灰の虎とガラスの獅子

□アブないW/秘密のジョーカー
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アブないW/ご褒美の後のキケン


「かんらかんらかんら! 先生、新作を書きましょう!」
「……はぁっ!?」
 ある昼下がり。担当……斉藤帝虎のいきなりな発言に、俺は思わず声を上げる。
 待て待て待て。俺、今現在「灰の虎」シリーズだけで手一杯なんですが!? って言うか、この人、俺に正体明かしてから随分と無茶振り増えてないか!?
 思う俺を他所に、斉藤はばばん、と企画書を俺に見せる。
 えーっと……日付は来年の秋頃で、特別展……「Double Joker」……?
「何ですか、これ」
「ご覧の通り、特別展の企画です。実はウチも、スポンサーとして参加する事になりまして」
「はぁ」
「つきましては先生に、『ダブル・ジョーカー』と言うタイトルの本を書いて頂こうかと。それも連載で」
 ……俺は、連載小説と言う物を書いた事がない。
 確かに、スキルアップや売り出すチャンス……なのかもしれない。だがしかし!
「無茶振りしないで下さい、お願いですから。本当に今現在の『ヒロイン登場編』でいっぱいいっぱいなんですから」
「かんらかんら。……勿論、無報酬とは言いませんよぉ。……引き受けて下さったら、硝子ちゃんのキワドイ感じの秘蔵写真を差し上げます」
 そうは言われても、今回ばかりは譲れない。って言うか報酬は金でくれ。
 その意思表示の為、フルフルと首を横に振った俺に、斉藤は懐から数葉の写真を取り出して見せる。
 そもそも、何でここに彩塔さんが出てくるんだ? 妹のキワドイ秘蔵写真を持ち歩いてるって、どれだけこの人シスコンだ、確か聞いた話が本当なら、九九歳だよな?
 まあ……今度のヒロインにさせる服装とかの参考になるかもしれないし……何より、彼女の「秘蔵写真」とやらに興味が無い訳でもない。
 思いながら、差し出された写真に目を向け……………………
「ぶぅっ!?」
 硬直から抜け出した俺は、思わずその写真から目を背けて飲みかけの茶を吹き出し、口元を手で覆う。
 ななななな、何で彩塔さん、男の夢とも言えるロング丈のチャイナなんて着てるんだ!? 長いスリットからは綺麗な太腿が露わになっているし、胸元も確かにキワドイ。しかも凄く恥ずかしそうに俯いている部分はかなりツボ……
 普段のボーイッシュな格好も素敵な部類に入ると思うが、今回のこの格好は……正直に言おう、普段とのギャップが、逆に愛らしい。
「かんらかんらかんらっ! 食いつきましたね先生!」
「な……ななな、何でこんな格好を……!?」
「いやぁ、家は末子長女の兄三人と言う家で、僕は三男なんですが……実は次男の方が、硝子ちゃんにかなりきわどい服を着せる趣味を持っておりまして。これなんてまだマシな方ですよ」
「これでマシ!?」
「他にも猫耳娘とか、絶対領域が素敵なメイドさんとか……ああ、ボンテージもありますが」
 ぽんぽんと「彩塔さんのコスプレ写真」を見せながら、斉藤はちらりと俺を見やる。
 迂闊にも俺の視線は、最初に見せられた「チャイナ姿の彩塔さん」に釘付けになっており、ニヤニヤと笑う相手の顔には気付いていない状態。
 待て、冷静になれ、灰猫弓。彩塔さんはああ見えても六十代、俺の父母くらいの年齢だ。だから気にしてはいけない、気にしたら相手の思う壺だ。ああ、でも足のラインが綺麗だなぁ……いやいや、何を考えている、しっかりしろ、俺!
