藤色の付喪神

□いずれ散る
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「カイトさん、この間の、あの歌歌って!」
「うん、いいよ」
「やった!」

♪〜♪〜♪〜♪

広間に流れる歌声は優しく歌詞を紡いでいく。心のこもった、歌声だ。
歌い終わったところで短刀たちが今度は一緒に歌おうと騒ぎ出す。そこに通りかかったのが長谷部だ。長谷部はすぐにカイトを見つけ、眉を寄せる。

「ふん、いつもいつも、飽きないのか。歌ってばかりでお気楽だな」
「貴方は忙しそうですね。すぐに足元を掬われるんじゃないですか」

きっと長谷部を睨み付けた後、「ごめんね、いっしょに歌うのはまた今度にしよう」と短刀たちに謝ってからカイトはさっさと広間を出て行った。もちろん、長谷部に背を向けて。長谷部もさっさと自室へ戻るが、何か引っかかるような気がしてならない。いつもいつも聞きなれている気に入らない声だ。それが、わずかにこわばった気がした。どうせ気のせいだ、知ったことかと長谷部は主のために新たに何か習得せんと気持ちを切り替えた。
切り替えた、はずだった。

「…………」

しかしどうにも気になる。日頃からあれだけ険悪だというのにまさか傷つけてしまったのだろうか。喧嘩だ何だと言えるうちならばいいが、本当に心を抉るようなことをしてはいけないと主に教わった。

「…………」

どうにも落ち着かなくなった長谷部はカイトを探して回った。一番可能性があるのは主の部屋だったが呼びかけても返答はなく、ならばどこにいるんだと歩き回るうちに庭にカイトがいるのを見つけた。あの青い髪は存外目立つのだ。
見つけて、けれどかける言葉が見つからなかった。憂いの表情で空を見上げるカイトに、何を思っただろう。

「……何かご用ですか?」

ふと気づいたカイトが長谷部に問いかける。暗い目だった。こんなにも濁った色をしていただろうかと長谷部は違和感を覚える。

「いや……どうかしたのか?」

長谷部の問いかけにカイトは吹き出して嗤う。

「貴方が僕の心配なんて、そちらのほうがどうかしてますね」
「……何かまずいことを言ったかと思ったんだが、杞憂だったようだ」

一気に違和感などどうでもよくなって、踵を返した長谷部の背後から、小さく自嘲の声が聞こえる。それを無視して縁側まで戻ってきたところで、少し冷静になったのか先程の違和感が気になり長谷部は再びカイトのもとへと歩いた。

「―――――」

微かに、聞き落してしまいそうなほど小さな音が、長谷部の耳に届いた。それが歌なのだと気付いたのは、短いフレーズなのだろうそれが三度ほど繰り返されたところだった。

「それ」
「―、っ!」

長谷部がいたことに気付かなかったのかカイトの身体が大きく跳ねた。振り向いたカイトの目は、先ほどよりも暗くなかったがうっすらと濡れていた。

「まだいたんですか」
「それ、歌、だよな」
「そうですよ。それが何か?」
「大切な歌なのか?」
「っ!」
「そんなふうに歌ってるように、聞こえた」
「…………」
「その、さっきは悪かった。度を超えていたんだろう?」
「わからないのに謝るんですか」
「わからなくても、悪いことをしたら謝る」
「……マスターも言ってましたね」
「ああ」

カイトが悲し気に視線を落とす。長谷部はこんなカイトを見たことが無かった。気まずそうな長谷部にちらりと視線をやって、カイトはさらに気分が沈む。いつも自信に満ちて、高慢な態度の長谷部がこんな顔をしているなんて調子が狂う。

