潜んでいるのは仮面の変人

□変・人・素・顔
1ページ/3ページ

矢・座・妄・執


 始まったフォーゼとサジッタの戦いを眺めながら、クークは小さくその口を「へ」の字に歪めた。
――うーん、やぁっぱ伴都、動きが鈍いなあ……――
 己の部下の一人……古道伴都だった者、サジッタゾディアーツに目を向けて、クークは冷静に判断する。
 サジッタはフォーゼの攻撃のほとんどをかわし、逆に剣と矢を織り交ぜた攻撃で翻弄していると言って良い。だが、時折フォーゼが繰り出す拳がサジッタの腹部や胸部に入り、その一撃一撃が着実にダメージとなって来ているのが見て取れる。
 微かにではあるが足元が覚束ない様子のサジッタに、クークは小さく息を漏らた。
 本来の古道伴都は、スピードを生かした接近戦型だ。だが、今の彼からはその「速度」が見られない。それは、クークの懸念していた「副作用」によるものなのか、それとも……やはり心のどこかで、伴都がフォーゼに対して攻撃する事を躊躇しているからだろうか。
――あるいは、その両方だったりして――
 そうクークが感じた時、サジッタの顔面にフォーゼのロケットモジュール付きの拳が綺麗に入り、その体が大きく傾いだ。
 スピードの乗った一撃だ。如何にラストワンを越え、「エネルギーの塊」と言う状態であっても、勢い良く頭を揺さぶられれば体もそれを追って傾ぐのは当然と言えよう。
『う、ぐぅ……っ!』
「伴都! 他人の心は自由になんかならねえ! ……だからこそ、面白いんじゃねえか!」
 呻き、がくりと膝をつくサジッタに、フォーゼが諭すように声をかける。
 恐らくは魁雅と京に、「愛を操る矢」を射ようとした事を言っているのだろう。確かにフォーゼの言う事も理解できるし、クークだって同意する。
 だが……同時に。クークはそれが、綺麗事であるのも充分理解している。
 フォーゼは分っていない。何故、「ただ矢を放つだけ」の攻撃しか出来なかったはずのサジッタゾディアーツに、「愛を操る矢」が放てるようになったのか。
 特異な力を持つようになるスイッチャーに共通する、「心の闇」の存在を。
――伴都が抱く心の闇は、「依存」。伴都はあの「嘘の告白劇」において、それが「嘘」だとわかっていながらも「置いていかれる」と思った。だから、ラストワンを越えた。それまでの全部が演技でも、ね――
 置いていかれるくらいなら、自分から捨てる。……その為の鉛の矢。
 置いていかれる前に、永遠に自分の側にいてもらう。……その為の金の矢。
 それは、紛れもなく「古道伴都」自身が欲した力であり、コズミックエナジーは彼のその望みに応えただけにすぎない。
 結局の所、その「闇」をどうにかしなければ、根本的な解決にはならないのだ。
 ……フォーゼはその事に気付いていないようだが。
『……わかってるよ、自由にならない事くらい。…………でもね、だからこそ辛くもなるんだよ!』
 低く、しかし吼えるようにサジッタはそう言うと、再び「矢の剣」を構えてフォーゼへと駆ける。だが、それまでのダメージに加え、感情の昂ぶりも相まってか、剣の振りは大きく、簡単にフォーゼに見切られてしまう。
 ひゅんと空を斬る音だけが虚しく響き、直後にサジッタの体へフォーゼのスパイクの付いた蹴りが叩き込まれる。
 蹴りこまれた足が当たる度、棘が伸びてサジッタの体を形成するコズミックエナジーが削り取られ、物理的なダメージと共にサジッタを襲う。
 やがてサジッタは何を思ったのか、一旦後ろへ大きく飛び退ると、「矢の剣」を分解してただの矢へと戻し、それを一斉に放ち始めた。
 これ以上近距離戦を続けて、フォーゼにコズミックエナジーを削られるのは危険と判断したのもある。だがそれ以上に、もう「矢の剣」を維持出来る程のコズミックエナジーが残っていなかったのが、最大の要因。