「……先生、ひょっとして足フェチですか?」
「違いますよ! そりゃあ、彩塔さんの脚線美は認めますよ、いっそミニスカポリスの格好してくれたら良いなぁとかちらりとは考えましたよ、この格好は反則だろうとか思いましたよ!」
「ありますよ、ミニスカポリス。見ます?」
「見たいけど見たら負けだと思うので見ません!」
 本音がだだ漏れている事にも気付かず、俺はきっぱりと言い放つ。
 見たら駄目だ、見たら死ぬ、絶対に目の前にいる男に殺される、主に過労で! それでなくても井坂にメモリを挿されて以降、あまり体調が良くないって言うのに。
「そんなに連載が嫌ですか?」
「だから、俺の体力を考えて下さい。俺の体力値は低いんです」
「何を仰るウサギさん。その分回復も早いじゃないですか。大丈夫、先生ならやれます。と言うか、僕がやらせますから!」
 「やらせる」が「殺らせる」に聞こえるのは気のせいだろうか。
 軽くこめかみを押さえながら、俺はちらりと相手を見やる。
 それまでの馬鹿騒ぎは何だったのか、彼の顔は妙に真剣な物に見えた。普段から無茶を要求する人だが、今回は何かこの人にも引けない事情があるらしい。
 これでもそれなりの付き合いだ、何となくだが理解できる。
「…………どんな裏があるんですか……?」
「まあ、ここだけの話……今回は、ウチの社の筆頭株主が発案しまして。どうしても、と」
「株式会社の悲しい事情ですね……」
「まあ、まだ時間的な余裕はありますし……無理にとは言いませんが、かなり切実に良い返事を期待してます」
 にこにこと笑いながら斉藤は半ば脅すように俺に言うと、よっこらせとおっさん臭い声をあげて立ち上がった。
 どうやら、今日はもう帰るつもりらしい。
「それじゃあ先生、失礼しますね」
「ええ、お疲れ様です。……って言うか、この写真は持って帰って下さい!」
「いやいや、先生にプレゼントしますよ。だって先生、硝子ちゃんの事、好きでしょう? かんらかんらかんらっ」
 高らかに笑うと、今度こそ斉藤は部屋を出て、あっと言う間にその姿を消した。
 ……なんか、とんでもない事を言われた気がするが……?
 いや、確かに彩塔さんの事は、使い古された表現ではあるが、「好きか嫌いかの二択」って奴で言えば、間違いなく「好き」に入る。
 俺の事を知っても、なお普通に接してくれるし、ちょっと変なところはあるが、基本的には良い人だ。
 そりゃあ彼女の正体を知った時は驚いたが……何と言うか、少しほっとしたって言うのが正直な感想だ。自分以外にも……オルフェノク以外にも、怪人がいるのだ、と。
 勿論、この街にはドーパントって怪人もいるが……それでも彼らは人間に「戻れる」。人間が変化した者でしかない。俺達とは……根本的に、違う。
 それがムカつく、頭にくる。中途半端に怪人になって、その力を楽しむなど。この街に及ぶ被害も省みず、誰かを巻き込む事に罪悪感も覚えず、ただ楽しんでいる。
――オ前ラダッテ、めもりガ無ケリャ、タダノ人間ノ癖ニ――
 ……っ!?
 また、俺は何を考えた? 今のは一体何なんだ!?
 メモリを挿されて以降、常に襲ってくる倦怠感と、泡のように浮かぶ「悪意」。最初の時こそ、ポツリポツリ程度だったのに、最近はその「悪意」が、俺の意思を無視して頻繁に顔を出す。
 ……いや、本当に俺の意思を無視して……なのか? 本当は、俺が心の奥底で持っている、本音じゃないのか?
――その目の奥には人間に対する憎悪が秘められている――
 井坂の言葉が脳裏を過ぎる。
 何で今、そんな事を思い出す? やはり俺の内には、そんな憎悪が……?
