校医代行は薄紅の蜉蝣

□疑・惑・増・大
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彫・刻・蜻・蛉


 獅子の怪人の前に、蜻蛉の異形が立っている。
 獅子と対峙する蜻蛉の手の中には、未だラストワンに到っていないゾディアーツスイッチが握られていた。
『貴様、何者だ?』
「何者と聞かれても」
 一方の問いに、もう一方が静かに答える。だが、問うた方はその回答では満足しなかったらしい。素早い動きで一歩前に踏み出すと、相手に向かって渾身の拳を振りぬく。
 だが、その拳は虚しく宙を切るだけ。かわされたのだと理解すると、拳の主はチィと一つ舌打ちを鳴らした。
「……はぁ。行儀の悪い」
 かわした方は心から呆れたような溜息と共にそう言葉を放つと、そのステンドグラスのような体に、普段人前に晒している方の姿を映し出して、きつく相手を睨みつける。
 一方は体に星座のような模様を体に抱く存在、ゾディアーツ。
 そしてもう一方はステンドグラスの様な物で構成された存在、ファンガイア。
 その奇異な光景を見ている者がいないのは救いだろうか。薄闇の中で浮かび上がる二つの影は、何も知らぬ者が見ればちょっとした恐怖を感じさせる光景。
 ステンドグラスの一つ一つに顔が映し出され、こちらを睨んでいる光景は、ゾディアーツである彼にとって、ホラー以外の何物でもない。人としての姿の時にその格好を見たのなら、明らかに眉を顰め、蔑みの混じった目で見つめていた事だろう。
 そもそも、不躾に見つめてくるような相手に「行儀が悪い」などと言われる筋合いはない。
『まあ良い。貴様が何者であろうと……邪魔をするなら倒すだけだ』
 言うが早いか、ゾディアーツは再び拳を振りぬく。だが、ファンガイアも再びそれをかわすと、空振りした拳は近くの壁を叩き、それを拳の形に砕いた。
『二度もかわすとは……なかなかやるようだな』
「それなりには」
 楽しげなゾディアーツの声とは対照的に、ファンガイアの声はひどく静かだ。ステンドグラスに映っている表情も、ひどく凪いでいる。
 それが逆に、己の自信を示しているかのように、ゾディアーツには見えたらしい。微かな苛立ちを感じながらも、怒りで己を見失うような愚は犯さない。
 ぎゅりっと自身の拳をきつく握りながらも、彼はスイッチを切って自身の本来の姿を晒す。
 それに何を思ったのか、ファンガイアの方も普段晒している「ヒト」の姿に擬態し、訝しげな表情を向ける。
 月明かりの下で晒される互いの顔は、ひどく顔色が悪いように思えた。
 蜉蝣だった方は手の中でスイッチを弄びながら、獅子だった方をじっと見つめ、その真意を推し量ろうとしているらしい。
 だが、すぐにそれにも飽きたのか、彼はすぐに興味を失したような表情を浮かべると、つまらないという感情を隠しもせずに声をかけた。
「それが貴様の正体か」
 その言葉に、獅子だった方は軽く口の端を吊り上げて沈黙を返す。
 相手のその表情が、自分を馬鹿にされたようにでも感じたのだろうか。蜉蝣は軽く顔を顰め、どこからか取り出した彫刻刀を相手に向けた。まるで刀を突きつけるように。
「まあ何でも良い。貴様に興味はない。だが、何人(なんぴと)であれ、俺の邪魔をする事は許さん」
「邪魔?」
 蜉蝣の言い分が分らないのだろう。獅子だった者は軽く首を傾げ、相手を真っ直ぐに見つめる。
 一方で蜉蝣だった方も真っ直ぐに獅子だった方を見つめ……そしてどこか苛立たしげな感情を声に滲ませて言葉を紡いだ。
「俺の創作を邪魔する事だ。その為にも、これは貴様には渡せんな」
 そう言うと、蜉蝣は無表情のまま手元のスイッチを見せびらかす。
 その様が獅子には不快に感じたらしい。人の姿のまま拳を握り、蜉蝣に向って勢い良く振りぬく。だが、蜉蝣はその姿をもう一度「蜉蝣」に変えると、ふわりと宙を舞ってその拳を回避、そのまま夜の闇に紛れて、その姿を消したのであった。
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