 その攻撃を見るや、フォーゼはどこからか「20」と書かれた赤いスイッチを取り出した。
 フォーゼの持つそれは、先も使用したファイヤースイッチ。つまり、もう一度ファイヤーステイツとなり、彼の放つ矢を焼き尽くそうと言う考えらしい。
 しかし……フォーゼがそう出るであろう事は、サジッタも予測済み。
『炎はもう、お断りだよ。ゲンタロ!!』
 怒声と共に放たれた矢は、綺麗にスイッチの切り替え部分に当たると、そのままフォーゼの手の内からそれを弾き飛ばした。
 弾かれたスイッチは放物線を描き、フォーゼから離れた位置へと飛び、逃げ損ねていた京の足元へ着地する。
「ひっ!?」
 軽い音と共に着地したそれに向って、小さな悲鳴をあげつつも拾ってしまうのは単なる反射行動だったのだろうか。
 カタカタと震える指先で拾い上げた物の、京はそれをどうして良いのか分らない様子で、ただ自身の胸の前で握り締めておろおろとフォーゼとサジッタを見比べる。
「京! そいつを投げ返してくれ!」
『ダメだよけーちゃん。そんな事したら……撃っちゃうから』
「こ、これは如月君の物で……で、でも、如月君に返したら、わわわ私、古道君に撃たれて……」
 矢をかわしながらも京に向って手を伸ばすフォーゼと、矢を放ちながら京に向って牽制するサジッタ。そしてその二人に板ばさみにあうような形で、深く俯いてスイッチにのみ注視する京。
 それは、どうすれば良いのか悩んでいるようにも見えるし、恐ろしさのあまり竦み上がっているようにも見える。細かく震えているのは、やはり恐怖からなのか。
 だが、やおら彼女はその顔を上げると視線をサジッタ達から離し……
「じゃ、じゃぁ……そ、そちらの方なら、良いんですよね?」
 言うと同時に、フォーゼともサジッタとも違う方向へとそのスイッチを放り投げた。
「なっ!?」
『どこへ……』
 思わず戦いの手を止め、二人共、彼女が投げたスイッチを目で追う。
 赤い、消火器を連想させるそれは、綺麗な弧を描き……それはやがて、狙い済ましたように黒い手袋の中へすっぽりと収まった。
 その先に伸びる鎧の色は青。仮面の目に当たる部分は紫。
 ……そう。京がスイッチを放り投げた先は、メテオだったのだ。
『メテオ!? 馬鹿な!』
 まさかの存在の登場に、サジッタは驚いた声を上げる。
 ……彼は、知っている。メテオの目的が、「アリエスゾディアーツになりうる存在を探す事」にあるのを。だから、ラストワンを越えた「サジッタゾディアーツ」の前には現れないと思っていたのだ。
 一方でメテオは、京から受け取ったスイッチを左手で軽く握り締め、右手で鼻の頭を擦るような仕草をとると、驚いたまま硬直しているサジッタとの距離を詰め……
「ホワチャァッ!」
『がっ!?』
 怪鳥音と共に、サジッタの顔面を思い切り殴りつけた。
 綺麗に入った拳の勢いに押され、サジッタは思わず倒れこんでゴロゴロとその場を転がる。
『な……何故!?』
「貴様は確かに『当り』だ。……だが……どうにも貴様を許せなくてな」
 体勢を立て直しながら問うサジッタに、メテオは見下すような冷たい視線と、怒りを含んだ声を返す。サジッタを殴りつけた右の拳を、もう一度ギュリ、と鳴らして。
――……ああ、成程。キーワードが揃っちゃったからか――
 そんなメテオの様子を傍で見ていたクークは、それまでの情報を統合して納得する。
 メテオが朔田流星であると知った後、クークは昴星高校にいる自身の部下達に彼の事を調べさせ、そして知った。彼が、スイッチのせいで友人を失った事を。アリエスゾディアーツを探しているのは、その友人を救う為に必要だからだと言う事も。
――だからこそ、「スイッチ」に手を出し、その挙句、自身の「親友」であるはずの袖井魁雅を攻撃した古道伴都が許せないって訳ね。……青いなぁ、メテオ君――
