臨時講師は虎と獅子

□激・突・異・形
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臨・時・事・情


 俺は灰猫弓と言う。本業は小説家。
 ……なのに、だ。何故か俺はここ、天ノ川学園高校で理科の臨時講師をしている。
 それもこれも、全てはあの自称「変人」のマスカレイドドーパントのせいだ。
 何でこっちの許可無く臨教の書類を通してやがる。おまけに免許偽造済みって……それはアレか、財団とやらの力か、そうなのか。
 そもそも、校長が偽造に気付かないとか、どうなんだよ。何かにつけて「軽い」とか「重い」とか、フラフラとヒトを秤にかけるような事を言うあの優男。俺は正直、いまひとつ信用出来ない。
 色々と思うところがあるせいか、朝も早くからがっくりと突っ伏すようにして、俺は深い溜息を吐き出した。
 とてもじゃないが、教員の取るような姿勢とは言えない。何しろ、机の上に顎を乗せ、死んだ魚のような目でぼんやりと正面を見ているのだ。こんなんで教員やれるって言うんだから、本当にどうなんだよと思う。
「深い溜息ですなぁ、灰猫先生」
「ああ、大杉(おおすぎ)先生。……いえ、少し疲れただけですよ」
 そんな俺に、生活指導主任の大杉 忠太(ちゅうた)先生が、サスペンダーをバチンと鳴らしながら声をかけた。
 背が高く、細身……と言えば聞こえは良いが、ぶっちゃけて言えば痩せすぎだし、髪も「禿げてはいないが少ない」といった所。ご面相も…………正直色々残念な教員(ひと)だ。
 この手の教員には学生の頃から苦手意識があるんだが、一応同じ理科の教員……と言ってもあちらは主に履修者の少ない地学をメインに担当しているんだが、とにかく今後どれくらいの付き合いになるかもわからないので、とりあえず当たり障りの無い言葉を返しておく。
 しかしどうも、俺はこの大杉先生には良く思われていないらしい。何かにつけて突っかかってこられる事が多く、対応に困る。
――基本的にお前、引き篭もりだもんな。話しかけられてまともな対応出来るとは思えない――
 引き篭もりである事は否定しないが、俺の中で引き篭もっているお前が言うな、アッシュ。腹立つ。
 自分の中に住む「もう一つの人格」とも呼ぶべき存在、「アッシュ」と名乗る相手に、心の中で返し、俺は未だ見下ろしたままの大杉先生に視線を向けた。
 こちらがぼんやりしているのが気に障るのか、彼は人指し指をブンブンと上下に振りながら、何やら説教をかましてきている。
「友達感覚で生徒と接しちゃ駄目なんです。いくら女子生徒に人気があるからって、そこを勘違いしちゃいけない。私なんかね、生徒から畏怖を込めた眼差しで見られる事はあっても、憧れの目で見られた事はありません」
「はあ……」
 それ、畏怖じゃなくて軽蔑じゃ?
「そもそも、教師と言うのは威厳が大事なんです。良いですか? 舐められたらそのままずるずると生徒に馬鹿にされ続けるんです。大体……」
――凄ぇ。こいつ百パーお前への僻みと嫉妬で構成されてるっぽいぞ――
 いや、楽しむところじゃないだろ。お前本当に性格悪いな。
――「性格悪い」とか、お前が言うか!?――
 まだまだ続きそうな大杉先生の「お小言」を右から左に聞き流しつつ、俺はやはり心の中でアッシュに対してツッコミを入れる。
 大杉先生には悪いが、俺の目的はあくまで「怪人探し」であって、「良い教員である事」ではない。
 本職が教員だと言うのなら、それなりに努力もするが、残念な事に俺は小説家だし、そもそも教員の免許も取得していない。出来る事ならあまり不特定多数の人間と関わるのだって御免被りたいと言うのに。
 思いつつ、はあと再度溜息を吐き出しそうになった瞬間。俺の後ろから、心底がっかりしたような女の声が響いた。
「それじゃあ、私も馬鹿にされているんでしょうか……」
「そ、園田(そのだ)先生!」
 その女の声に、大杉先生があからさまに上擦った声を上げる。それだけで、俺は後ろにいる人物の正体を理解した。
 ……園田 紗里奈(さりな)先生。容姿端麗な女性であり、生徒から「友達感覚」で見られる教員の代表格だ。確か担当教科は国語、とりわけ古文だったと記憶している。
 その容姿ゆえ、彼女に熱を上げている教員や生徒も多い。
 大杉先生は彼女に熱を上げている人物の筆頭と言って良いだろう。端で見ていてもかなり分り易く態度に示しているのだが、彼女の方は気付いていないのか、それとも気付いていての行動なのか、結構さらりと彼の言動を流している。
――恋愛事に鈍いって点じゃ、お前もどっこいどっこいだと思うがな――
 黙らっしゃい。
