夢 短編

□甘くないチョコレート
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「伊東さん」
昼間、僕の部屋の襖がゆっくりと開いた。
「なんだい?」
廊下に誰もいないのを確認して部屋に入ってくる彼女。
机で書類整理をしている僕の目の前までくると、彼女も畳の上に腰を下ろした。

「どうぞ」

「これは?」
急に差し出されたのは、白い箱に赤いリボンとシールがついた箱だった。
「見ての通り、可愛くラッピングされたチョコレートです」
「……へぇ」
「反応が薄いです」
それはチョコレートを渡すときに無表情、というより、いつものやる気のなさそうな表情をしている人が言う言葉だろうか。
「いや、意外でね。君はこういう女の子らしいことしないと思っていたから」
「何言ってるんですか?どこからどう見ても可愛い女の子じゃないですか」
「よく云うよ」
その言葉についクスッと笑ってしまう。

短い髪。男と変わらない隊服。少し鋭い目つきにハスキーボイス。小さな胸はさらしで巻いているらしく、全く無いように見える。
つまり、よくよく見ない限り男にしか見えないのである。

「それは彼女に言う台詞じゃありませんね」
「まあね」
それも付き合って間もない彼女だ。
彼女のことは結構前から知っているが、恋人としての付き合いはまだ日が浅い。
「あ、チョコの甘さは控えめです。伊東さんなので」
「どういうことだい?」
「付き合って間もない彼女にすら甘くないですもん、伊東さんは」
だからそれを君が言うか。
「まぁ否定はしないが……」
少し身を乗り出し彼女の腕を掴み引き寄せた。
顔が近づく。
「甘いのが苦手そうだからね、君は」
「……」
「どうだい?」
「…そ、ですね。苦手というか、慣れないというか」
いつものように彼女は視線を反らす。
いつもそうだ。
顔を近づければ避けて
抱きしめようものならそっけなく腕をほどく。
「そういうところが、可愛いと思えるんだがね」
「なっ!」
「君は普段ポーカーフェイスの割に、たまに顔を真っ赤にするから面白いよ」
頬に手を持っていき、無理矢理目を合わせる。
「変なこと言わないでくださいっ。チョコ没収しますよ!」

顔を赤く染めて君が慌てる姿を見る者はそうそういないだろう。
いなくていい。
こんな可愛い姿を見るのは僕だけで充分だ。

「一度受け取ったものは手放さないよ。チョコも、君もね」
「っ!!!」

言葉にもならないか。



「どうだい?僕なりに精一杯の甘い言葉のつもりだったんだが?」
「も、いいです。心臓にわるい、です……」

愛らしく戸惑ってくれるなら、
甘い言葉を囁くのもありだろう。




END
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