藤色の付喪神

□ちび兼さんをよろしく
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初めて訪れた演練場には仲間たちから聞いていたとおり、幾多もの刀剣があちらこちらに見受けられた。見知った顔も少なくない。そして、自分のように他の刀達よりも幼い見目をしている刀や、仲睦まじそうにしている刀たち、色の違う刀など、毛色の違う刀剣が僅かに混ざっていた。自分に向けられる好奇の視線は彼らにも向けられていた。それが面白くなかったというのが偽らざる本音だがだからといって何をするでもなく、和泉守ははぐれないようにと仲間たちの傍を離れないよう気を引き締めた。
対戦相手の本丸には、待合の場で幾振りも見かけた和泉守兼定が居た。自分よりも一回り大きな彼の姿こそ、和泉守兼定の本来の姿である。意識しない訳がなかった。

「お前、そんな形して俺か?」
「……だったら、何ですか?」

向こうもこちらに気が付いて訝し気な声を上げた。むっとして、けれども粗相のないようにと教わっていた言葉遣いで返事をすれば、相手の和泉守は慌てたように弁解した。

「おい、そんな顔するなよ。悪かった、決して馬鹿にしてるわけじゃねぇ」
「失礼しました。それで、俺に何か?」
「お前、敬語使えるのか。大したもんだな。珍しかったからな。ここじゃ特に、お前みたいなのはジロジロ見られるだろうに、不躾だった。その形だが、ここに立ってるってことは……戦えるんだろう?」
「当たり前だ」
「楽しみだ。是非ともお相手願おう」
「臨むところだ!」

二人のやり取りが終わったところで向こうは堀川国広が、こちらは長谷部がそれぞれ連れ戻す。絶対勝つと漏らした和泉守に、仲間たちはそれぞれの反応をとってみせた。直に試合が始まる。

「無理をしないようにね。油断は禁物だよ」
「うん、これでよし。カッコいいよ兼さん!」
「さ、思いっきり暴れちゃいましょう!」
「貴方が敵いますかねぇ」
「勝つ!」
「宗三、わざわざ煽るな」
「はいはい。長谷部、貴方はいつも通りお願いしますよ」
「任せろ」

整列し、互いに部隊長が挨拶したのち開始の合図が響く。
一瞬。
隣にいたはずの長谷部が敵陣へ斬りかかっていた。
誰よりも速く戦場を駆けると聞いていた。刀として、美しくその太刀筋を舞わせるのだと。
叫び声があちこちで上がる。はっと気を取り戻して目の前の敵を見据える。

「おっと、あと一瞬遅かったら叩き斬ってたのに」
「舐めるな……」

そう吠えてみたものの、対手の和泉守の方が自分よりもずっと強いことぐらいわかっていた。余裕が目に見えている。出陣を重ね、皆に手合わせで学ばせてもらった。昔よりもずっとずっと強くなった。長谷部を見返してやると、そう思っていたのに。
自分の刃は、届かない。
辛うじて相手の刃を受け流しはするものの、攻撃の一手はかすりもしない。
と。

「そぉらっ!!」
「!?」

一面の、青。
動揺したその瞬間を、和泉守兼定は許さなかった。
投げ込まれた羽織を、見えない斬撃が払い落とし返す刃が己を切り捨てた。

「お行儀の良い稽古じゃあないんだぜ?そら、これで」

痛みに顔を歪めながら相手を睨み付けた。その身体が。
横に吹っ飛んだ。

「は?」

視界に映るのは、見慣れた紫色。口端を吊り上げ、これ以上ないほどに上機嫌に嗤ったのは、見返してやると息巻いた相手、へし切長谷部だった。
瞬きすれば彼は既に駆けだしていた。宗三が跳躍し、長谷部の背を踏み台に小狐丸を貫いた。そこで。

試合終了の合図が響いた。

「ほんとによくあれ程好き勝手やりますね」
「お前が言うのか?それをお前が言うのか?」
「それにしてもあそこの和泉守さんもよく飛びましたね〜。栄えある三十振り目、なんちゃって」
「君たちの連携も何度見ても舌を巻くよ」
「流石でございますなぁ」「今日も見事だった」

結果はこちらの勝利。
けれども和泉守は悔しくてならなかった。まだ、全然足りなかった。いくら練度差があるとはいえ、歯が立たなかった。負った傷は会場を出れば跡形もなく消える。身を切られる痛みも、無かったことになる。それでも、和泉守の胸には確かに深々と傷が植え付けられていた。

「大丈夫か、いずみ。どうだった、ここの初陣は」
「……傷は治った」
「頑張ったな。新たな経験だ」
「っ!!頑張ってない!」

頭へ伸ばされた長谷部の手を振り払い、和泉守は叫んだ。

「勝てなかった!……お、俺の刃は!かすりもしなかった……!!全然、足りなかったっ!!」
「いずみ……」
「ふ、ぅ、ぅぅ、っ……おれはっ……よわい……!」

泣くものか。歯を食いしばって耐えても、涙が零れ落ちた。悔しくて、それ以上に情けなくて。長谷部が正しかった。自分は、まだまだ足元にも及ばなかった。稽古をつけてくれた仲間たちに申し訳なかった。あんなに教えてもらったのに。たくさん時間を割いてもらったのに。

「いずみ、大丈夫だ。弱いなら、強くなればいい。皆お前が戦場で華々しく戦うのを楽しみにしている」

己の実力を知ることも、大切なことだ。
長谷部は以前よりもずっと大きくなった和泉守を抱き締めて、あやすように頭を撫でた。
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