 先程彼女が放った言葉の中に落ち込みの色を感じ取ったのか、大杉先生はおろおろとしながら、「そんな事ありません」、「園田先生は悪くないです」、「親しみやすいって事ですよ」などと弁明している。
 まあ、確かに園田先生の見目は綺麗だと思うし、可愛いと言っても良いのだろうが、生憎と俺には恋人がいるので特に興味もない。
 …………その恋人と、調査の為とは言え、学園内ではひたすら険悪な雰囲気を作らなくてはならない事が、今の俺にとっての最大のストレスだったりする訳だ。
 俺の後に赴任してきた臨時講師、彩塔硝子。
 表向きはひどく仲が悪いフリをしてはいるが、実際は俺の恋人だ。出会ってから二年程経過するが、最近になってようやく彼女が俺を名前で呼んでくれる様になったと言うのに。
 はあ、と再び溜息を吐くと、今度は彼女の後ろから大杉先生とは違う男の声が聞こえた。
「重いねぇ。教員生活を始めて三週間……そろそろ生徒達の期待の重みを実感し始めたのかな?」
「……おはようございます、校長先生」
 すっと手首を返し、いまだ突っ伏し気味の俺に人指し指を差し出したのは、赤い革ジャンを着た若い男。目元に穏やかな笑みを浮かべているこの若い男こそ、この学園の校長である速水(はやみ) 公平(こうへい)その人だ。
 名前が「公平」であり、二言目には「軽い」だの「重い」だの言うこの人物を、俺は影でこっそり「天秤」と呼んでいる。さっきも言ったが、俺はこの男を信用できない。
 俺自身、この学園で演技をしているせいもあるからか、この人の「若くて二枚目で『穏やかな人柄』」と言う評価を嘘くさく感じてしまっている。
「おはようございます、校長先生、大杉先生。……そしてそこに立たれると非常に邪魔です園田先生。どいて下さい」
「ご、ごめんなさい彩塔先生。……おはようございます」
 俺達の「娘」を学校まで送ったのだろう。俺と時間差をつけて登校して来た硝子が、非常に冷たい視線を席に群がる先生達……無論、俺も含む……に送りつつ、自身の席である俺の横に鞄をどすりと置いた。
 そんな彼女の冷たさに当てられたのか、園田先生もビクリと体を震わせると半歩下がって彼女に道を譲る。
 俺との「仮初の敵対関係」を築く為の雰囲気作りもあるのだろうが……それ以前に、彼女が何故か園田先生を嫌っている節がある。これは演技ではなく、本当に。
 先日家でその理由を聞いたら、「本能的に受け付けないんです、あの人」と言っていた。ちなみに大杉先生の事は「生理的に受け付けない」と言っていたか。多分、俺が速水先生を受け付けないのと同じ感覚だろう。
 あからさまに冷たい態度の彼女に、速水は困ったような笑みを浮かべ……
「軽いねぇ。公的な場で好悪をあからさまに示すのは、あまりにも人として軽い。まして君は今、この天高(あまこう)の教師だ。生徒を星々へ導く者としての行為としてはひどく軽い」
「申し訳ありません。……朝から少々、不愉快な目にあったので」
「不愉快な目? それは、今朝の斬新な髪型と髪飾りに関係が?」
 にこりと笑い、彼女がもっとも嫌うであろう「エセホスト」の口調で言いつつ、俺は彼女の髪にそっと手を伸ばす。
 いつもは綺麗に整えられている彼女の短い黒髪が、今はぐちゃぐちゃに乱れている。所々に鱗のようなものが絡まっており、俺はそれをそっと外す。
 鱗のような物……と言うか鱗その物だ。それも魚のような薄い物ではなく、爬虫類の持つ比較的硬い物。
 暗に何があったのかを聞くと、彼女はフ、と冷笑を浮かべ……
「ああ、ありがとうございます灰猫先生。先程、門を入った瞬間ですが空から蛇が降ってきたもので。追い払うのに苦労しました」
「ほう?」
「ちょっ。彩塔先生! へ、蛇なんて普通降ってくる物じゃないでしょ!?」
「大丈夫ですか彩塔先生? 噛まれたりとかはしませんでした?」
 彼女の言葉に驚いたのか、速水先生は軽く目を細めて彼女を見やり、大杉先生と園田先生は彼とは反対にぎょっと目を見開きながら言葉をかける。
 かく言う俺も、表面上はニヤリと笑って見せているものの、物凄く心配だ。
 硝子が蛇程度で驚くような女じゃない事はよく知っているし、噛まれた程度でびくともしないのも知っている。
 と言うか、噛まれる前に彼女の殺気で蛇が逃げるだろう事もよく分る。分るがしかし、心配なものは心配だ。何たって俺の恋人なんだから。
「ご心配なく。噛まれていたらこの場にいません。……それにしても、今日の天気予報では蛇が降るとは言っていませんでしたよね? 外れるにも程があります」
「どれ程腕の良い気象予報士でも、生物の動きまでは予測できませんよ。……まあ、怪我が無くて何より」
 後半は俺の本音だが、それを周囲に悟られる訳には行かない。あくまで「灰猫先生」として、嫌味ったらしい口調でそう彼女に告げると、彼女の方も「彩塔先生」として、目が笑っていない笑顔をこちらに向ける。
