アネモネの咲く朝

□5話
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宵の刻

夜間部登校。普通科との校舎入れ換えの時間



『な、何これ…、何かのイベント…?』



最近慣れてきた校舎入れ換え時間は今日は普通科の女子達が綺麗に横に整列していて何だか別物に見えた。

そんな私の呟きが聞こえたらしい英君が



「毎年ある『聖ショコラトル・デー』と言ってチョコがもらえるイベントなんですよ!」



と何やら意気込んで教えてくれた。

あ、英君とはこの間枢に怒られた時に仲良くなりました!

いや、あの時の枢のニコニコっぷりたらもうね…。

思い出しただけで背筋がゾクリとした私はそれをかき消すように目の前にいる優姫ちゃんの説明に耳を傾けた。



「いいですか?夜間部の皆さん遊びではありません!女の子たちは真剣ですから!」

「一つ残らずもらってあげなきゃねーっっ」



そう言って一目散に飛び出した英君は枢に「藍堂」呼び止められた。



「行儀よくするんだよ?わかっているね……」

「…はい玖蘭寮長」



…頑張ってね英君!

そう彼にエールを送ってさあ校舎に行こう、と1歩踏み出したら誰かに名前を呼ばれた。

呼ばれた方向を見るとそこにはたくさんの女の子達。



「あ、あのよかったら受け取って下さいっ、白松先輩!」

『え…私が…?』



思わず目をパチクリとさせた私はもう1度その子に確認をしたがどうやら渡す相手は私らしい。

その子の後ろに目をやると長い列が出来ていてそれにもまた目をパチパチ。



「貰ってあげたらどうだい?」

『あ、枢…』

「僕は先に行っているから、後でおいで」



そう残して去って行った枢の手には1つのチョコが。

何だ枢も誰かから貰ったのね!と何だかテンションが上がった私は目の前にいる女の子にとびきりの笑顔で『チョコありがとう!』と受け取った。

笑った直後にキャー!と歓声があがったのは何故なのだろうか。





***






『らんらんらーん♪こんなにチョコ貰っちゃったよー!美味しそうだなーって、あれ…?ここ何処だろ…』



今までこんなに沢山のチョコを貰った事がなかったので、喜びを噛み締めながらスキップしていたらあららのら。

一体ここは何処なのだろう?

……というか私、またか!!!

いい加減に道を覚えなきゃと焦りを感じ始めた頃、何処かから人の話し声が聞こえたのでそちらに足を向けると

な、何と!!

錐生君と普通科の女の子がいるではないですか!!

告白なのかな?と思って少しだけ覗いて見ると何やら険悪な雰囲気…?



「錐生くん…!今朝は助けてくれてありがとう。どうしても今日中にチョコでお礼をしたくて……。これ…作ったばかりなの…」



三つ編みで眼鏡をかけた女の子がもじもじとしながらもチョコを渡したいと言っているが、何処か様子がおかしい錐生君は即座に帰れと一蹴する。

でも、と帰ろうとしない女の子を見て痺れを切らしたのか壁をダンと叩いてもう一度強く帰れと言うと、それに怯えた女の子は走り去って行った。



「っ……」



その後尋常じゃない程に息を切らしていた錐生君はふらふらとした足取りでその場を去って行った。



『………』



さっきの錐生君には何だか声を掛けてはいけない気がして呼び止めることも出来なかった。

誰も入って来るなと見えない何かが他人の侵入を拒んでいるような。

でも何故なのだろう。あんな光景を前にも見たことがあると感じるなんて、

先ほどまで思考を占めていたチョコは私の熱で少し溶けた気がした。









「…そういえば風紀の錐生くん、今日は顔色が冴えなかったね」

「…仕方ないさ今は――」



BL‐XXXV06ε通称血液錠剤(タブレット)と呼ばれるものは枢の手によってグラスの水の中で溶かされ、それは赤く血の色に変色した。



「何か知ってるの?」

「…四年前のあの事件から彼の人生は変わってしまったのだから」






(これから何か起こりそうな、)
(そんな予感に私は身構えた)





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