの口から同時に漏れた。
 やがて、サジッタは不思議そうに首を傾げ……
『何で……アートは知ってるの? 僕がけーちゃんの事、好きだって……』
「何年お前と腐れ縁やってると思っているんだ? 気付くに決まってる。あんな人気の無い場所でダンスの練習をする理由だって……孤桜先輩に、会えるかも知れなかったからだろ?」
 苦笑めいた笑みでサジッタの顔を見つめ、魁雅は優しい声を放つ。
 長年の付き合いだからこそ、魁雅は気付いた。伴都が見ている相手に。
 遊び人、女の子大好き。そんな風に見られているし、見せている彼だが、人を想う時は純情で一途。本当は誰よりも誰かの心を気遣う存在。
 そうだと知っているからこそ……魁雅は言えなかったと言う。
「それから……お前に相談したら、きっとお前は、僕の事を思って身を引くって事も。僕はそれが嫌だった。お前が僕の為に、自分の意思を殺す事が」
 長年の付き合いだからこそ、魁雅は伴都の性格を熟知している。我儘なように見せかけて、大好きな相手を何よりも優先させる。
 だから結局、自分のやりたい事を我慢し、自分を殺す。それが深く傷付く結果になるとわかっていて。
 だが、魁雅に言わせれば、一番の親友だからこそ自分を殺して欲しくないのだ。伴都は、自分に素直になって良い。そう思ったからこそ、彼はずっと自分の想いを黙っていた。
「だけど……結局、こうやって追いつめたって事には変わりない。それは僕のせいだ。すまない」
 苦しげにそう言うと、魁雅はサジッタの姿をまじまじと見つめた後、深々とその頭を下げる。心から謝罪するように。
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