臨時講師は虎と獅子

□邂・逅・困・惑
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激・突・異・形


「サソリ、ですか?」
「ああ。それが『蛇使い』……『オフィウクス』とか言う奴を援護していた」
 六時限目が終わり、生徒や教師達がホームルームを(おこな)っている頃、私は弓さんに呼び出されて部室棟の屋上に来ていた。
 ここは基本、生徒の立ち入りは禁止されているので、校内での情報交換には主にこの場を使っている。
 ここなら殆ど人は来ないので、誰かが近付いてくれば足音で分り、対決モードに切り替える余裕が生まれるからだ。
 それはさて置き。弓さんが昼休みに「敵」と対峙したと言う事実を聞きながら、私はすっと目を細めた。
「オフィウクス……それが今回の下手人と考えるべきでしょうか?」
「十中八九、そうと見て間違いないだろうな」
 オフィウクスとは蛇遣座(へびつかいざ)を指す。成程、確かにそれならば蛇がわらわらと襲ってきたのも頷ける。
 蛇を怖いとは思わないが、いきなり頭上から降ってくるとかは勘弁して欲しい。その程度で失神する程か細い神経は生憎と持ち合わせてはいないが、頭に蛇を乗せて歩くなど……ファンガイアの怨敵、レジェンドルガ族であるメデューサじゃあるまいし、勘弁して欲しい。
 まあ、私の事はさて置くとしても。その矛先を向けられた別の人達は、確かにひとたまりもないだろう。生理的な嫌悪感を抱くだろうし、場合によっては噛まれてパニックを起こす。毒蛇だった場合は、悪戯では済まされない事にだって発展する。
「問題は三つ。オフィウクスって奴の正体と、奴の狙いを固定させる事。あとはそいつを手助けするサソリをどうするかだ」
 話を聞いている限り、オフィウクス自体は然程強くないらしい。しかし、それを助けたサソリに関して、弓さんは「嫌な感じがした」と言う。
 彼の矢を全て弾き、手から光線とか出す時点で、厄介な相手だと言う事は分る。
 今回の一件を片付ける為には、そのサソリの足止めをし、その上でオフィウクスを止める必要がある。
 止め方はよく分らないが、クーク曰く「その辺はドーパントと同じ」との事。つまりドーパントで言うガイアメモリに相当する物を破壊すれば良いと言う事なのだろう。
 とは言え、弓さんの言う通りオフィウクスの正体が分らない以上、こちらから行動に出る事は難しい。その為にも相手の狙いを「私」に固定しなければならない。と言う事はつまり……
「……今まで以上に警戒しつつ、弓さんとはおおっぴらに喧嘩しないといけない訳ですね」
「喧嘩と言うか、嫌味の応酬だな。……好きな女を罵るのは、精神衛生上よろしくないんだけどなぁ」
 言いながら、彼は心底困ったように笑う。
 多分、言葉通り「彩塔先生」とのやり取りは、「弓さん」にとっては疲れるのだろう。彼は基本的に、他人を貶めるような言葉を好まない。
 私も、好ましいと感じている人物を貶すのは心苦しい。相手が、愛しい人ならなおの事。
「硝子、一応言っておくが……頼むから、俺の事頼ってくれよ?」
「はい?」
「オフィウクスが現れた時だよ。お前はさ、相手が何者であれ、一人でどうにかしようと無茶するだろ? それが心臓に悪いんだ」
 ぎゅっと自身の心臓を掴み、弓さんは本当に苦しそうな笑みを浮かべてそう言った。
 こう言う表情をするときは、本当に心配している時だと知っている。そして……私も同じ様に思っている事に気付いていない時にする表情である事も。
 同じ台詞を、そっくりそのまま返したい。私だって、弓さんに頼って欲しいし無茶をして欲しくない。
 昼休みの一件だって、オフィウクスを追う前に、私の事を呼んで欲しかったと言うのが本音。
 だからこそ……私はにこりと、「演じていない笑み」と言葉を返した。
「わかりました。何かあれば、極力弓さんに頼ります」
 …………そう返しても、彼は納得できていない様子ではあったが。


 屋上で弓さんと別れ、棟内をうろうろとしていると、一箇所どうしても気になる場所があった。
 使われていない廃部室。中にあるのは古びたロッカーや、積み上げられたダンボールなどの所謂ガラクタが所狭しと並んでいる。
 にも拘らず、どう言う訳かこの部屋はやたらと綺麗だ。蛍光灯はきちんと点くし、埃も然程溜まっていない。恐らく、何者かがここをよく利用しているのだろう。
 ……ひょっとすると、オフィウクス達「アストロなんとか」を使っている者達が隠れ家的に使っているとか? となれば、隠れやすいのは……
 考えながら周囲を見回すと、ふとどこからか人の気配がした。敵意は感じないが、間違いない。この部屋には、私以外に誰かがいる。
 まさか、本当にオフィウクスがいるとか!?
