迷い込むのはイルカの女王

□再・会・兄・姉
1ページ/3ページ

本・音・願・望


 デルフィニス……繰糸お姉さんが、「本当に欲しかった物」を思い出して、美羽お姉さんと仲直り出来たと思った直後に、なんか黒いドロドロがお姉さんを拘束。
 完全にその黒いドロドロの操り人形にされてしまったデルフィニスを、弦太朗お兄さんがやっつけました。
 そして、デルフィニスがさっきまでいた場所には、繰糸お姉さんが使ってたらしい、なんかトゲトゲのついた痛そうなスイッチが転がっています。
 でも……プールで会った時に感じたような、黒くて怖い感じはもうしません。もう、空っぽみたいに見えます。
 それを美羽お姉さんが拾い上げると、お姉さんは押し込まれているスイッチに指をかけて……
「愛。今、戻してあげるから」
 呟くと同時に、スイッチを切ったみたいです。
 空っぽになって、もう形を保っているのも出来なくなったのでしょうか。スイッチはジュゥ、と小さな音を立てると、そのままどこかに消えてしまいました。
 ただ、消える直前に、繰糸お姉さんの「本質」でもある「白い光」が、プールの方へ飛んでいくのが見えたので……たぶん、スイッチに閉じ込められていたお姉さんの「心」は、お姉さんの体に帰ったんだと思います。
「ふぅ。何とか終わったな」
 弦太朗お兄さんも、にこっと笑ってそう言ってくれました。
 お兄さんを囲んでいた「人工の星」が無くなっているので、たぶんベルトのスイッチを切ったんでしょう。
「これで、後は霧雨の兄ちゃんと姉ちゃんを見つけるだけだな」
「いや、実際それが一番の難関って気がするんですけど、俺。時間的にも、そろそろ帰っててもおかしくないんじゃ?」
 わたしの頭をくしゃっと撫でる弦太朗お兄さんに、ジェイクお兄さんが困ったような顔でそう言いました。確かに、いろいろあったせいで気付きませんでしたが、いつの間にか辺りはちょっと暗くなっています。
 「夜」って言うにはまだちょっと明るいですが、「夕方」と言うにはちょっと空の色が黒いです。
 えーっと、こういうのを……「たそがれどき」って言うんでしたっけ? あれ? ちがう?
 いいえ、それは遠いお山にぽーんと捨てて。お兄ちゃんとお姉ちゃんが、まだこの時間で帰っているとは思えませんが……
「確かに、季節柄、日の入りの時刻が早いとは言え……確かに残っている生徒は少ないだろうな」
 うむ、と腕を組みながら、赤いジャケットのお兄さん……たぶん、「大文字先輩」さん……もジェイクお兄さんの言ったことに頷いています。
 ………………
 あう。なんとなくそんな感じはしていましたけど……お兄さん達は大きな勘違いをしています。もちろん、ちゃんと説明していなかったわたしがわるいんですが。
「あのあのっ! ちがうんです!」
「違うって……何が?」
 わたしが言うと、黒いリボンのお姉さん……たぶんこの人は「友子ちゃん」さん……が、軽く首を捻って聞いてくれます。
 ……あ、今気付きましたけど、このお姉さん、なんかちょっとウォッチャマンおじさんと同じかも。ウォッチャマンおじさんの方がすっごく明るいですけど、指先に「機械を操る力」があるのが似ています。
 それからちょっとだけ魔力も感じるのは……お姉さんのご先祖さまに、ゴースト族さんとかがいたとかでしょうか? たまーにそういった、「ご先祖さまに魔族がいるために、魔力を持って生まれたヒト」がいるんだって、これもビショップさんが言ってました。
 いえいえ、それも今は遠いお山にぽーんと捨てて。こんどこそ、お兄ちゃんとお姉ちゃんへの誤解を解かないと!!
「えっと、お兄ちゃんとお姉ちゃんは……」
「あれ? 君達、揃いも揃って何をしているんだ、そこで?」
 大人のひとであって、生徒じゃないんです。
 そう言おうと思ったのに、どうしてなのかまたオジャマが入ってしまいました。
 あうぅ、なんで今日は言いたいことを言わせてくれないんですか。なんですか、今日は神様がいじわるな日ですか。
 ちょっと泣きそうになりながら、わたしは声がした方を見ました。
 聞こえてきたのは男のひとの声でしたが、辺りが暗いせいで顔とか姿とかはよく見えません。ただちょっと……聞いたことのある様な声なのに、もやっとしているのでどこで聞いたのか分りません。
 むー、すっごくよく聞く声なんですが……
 そんな風に思っていると、ユウキお姉さんがその人に気付いたみたいです。ちょっとだけビックリしたみたいな顔になって……
「あ、灰猫先生!」
 …………
 うにゃっ!?
 ユウキお姉さんが呼んだひとの名前に、今度はわたしがビックリします。そう言われれば確かに、今の声は……
 そんなっ! せっかくナイショでやってきて、こっそり宿題をやってしまおうと思ったのに!