「あの歌は、マスターが初めて僕に歌わせてくれた歌です。まだ拙かったあの歌は、その一年後に再調整してくれて……ずっと上手く歌えるようになりました」

ただ静かに、長谷部はカイトの話に耳を傾ける。
顔を上げたカイトの目から、すぅっと雫が流れた。

「僕はマスターの歌を歌うために存在する。マスターの心を、マスターの代わりに、僕がマスターの気持ちを伝えるために、歌う。でもそれは、簡単に消えてしまう。残したはずの傷跡は、いずれ忘れられていきます」
「どういう意味だ」
「貴方はいいですよね。マスターの傍に、ずっと居られる。朽ち果てるまで、マスターに大切にしてもらえる」
「おい、何を言って」
「でも僕は違う」
「……っ」
「いずれマスターに忘れられ、歌わせてくれた歌さえも失われていく」
「そんなことはないだろう。ボーカロイドは半永久的に生きると主に聞いた。それこそ、俺の方が先に主の傍に居られなくなる可能性だってある。折れてしまえば。それまでだ」
「それでも、折れてしまっても残るでしょう」
「……折れた刀など、振るえなければ意味がない」
「僕は簡単に消えます」
「……?」
「貴方は形ある刀だ。でも、僕は形のないアプリケーションソフトウェア。一度クリックするだけで、すべてが無かったことになる」
「!しかし、半永久的に生きられると」
「そう、それほどに簡単に僕たちは生きることも死ぬことも出来る。端末を新たに用意してインストールして、そうして記憶を保ったまま歌うことが出来る」
「俺たち刀はいずれ朽ちる。どんなに願っても、お前たちのように永く人に寄り添うことはできない」
「ボーカロイド、はね。でも記憶を重ねて人格を形成した僕のようなボーカロイドは、記憶は、ちょっとしたエラーでたちまち霧散してしまう。そうなってしまえばその人とは永遠にお別れです。僕は貴方が羨ましい。人の信念が形となり心を重ね、人に忘れられることのない刀である貴方が羨ましい」
「人が残さねば、刀も忘れられていく。歌は語り継がれる。旋律に載せられた言葉は、人の心が宿る。ずっと、人の中に残り続ける。人が死んでも、連れて行ってもらえるじゃないか」

訪れた静寂の中で、カイトも長谷部も目を逸らさなかった。
人の手によって生まれ、人に寄り添い、人を見送る。二人にも解っていた。自分たちは、人と共に終わることはできないのだと。人より先に失われることもあるだろう。どんなに祈っても願っても、運命には抗えない。お互いのことを羨んでも、それもまた意味のないことだった。そして、そんな運命が訪れなくとも、人に遺されようとも、置いて行かれることに変わりはないのだ。
人の命の、なんと短いことか。



カイトも長谷部も、一言も喋らなかった。ただ、縁側まで戻ってきただけだ。遠くにぎやかな声も聞こえる。こんな雰囲気を纏っていれば、少なからず心配する刀もいるだろう。そう思うものの、長谷部の頭は一向に思考してくれない。
長谷部さん。そう呼ばれてカイトを見た。思えば名前を呼ばれるのは久しぶりじゃないだろうか。カイトさん、と長谷部もずっと呼んでいなかった名前を口にした。

「……あは、やっぱり、貴方は敏い方ですね、長谷部さん」
「長谷部でいい。狙ったのか?」
「では僕もカイトと。ご明察です。ひとつ、提案があるんですがどうでしょう」
「奇遇だな、俺もだ。なんて言うと思ったか」
「は?」
「買い被り過ぎだ。言葉にされなきゃわからない」
「……合ってると思いますけど。そうですね、言葉を紡ぐボーカロイドが言葉を蔑ろにしてはいけませんね」
「そこまで言ってない」
「仲直りといきませんか。マスターにも、随分と心配をかけてしまいました」
「異論はない。変に突っかかるのも止める。主にはお戻りになったら謝罪に行こう」
「一緒に行きましょうよ。せっかくですし」
「お前、楽しんでないか?」
「心外ですね。歩み寄ってるんです。ふふっ」
「なんだ」
「きっとマスター、僕らのデュエット聴きたいって言いだしますよ」
「なんだそれ」
「二人で歌う歌のことです。マスターは僕の声も、長谷部の声も大好きですから」

はにかんだカイトの目に、陰りは無い。綺麗な青。
そっと微笑んだ長谷部が幾分か柔らかい声で提案する。

「……そうか。練習でもするか」
「……喜んで」

長谷部の纏う空気がずっと穏やかなものになり、一瞬目を見張ったカイトはすぐに了承の返事をして笑った。




本丸に帰還した審神者は、誰の気配もないことを疑問に思いながら微かに声の聞こえるほうへ足を進める。
近付くにつれてそれが歌声だとわかるが、審神者はそんな馬鹿なと信じられない思いで駆けだす。だって、この歌を歌う二つの声は――。

「「おかえりなさい、マスター/主」」

広間に辿り着いた瞬間、ぴたりと歌が止まる。
カイトと長谷部が、笑顔を咲かせて出迎えた。




(カイトさんと長谷部さん、仲直りされたんですよ!)
(え、え、ほんと?)
(ご心配をおかけして申し訳ありません、主)
(マスター、ごめんなさい。もう、大丈夫です)
(今ね、二人の歌の練習聴いてたの!)
(上手だよねぇ、活舌もいいし)
(思わず聴き入ってしまうよ)
(でもちょっと違和感がある)
(まだ改善の余地があるみたいだよ、主)
(お、おう!よっし、調整しよう、すぐやろう、今やろう!)
((はい!))


End
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