 警戒しながらも、私はその気配の出所を辿ろうと意識を集中させる。しかし、感じられる気配は一人じゃない。四……いや五人。まさか、そんなに沢山の人間がこの部屋の中に隠れて……? 同時に襲われた場合、厄介な事になりそうな……
 一瞬、先程弓さんに言われた「俺を頼れ」と言う台詞が脳内で蘇る。だが、ここでこの場を離れて、折角の手がかりを失うのも痛手だ。
 すぅっと目を細め、気配のある場所を探し……やがて私の目は、入り口付近のロッカーで止まった。
 人が一人隠れるには充分な大きさだが、そこに五人もの人間が入るとは思えない。気のせいだと思いたいが、気配はそのロッカーからしている。
 ……開けてみて、五人が某雑技団よろしく詰まっていたらどうしよう。それはそれで怖いかもしれない。
 などと馬鹿な事を思いながらも、ごくりと息を飲み、私は恐る恐るロッカーの扉に手を伸ばし……
「彩塔先生」
「は、ひゃいっ!?」
 唐突に背後から声をかけられ、集中していた意識が途切れる。むしろ集中しすぎていたせいで、背後に生まれた気配に気付けなかったのは失態だろう。
 上擦った声を出しながら振り返った先には、大柄な男子生徒が爽やかに見える笑みを浮かべて立っていた。
 大柄とは言ったが、粗野な印象は無い。二重瞼に整った顔立ち、制服であるブレザーではなく、赤を貴重とした学園のスタジャンを纏っているのは、彼がこの学園が誇るアメフト部に属しているからだろう。
 ……確か、彼は学園の「キング」と呼ばれていたか。
「こんにちは。えーっと……一文字隼人君、でしたっけ?」
「……大文字(だいもんじ)です。大文字 (しゅん)。『一』じゃありませんし、『人』はいりません。ところで、質問があるんですが」
 きゅぴぃん。
 軽い敬礼のようなポーズと同時にウィンクを送るという、やる者がやったら気障(キザ)以外何者でもない仕草と同時に、変な幻聴が合わさって聞こえる。
 しかしそうか、大文字君だったか。何故私は「大」の字を分解して「一」と「人」にしたのか、ちょっとよく分らない。
 そんな彼の影からもう一人、彼の背後にいるには少々似つかわしくない青年がひょいと顔を出した。
 明るい茶に染め、軽くウェーブをかけた髪、ブレザーの下に着た色鮮やかなジャケット。遊び人、チャラ男などと言う表現がよく似合いそうな子。
「俺も俺もっ。俺も、質問があるんですけどォ〜」
「えーっと、あなたは一年の……」
「俺の事はJK(ジェイク)って呼んで下さ〜い」
 しゅっと左手で「J」、右手で「K」を作り、それをクロスさせたポーズで言いながら、こちらはどこか裏のありそうな笑みを浮かべて言う。
 (じん)、と言う苗字の子ではなかったかと思わなくもないが、大文字君の件もあるので、今の私の記憶力はあてにならないので黙っておく。
 しかし愛称で通そうとするとは……最近の子はよく分らない。いや、「真名」を名乗らぬ私が言えた義理では無いのだが。
「……すみません、まだ全校生徒の名を覚えきれていないので」
「赴任して一週間じゃ、仕方ありませんよ」
「俺もまだまだ覚えてない奴多いし」
 愛想笑いを浮かべて言う私に、二人の青年は爽やかに……そしてかなり胡散臭い笑いながら言うと、大文字君がするりと私とロッカーの間に入り込み、そしてJK君は私の手を取ってぐいぐいと廊下へ向けて腕を引く。
 ……どうやらこの二人、私をこの部屋から引き離したいらしい。自然を装っているが、私に言わせればかなり不自然な動きだ。
 まさか、彼らはオフィウクスの仲間?
 そんな考えが脳裏を掠めるが、それも何か違和感を覚える。もしも本当にオフィウクスの仲間だと言うのなら、そんなまどろっこしい事はせず、さっさと蛇を使って私を襲えば良いだけの事。
 目の前の二人が本気で質問をしたがっているとは思えないが、少なくとも私に対する敵意は無い。ただ純粋に、「困っている」だけだ。
 ……この年頃の青年だ、女性に見られては恥ずかしい物とかかも知れない。
 人の気配も、ひょっとすると隠れてこっそりエアバンドの練習とか、隠れてこっそりジャグリングとか、隠れてこっそりグラビア写真を見ていたとか、そう言う青年達の集まりと言う可能性もある。
「……わかりました、今行きますから引っ張らないで下さい」
 そう言った瞬間、彼らの顔に安堵の色が広がるのが見えた。
 ……と、言う事は、やはりあのロッカーの中には見られては困る物が? 同じ男性である弓さん相手なら見せたのだろうか?
