迷い込むのはイルカの女王

□本・音・願・望
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候・補・捜・索


 ようやく見つかったイルカさん……デルフィニスのお姉さんは、自爆スイッチみたいなそれを押した瞬間、ヒトの体を捨てて、完全に「デルフィニス」と言う怪人になってしまいました。
 そして、美羽お姉さんの「独り善がりな好意の押し付けは、迷惑だ」って言葉に怒ったらしく、プールの水を全部使ってわたし達を流そうと襲ってきたんです。
『今度こそ、綺麗さっぱり洗い流してあげる!』
 なんとなく……笑っているようにも、怒っているようにも、そして泣いているようにも聞こえる声でそう怒鳴ると、デルフィニスはその水をおもいっきり美羽お姉さんに向けて押し出しました。
 ……当然、美羽お姉さんの側にいるわたしにも、その水はやって来ています。
 でも、美羽お姉さんは怖がりもしてません。それどころか、まっすぐデルフィニスを見て、そして仁王立ちになって言いました。
「そんな事で、私に勝ったつもりなの? そんな……スイッチに頼った、自分の物ではない力で」
『何ですってぇ?』
「もしも本当にそう思っているなら、あなたは一生私には勝てないわ」
『……負け惜しみをっ! そこの子供と一緒に、消えてなくなりなさいよぉ!!』
 プールの水だけじゃなくて、水道から流れてる水も一緒になってデルフィニスの手元に集まると、大きな……わたしが五人くらい縦に並んだくらいの大きさの槍みたいに変形しました。
「まずい!」
 水の、ごごごって唸る音の合間に、赤いジャケットのお兄さんの声が聞こえます。
 確かに、このままだとずぶ濡れです。
「ずぶ濡れは、いやです」
『ずぶ濡れ? いいえ。流されるのよ、お嬢ちゃん! その女と一緒に!!』
 わたしの声が聞こえていたみたいです。デルフィニスがアハハと笑いながらそう言ったかと思うと、水の槍はわたし達の真ん前まで来ていました。
 それを見て、美羽お姉さんはぎゅうっとわたしを抱きしめてくれます。
 ……多分、水がかからないようにってかばってくれているんだと思います。でも、そんな事をしたら美羽お姉さんがずぶ濡れになっちゃいますし、きっとお背中も痛いです。
 ひょっとするとデルフィニスの言う通り流されちゃうかもしれません。
 そんなの、いやです。美羽お姉さんは優しくて、強くて、クイーンとしてのお手本になる人だと思っています。
 だから……
「サガーク、行きなさい!」
 美羽お姉さんの耳元ではありますが、わたしは少しだけ、わたしの中の「力」を引っ張り出して、後ろにいると思うサガークさんに向かって怒鳴ります。
 本当は、魔力が出ていっちゃっている時に、力を引っ張り出しちゃいけないってお姉ちゃんに言われているんですが……こういうの、「きんきゅーじたい」って言うんですよね。わたし、知ってます。
 わたしが力を引っ張り出したからでしょうか。今までは普通だった左のてのひらに、赤いバラとクイーンの駒の絵が浮き上がります。
 多分、目の色も、いつもの栗色じゃなくて、ステンドグラスみたいな虹色に「戻って」いる事でしょう。
 うー……でも、力を引っ張り出すと、いつも喋り方がお姉ちゃんみたいになっちゃうんですよね。それに、あんまり力を引っ張り出しすぎると、お姉ちゃんに気付かれちゃって、ナイショにならなくなっちゃいます。
 下手すると、周り真っ暗にしちゃいますし。
 そんな事を思う傍らでは、美羽お姉さんが驚いたような顔をわたしに向けてますし、命令されたサガークさんは、きゅっと了解したような鳴き声を上げると、真っ直ぐにデルフィニスの手元に向って飛んでいきました。
『何、何なのこれ!?』
「×▼√★☆△○、☆Ω%☆√θ○♭<」
 いきなり現れたサガークさんに驚いたのでしょう。デルフィニスは手元に纏わりつくサガークさんを追い払おうと必死になって手を振り回します。
 ですが、そこはわたし達「ファンガイア」と呼ばれる、ヒトとは異なる種が生み出した人工モンスター。ひらりひらりとその手をかわして相手の集中力を失わせ、プチプチと水を操っている「光の糸」を引きちぎっています。
 サガークさんにその糸が見えているとは思えません。多分、魔力に似た気配を察してそれを切っているのでしょう。
 でも、ある程度引きちぎれば、当然操れなくなった水はその場で「ばっしゃーん」ってことになります。そうなった時、流されないにしても、やっぱりずぶ濡れにはなりますから……
「やっぱり、お守りは大事です」
 わたしが小さい頃にテトテトとモノおじちゃんが作ってくれたイルカのお守りに、引っ張り出した力をちょっとだけ込めます。
 お姉ちゃんから聞いた話だと、このお守りはわたしを護ってくれる物で、力を込めると、ちょっとだけ「護る範囲」が大きくなるそうです。
 つまり、今も「護る範囲」が広がった訳で……
 次の瞬間、デルフィニスが支えきれなくなった水が暴走しました。わたし達を流すほどの勢いは無いものの、大きな波のように頭の上で水が自分の重さを支えきれなくなって……
 ばっちゃあん、と。ちょっとだけ遠い場所でそんな音が聞こえました。ですが、わたしと美羽お姉さんは、お守りのお陰で濡れていません。
 目に見えない壁がわたし達を囲んでいて、ぱちゃぱちゃと水を弾いています。
「何だ? 何が起こっている?」
「……あの子……魔女、なの……?」
 賢吾お兄さんの、ビックリしたみたいな声と、黒いリボンのお姉さんの、ちょっとだけ嬉しそうな声が聞こえたので、わたしはお守りに込めていた力を抜いて、ふう、と息を吐きました。
 美羽お姉さんも、何が起こったの? みたいなお顔でわたしや周りを見ています。
『何を……何をしたの!?』
「ずぶ濡れはいやですって、言いました。だから、濡れないように魔力で壁を作ったんです」
 えっへん。美羽お姉さんもまもったって言ったら、きっとお姉ちゃんは褒めて…………くれないかも、しれません
 お兄ちゃんもお姉ちゃんも、「人前で力を使っちゃ駄目」って、何度もいってました。
 ……あうあうあうあうっ! お兄ちゃん達にバレたら、絶対に怒られます!