 考えれば考える程、暗い闇の淵に叩き込まれそうになる。タールの様にどろりとした何かが、俺の胸から溢れ、呪いの言葉となって口から零れ落ちる。それが、止まらない。泥のように溢れて、息が出来ない。
 止めたい、それなのに、止まらない。それが苦しい。
 余計な事を考える隙を与えるから、きっとこんな感情に振り回されているんだ。気分転換に散歩にでも出かけよう。
 軽く頭を振り、頭を占めるどす黒い考えを追い出して、俺は気分転換を兼ねて出かけて行った。


 小高い山の上。そこで俺は、いつも作品の構成を考える。
 今後の展開としては……主人公の正体を知ったヒロインが、敵に狙われる事になる。主人公の精神的支えである彼女を狙う事で、「敵」は主人公を追い詰める事が出来ると考えるからだ。
 狙われるヒロイン、それを守る主人公。

――『君の事は、絶対に俺が守るから』
 そう言う俺に、彼女は軽く首を横に振る。その仕草の意味が分らず、俺は軽く目を見開いた。
 拒絶されたかと、思ったから。
 しかし彼女は、そんな俺に向かって、意志の強そうなその瞳を向け……そして、きりりとした表情で俺に言う。
『守られているだけじゃ、嫌なの。お願い、少しは私を頼って』
 ……何てこった。彼女の方が男前じゃないか。
 その言葉に、そして決意に、俺はますます彼女に惹かれていくのを感じた。同時に……喪うかも知れない恐怖も――

 そんな文章が浮かんでくる。慌てて俺は携帯電話のメモ帳にそれを打ち込み、ふぅと一つ溜息を吐いた。
 俺がもし、彩塔さんを失ったら……こんな感情を覚えるだろうか? だが、物語の主人公は俺ではないし、ヒロインは彩塔さんじゃない。
 彩塔さんは「彼女」程しおらしくないし、感情表現が豊かでもない。それに無謀だ。自分の力に絶対の自信を持っているだけに、その傾向が特に顕著な気がする。
 それが、俺には危なっかしく見える。
 見た目がステンドグラスの様な体色をしているせいだろうか、力をかければ簡単に砕け散ってしまう気がして仕方が無い。常にハラハラさせられている。安心とは程遠い存在。
 ……彩塔さんが好きか? そりゃあ好きだ。好きでなければ気になど止めない。
 では、彼女に恋愛感情を抱いているか? それは分らない。恋に落ちたら、倒れ込む様な衝撃が走ると言うが、今のところそんな感情は無い。ただ……心配ではある。父性愛のような物を感じているのだろうか?
 ……明らかに彼女の方が、人生経験は豊富なはずなのに。
「あー、くそっ! 斉藤が変な事言うから……」
 ぐしゃぐしゃと髪を掻きながら、俺はポケットに忍ばせていたシガレットチョコを咥える。
 昔……俺がまだ、人間だった頃につるんでいた友人は、これを見て子供っぽいと苦笑していたが……
「そう言えば翔も荘吉さんも、これ見て子供っぽいって言ってたっけなぁ……」
 その翔太郎も、もう俺に関わる事は無いんだろうが……
 そこまで思ったその時。カツンと質の良い靴が石畳を叩く音が聞こえた。
 この、足音は……
「今日は、灰猫さん。お一人とは、実に無用心ですねぇ」
「……井坂、深紅郎!」
 帽子を軽く脱ぎ、紳士的な態度で挨拶をしてくる相手に、俺はギリリと奥歯を噛み締めながら敵意の篭った眼差しを向けた。
 この男は……まだあの「Ash」のメモリを俺に挿そうとしてるってのか? 冗談じゃない、あれは本気で痛いんだぞ。
「何故俺を狙う? そのメモリは、俺の体には合わないんだろ?」
「私はねぇ、灰猫さん。挿してみたいんですよ、自分に。……使用者の命を吸って、成長したメモリをねぇ!」
 恍惚の表情で言うと同時に、相手は白いメモリを鳴らす。
――Weather――