 思わず込み上げる笑いを堪えながら、クークはその戦いをじっと見つめる。
 動きの鈍り始めたサジッタを見る限り、そろそろ伴都の精神が膨大な……だが、削られつつあるコズミックエナジーの大きさに耐え切れなくなって来ているのだろう。
 と言うよりも、今まで保っていた方が不思議なくらいなのだ。何しろ伴都は、スイッチとは異なる力を持ち歩き、それを常用している。種類の異なる力を身の内に受け入れれば、互いに反発しあい、使用者に膨大な負荷をもたらす。
 ……かつて、「アッシュメモリ」を打ち込まれた「オルフェノク」……灰猫弓がそうであったように。
「よし、今日はご褒美に、伴都の好物を作ってやろう。この後も大変な事、押し付ける訳だし」
 小さく……自分以外にはまず聞こえないであろう声でクークが呟く。
 そしてそんな呟きを知らぬフォーゼとメテオは、サジッタとの決着に向け、相手へ攻撃を繰り出しつつ、怒鳴るように会話を交わしていた。
「フォーゼ。このスイッチは借りるぞ」
「ええっ!? じゃあ俺はどうすりゃ良いんだよ?」
 京が先程投げたファイヤースイッチを軽く見せつつ言ったメテオに、フォーゼが抗議の声を上げる。だが、そんな彼の声など軽く流して、メテオは自身のベルトにファイヤースイッチを差し込む。
 瞬間、彼の体に赤い炎がふわりと取り巻き、彼の攻撃に炎と言う属性が付加された。
 メテオが使う場合は、姿が変わるフォーゼとは異なり攻撃に「属性付加」がなされるだけらしい。
 それはともかくとして、問題はフォーゼがどうするかだ。ファイヤーで矢を焼き払い、そのまま攻撃……のつもりでいた以上、他の方法は簡単に思いつかない。
 だが……そんな困惑も、すぐに消えた。いつの間にかやって来たらしい、賢吾の指示によって。
「如月! マグネットステイツだ! それならサジッタの動きを止められる!」
「お、そうか! サンキュ、賢吾!」
 マグネットステイツ。強力な磁力を発し、磁気の影響を受ける物であれば操作する事が可能な、「砲撃型形態」。
 磁気云々と言う点を抜きにしても、その姿での砲撃は多大なダメージを与える事は可能だ。
 それをフォーゼが理解したのかは定かでは無い。だが、彼は賢吾の言葉を信じている。
 即座にマグネットスイッチの制御端末であるNSマグフォンと呼ばれる携帯電話型のツールを取り出すと、彼はその両端をぐっと握り締め……
「割って、挿す!」
 その言葉と同時に、中央部分から分離したNSマグフォンをベルトの右端と左端にそれぞれ差し込む。
 赤い「N」と青い「S」。磁石その物と同じ色を与えられたそれらが差し込まれた刹那、電子音が響いた。
『N Magnet』
『S Magnet』
『N,S Magnet On』
 その音と共に、フォーゼの姿が変わる。白かったスーツは銀色に、仮面の色はそれまで残っていた白が一掃されて全面黒に。体には手の甲から肩、そして足にかけて右に赤、左に青いラインが一本入っており、両肩にはキャノン砲が乗っている。
 フォーゼがその姿に変わったのを見るや、メテオは再度メテオギャラクシーにあるマーズのレバーを引き、左手の人指し指を押し当てた。
『Mars Ready?  OK! Mars』
 更に彼はファイヤースイッチをオンにしたまま、ベルトの中央部、天球儀型のドライブユニットを回した。
『Fire. Limit Break』
「ホォォォォォワチャァァッ!」
 ファイヤーとマーズ。超高熱の属性を持つ二つの力を同時に纏ったメテオの拳は、もはや「火星」よりも「太陽」に近いだろうか。
 煌々と燃え上がる恒星のような拳を握り締め、メテオは気合と共にサジッタの胸部にそれを叩き付けた。
