紅夜散月録

□PHASE00 過去
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 空は漆黒の闇に包まれている。
 その闇の上に紅色に輝く月がひとつ、不気味なくらいな存在感を放っていた。
 そんな空の下には木々が並び深い森を形成している。その森を抜けたところには巨大なこれまた目に悪いと取られるほどの一面紅色に塗りつぶされた館が存在していた。
 その館を取り囲むようにして塀があり、唯一中に続いている門がある。その門は無理やりに開けられたかのような状態になっており、人間が上るには無理のある塀も何かによって大きく破壊されており、いくつも大きな穴が開けられていた。
 その近くには大勢の人間や魔物が倒れているのが見られる。
 鋭い爪が人間の身体を易々と貫通している。武器が突き刺され、まるで剣山のような状態になっている魔物もいる。
 中の方では銃声が途切れることなく聞こえている。
 さらには色とりどりの光がやみに染まる空を彩る。所謂魔法を使う者たちもいたのだ。
 各所から爆発する音が響いてくる。館が崩れる音が大地を揺るがす。
 そんな館の3階の廊下を走るひとりの人影があった。
 一面が血のように真っ赤な彩が施されている空間が続く廊下をひとりの青年が息を切らせつつも走っていた。
 着ているロングコートには無数の傷や血が付着していた。
 右手には一丁のトプソン・コンテンダーを握り締めている。表情には焦りが色濃く浮かび上がっており、肺が破裂しそうだというくらいの痛みを感じていたが、それを完全に無視していた。
 自身の肺がどうなろうとも、今向かう先にいる人物のことが何よりも大切だったからだ。
 角を曲がるとようやくその人物のいるであろう大広間の扉が見えた。
 息を大きく荒げており、方を激しく上下させている。数秒賭けて少しだけ息を整える。ゴクリの生唾を飲み込もうとするも、口はすっかり渇ききっているためにただ喉を鳴らすだけに終わった。
 ――咲夜……無事でいてくれ!
 意を決して青年は床をけり、再び走り出す。
一気に扉の前に来るとそのままその扉をけり破る。一気に視界が開け、そこには広すぎるパーティー会場のようなところだった。
始めは綺麗に整えられていただろうテーブルなどは激しい戦闘を物語っているように周りに吹き飛ばされていた。綺麗なままで残っている者はザッと見たところ一つも残っていなかった――妹の咲夜の姿とともに。
焦りがさらに不安を助長する。
目を見開いた状態で、慌ててそのパーティー会場の周りに視線を投げる。
すると壇上のところにひとりの人影を発見した。慌ててそれに対して視線を射抜くようにして向けながら、その手に握られている一丁のトプソン・コンテンダーの銃口を向けた。
そこにいたのは小さな少女だった。薄い青色のショートヘアに血のように赤い瞳、薄桃色の服とスカートを着ている。変わった帽子を被っている。だが彼女が人間ではないというのが口元から見える二本の鋭い剣士、背中から生えているこうもりのような一対の翼、指先に見える鋭い爪。
「吸血鬼……「レミリア・スカーレット」だな?」
 落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐き、そしてそう彼女に対して問う。
 にやりと笑みを浮かべる彼女。それが青年に対する返答だった。
 銃に込める力が強まり、カチャリという音が鳴る。引き金を引こうとした青年に対してレミリアが言う。
「ようこそ、下等な人間、愚かで、憎らしいヴァンパイアハンター……」
 憎悪を含んだ笑みを浮かべるレミリア。口元が三日月上になるまで吊り上げられている。彼女の両親が主として住んでいるこの紅魔館という名の館。
 数少なくなっていた吸血鬼の生き残りとしてひっそりと暮らしていた。だがどこでかぎつけたのか、青年たちヴァンパイアハンターは彼女とその家族を討つために大勢力を率いて攻め込んできたのだ。
