臨時講師は虎と獅子

□蛇・遣・正・体
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邂・逅・困・惑


 オフィウクスに逃げられた物の、硝子の攻撃によってその正体が、理科部の部長、設楽明草である事が明らかとなった。
 なったのだがしかし……硝子は何だか釈然としない表情で、設楽とスコーピオンが消えた方向を睨みつけているし、俺も先程までの設楽……いや、オフィウクスの格好に釈然としない物を感じている。
 そしてそんな俺達を、硝子とは違う意味で如月達……特に歌星が、釈然としない表情で睨みつけている。何と言うか、敵意は無いが疑問や警戒心はあると言った感じだ。
 そりゃあまぁ、バレットメモリを使ったからなぁ。警戒されて当然だろうが。
――いや、多分こいつらが疑問視してんのはそこじゃないと思うけどな――
 呆れたようなアッシュの言葉を疑問に思うより先に。「変身」を解いた如月が、きょとんとした顔で俺と硝子を交互に見やり……そして言葉を放った。
「二人って……仲が悪いんじゃなかったのか?」
 …………
『あ』
 俺と硝子が同時に声をあげ……そしてしまったと言わんばかりに己の顔に手を当てる。
 そうだった。学園内での俺達は、「仲が悪い二人」を演じていたのに。頼ってもらえた事が嬉しくて、ついいつも通り彼女を「硝子」と呼び、彼女の方も俺をいつも通り「弓さん」と呼んでしまった。と言うか、演じている時からは考えつかない程の馴れ馴れしさで肩を叩いたし……
――当然、学生から見りゃ、そこが一番の疑問だろうな――
 さもありなん、と言いたげなアッシュの声が聞こえる。
「……悪い、硝子。やっちまった」
「いえ。私もやらかしていますので……」
 互いにがくりと肩を落としながら、俺達はさっと周囲に視線を巡らせ……
「ここで話すのもアレだな……部室棟の屋上へ行こう。そこなら人も少ないし、話しやすい」
 俺の言葉に完全に賛同した訳ではないのだろうが、その辺は気付かないフリをして……俺と硝子は訝る彼らの視線を背に受けながら、屋上へ向うのだった。


「恋人同士!? 灰猫センセと彩塔ちゃんが!?」
 一通りの説明……と言っても、俺と硝子が恋人関係にある事、最近起こっている怪人騒ぎを探るように「頼まれた」事だけを軽く説明した後。
 誰よりも真っ先に……そしておおっぴらに驚いたのは、如月だった。
 他の面々も多少なりとも驚く部分があったのだろう。目を見開いて俺達二人を凝視している。
「俺がオフィウクスに気に入られているのは、赴任してからの二週間ではっきりしたからな」
「下手に被害を増やすよりは、私が囮になった方が良いかと思いまして。それで学園内では仲の悪いフリをしているんです」
「でもそれって……不安にならなかったんですか? 彩塔先生が怪我するかも知れないって」
「現に、さっき襲われたっしょ? しかも、相手は殺す気満々で」
 城島の言葉に同意するように、「遊び人」の代表格であるJKが軽く眉を顰めて言葉を紡ぐ。
 硝子が襲われた時、大文字とJKも一緒に襲われているだけに、何かしら思うところがあるのかも知れない。
 確かに、心配や不安はあった。と、言うか今もある。
 硝子がファンガイアで、その中でも特に強い力を持つ存在だと言う事は充分に理解している。しっかりしているようで相当無用心だし、更に正々堂々を好む気質のせいか自力で解決しようと奔走する上、不意を衝かれる事にも弱い事も。
 だが、そんな不安を吹っ飛ばす位、俺は彼女を……彩塔硝子を信じている。俺と共に生きると誓ってくれた、彼女の事を。
 それを口に出すと、ただの惚気(のろけ)にしか聞こえないから言うつもりは無いが。
