灰の虎とガラスの獅子

□誇りのR/彼と私の「誇り」
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誇りのR/隣人の事情


 がくりと膝を付いた私を見て、おそらく異形は「意識を失った」と判断したのだろう。今まで私の体を襲ってきた電撃が止み、異形の哄笑が耳に届く。
 しかし、残念ながら……私はまだ意識を保っているし、普通の人よりも怪我の程度も軽い。多少は体に痺れがあるが、「お仕置き」をするには問題は無いだろう。
 瞳だけでなく、顔にもステンドグラスの様な模様が浮かび上がっているのがわかる。これは、ファンガイアがヒトの姿から本来の姿に戻る時特有の現象だ。
 ……しかし、今本来の姿を晒すには少々問題がある。
 それは勿論、唯一この場で残っている人間である赤いジャンパーの青年だ。先程黒いスーツの青年の言葉を信じるならば、この課の課長らしい。若いのに、随分と偉い地位にいるものだ。
 と感心している場合ではない。この青年がここにいる以上、下手に本来の姿を晒して騒動にするのは御免被りたい。異形の電撃で、他の面々のように気を失って欲しい所ではあるが、どうやらこう言った異形を相手に戦うのには慣れているらしく、軽やかな動きで放たれる電撃をかわす。
 先程黒スーツの青年が、この異形の事を「ドーパント」と呼んでいた事を考えると、こう言った異形はこの街では当たり前なのかもしれない。成程、だから「超常犯罪捜査課」なのか。
 と、妙に納得しながらも私は高ぶる気持ちを押さえ込み、浮かび上がった本性を隠す。本性をさらす為には、やはりあの異形をこの場から引き離し、二人きりと言う状況を作るしかない。その為には……
「この……程度ですか?」
 ゆっくりと立ち上がりながら、私は挑発するように異形に向かって言葉を放つ。
 まさか無事とは思っていなかったらしい、異形も……そしてそれと戦っていた赤ジャンパーの青年も、ぎょっとしたように私の顔を見やった。
 動きが止まった彼らに対し、私の方は服に付いた煤と埃を叩きながら、挑発するように更に言葉を続ける。
「昨夜も申し上げましたが、やはり三流悪役と言った所ですね」
『な……なぁにぃ!?』
「だってそうでしょう? あなたは街の人を守るべき警察官と言う職に従事しておきながら、やっている事は真逆。それも、力の無い『女性』を、人目につかない『夜』に襲う。『三流悪役』と言う評価すらも、分が過ぎます」
 敢えて「女性」と「夜」、そして「三流悪役」を強調して、相手の神経を逆撫でする様な物言いをしてみる。ようは挑発だ。もっとも、言葉の内容は私の本音なのだが。
 そんな私の「安い挑発」にカチンと来たらしい。異形はわなわなとその体を震わせ、こちらに向かって再び電撃を放つ。
 しかし今度は喰らってやるつもりは無い。それをひょいとかわすと、たった一つの出入り口に向かって走り出す。
『逃がすかぁぁぁぁっ!』
「鬼さんこちら、です」
 にこやかな笑みと共にもう一度ダメ押しの挑発をし、私は廊下で最も近い場所にあった窓を開ける。この真下には、ごみの一時集積所がある事は確認済みだ。
『小娘ぇぇぇっ!』
 ドタドタと足音を立て、異形が私を追って部屋から出る。
 その際、中年男性の背を思い切り踏みつけていたが……あの人、大丈夫だろうか? 蛙が潰れたような声がしていたけれど。
 ……と、他人の心配をしている場合ではないわね。
 開けた窓に腰掛け、相手が部屋を出てこちらを睨みつけているのを確認した瞬間。私は重心を後ろに倒し、片手をひらひらと振ると……
「チャオ」
 自分に出来る最高度合いで、「頭にくる愛らしさ」を演出し、そのまま地上に向かって体を落とす。
 言ったと思うが、ここは三階。普通に考えて十五メートル程の高さ。打ち所が悪ければ死に至る。とは分っているのだが、そこは己の丈夫さと下の状況……集積されたゴミ袋達が山積みになっているのも確認済みだ。
 クッション代わり、と言うにはいささか心許ないが、無いよりはマシだろう。願う事があるとするなら、どうか下にある物が生ゴミや金属片などではありませんようにと言う事くらいか。
 そして、願いはどうやら通じていたらしい。ガサっと言う音と共に、私は白い半透明な袋の山……中身はシュレッダーにかけられた後の紙達……に突っ込む。
 とは言え、のんびりしている場合ではない。こう言った状況の場合、大抵の異形はあんな高さを物ともせずに着地するだろう。追いつかれるべきは「ここ」ではいけない。