「……あうぅ……でもでもっ、今見たこと、ナイショにしてくださいね?」
『そうね……アンタが、そこの女と一緒に死んでくれたらね!』
 そう言うと、もう一回水を操ろうとしているみたいです。デルフィニスは、手にまた光を集中させ始めて……
 でも、その直後。弦太朗お兄さんの声が、広いプールに響き渡りました。
「させるか!」
『Three』
『Two』
『One』
「変身!」
 いつの間にか腰に四つのスイッチを入れたベルトを巻いていて、そして、変身って叫んだのと同時に、お兄さんの周りを白い……「人の手で造られた光」がキラキラ囲みました。
 デルフィニスの持っているお星様の力に似ています。でも、弦太朗お兄さんをとりまいているのは、けっして黒くてこわいモヤモヤではなくて。全く反対のかんじがする、白い力に見えます。
 お兄さんの着ている服その物が黒なので、「白い力」がすごく目立ちます。
「宇宙キター!!」
 ぐうっと背伸びするみたいに言うと、お兄さんはそのままグーをデルフィニスに突き出して……
「仮面ライダーフォーゼ。タイマン張らせてもらうぜ!」
 そう言ったかと思うと、お兄さんは真っ直ぐにデルフィニスに突撃して、相手をプールから引き離します。
 たぶん、お水のないところに連れて行って、お水の攻撃を避けようとしてるんだと思います。
 そんな弦太朗お兄さんを、みんなで追いかけていきました。わたしも……たぶん、無意識の内にだとおもいますが……美羽お姉さんにひっぱられて、お兄さん達を追いかけます。
 でも……
――お姉さんの体、ほっといて良いんでしょうか――
 なんにもない……空っぽの体を見ながら、わたしはそんなふうに思っていました。


『私は! 天高のクイーンになるの!! そして……クイーンになって、皆にちやほやされたいと思うのは当然だわ』
「……あう?」
 弦太朗お兄さんとデルフィニスに追いつくと同時に、デルフィニスの怒鳴り声が聞こえました。
 でも……そう言った瞬間、もっと言うと「皆にちやほやされたい」って言った時。デルフィニスに巻きついているモヤモヤが、さらにきつく巻きついたように見えました。
 まるで……そう思いこませているみたいに。
 そんなモヤモヤの中でも、頑張って存在を主張している「白い糸」が一本だけ見えます。
 でも、その糸も、もうすぐモヤモヤに閉じ込められてしまいそうに見えて……
 またてのひらに溜めた光から、デルフィニスが水を弦太朗お兄さんに向ってばら撒いて。
 でも、それを弦太郎お兄さんは、いつの間にか右手につけたオレンジ色のロケットで上に飛んで避けて。
 そんでもって、わたしは気付いたらデルフィニスと弦太朗お兄さんのあいだに立っていました。
「おい、霧雨!」
「何をしてる!? 下がれ!」
『なぁに? アンタから流されにきたの?』
 後ろからは弦太朗お兄さんの焦った声、横からは賢吾お兄さんの怒った声、そして前からはデルフィニスの暗い声が聞こえます。
 でも、そのどの声も。
 わたしを止めるほど、強くはないみたいです。
「……本当に、皆にちやほやされる為に、お姉さんはクイーンになりたいんですか?」
『いきなり何? 当たり前でしょう? クイーンであれば……皆、好意を抱いてくれる。私を好きになってくれる』
 嬉しそうに聞こえる声とは全く逆に、モヤモヤはまた、デルフィニスの体をぎゅううっと締め付けて、その自由を奪っているみたいに見えます。
 そして締め付けられるたびに、「白い糸」が苦しそうにビチビチと跳ねます。
 ……ああ。やっぱり。
 お姉さんが本当に欲しいのは、「みんなからの好意」じゃなくって。でも、その事が分らなくなるくらい、今はモヤモヤに縛り付けられていて。
 そしてそのモヤモヤを更に強くする方法が、「クイーンになること」だと思っていて。
 ……だったら、モヤモヤを「壊す」方法は……
 てくてくと、わたしはデルフィニスに近寄って、そしてポケットの中に入れていたはずの「物」に手を触れます。
 ……大丈夫、ちゃんとあります。後は、使い方を間違えなければ良いんです。
 細長い「それ」をこっそりポケットから取り出してから、わたしはデルフィニスの足元まで近付くと、にっこり笑って言いました。
「クイーンになりたいなら、力を貸してあげます。……ちょっとだけ、ですが」
――Queen――