――お前、それモノローグのつもりだろうが、オレにはばっちり聞こえてるからな――
「弓さんを残しては死にません。それに……仮に私の身に何かがあっても、弓さんなら来て下さると信じていますから」
 俺の代わりと言う訳では無いだろうが、JKの言葉には硝子自身がさらりと返す。
 ……返すのだがしかしその台詞は。
Oops(ウップス)! こんな時に惚気!?」
 学園の「クイーン」、風城の言う通りだ。今のは完全に惚気にしか聞こえない。
 ……いや、今までの経験上、彼女にそんなつもりが無いのは知っている。知っているが、本人以外がそう思わないようでは意味が無い。
 恋人としての彼女は、自然に……と言うか天然なまでにその好意を俺に示し、時折回避不可能なクリーンヒットをかましてくる。
 あー……久々に来たな、硝子の天然爆弾発言。これで嬉しいとか思っている時点で、俺も大概だと思うが。
 かあと顔が紅潮するのを感じ、掌でにやける口元を隠しながら、俺はちらりと視線を硝子に向ける。本人は風城に「惚気」と言われた事を不思議に思っているのか、きょとんとした表情を浮かべ、「惚気たつもりは無いのですが」と小さく呟いていた。
 とは言え、確かに「こんな時に惚気」ている場合では無い。軽く湧いた頭の中を鎮めるべく、軽く頭を振ってから深呼吸を一つ。
 それを、律儀にも待っていてくれていたのか。今度は歌星が、冷めた声で言葉を放った。
「先生の事情はわかった。だが、これ以上ゾディアーツに関わらない方が良い」
 ゾディアーツってのは、あのオフィウクスやスコーピオン達の総称だろう。初めて聞く単語ではあるが、何となくそれは理解できる。
 硝子じゃないが、学生のゴタゴタに俺達大人が首を突っ込むのは筋違いだと思う。本来ならオフィウクスの事も、対抗手段を持つ如月達に任せるのが良いのだろうし、普段なら「ハイそうですか」と言って見捨てる所だ。
 ……が。
「今回はそうも言ってられないだろ。何しろ、図らずも俺が元凶みたいな所がある訳だし」
「それに、私に火の粉が降りかかるのは変わらないでしょう? 歌星君が何を言おうと、私は全力でそれを振り払います」
 ……いや、お前が全力で振り払うと、設楽が死ぬから。もう少し自分の腕力を自覚してくれ。
 にっこりと笑う硝子に心の中で突っ込みつつ、俺は視線を前に立つ面々に走らせる。
 俺達が関わる事に納得していない顔をしているし、事を公にされたくないと言う空気も感じられる。彼らは彼らなりに事情があって、ゾディアーツって連中と戦っているんだろう。遊び気分でやっている事で無い事は、さっきの戦いでも充分理解しているつもりだ。
 何しろ、そう言う連中を間近で何度も見ているのだから。
「お前らがやっている事を誰かに言うとか、そう言う事を恐れているなら、無用の心配だ。俺達だって隠したい事は山程あるし、お前らが真剣に連中と向き合ってるってのはわかってる」
「私達が心配してるのは、誰かに知られる事とか、そんなのじゃないんです!」
「さっきやお昼の時みたいな無茶したら……本当に、命に関わるよ」
 城島と野座間が心配そうに俺らを見つめてそう言った。
 ああ、成程。彼らは俺達を「普通の人間」だと思っている。メモリとマグナム、そしてクークに渡された缶型のメカを持っている事を知っていても、生身で戦うのは危険すぎると判断しているのだろう。
 ……いやまあ確かに、何も知らずに端から見てたら心臓に悪いよな、俺と硝子のやってる事って。
 階段から落ちた人間かばって床に後頭部打ち付けるわ、怪人相手に生身で大立ち回りするわ。硝子に会って、そして最初に彼女がドーパントと戦うと言い出した時、俺は何と言った? ……無謀だ、と言ったんだ。