 などと思いつつも、私はJK君に引き摺られ、更には大文字君に押されるままに教室の前まで到着し……
 刹那、ざわりと全身総毛立つ様な感覚に囚われ、教室の扉を開けようとするJK君と、後ろで肩を押す大文字君の腕を半ば反射的に掴んで半歩下がると、教室から引き剥がすように彼らの体を勢いよく引いた。
「なっ!?」
「わっ!」
 思わず本気で引いてしまったので、彼らの体がぐらりと傾ぐ。彼らも引っ張られるとは思っていなかったらしい。驚いたような悲鳴をあげ、よろめきながら非難と困惑の混じった視線をこちらに送る。
 だが次の瞬間。彼らが開けるはずだった教室の戸が勝手に開き、そこから数多(あまた)……と言う表現では生温い事この上ない数の蛇が、こちらに向かってずるりと這い出したのだ。
 それを見るや、JK君の頬はひくりと引き攣り、大文字君の柳眉が歪む。かく言う私も、予想していたとは言え流石にこの数はドン引く。
 教室の床は一面蛇、蛇、蛇。白いはずの床本来の色は見えず、毒々しいまでの斑模様に変わっており、それがうぞうぞと蠢いている。もしもこの場に「普通の女子生徒」がいたら失神していた事だろう。男女問わず確実にトラウマになる光景だし、これが原因で登校拒否になったとしても、私は責めない。
「うええぁぁぁぁぁ!?」
「な、何だこの蛇は!?」
 弓さんの(げん)が正しければ、おそらくこれはオフィウクスの仕業。ならば狙いは恐らく「臨時講師・彩塔硝子」。その私が離れれば、二人が被害に逢う事は無い……と、思いたかったのだが、どうも世の中そう上手くは回っていないらしい。教室の床を埋め尽くす程の数の蛇を、オフィウクスは操りきれていないのか、それとも彼らをも敵と判断しているのか、一部の蛇は大文字君とJK君を捕食者の目で見つめている。
 ここで私だけが逃げても、確実に二人は噛まれるだろう。それはまずい。
 二人と共に後退りながら教室の中に視線を向ける。床一面を蛇で埋めつくされている教室の中、こちらに向けてニヤリと奇妙な笑みを浮かべて立っている、白衣を着た女子生徒の姿を見止めた。
 ……あれは、理科部の副部長、川奈瑠美? では、彼女がオフィウクス!?
 その考えに到り、私はキッと相手を睨む。しかし彼女は私のその目を「虚勢」と取ったらしい。口の端を更に吊り上げると、真っ直ぐに私を指し示して何事か呟いた。唇の動きから察するに、「やっちゃえ」だろうか。
 そうだと悟った瞬間、蛇達は一斉にこちらを向き、統率の取れた動きでこちらに向かって這い出してきたのだ。
「こちらです。付いてきて下さい」
 本能的に危険を察知し、くるりと踵を返して私はそう言うと、まだ少し呆然と蛇を見つめる青年二人の腕を引いて引き摺る。
 付いて来い、とは口先だけだ。「天高のキング」たる大文字君には悪いが、膝が笑っている彼らが自力で逃げ切れるとは思えない。年頃の青年二人は多少重いが、こちらが引いた方が絶対に早い。足を動かしてはくれているが、腕を離して引き摺るのをやめれば、恐らく彼らは追いつかれ、蛇の餌食となるだろう。
 ちらりと後ろを見れば、教室から這い出した蛇が群れとなってこちらを追いかけて来ている。一種の群体とでも言うべきか、一匹一匹は小さいのに、今はアナコンダもビックリの巨大蛇に見えるから恐ろしい。
 爬虫類は嫌いでは無いが、流石にこれは夢に出そうだ。
 私ですらこう思うのだから、引き摺られている二人の青年に関しては推して知るべし。顔を真っ青にしながらも、ようやく自力で私と並走してくれる。
 とにかく、この蛇を外に出さねば学校中がパニックになる。かと言って、普通に昇降口から出ては、やはり一般生徒の目に触れてパニックだ。
「大文字君、JK君。非常階段で逃げます。……お付き合い下さいますか?」
「ほ、他に逃げ場なんかないっしょ!?」
「……わかりました」
 こくりと頷きながら、彼らはそれぞれに言葉を返してくれる。
 とは言え、この状況。一人でどうこう出来るとは、流石に私も思っていない。ポケットの中からクークに渡された、ジュースの缶に似た「それ」を一つ取り出すと、プルタブに当たる部分を起こす。
 それが起動の合図になったのか、後は何もしなくてもその缶は鷹の形に変形し……
「弓さんを連れてきて下さい。お願いします」
 短く言うと、その鷹は小さく「タカ」と鳴くと、近くの窓から外に飛び出しどこかへと飛んでいく。多分、どこかにいる弓さんを呼びに行ってくれたのだろう。
 一方でこちらは近くの非常扉を開け、JK君、大文字君、そして私の順で階段を降りる。廊下が狭くて動き難いのか、蛇達は大分後方にいる為、今のところ追いつかれる気配は無いが……油断は出来ない。
 大文字君はこの並びに不満そうだったが、文句を言っている暇が無い事は重々承知の上なのだろう。黙って下まで降りてくれた。
「こ、ここまで逃げれば……もう大丈夫っしょ?」
「ああ、そうだと良いが……」
 ぜぇぜぇと息を切らせて言うJK君に、大文字君も額の汗を軽く拭いながら答えを返す。
 だが、世の中そんなに甘い訳がない。開けっ放しにしておいた非常扉の向こうで、微かに……だが、確実に、ずりずりと何かが這うような音がしているのだから。
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