十三代目の思い出


□秋雨と夜
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(寒い…。ここはどこ…?)
奈津はぼんやりとした意識の中、すぐ側に誰かがいることを感じていた。
重い頭を手で押さえて体を起こすと、手拭いが膝に落ちた。
ゆっくりと横を向くと、隣でびしょ濡れの少年が膝を抱えて眠っていた。
少年の長い黒髪は乱れ、着物には血が飛び散っていた。
(そうか…。比古さんはもう…。)
少年の左手には刀があった。
奈津は、昨日起こったことを一気に思い出して、目を瞑った。
(何故…人が人を殺さなければいけないのですか?)
無意識の内に強く握った拳に、血がにじんでいた。
もう一度少年の方を向いた時、彼の右手には透明な水を張った桶があるのに気付いた。
この山には、滝があるが川はない。
井戸もないので、水汲みは毎朝誰かの仕事だった。
今朝の当番は奈津だったが、途中で倒れてしまったため、小屋に水はなかった筈だ。
昨日は濁ったどしゃ降りの雨が降っていた。
桶の水は雨水ではなさそうだ。
(優しい人…。)
奈津は膝の手拭いを手のひらで包んだ。
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