夢 短編

□甘いキャンディ
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「いいですよ」

日も暮れた頃、
女隊士の私は自室で始末書を書いていたが、
その声に筆をおいて麩を見つめる。

「相変わらず書類仕事は遅いんだな」
「しょうに合わないんです」

入ってきたのは上司でもあり恋人でもある伊東さん。
机をはさんだ向こう側に伊藤さんが腰を下ろす。

「今日は何をやらかしたんだ?」
「攘夷浪士を追いかけていて少々お店を散らかしました」
「おかしいな。聞いた話だと派手に破壊したと言っていたが」
「……」

知ってて聞くんだからタチが悪い。
でもそんな彼を私は好きになってしまった。

「書かないのかい?」

とても大好きになってしまった。

「字、綺麗じゃないんです。見ないでください」

書きかけの始末書の前にわざとらしく手をおいた。

伊東さんは私とは違う。
文武両道。
私から見たら眉目秀麗。
他の隊士との信頼もあついようだし、
彼の知性はただ頭がいいだけではすまされない程だ。

「気にしなくてもいいと思うが」

私は彼とは違う。
お世辞でもいい育ちとはいえなくて、
昔から喧嘩っ早くて刀の扱いはある程度成長したけど、
塾なんかには行ったことがなくて
字を一生懸命覚えて書くこともできるようになったけど
その字体は綺麗とは言い難い。

女らしくない。

昔からよく言われていたことだ。
自覚があるから否定したことはない。だけど……
最近はそれが伊東さんの恋人である自分の自信を削いでいる。
隊士としてなら努力の人といわれるが、
女としてならマイナスでしかない。

「それよりも、今日が何の日かわかっているか?」

黙り込んでしまった私に気を使ってくれたのか、
早々に話題を変えてくれた。

そして私は、その言葉一つで頬が緩みそうになるのだ。
どうしようもなく、うれしくなるのだ。
「たぶん……」
ただそれを素直にあらわすことができないので、
つい顔をそらしてそう呟いてしまう。

「多分、か」
意地悪く鼻で笑って伊東さんが言った。

本当はちゃんとわかっている。
今日はホワイトデー。
バレンタインには少し女の子らしくと、
可愛くラッピングされた可愛らしいチョコレートを渡した。
いつも恥ずかしくて、おまけに自信もなくて、
ついつい視線を逸らしたり、彼の腕を振り払ったりしてしまう……。
だからせめてバレンタインくらいは少しでも普通の恋人らしくしたかった。

「多分です……」

そして今日です。
ホワイトデーです。まったくもって多分じゃないです。
お返しをしてもらえるか。
もらえるなら話すことができる。
もしお返しを準備できなかったのならそのお詫びでも構わない。
どんなかたちでもいいから、話したい。話せるはず。
それならいつ話しかけてもらえるのだろうか。
それが頭から離れなくて、胸がいっぱいいっぱいで、
気づいたら攘夷浪士相手に大暴れ。
挙句の始末書……。

「君へのお返し、何がいいかわからなくてね。無難にキャンディにしておいたよ」

言いながら、白い箱が机に置かれた。
「……っ」
それが嬉しくてお礼の言葉を言い忘れてしまった。
「気に入らないかい?」
その言葉に急いで首を横に振る。

キャンディの意味をわかっているのだろうか。
そのお返しの意味をわざわざ調べたり、
それをもらえることができて嬉しかったり、
そういう自分が普通の女の子みたいで少し笑える。

「……君が何をコンプレックスに思っているのかは知らないが」
「……」
「僕は君のこと、とても可愛い女の子だと思うよ」

急に熱が襲ってきて、涙がこぼれそうになったから、
つい机に突っ伏した。

「大丈夫かい?」
「……はい」

頭を撫でてくれる優しい手。
きっと私のこと、なんでもお見通しなんだろうなと思うと
やっぱりうれしくて、でも照れくさくて……

「ありがとう、ございます……」

キャンディも
さっきの言葉も、
恋人でいてくれていることも、

全部、全部嬉しくて、
お礼の言葉をいくら言っても足りなくて
そんなことを考えたら涙が止まらなくなって、

「顔、上げれるかい?」
「無理です……」
「そうか。困ったな」

そんなふうに言われたら少し戸惑う。
でもきっと顔は涙でぐしゃぐしゃ。
それも全部わかっていて顔をあげてと言うのなら、
涙で濡れた顔でも気にしないでいてくれるだろうか。
私は恐る恐る顔をあげて、伊東さんを見上げた。

「なんですか?」

伊東さんが優しく微笑んでくれた。
その顔に胸を打たれたのは言うまでもなく……。

「君がもしも何か心配事があるなら、僕に言ってくれればいいんだよ」
ふと立ち上がり、伊東さんは私の横に座ってくれた。
「君が不安になるたびに、安心できる言葉をかけられるように努力する」
伊東さんの手が頭の上に乗ったと思ったら、
そのまま引き寄せられて抱きしめてくれた。
いつもならすぐに離れてしまうんだけど……

「伊東さん……」

さっきから伊東さんが嬉しいことを言ってくれたりしてくれたりするから、
涙がどんどんでてきて私は伊東さんの胸に顔を埋めた。

「心臓、やばいです……」
「うん」
「飛び出て、死にそうです……」
「君らしいな」
「でも、もう少し、このままでいたいです」
「あぁ、いいよ。死なないと約束するならね」

勇気をだして伊藤さんの背中に腕を回した。

「そうそう、言い忘れていたんだが」
なんだろうと思いながら伊東さんを見上げた。
「キャンディは甘めのやつにしておいたよ」

その言葉にまた顔を伊東さんの胸に埋めて
背中にまわっている腕に力を込めた。



甘い甘い恋人になれますように。




end
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