「ちっ!」
 鳴らしたメモリを右耳に挿すと同時に、相手は彩塔さん曰く「白騎士」……ウェザードーパントに変わった。
 いい加減にして欲しい。自分の欲望を叶えようとするその行動力は尊敬に値するが、それで人を巻き込まないで欲しい。まして、巻き込まれた方は命を落とすって言うんだから……マジで勘弁してくれ。温厚な俺だって、殺意が沸く。
 殺してやる、と言う気にだってなる。
 悠然とした態度でこちらに向かって来る相手を睨みながら、俺の顔にオルフェノクとしての影が浮かぶのを感じ、こちらもオルフェノクとして対抗しようと思った、まさにその瞬間。
「弓さん!」
『おやおや……煩い連中が来ましたか』
 誰かが、背後で俺の名を呼ぶ。そしてウェザーは、その声の主を視界に入れたのか、呆れたように息を一つ吐き出した。
 今の、声は……
 そんなはずは無い。あいつは俺が既に死んだ人間だと知ったはずだ。俺が「灰猫弓」を名乗る別人だと思っているはずだ。
 なのに、何故……何故、俺を守るように、翔太郎がウェザーと俺の間に立ってんだ!?
 驚きのあまり、オルフェノクとしての俺の顔は引っ込み、ぼんやりと翔太郎の背中を眺めていた。
「お前……」
「あんたが言ったんだ。自分で考えろってな。考えた結果……あんたは、俺の知る『灰猫弓』だと思った。それで充分だ」
 翔太郎と一緒に来たのだろうか。少し遅れて亜樹子さんとフィリップもこの場に到着する。
 ……全く。こいつは本当にどこまでも……
「どこまでもハーフボイルドな男だなぁ、翔」
「酷ぇよ弓さん! 俺は純然たるハードボイルドだぜ?」
「ハーフボイルドと言われて、いちいち反応する時点でハードボイルドからは程遠いっての。本物のハードボイルドなら、茶化されてもフッと鼻で笑い飛ばすくらいはしろ」
 にやり、と悪人めいた笑みを浮かべつつ、俺はポンと翔太郎の肩を叩く。
 さっきまで俺の心を占めていた悪意はどこに消えたのか。正直不思議に思うが、それは多分翔太郎の持つ魅力のせいだろう。こいつには、昔から他人の悪意を霧散させる何かがあった。
 それを前にしても悪意を持っていられる奴っていうのは……俺に言わせれば、本物の悪人だ。
「僕はまだ、君の事を疑っているけれどね」
「上等。探偵たる者、常に疑いの心を持て。荘吉さんの教えの一つだな」
 俺の右隣に立って、フィリップが言葉とは裏腹な楽しそうな声でそう放つ。
 探偵には、信じる事と疑う事の両方の仕事を課せられる。それは一人の人間では、正直難しい話だ。
 だから、だろうか。翔太郎は信じる事担当で、フィリップは疑う事担当なんだろう。きっと彼らは、二人で一人の探偵なのだ。
「行くぞ、フィリップ」
「ああ」
 そう言って、彼らは真っ直ぐにウェザーを見つめながら。
 一本ずつガイアメモリを取り出した。
――Cyclone――
――Joker――
 ガイアメモリが、己の内に記録されている記憶の名を告げる。フィリップの持つ「サイクロン」に、翔太郎の持つ「ジョーカー」。
 翔太郎が持っているのは黒いメモリ。書かれているのは黒に近い紫で「J」。それを右手に持ち、右半身を前に出しながら斜めに構える。
 一方のフィリップが持っているのは緑色のメモリ。書かれているのは白に近い薄緑で「C」。それを、左手に持ち、左半身を前に出しながら、やはり斜めに構える。
 左右対称なその構えは、ぱっと見ると腕の形が「W」を描いているように見えた。
 まさか、こいつらもドーパントなのか!?
 そう思い、やめろと言いかけるよりも早く。
『変身!』
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