 恐らく彼らが抱いている思いは、まさにそれだろう。何も知らない生身の人間が、怪人に立ち向かうのはあまりにも無謀、命知らず、足手纏い。目の前で怪我をされたら、気分が悪い。
 ……と言った所か。そうなるくらいなら、最初から関わるなと言いたい気持ちもよく分る。
 ぐっと言葉に詰まった俺を見て、畳み掛けるチャンスとでも取ったのか。歌星が冷めた視線をこちらに向けたまま、溜息混じりに駄目押しの言葉を紡いだ。
「そもそも、さっきの戦いでスイッチャーが設楽だと分ったんだ。こっちから打って出れば、これ以上二人に危害が加わる事はないだろう」
 う。まあ確かに、相手の正体がわかれば、襲われる前に潰せばいい。
 まして相手は設楽だ。居場所と言えば理科室か教室か図書館、そして自宅の四箇所くらいの物だろう。そこを見張っていれば、潰すのは簡単だ。スコーピオンと言う邪魔が入る可能性は高いが、奴が常に設楽の側にいるとは限らない。
 と、正直自分でもあまり穏やかとは言い難い思考を巡らせ、どう反論しようか悩んだその時。
 おずおずと手を上げ、声をあげたのは……硝子だった。
「それなんですが、実は私、納得していないんです。オフィウクスが、設楽明草君である事に」
「けど彩塔ちゃん、さっきも見ただろ? 蛇ヤローがあいつだって」
「そうなんですが……」
 彼女自身、自分で言葉にしながらも困惑しているのか、眦を下げて己の見た物を言葉に乗せ続ける。
「教室で襲われかけた際、その中央には、理科部副部長の川奈瑠美さんがいたんです」
「な!? あの状況でそれを見ていたんですか!?」
「はい。仮に彼女が、爬虫類が大好きだと言う奇特な方であったとしても、あの蛇の海の中を平然と立っていられるとは思えません。ですからてっきり、オフィウクスは川奈さんだと思ったのですが……」
「だが、実際は設楽だっただろう?」
「そうなんです。それがどうにも釈然としなくて……教室での光景は、見間違いだったのでしょうか?」
 自分の考えを言葉に乗せたのは、恐らく他人の意見を聞いて、考えを纏めたいと思ったからだろう。
 今の反応から見るに、一緒にいた大文字は硝子が見たと言う川奈の姿は見ていないようだし、歌星の言う通りスコーピオンが連れて行ったオフィウクスは、間違いなく設楽だった。
 教室で襲われた状況と言うのが、どれ程のものか、正直俺にはわからない。だが、先程見た「大蛇」を構成していた蛇の数を考えれば、教室の中でどうなっていたのかはある程度予想が付く。……仮に俺の予想通りの状況であったとして。そしてその状況に遭遇したのが普通の女性なら、見間違いだと言ってやる所だ。
 だが、立っていたのが硝子なら話は別。彼女の感性は人よりも少し……いや、大分ズレた所にある。彼女が見た人物が、本当に川奈である可能性は低くは無い。
「一応、確認してみます? 鞄の中にバガミール(こいつ)入れてたんで、映ってるかもしれないし?」
 へら、と口元に苦笑を浮かべつつ、JKが歌星に差し出したのは機械で出来たハンバーガーのような物。それを受け取ると、歌星はその中から何かスイッチのような物を取り出し、鞄型のコンピュータと接続した。
 どうやらそのハンバーガーもどき、カメラになっているらしい。映像をあのスイッチに記録していると言う事か。
 ……しかし、何故にハンバーガーの形をしている必要がある……? 持っていて自然……とも思えないしなぁ。
 それに、歌星って病弱なんじゃなかったか? そんな重そうな鞄を毎日持ち歩いているとか、実は結構体力あるとか? あるいは、実は軽い素材で出来ているのか? いやいや、だが床に置いた時の音は結構重そうだったぞ?