 持っていた「それ」……昔、お姉ちゃんがクーちゃんから貰ったって言う「ガイアメモリ」である「クイーンメモリ」を作動させて、「えいや」って感じでデルフィニスの足に突き立てました。
 本当は、ガイアメモリってコネクタって呼ばれる模様が無いと大変な事になるらしいんですが、デルフィニスは、言ってしまえば精神エネルギーとかライフエナジーみたいなものですし、コネクタがなくてもだいじょうぶ……だと思います。たぶん。
 そう思っていると、クイーンメモリはデルフィニスの中に沈んで、その力を発揮し始めました。
 でも……デルフィニスの体にある黒いモヤモヤとメモリの力って言うのは、たぶん「仲が悪い」んだと思います。だって、挿したとたんに、バチバチバチィって雷みたいにメモリの力がデルフィニスの体を覆って、モヤモヤを引き裂こうとしているんですから。
『う、ああぁぁぁぁぁっ!?』
 モヤモヤを引き裂かれるのは、やっぱり痛いみたいです。デルフィニスは悲鳴をあげながら、頭を抱えるようにして体を仰け反らせます。
 後ろの方では、何が起こったのかわかっていない弦太朗お兄さんが困ったみたいに手を伸ばしていますし、横は横で賢吾お兄さん達がぎょっと目を開いています。
「お姉さんは、クイーンになりたかったんですよね? それは『女王の記憶』を記録したメモリです」
 叫んでいるデルフィニス……いいえ、お姉さんに聞こえているかはわかりませんが、わたしはいつもと変わらない声の大きさでそう言いました。
 弦太朗お兄さん達はもちろん、お姉さんに聞こえているかは分りません。
 でも、聞こえていなくても、たぶん今のお姉さんはわかっていると思います。デルフィニスを引き裂こうとしている力が、「女王の記憶」と言う物であることは。
 でも、あんまりやりすぎると、モヤモヤを引き裂いた後でお姉さんがドーパントになってしまうかもしれません。なので、わたしはさっきお姉さんに挿した辺りに手をかざして、クイーンメモリを引き寄せます。
 クーちゃんやお姉ちゃんが言うには、クイーンメモリはわたしとか風都にいるクイーンお姉さんの「お願い」をよくきいてくれるんだそうです。
 やがて、お姉さんの体からはするりとメモリが抜け落ちました。それと同時に、お姉さんはぺたんとそこに座り込んで、叫び疲れたようにぜーぜー息を吸ったり吐いたりしています。
『あ、ああ、あ……い、今の、何なの!?』
 やっと息が整ったのか、お姉さんは、それでもまだ体に力が入らないみたいでその場に座り込んだまま、わたしに向ってきいてきました。
「『女王(クイーン)の責務は護る事。(キング)の傍らにいる時は王を護り、王が不在の時は己の国と民を護る。それは全ての女王が負うべき任である。賛辞と贅沢はその対価に過ぎない』。わたしには言葉が難しすぎてわかりませんが、クイーンのお仕事はちやほやされる事ではなく、みんなを護るってことみたいです」
「女王の……クイーンの責務……」
 まだ座ったままのお姉さんの顔を真っ直ぐ見ながら、わたしはビショップさんがいつも言っている言葉をそのままお姉さんに送ります。
 横では、それを聞いていた美羽お姉さんも、何か考え込むように目を伏せて呟いていました。
 お姉さん達が何を考えてるのかなんて、わたしはわかりません。ただ、わたしがやらなきゃいけないことはわかります。
「お姉さんに、みんなを護る事が出来ますか? 好きな人も嫌いな人も、みんなまとめて護る事が」
『そ、れは……』
「出来ないなら、クイーンになりたいなんて言っちゃダメです。クイーンの冠は、その重みに耐えられる人でなければかぶれません」
 わたしがやらなきゃいけないこと。それはは、お姉さんの心を、本質を、守ること。
 あんなモヤモヤにしばられて、本当の自分がわからなくなって。それで最後にはモヤモヤに振り回されて、終わる。誰かが誰かの人生を操るなんて、しちゃいけないんです。
 相手がどんな人であっても守ることが、ファンガイアって呼ばれている、ヒトよりも長生きする種族で「クイーン」って呼ばれているわたしの、「やらなきゃいけないこと」なんです。
 お友達になれるかもしれない人を守るのは、クイーンのお仕事のはずです。
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