小説

□プライドが邪魔をする
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「あたしのそばに居って」

「居るよ。ずっと居るから」


この手を離さないように。
あたしには余裕なんてないから。
















「菜々ちゃん、どうなん?」


岸野に飲みに行こうと誘われ
近くの飲み屋に来ている。

まあ、聞かれることはだいたいいつも同じことやけど。


「どうって、なんも」

「会えてる?」

「会えてるよ。おとといは菜々んち泊まったし」

「やからLINE返さへんかってんか」

「あーそうそう」

「朱里も菜々ちゃんから返事けーへん言うてたから」


朱里とは岸野の彼女のこと。
菜々はもちろんあたしの彼女。

大学で出会って付き合ってからもう4年。

今年で社会人2年目やからそろそろ
飲み会とかにも参加しやんでもよくなってきたから
より一層菜々とご飯食べる機会が増えた。

1年目のときは歓迎会やらなんやらで
むっちゃ誘われて行かなあかんくて
菜々と会われへんくてやっと会えたときに
泣いた覚えがある。
そんくらい菜々のことは好きやし大切やねん。


「まあ、会ったの久々やったし」

「そろそろ言えば?」

「何を?」

「とぼけんなや。一緒に住みたい言うてたやん」

「あー…それな…」

「え?なんなん?」

「いや、自信ないねん。まだあたし社会人2年目やで?幸せにできるとか、考えたら」

「あほやな、彩。家に帰ったらお互いに会えるってだけでええやん。菜々ちゃんやって、そんな多くを望んでないと思うで?」

「けど、あたしのプライドが許さへんねん」

「あんたのプライドなんてどーでもええねん。はよプロポーズしろや」

「焦らせんなよ。考えとく」

「すぐしろや」

「あたしのタイミングで言うから。岸野酔いすぎやで」


岸野は酔うと
プロポーズしろプロポーズしろとうるさい。
あたしはいつもそれを適当にはぐらかして
未だにプロポーズをしていない。

ほんまはしたいって思ってる。
菜々も多分、あたしが言うのを待っている。

けど、まだ自信がない。
余裕がないんだ。


「まだ飲めるって」

「いいから水飲んで。ほんで終わりな?朱里に迎えきてもらうから」

「まだええやんか〜」

「ちょ、きーしーのー」


普段酒強いくせに
今日は度数高いのばっかり飲んでたから
案の定潰れてしまった。

そんな酔っぱらいをあたしがどうこうできるわけないから
とりあえず朱里に連絡して迎えに来てもらうことにした。


「あ、さや姉!」

「お、きた。この酔っ払いはよ引き取ってや」

「御迷惑おかけしましたー」

「おー。じゃあなー」

「あ、さや姉」

「ん?」

「菜々ちゃん、待ってんで?家やけど」

「え、」

「早く一緒に住んだらええやん」

「朱里」

「じゃあ、ありがとな?ご飯代も!」


あー朱里にはほんま頭が上がらん。
今度なんか奢ったろ。


とりあえず早く家に帰らなければいけない。
早く帰って、菜々に会いたい。
そして、伝えたい。

帰る途中に電話をした。


「菜々?家に居る?」

『うん、居るよ?』

「今から行ってもええ?つかもう向かってんねんけど」

『ええけど。里香ちゃんと飲んでたんちゃうの?』

「あいつ潰れたから朱里に引き取ってもらってん」

『里香ちゃんが?珍しいなあ』

「とりあえずもうすぐ着くから待ってて」

『んー』


夫婦みたいで夫婦じゃない会話。
「今から行っていい?」とか「会いたい」とか。
そういうこと、もういちいち言うのだって
面倒だと思うから。
「ただいま」と「おかえり」で
毎日会える関係に、なりたい。


「あ、おかえり」


菜々はなんでもないようにそう言った。
それだけでこんなにも嬉しい気持ちになることを
あたしは初めて知ったんだ。

もうプライドがどうとか自信がないとか
そんな言い訳、通用しない。


「ただいま」

「ふふっ、入ってええよ」


おととい来たばっかやのに
なんでか懐かしい気持になる。

そんくらい毎日会いたいから。


「あのさ、」

「んー?あ、なんか飲む?」

「いや、いらん。大事な話あんねん」

「え?なに?」

「強ばんなよ。いい話、やから。多分」

「えーむっちゃ怖いねんけど」


キッチンに行こうとした菜々を引き止め
ソファーに座らせた。
もちろんあたしも隣に座って。

こんなむっちゃくちゃ大事なこと
初めて言うから緊張で
顔が変なってるかもしれへんから
なるべく見られたくなくて
うつむき加減で菜々の手を握った。

したらちゃんと握り返してくれて
菜々は多分、どこを見ていいかわからないと思う。


「あんな、」

「ん」

「ずっと自信なかってん。まだ社会人始めたばっかやし、まだ菜々のこと幸せにできるかわからんってずっと自分のプライドばっか気にしてた」

「…」

「けど、もうそんなくだらんプライドとかどーでもええ。やから…」


声が震えて息がつまりそうになる。
マイナスな考えばっかりが頭に浮かんで
先を言うのが怖くなった。

だけどそんなときに菜々が握っていた手に
さらに力を込めたから
あたしは続きを話し始めた。


「やから、あたしと一緒に暮らしませんか…?」

「彩」


どんな答えが返ってくるのか
悪い答えが返ってくるとは思わないけど
それでもやっぱり不安で
あたしはなおもうつむいたまま。


「…っ」


その気持ちが伝わってしまったのか
菜々は横からあたしを抱きしめてきた。


「あんな?私、怖かってん。このまま付き合い続けても、幸せになれるのかなって。もちろん彩のことは大好きやし、ずっと一緒にいたい。やから余計に不安やった」

「菜々…」

「けど、ありがとう。彩。私も一緒に、暮らしたい」

「ん…」


今まで自分勝手やったと思う。
プライドばかり気にして菜々の気持ちも考えずに。

菜々がそんなこと思ってるなんて。
自分の事を最低だとこのとき改めて思い知らされた。


「私が彩の一番そばに居りたい」

「ん。あたしのそばに居って」

「居るよ。ずっと居るから」


思うことは簡単なことだ。
だけどそれを口に出すのは難しい。

だからこそこんなに時間がかかったけど
あたしはこれから
菜々を一生幸せにしていくと決めた。


菜々が不安がらないように。
『ただいま』と『おかえり』で
ずっと繋がっていられますように…。






END

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