 「灰猫先生」が近付いてくることにアワアワしながら、わたしは思わず一番隠れやすそうな大文字先輩さんの後ろに隠れます。
「お、おい!?」
「しーっ。ナイショにしてください」
 ビックリしてわたしを見るお兄さんに、わたしは人指し指を立てて「ナイショ」のポーズをします。
 まだわたしからは格好が見えませんが、もしもわたしが「灰猫先生」に見つかったら……きっと、絶対、物凄く怒られます。
 だけど、ゆっくり近付いてくる「灰猫先生」は、はあ、と溜息をつくと、その場所でぴたっと止まって、やっぱりどこかもやっとした声でこっちに向って言いました。
「やれやれ。また大変な事に首を突っ込んでいたみたいだな」
「そう言うなよ灰猫センセ。事件は青春の雄叫びだ!」
「……相変わらず、訳の分らない事を言うなぁ、如月は」
 弦太朗お兄さんの言葉に、くすっと……でも困ったような「灰猫先生」の声が聞こえます。
 わたしが「灰猫先生」の姿が見えていないように、「灰猫先生」もわたしの姿が見えていないのでしょうか? 見えていたら、絶対に怒りますよね?
 不思議に思って、わたしはそっと大文字先輩さんの後ろから、その影をじぃっと見つめます。
――「黄昏時」ってのは「誰そ彼」……「アレは誰だ?」って言葉から来てる。だから、薄暗い時間に出てきた奴ほど、本物かどうか疑えよ?――
 なんでかわかりません。でも、ちょっと前にお兄ちゃんがそう言っていたのを思い出します。
 でも、今思い出したって事は、ひょっとして。
 暗くてよく見えない中で、じっと……いいえ、じぃっとその「灰猫先生」を見つめていると、わたしの目はだんだんその「影」に慣れてきたみたいです。そのひとの影を、ぼんやりですが見ることが出来るようになりました。
 でも、わたしの目に見えている、その「灰猫先生」の格好は。
「灰猫弓……やっぱり、変な感じがする」
「変、とは心外だな、野座間さん。俺は至極真っ当な化学の講師のつもりなんだけどなぁ」
 楽しそうな声で、「灰猫先生」はこっちに近付きながら、友子お姉さんの言葉に返します。そしてみんなも、それを不思議に思っているようには見えません。
 弦太朗お兄さん達の目に、どう見えてるのかは分りません。でも、疑っていないってことは、お兄さん達が知っている「灰猫先生」に見えてるんだって言うのはわかります。
 そんな訳が、ないのに。
 だから、これ以上「灰猫先生」がお兄さん達に近付く前に。わたしは大文字先輩さんの後ろから顔を出して、「灰猫先生」に向って声をかけました。
「……あなたは、誰ですか?」
「ん? ああ。はじめまして、お嬢さん。俺は灰猫弓。この学校で先生をしているんだ」
 「灰猫先生」と呼ばれている「それ」は、わたしの質問に足を止めてそう答えます。声だけ聞けば、優しいお兄さんのように聞こえるかもしれません。ひょっとしたら、弦太朗お兄さん達にはにこにこと笑って見えているのかも。
 でも……「それ」の周りを取り囲んでいる黒いモヤモヤ……いいえ、ドロドロは、さっきデルフィニスさんを操っていたのと同じ物です。さっき見た時と違うのは、真中にいるのが変な怪人であること、そして何よりも「黒い糸」が見えないことでしょうか。
 糸がないけど、ドロドロは同じ。つまりそれって、さっきのお姉さんを操っていたのは、この怪人ってことですよね?
 それになによりも。目の前にいるのが本物の「灰猫弓」なら、わたしに向って「はじめまして」なんていう訳がないんです。
 だって……「灰猫弓」っていうのは、わたしの「お兄ちゃん」のことなんですから。
「…………嘘つき」
「霧雨?」
 わたしの言葉に、美羽お姉さんが不思議そうに首を傾けています。どうして「嘘つき」と言ったのか分らないからだと思いますが……でも、今はそれを説明している時間はありません。
 このままでは、怪人さんにみんな騙されてしまいます。そして、気付かない内にあの黒いドロドロに取り込んじゃう気なのかもしれません。
 わたしは出来るだけ目に力を込めて怪人さんを睨みつけると、上の方でふよふよしているサガークさんに向かって、もう一度叫びました。
「サガーク! そいつをここから引き離しなさい!」
「×○<▼!」
 びしっと怪人さんに向かって指差しながらいったわたしに、サガークさんは「命令」にしたがって、思いっきり怪人さんのお腹……「みぞおち」って言うらしい部分に突っ込んでいきました。
 お姉ちゃんからは、「人に向かって指を差すのはお行儀が悪いからやめておいた方が良いですよ」って言われていますが、「ただし、敵と思った存在には、その範疇にありませんので」とも言われているので、たぶんだいじょうぶです。
 さて、サガークさんに突っ込まれた怪人さんはと言うと。おもいっきり「みぞおち」って言う、苦しくなる部分に一撃をお見舞いされたせいか、弦太朗お兄さん達からちょっと離れた場所で、ゲホゲホしています。