 多勢に無勢とはいえ一騎当千の強さを見せるヴァンパイアである彼女たちは大勢のヴァンパイアハンターに対して激しく抵抗した。
 いつから過去の紅魔館に住まうようになっていた魔女や妖怪たちの力もあり、今でも完全に崩壊するというところにはいたっていなかった。
 未だに激しい戦闘が繰り広げられているにもかかわらず、青年の視線の先にいる吸血鬼の少女、レミリアからは余裕が感じられた。
 気に食わない――表情には出さないが、そう思った。
「まあ、落ち着きなさい。どうせすぐに終わるのだから」
「なに?」
 彼女の言葉に思わず聞き返してしまう。
 戦闘は確かに拮抗している。いくら数が多くとも紅魔館に住まう者たちの実力が、ヴァンパイアハンターのひとりひとりが束になってもそれでも届かないほどのものだった。今までの吸血鬼たちであればこうはならなかったかもしれない。
 吸血鬼以外の存在というのが今回のイレギュラーであった。
 各種属性を操る魔女。得物を使わずに次々とハンターたちの息の根を止めていく武人の女性。その二人がひときわ際立っていた。
 その二人に何人ものハンターたちが殺された。だが所詮自分の手柄を求めている強欲に染まった者たちであるために青年はどうでもよかった。最終的には漁夫の利でその手柄を奪い取ればそれで良いと考えているからだ。
 しかし今の彼にとってそんな手柄よりも、姿のない妹のことが重要だった。
 そんな青年の思考を呼んだかのようにさらに笑みを深める。そしてゆっくりと手を上げ、指を重ねてパチンと鳴らした。広い会場にその指の鳴らした音が響き渡る。
 そして次の瞬間レミリアの横に無数の蝙蝠が出現したのだ。そしてゆっくりとその蝙蝠たちが群がっている中に人影が現れた。青年と同じように黒いスーツを身に纏っている、銀髪の女性だった。
 その女性を見て、青年は目を見開き、驚愕する。
 蝙蝠たちからその女性を受け取る。割れ物を扱うかのように女性のことをそっと小さな身体で抱きとめる。それを青年に見せ付けるかのようにする。
 額から血を流し、来ているスーツはぼろぼろになっている。瞳は固く閉じられており、ぐったりとしている。
 青年の顔は顔面蒼白となる。
「この子が私の元に来ることは“運命”で分かっていたわ。そして私が勝つことも、あなたがここに来て、この子を助けられないこともね」
「ふっ――」
 ぶるぶると肩を震わせ、そして目を見開き、銃の引き金を躊躇いなく引いた。
 一発の銃弾が飛び出した。銀色に輝く一発の弾丸が空間を突き抜けるように竜巻のような回転を描いてレミリアへと向かう。
 フッと余裕の笑みを浮かべたレミリアは自身と彼女を蝙蝠の群れで包み込むとそこから姿を消した。
 だが逃げたわけではあらず、再び蝙蝠たちの群れの中に女性――青年の妹である咲夜を預け、天井付近に滞空する。
 ガチャっという、レバーを引く音が聞こえる。
 腰から抜き取った短機関銃が火を噴いた。
 その瞬間途切れることのない銃声が響き渡る。小さな銃口からは無数の鉛弾が放たれ、それらが雲霞の如くレミリアへと押し寄せる。
 レミリアはその銃弾に対して臆することなく佇んでいる。
 そして掌に紅色をした妖力を顕現させ、それを拡散させるようにして放ってきた。
 まるで青年のことを捕らえようとしている大きな網のようだ。
 しかしその紅色の網には魚を捕らえるものにあるような穴はなく、銃弾を余すことなく捕らえると、破壊した。
 それを見て青年は目を見開き、驚愕する。
 まるで紅色の壁に阻まれたかのように、彼の放った銃弾は全て受け止められ、破壊されたのだ。
 冗談じゃない――!
 自分の攻撃が通用しないということで焦りがさらに高まる。
 必死にあふれ出る不吉な考えを掻き消そうと再び短機関銃のトリガーを引く。
 再び放たれる弾幕。
 今度はレミリアも天井を蹴り、こちらに向かって突進してきた。
 ――速いっ!?
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