 とか思いつつ、俺も他の面々同様、歌星の鞄……と言うかコンピュータの画面を覗き込む。逆再生で確認しているのか、先程のオフィウクスと如月の戦闘が先ず映り、そしてしばらくの間廊下いっぱいの大きさで追ってくる「大蛇」。やがてそれが解け、教室の中へぞろぞろと入っていく。
 逆再生とは言え、その光景は何と言うか……壮観と言えば良いのだろうか。教室の床がびっしりと蛇で覆われ、それらがじっとカメラ……と言うか「こちら」を見ているのだ。
「Oops! こんな状況だったの……!?」
「め、眩暈がしそう……」
「うっ。これは……確かにちょっと引くわね」
 心底気味悪そうに言う風城と城島に、流石に野座間もこれは無いと思ったのか、小さく呻いて顔を顰める。
 おまけにこの場面で画像を止めて解析している事もあってか、女子三人は一歩引いた形でモニターを見やっている。
 ……まあ、気持ちは分らんでもない。これだけの数がいたら、男女問わず普通は引く。これをナマで見た大文字とJKは、実際かなり引いた事だろう。今もちょっと青褪めた顔で引き気味だ。
 そんな「蛇の海」の中央には黒い影が一つ、棒の様に真っ直ぐに立っている。光の加減で黒く映っているのか、歌星は手元のコンソールを素早く操作してそれを拡大、画像処理を施してその「影」を鮮明にしていく。
 白衣を纏った女子生徒。ニヤリと口元を歪め、獲物を狙うような視線をカメラの方へ送っている。
「うーん、確かにこれは川奈瑠美っすねー。こりゃあ確かに疑うわ」
「ですよね。見間違いでなかった事に、安心しました」
 JKの言葉に対し、硝子はほっとしたように言って画面を見つめる。
 歌星が再度コンソールに指を走らせると、一時停止状態の川奈の顔と、「オフィウクス」から設楽に戻った瞬間の画像が同時に映し出された。
 だが……やはりおかしい。思い切り、何かが足りないような……
――蛇がいねぇ――
 ん?
――蛇だよ、蛇。昼に見た時はこいつの体には蛇が絡まってたろ?――
「ああ、そうか……確かに、設楽の『オフィウクス』には、蛇が無いな」
「何だって?」
 アッシュに言われ、ようやく俺はその違和感の正体を知った。と言うか、何であんなデカい差に気付かなかったよ、俺。
 無意識の内にアッシュへの返答を声に出していたらしい。歌星が不審そうにこちらを向いた。
「実は、昼にも見てるんだよ。ほら、野座間が階段から落ちた後、俺は犯人を追いかけただろ? その時に」
「ええっ! そう言う事はもっと早くに言ってくれよ、灰猫センセ!!」
「無茶言うな如月。あの時点でお前らがオフィウクスに対抗できるなんて、知ってる訳が無いだろ」
「……それもそうか」
「まあとにかく。昼に見たオフィウクスには、蛇が絡みついてたんだ。左手から右足にかけて。だが、映ってるオフィウクスには付いてない」
 それに……気のせいだろうか。画面に映るオフィウクスは、蛇を「操る」事はしていてもその数を「増やす」事はしていないように見える。元の数が数だっただけに、減ったような印象は薄いが……それでも、俺がバレットメモリで蹴散らした後は確実に減っている。
 教室を埋め尽くす程の蛇を呼ぶ事が出来たんだ、減った分を補充する事くらい訳ないはず。なのに、それをしなかった。
――「しなかった」んじゃなくて、「出来なかった」んじゃないか? 昼間は、蛇呼ぶ時に体の蛇撫でてたろ、あいつ――
 ……確かに。じゃあ……
「設楽のオフィウクスは、偽者か?」
「それはない。設楽の持つアストロシンボルは、間違いなく蛇遣座……オフィウクスだ」
「即否定か歌星。……なら、昼に見た『オフィウクス』は何だったんだ? 蛇はどこに消えた?」
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