「い、いきなり何をするんだ、お嬢さん? それに、こいつは!?」
 声はまだ、弓兄ちゃんの声ですね。と言う事は、たぶん格好もまだ弓兄ちゃんのままなのでしょう。わたしの目には相変わらず怪人さんのまんまですが、お兄ちゃんのニセモノって言うのはちょっとムカつきます。
 わたしでこう思うんですから、きっと弓兄ちゃん本人とか、お姉ちゃんがこの怪人さんを見たら……うん。きっと物凄く……いいえ、「ものすっごぉぉぉぉく」怒ると思います。
「他のひとには、弓兄ちゃんにみえたのかもしれません。でも、わたしには……あなたが変なマントをつけた……お皿を二枚合わせたよーなお顔の怪人さんにみえます」
「マントをつけた二枚皿の怪人……まさか、この間の天秤座……リブラか!?」
 わたしが「普段の姿が見える」ということを知っているからでしょうか。はっとしたように賢吾お兄さんはそう言うと、出来るだけ怪人さん……リブラから離れるみたいにして、ゆっくり後ろに下がります。
 そしてリブラに一番近い場所にいた弦太朗お兄さんはもう一度腰のベルトに手をかけています。たぶん、またさっきの「人工の星」の力を使えるようにしているんでしょう。
「ちょっと待ってくれ。リブラとか怪人とか、俺には何の事かさっぱりだ。……風城さん、君もどうしてそんな目で睨む?」
「私は、この学園のクイーンです。『クイーンの責務は護る事』。それなら、この学園にいる生徒やその関係者を護るのは、私の責務ですから」
 ちょっときびしい顔で美羽お姉さんはそう言うと、わたしの姿を完全に隠すみたいに、大文字先輩さんの横に立ちました。
 そんなお姉さん達の様子に、リブラはひょいっと肩をすくめて……
「やれやれ。……お嬢さん、君も悪戯がすぎるんじゃないか? ご両親に叱られるぞ?」
「叱るはずのお兄ちゃんのお名前が、『灰猫弓』っていうんですけど、それでもまだそんなこといいますか?」
「えぇっ!? 霧雨ちゃんの『お兄ちゃん』って、灰猫先生のことだったの!?」
「なら、『お姉ちゃん』って言うのも、大体の予想がつくっすね」
 ユウキお姉さんのビックリした声と、ジェイクお兄さんの呆れた声に、わたしはリブラを睨んだまま、こくんと頷きます。
 他の人達もやっぱりちょっとビックリしたみたいですけど、でも、今はそれどころじゃないって思っているみたいで、じっとリブラを見つめています。
「おいおい。そんな子供の言葉を信じるのか?」
「悪いが俺達は、彼女の見る目は信用できると思っている。現に、今回は彼女の『目』に助けられた」
「ちなみに、お姉ちゃんは硝子ちゃんです」
「……お嬢さん、そろそろやめないと……お仕置きをしないといけなくなるんだが?」
 どことなく楽しそうな声でそう言うと、リブラはゆっくりとこっちに向って歩いてきます。
 だけど、やっぱり声は弓兄ちゃんのままなので、格好も弓兄ちゃんのまま、弓兄ちゃんを悪者にする気なのでしょう。
「……ねえサガークさん。これ、やっちゃって良いって受け取って良いんだよね?」
「△勁&∫&▼」
「わーい、サガークさんの許可が出たー」
「&Φ∠☆△! %△◇○☆Ω&◆↓∃◇煤!?」
「だって、お兄ちゃんのフリして、悪いことしようとしてるんだよ? やっつけなきゃ。ちょうど夜だし、バレないよ」
「〜д♭↑●×∠♭&▼。■>□д∠♪Φ□Ω◆」
「大丈夫。わたしは子供だから、ちょっとやりすぎても『ごめんなさい』って謝れば、大人は許してくれるんだよ。クーちゃんがそう言ってたもん」
「……▼√☆>%△θΩ☆、◎△∞」
 ちょっと……本当にちょっとですよ? いつまでも弓兄ちゃんの声で「お嬢さん」なんて言われるのが気持ち悪すぎてイラッとしたので、サガークさんとそんな会話をしながら、わたしはもう一回てのひらに力を溜めます。
 力を溜めると、何となくサガークさんの言っている事がわかるので、会話としては成り立っているはずです。成り立っていても、返って来た答えなんて、全然聞いていないんですが。
 薄暗かった周囲は、とっくに真っ暗な夜になっています。さっきお月様にある秘密基地で魔力が出て行ってしまったと言っても、リブラをやっつけるには充分だと思います。
 と、言う訳で。お姉さん達がわたしに背中を見せているのを良いことに、ゆっくりと左手を挙げようとした瞬間。
 リブラの後ろに、誰かが姿を現しました。
「お仕置き、ねえ……それはこっちの台詞なんだけどな」
 その人はそう言うと、リブラの前にするりと回りこんで、そのままその胸を蹴っ飛ばしました。
 突然すぎたからでしょうか、リブラは「ぐっ」て呻くと、よろっと後ろによろめきます。そして蹴った方の人は、たむっと地面を蹴って大きくバク宙したかと思うと、美羽お姉さん達の前に着地、こっちに向かって悪者みたいな笑みを向けました。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