 そして拳がサジッタに触れた瞬間、サジッタの体にも炎が伝播しその体を嘗め上げ、ジリジリとその身を灰へと化していく。
 その熱に、サジッタが悲鳴を上げるよりも先に。フォーゼのリミットブレイクの準備も完了したらしい。
 フォーゼの前にU字磁石に似た形のNSマグネットキャノンと呼ばれるそれが展開、超電磁砲の要領で生み出された電磁エネルギーの弾が、発射の瞬間を今か今かと待っているように見えた。
 そして……
「ライダー超電磁ボンバー!!」
 フォーゼの宣言の後。発射された電磁エネルギーは真っ直ぐにサジッタに向い、そのまま彼を放った強力な磁界の中へ収束……と言うよりも圧縮していく。
 やがてその圧縮に耐え切れなくなったサジッタの体は、燃え上がりながらもビキリと大きな音を一つ立て……
『僕はただ……置いていかれたくないだけ、なのに……うああぁぁぁぁぁぁっ!』
 断末魔の悲鳴にも似た伴都の声が響き、サジッタゾディアーツは消失。唯一残った彼のスイッチをフォーゼが拾い上げ、それを切る。切られたスイッチはしゅぅと小さな音を立てると、黒い靄となって空気に溶けた。
 太陽は少しだけ顔を出している。これなら恐らく、魁雅の体に撃ち込まれた矢の影響は無いだろう。
 変身を解き、ほっとすると同時に、どこかやるせなさを感じる弦太朗。
 いつの間にかメテオはその姿を消しており、残っているのは仮面ライダー部の面々と、巻き込まれて困惑しきりの京だけだ。
「……今の、何なんですか? 昼の怪人と古道君のさっきの姿は、何か関係があるんですか? 彼は、どこに行ってしまったんですか?」
 何も知らない者から見れば、おそらくフォーゼやメテオがサジッタを……古道伴都を「殺した」ように見えたのかもしれない。
 そうではないと説明しようと、弦太朗が口を開きかけた、その瞬間。
『彼は消されてしまったのだよ。そこにいる男の手によって』
「ひっ!?」
 一体いつから立っていたのか。声がした方……仮面ライダー部の面々と向かい合うような場所に、リブラが地面から生えるように立っていた。
「あ、あなた……お昼の時の……? それに、あの、け……消されたって……?」
「嘘よ京! 私達は、彼を元の肉体に戻しただけ。そいつの言葉に耳を傾けてはダメよ!!」
 半歩だけリブラの方へ寄ろうとした彼女を、美羽が鋭い声で止める。
 その声に京はビクリと体を震わせ、結局元いた位置で俯いてしまう。その顔が今にも泣き出しそうに見えるのは、彼女の理解を超える出来事が連続で起こっているせいだろうか。
 そんな事を思いながら、弦太朗は京とリブラを交互に見つめる。
「お前、また京にスイッチを渡すつもりか!」
『そうだ。彼女には、これが必要なはずなのでね』
 そう言って、リブラはマントの下からスイッチを持った手をぬぅっと差し出す。昼にも差し出した、「彼女の為のスイッチ」を。
 だが、それが先程伴都が倒れた跡に残されていた物と類似している事に気付いたのだろう。彼女ははっとしたように目を見開くと嫌々と首を横に振って拒絶の意思を示す。
「い、要りません。私、そんなの、本当に……」
『いいや、必要なはずだ。……先程見せてもらったよ。君が、血を吐いていたところを』
 ゆっくりと京に近付きながらリブラは笑いを含んだ声で言の葉を紡いだ。
 一方で弦太朗は今までその事実を知らなかったのだろう。はっとしたように周囲を見回し……そして壁際に蟠っている黒ずんだ血溜まりを見つけ、驚いたように目を剥いた。
「血……って、まさか、あれの事か!?」
「あの色……内臓系の損傷による吐血だ。だが、あれが本当に彼女一人の吐血量だとしたら……命に関わる重篤な症状だぞ!」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