 そんな俺らを、囲んでいる三人の先生も困ったように見つめ……だが、速水先生は忙しいのか、呆れたような溜息と共に教員室から立ち去り、大杉先生の方は厄介事に関わりたくないのか、俺らには何も言わず、おろおろと困惑する園田先生の腕を引いて自席へと戻っていくのだった。
 ……それにしても……
「蛇か。……二度目だっけ?」
「はい。前回はロッカーに毒蛇、今回は毒を持たない大型の子で絞め殺されかけました。……もしかすると、相手は蛇を操る力を持っているのかもしれません」
 周囲に聞こえない程度の声で言葉を交わしつつ、俺達は小さく溜息を吐き出した。未だ正体の見えぬ相手と、見える形で襲ってくる蛇に、警戒しながら……


 コォン、と四時限目終了のチャイムが鳴ると同時に、教室にいた生徒達は一斉にカフェテリアへと向かう。基本的にここの生徒は、弁当を持っていてもカフェテリアで食事をするのがスタイルらしい。教室で弁当を広げて……と言う光景は、あまり見かけない。
 がらんとした教室の中に残っているのは、教科書を立てた状態で机に突っ伏して眠っている、リーゼントに短ランの「バッドボーイ」と、それを呆れた視線で見やる「保健室の主」、そして「宇宙オタク」と名高い女子生徒の三名のみ。
「おーい如月(きさらぎ)、寝るなとは言わないし、つまらないならそれは俺の力量不足だ。だが若人よ、せめて昼飯くらいは食え」
「はっ! 昼飯!? チャイム鳴ったのか!?」
「ついさっきな」
 俺の声が聞こえたのか、ガバッと身を起こした「バッドボーイ」こと如月 弦太朗(げんたろう)なる彼に、「保健室の主」こと歌星(うたほし) 賢吾(けんご)が呆れた声で返す。
 不良っぽく見えるが根は真面目そうな如月と、見るからにそう言う奴が苦手そうな歌星がつるんでいると言うのは、正直驚きなのだが……橋渡しを、間に立つ「宇宙オタク」こと城島(じょうじま) ユウキがしているのだろう。まあ、仲良き事は良い事だ。
「起こしてくれてありがとな、灰猫センセ」
「出来れば起こす必要が無いよう、最初から起きていてくれるとありがたいんだけどな」
 一緒に教室を出ながら、苦笑を浮かべて言ってやると、如月もばつが悪そうに後ろ頭を掻いて半笑いを浮かべる。
 これは俺の主観だが、如月は見た目程「バッドボーイ」ではないと思う。授業の成績は芳しくないし、時折授業中に姿を消す事があるが、まあそれは若さ故の暴走って奴だろう。むやみやたらに授業を崩壊させるような事はないし、不要な暴力も振るわない。
 だからこそ、歌星もつるんでいるんだろうと思う。俺の勘だが、この二人は風都にいる某探偵二人組のような良いコンビになるんじゃないか。
 思いつつ、俺も教員室に戻るべく、カフェテリアに向う彼らと共に階段を下る。
 カフェテリアと教員室は、どちらも校舎の一階にある。向かう方向が同じと言う事もあって、少し他愛ない会話を交わしていた……瞬間。俺の注意力が散漫だったせいか、踊り場で向かいから来た誰かとぶつかった。
「きゃっ」
「おっと、すまない」
 勢いで倒れそうになる相手を支え、その顔を見下ろす。
 緩くウェーブがかかった黒髪に、目の下に施された黒いメイク。首元のリボンも、学校指定の臙脂ではなく黒に近い色。抱えているのは某社の薄型コンピュータ。
 確かこの激しく特徴的な子は……
野座間(のざま)さん。大丈夫か?」
 一年生の野座間 友子(ともこ)。初対面時、俺の顔を見て「嘘っぽい」、「変な力を感じる」など、若干どきりとさせられる台詞を吐き出された記憶がある。
 勘が鋭く、どうやら俺に対して違和感を抱いているらしい。彼女には随分と警戒されている。
 ……まあ、俺も「ヒトにあらざる者」だから、その勘は正しいのだが。
 相手が俺だと分った為なのか、彼女は一瞬ビクリと体を震わせると、すぐさま俺を押し戻すようにして体を放し、半ば睨むような目で俺の顔を見つめ……
「……やっぱり、変な力を感じる」
 言うと同時に、彼女は何かを探るように俺が着る白衣のポケットを勝手にまさぐる。
 ……って待て待て待て! そこには……
「これだ」
 慌てた時には既に遅く。彼女は素早くポケットからUSBメモリに似た物体を取り出すと、それを観察するように見つめる。本体部分に、六つの弾丸で「B」とデザインされた鈍色のそれは、一般のUSBと比較して結構大型だ。間違いなくコンピュータ系のコネクタには合わない作りをしている。
――へえ? メモリを一発で見抜きやがった。面白ぇ小娘だな――
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