 すぐさま身を起こし、私は出来る限り人気の無い方向へと全力疾走……しているかのようなふりで走る。私が本気で走ったら、確実に相手を引き離してしまうだろう。それではいけない、追いついてもらわねば話にならない。
 やがて、倉庫の立ち並ぶ廃工場に辿り付き……私はそこで足を止めた。
 いい具合に人の気配が無い。それに、ここなら多少暴れても問題ないだろう。
 そう考えた瞬間、背後の足音も止まった。どうやら無事、付いてきてくれていたらしい。
『よ……ようやく観念したようだな、小娘!!』
「息、上がってますけれど……大丈夫ですか?」
『やかましい! あの距離を走って汗一つかいていないお前がおかしいんだ!』
 ぜいぜいと息を荒げて怒鳴る異形。
 ……おかしいって言われても……いや、そりゃあ私はファンガイアだから、普通のヒトよりも体力があるのは認めるが……
『とにかく! 貴様はお仕置きでは済まさない。殺してやる……!』
「『お仕置きでは済まさない』……?」
 相手の言葉に、私は小さく反応する。
 瞬間、私の顔に再びステンドグラスの模様らしきものが、首筋から頬にかけて浮かび上がる。瞳の色も、普段の黒からファンガイアの細胞本来の色である虹色に変化する。
 隠す必要は無い。目の前に立つ存在に対して、私は「お仕置き」をする気なのだから。
 私の気迫に気圧されたのか、はたまたこの「虹色の細胞」に驚いたのか。相手はう、と小さく呻くと、一歩だけ下がった。
『な……何だ、お前……』
「何だと問われましても」
 右手の手袋を外し、にっこりと微笑む。それと同時に、私は自身の「本来の姿」に戻った。
 白を基調とした体色だが、所々ステンドグラスの様な紋様が入っている。ライオンの様な外見をもっている物の、シルエットだけみるとドードーと言う鳥を連想させるらしい。ヒトからは、「ライオンファンガイア」と呼ばれる姿だ。
 ちなみに、その気になれば自分の身長と同じくらいの大きさの棍棒を武器として召喚する事ができるのだが、今回はそんな物に頼らずとも良いだろう。こう見えて、腕力には自信があるのだ。
『貴様……ドーパントなのか!? いや、それにしてはメモリを使っていなかったし……』
「私が異形で、驚きましたか? でも……お仕置きは、ここからですよ」
 言うと同時に、走る。それ程早い訳ではないが、驚愕で隙だらけの相手には充分なスピードだろう。その速さに乗せて、私は固めた左拳を相手の鳩尾部分に叩き込む。
『ぐぼあっ!?』
 ドスリと言う鈍い音との一瞬後、異形の悲鳴が響く。
 先も言ったが、私は技よりも力に特化している。恐らく、力技だけを見るならば一族でも一、二を争うだろう。その分、スピードと技には劣るが。
「オチちゃダメですよ、まだ終わっていないんですから」
『なっ!?』
 「な」に濁音が付いていそうな声を上げる相手に向かい、今度は相手のこめかみ……USBメモリを挿した方とは逆側……を殴りつけた。
 頭蓋の硬い感触を手に感じながらも、私は気にせずそのまま拳を振りぬく。皹くらいは入ったかもしれないが、そこはご愛嬌だ。それくらいしないと「お仕置き」にはならないだろうし。
『ぎ……ぎざまぁぁぁ……』
 地面に叩きつけられ、その勢いでアスファルトにひびを入れながら、それでも相手は憎々しそうに私に対して怨嗟の声を上げる。
 同時に、その体からバチンバチンとかなりの電気を発しだした。どうやら相手の力の源は、「怒り」、「憎悪」、「嘆き」などと言った負の感情らしい。「雷神の太鼓」から、円を描くように電流が迸っているのが見て取れた。
『よぐもぉ……許ざん、許ざんぞぉぉぉっ!!』
 相手が、吼える。その刹那、彼が後ろで循環させていた電流は、私目掛けて一気に放出される。恐らく、それは全身全霊の攻撃だろう。
 理解すると同時に私は高く跳んでその攻撃をかわす。「上」と言うのは追撃されると回避のしようが無い場所なのだが、今回ばかりはそこしかなかった。
 何しろ、放たれた電撃はあまりにも幅広く放たれており、「横に逃げる」と言う選択肢を完全に潰していたからだ。
『おおおおおお……るぅおをををををっ!』
 獣のような咆哮を上げ、相手は爛々と輝く瞳で前を見つめている。
 彼の体からは電撃が溢れるように迸り、バチンバチンと音を立てながら空気中に拡散している。
 だが……妙だ。
 確かに彼の電撃攻撃は、先程喰らった物に比べると遥かに威力が増している。だが……狙いが、まるで定まっていない。
 パワーと引き換えに正確性を失った……と言う事ではない。相手自身が、私の姿を……そして自分自身を見失っているのだ。
