小ネタ


◆今朝の珍事件 

「大変だっトーマスッ!」

そう叫んだ父の顔は真っ青だった。



俺は無我夢中だった。
口には未だ泡が残り、研磨剤のような独特の風味を発していた。
本当ならば今すぐにでも口の中の物を吐き出したい。
だが、今俺が風を切っているこの場所は通学通勤途中の民衆がいて、迂闊な行動は避けなければならない。
これでも極東のチャンピオンだ。
世間体もある。
と、客観的に語っている場合ではない。
俺は父から与えられた使命を果たすためにペダルを漕いでいた。
そう、俺は自転車という人間が生み出した究極の文明の機器に股がっている。
そしてとてつもない(と、思う)スピードを出し、ある場所へと向かっていた。
ハンドルのすぐ前にある鉄の籠の中の物が小さな段差を飛び越えるだけで高く跳ねている。

まずい。
このままでは・・・!

俺が半ば諦めかけていたその時だった。

「あれ?W兄様?」
「何でそんな格好で自転車に・・・?」

俺が探し求めていた人物を漸く見つける事が出来た。
それは弟の隣に立っている家族の一人、遊城十代。
コイツのせいで俺はこんな事をさせられていたのだ。
ただ・・・『コレ』だけのために・・・!!!

「ん」

俺は籠の中の物を掴み上げた。
それを見た十代はあ、と口を開いた。
V・・・ミハエルもすこし驚いたような顔をしていた。
今日の夕方、やつを徹底的に苛めてやる。
それぐらいの報復は許されるはずだ。
何故なら俺は・・・。


「助かったぜ、ありがとなW。でも何で歯ブラシ加えたまま外に出てんだ?」

十代が意味が分からないといった表情で首を傾げた。
隣のミハエルは肩を揺らしながら声を殺して笑いを堪えている。
テメェ・・・水晶ドクロのレプリカに接着剤着けて髪を生やしてやる。
ザ○エル的な。

そう。
俺は歯磨きの途中の格好で外にいる。
口の中の唾液等が混ざった物は、先程の飲み込んでしまった。
喉の辺りが違和感で一杯だ。
だが背に腹は変えられない。
こうしなければ出来ないからだ。
奴らに、

「誰のせいでこんなことしてると思ってんだ!コノヤロォッ!!」

と、怒鳴らなければ気が済まなそうだったからだ。

今朝方、父が慌てていたのは十代が学校に行ったのは良いものの、大切な大切なお弁当(Vの手作り)を忘れていたのである。
トイレに座りながら同時の事を(行儀が悪いとは自覚している)していた俺に父は言った。
俺はあまり父き期待された事がない。
だから必死に訴えてきてくれた父が嬉しかった。
だから俺は何もかも途中で家を・・・飛び出す訳にもいかず、トイレから出て歯ブラシをくわえたまま駆け出したのだ。

そして今に至る。
時は昼刻。
喉に僅かな違和感を覚えつつ、俺は弟たちに連絡をいれる。

(W)
俺が居なかったら今頃十代は昼を食いっぱぐれる所だったなwww

今日は俺の貸しだなと伝えといてくれ

(V)
十代お弁当忘れたのすぐ気がついてたみたいで、忘れたで学食のエビフライ定食食べたかった〜て残念がってましたよwww


・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・

 な ん だ と ! ? 


弟からのメッセージにワナワナと俺は震えた。


俺の朝の努力を〜・・・!!!


・・・やはり今日は奴を苛めぬいてやる。
そう心に固く決意したトーマス・アークライト、次男坊だった。

2013/04/27(Sat) 00:36

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