Sinfonia

□初恋リフレイン
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中学から高校に入る頃、声変わりの時期を迎えても俺の声はあまり変わらず、高くもなく低くもなく可もなく不可もなく普通だ。
だが歌う時は少し掠れるけど低音も出せる。
女は男の低く落ち着いた声に惹かれるというらしい。
ご多分にもれず女にモテたことはないがハスキーな低音のお陰で歌は男女問わずウケた。

親戚のつてで出会った安藤さんに歌手デビューを薦められた俺は顔出しNGを条件に歌手になることにした。
安藤さんは俺のマネージャーとなり、ボイストレーナーもしてくれた。
元々ボイトレが本業だったらしいが俺の声に惚れ込みマネジメントまでしてくれたのだ。
ラジオやネットから売り出し一時は高校を休学するくらい売れに売れた。

顔出しはしなかったが要望が多く、一度だけライブをしたことがある。
有名なロックフェスで帽子とパーカーのフードを目深にかぶり縁の太い眼鏡をかけて。
大勢の人の前で歌うのは緊張したけど会場の一体感が気持ち良かった。
全力で歌いきると足がふらついて俺は舞台からはけた直後倒れそうになった。

「おっと」
「…っ」
「大丈夫?」
「あ、ああ…どうも…」
「立てなさそうだね」
「や、あの、」
恥ずかしながらまともに立てなくなってた俺は少しの間その男性客に抱き留められたまま支えられていた。

興奮と緊張のためか気付かなかったがかなり体力を消耗したらしい。
申し訳ないと思いつつ長身の男性客に包むようにされて安心感を覚えた。
舞台には既に別のアーティストが現れて楽曲にノって観客が体を揺らしたりしながら耳を傾けていて男二人が抱き合っていても目を留める者もない。
「あの、悪…すいません」
「え?あー気にしないで。むしろ役得だし」
「は?」
ひしめき合う人の中密着した体に違和感を感じた。
「…っ!?」
「うーん…いい触り心地」

何を思ったか髪やら腰やら撫で回されて驚いた。
「ちょ…、んっ」
「ぶかぶかのパーカーで見えないけど腰細いし髪キレイだし、俺好みだな。ねぇなんて名前?」
「な、何言って…や、ぁ…っ」
艶っぽく掠れた声が出てしまい顔が赤くなる。
「…可愛い声…ね、ホント名前教えてよ」
「離、せ…っ」
「名前教えてくれたら離そうかな」
意地悪く顔を覗き込まれて仕方なく名前を教えた。

「ン…り、りょう。半井遼だ。言った、ぞ…離せって」
「遼か。俺はね塩見晟。あきらって呼んでねー」
軽い調子で名乗られて瞬き初めて正面からしっかり顔を見た。
二重瞼に薄い唇。
鼻筋は通ってきれいだ。
短い髪は金茶色で、整髪料でツンツンに立ててある。
背が高いから一見細身だがしっかり筋肉がついて平均ほどの男の俺を支えてもびくともしない。
シルバーのピアスやネックレスを着けて軽い口調のチャラさ…だが、美形の男だった。

「んん?どしたのきょとんとしちゃって…あ、泣きぼくろだ。色っぽいね」
ちゅっと目元に口付けられて慌てて飛び退くように離れた。
「な…にしやがる!」
「何って助けたご褒美に?ご馳走さまー」
「ば、ばかやろ…ッ!」
ひらひらと手を振って人波に消えた男、晟に叫んだがもう聞こえなかっただろう。
会場の盛り上がりは最高潮だったから。

「ちょ、ちょっとちょっと遼君!」
「え?あ、安藤さん」
駆け寄ってきた安藤さんにフードを被せられてやっと俺は顔が丸出しになってたことに気づいた。
倒れかけた拍子に外れて帽子も眼鏡もどっかに落ちたらしい。
みんな舞台上に夢中で見られていないのは幸いだった。
抱き留めた彼を除いて。
後でなんか言われるかもと警戒していたけどネットに書き込みもないしラジオにも投稿などなかった。


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