 己の力を制御しきれていない。ただひたすら、身の内に溜まる電流を外へ放出しているだけのように見えた。
 さっき頭部を殴った衝撃……なのだろうか? だったらもう一度、今度は逆方向から殴れば済みそうな気がしなくも無い。……勿論、余計に悪化する可能性もあるが。
「とにかく、今は自我を見失っている状態……と言う訳ですね」
 己を見失い、それ故に制御を離れてしまった力。力に翻弄され、彼はただひたすらに周囲を破壊している。
 力の扱い方を誤った者の、典型的な例だ。このまま放っておけば自滅するだろうが……それでは「お仕置き」にならない。彼には、己の罪を償うと言う義務がある。
 それに、見捨てるのは私の誇りに反する。「ファンガイアの矜持」と言っても過言ではないだろう。
「仕方ありません。一か八かの賭けになりますが……」
 とん、と地面に降り立ち、流れ弾のように飛んでくる電撃をかわしながら、私はライフエナジーを吸う為の牙……「吸命牙」と呼ばれるそれを展開、相手に向かって飛ばし、その首筋に突き立てる。
「まあ、とにかく……いただきます」
 呟くと同時に、相手のライフエナジーを奪いに掛かる。生かさず殺さずの加減は、結構難しいのだが……。
 相手が死なないよう加減しながら、徐々にライフエナジーを奪う。それに伴い、相手の電撃も弱まり、声も獣の咆哮から弱々しい悲鳴へと変わっていく。
 やがて相手のこめかみから先程見たUSBメモリもどきが抜け落ち、彼の姿が「異形」から「ヒト」に戻った。
 どうやら、彼を「異形」たらしめていた物は、あのメモリらしい。
 そう納得すると同時に、私は突き立てていた吸命牙を外し、自身も人間の姿……「彩塔硝子」へと戻す。異形でなくなったのであれば、私も本性で戦う必要は無いだろう。それは公平さに欠ける行為だ。
 崩れ落ちるようにその場に膝をつく警官に向かって歩を進め、とりあえず抜け落ちた黄色っぽいそのメモリを拾い上げる。よく見れば、真ん中に雷のデザインで「C」と書かれている。恐らくは、「Current」の頭文字だろう。
 興味深く思って眺めた刹那、そのメモリはパキンと軽い音を立て、真二つに割れてしまった。
 …………壊れた。どうしよう、壊すつもりは無かったのに。そんなに力は入れてなかったはずなのに、何でこんないきなり壊れてしまったの!?
「ああ……ブレイクされたのか……」
「す、すみません!! 壊すつもりは毛頭無かったのですが……!」
 ぼんやりとした表情で呟く警官に、私はおろおろとしながら言葉を返す。
 もしもこれが彼の心臓のような物だとしたら、私はとんでもない事をしでかした事になる。
 だが、彼の方はそんな私の慌てぶりがおかしいのか、吹っ切れたように優しい笑顔をこちらに向けた。
「いや……壊してくれて良かったんだ、お嬢さん。俺はそのメモリに振り回された」
「え?」
「俺はいつの間にか、その力に飲まれていた。自分の誇りを、傷つけた」
 ポツリポツリと落とされる呟きに、私は黙って耳を傾ける。
 恐らく、これは彼の懺悔だ。聞く必要があるだろう。
「最初は……夜間巡回で、夜遊びする子供達を注意して回っていたんだ」
 「お巡りさん」と言う職業上、彼は子供……特に十八歳未満の未成年を対象に、夜間巡回の際は注意していたらしい。
 世間的に「子供」と呼ばれる彼らにとっては、夜の街は冒険心をくすぐる遊び場のつもりだったのかもしれない。しかし、「夜」はその暗き闇故に、単純に冒険では済まされない、危険をも孕んでいる。だからこそ彼は、彼なりの正義感を持って注意して回っていたのだろう。
 だが、子供と言う物は得てして大人の言う事を聞こうとしないものである。分ったふり、反省したふりをすると言うだけならまだしも、中には口汚く注意した人間を罵る者までいる。
 そしてある日、彼はいつもの様に巡回し……そして注意した相手の中にいた少女に、散々罵られた後、スタンガンを食らわされたのだそうだ。
 その時の彼の絶望は、凄まじかったと言う。
 危ない目にあった事が無いから、あんな無茶が出来るのだ。
 ……ならば、夜遊びを後悔するような危険な目にあわせれば良い。
 いささか短絡的過ぎる気もするが、そんな風に考え、昔購入した「カレントメモリ」を用いて「電流の力」を扱う異形……ドーパントとやらになり、ちょっとした「お仕置き」をその子達にしたらしい。目には目を、電流には電流を、と言う事だったのだろう。
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