その他

□だから、これからは
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夢を見た。
懐かしい、悲しい夢だった。
赤いマフラーをした彼女が、いつもみたいに笑っていた。




「大丈夫っすか?」

ハッと我に返ると、そこはメカクシ団のアジトで僕はソファで眠っていたらしい。自分でも珍しいな、なんて思ったらセトにも言われた。

「大丈夫か?疲れているならベッドへ行け」

キドやマリーにも心配そうな顔をされてしまった。ちょっと情けないな。
仕方なくベッドへ移動し、ゆっくりと目を閉じた。
時折繰り返し見る、彼女の夢。
何もできなかった。何もわかっていなかった。
成績がよくたって、何の意味も成さない。
後悔がぐるぐると渦巻いて、僕をさらに追い詰める。
ねぇ、もう一度君の隣に……今度はきっと――



「大丈夫っすかねーシンタローさん」
「大丈夫かな」
「一応ベッドへ行ったから少しすれば戻るだろう」
「しっかしシンタロー君がこんな時間に寝ちゃうなんて珍しいねー」

『ふーん。ここがメカクシ団のアジトかー』

「!?」

『シンタロー君はあっち?』

皆でシンタローを心配していると見たこともない少女がいつの間にかそこに立っていた。
セーラー服に赤いマフラー。にこにこと笑っている彼女を警戒した四人はさっと身構える。

「んーとりあえず君は誰かな?」

カノが前にたち尋ねるが少女はにこにこと笑ったままで答えようとはしない。

「キ、キド……あの人、す、透けてる」
「ああ。人間じゃぁないな」

『ふふふ、正解』

「お、おばけ?!」

ガシャン!!!

マリーが驚いた拍子にカップを落とし割ってしまった。
が、今はそれどころではない。

「シンタローの知り合いか?何をしに来た」

『シンタロー君を迎えに来たんだよ』

「迎えに?どういう意味っすか」

そう言ったものの見当はついていた。
幽霊ともいえるような彼女が、迎えに来たのだ。ただでは済まない……最悪死ぬことになる。それを見過ごす訳にはいかない。シンタローだって立派なメカクシ団のメンバーである。それに、モモがいない間にシンタローが居なくなったなんてことになってはあの子がどれ程悲しむことか。

『そのままの意味よ。シンタロー君がずっとずっと祈ってくれたから、迎えに来ることができた』

「大きな音がしたけど、何かあったのか?」

ぎぃ、と扉を開けて入ってきたのは今一番ここに来るべきではない人物だった。

『シンタロー君!!』



*****



ガシャン!!!

なんだろう?うとうとしかけたところで何かが割れる音がした。マリーがまたカップを割ったのだろうか。何にしても、セトがいるしキドだっているからだろう。そうおもつ思ったのに、何故だかこのまま眠ってはいけない気がして……あの扉の向こうへ行かなければいけない気がして……
ふらふらとおぼつかない足取りで扉の前までいくと、話し声が聞こえた。和気あいあいとした雰囲気とはかけ離れた、静かな声。カノがマリーを怒らせたのだろうか。それにしてもここまで深刻にはならないだろう。
何だろう。どうしてこんなにも、胸騒ぎがするんだろう?

「大きな音がしたけど、何かあったのか?」

扉を開けると夢に見た彼女が。
赤いマフラーをして、あの日のように笑っている彼女がいた。

『シンタロー君!!』

なんで
だってお前は…… キドやマリーやカノやセトは何処に行ったんだ?誰もいないアジトのなかで、彼女だけが佇んでいた。

「アヤノ……?」
「シンタロー君!!よかった、また、会えたね」
「何で……だってお前は」
「死んじゃった。でも私は、後悔してないよ」
「……どうして」
「あれが、私の答え」

死んでしまうことが、答え。
この世との関係を絶ってしまうことが……アヤノの望みだった?

「違うよ」
「え?」
「確かに私は選んだ。でもそれは、私の望みじゃない」

望みじゃない……じゃあ、本当の答えは?




*****




「シンタローさん!!」

まずい、とセトが叫んだが、シンタローの目は少女に釘付けだった。まるで、セトたちのことが見えていないように。
カノも気づいたようだった。

「シンタロー君、僕らが見えてないみたいだね」
「どういうことだ?」

『あなたたちには関係ないもの。これは、私とシンタロー君のこと』

だから、そこで黙っててね。と言って彼女はシンタローに向き合う。シンタローの様子から察するに、どうやら今の会話も届いていないようだ。

「どうする?」
「シンタロー、大丈夫なの?」
「声が聞こえない、姿が見えないなら、どうしようもないだろ」
「とりあえず、最悪の事態は避けるっす」
「ああ」




*****




「シンタロー君は答えがわかるけど、人の心には答えはない。だから、わからないでしょ?」
「わからない。だから、教えてくれ。僕は」

お前を助けることは、出来なかったのか。
僕を助けてくれたみたいに、僕も助けてあげることは――

「大丈夫。シンタロー君のおかげで、私はちゃんと答えを出すことが出来たんだもん。だから、まずは」

         「ありがとう」

そう言ってふわりと笑った。
いつもにこにこしていたのとは違う、まるでやっと望みが叶ったような、とても嬉しそうに、幸せそうに笑った。

「それを……言いに来たのか?」
「ううん。まずはって言ったじゃない。シンタロー君」

         「迎えに来たよ」

「あ……」

アヤノが両手を広げた。そこに惹かれるように歩み寄る。
ずっと待っていた。
あの笑顔が、焼き付いて離れなかった。
また、その温度に触れられるのを……あの日から、ずっと。

「アヤノ」
「シンタロー君」
「アヤノ……アヤノ、夢じゃ、ないんだよな」
「夢じゃないよ。ここに、いるよ。シンタロー君」
「温かい。アヤノ……待ってた……ずっと……今度こそ、隣に……」
「うん……シンタロー君も、温かい。遅くなって、ごめんね」



*****




「あの子、アヤノっていうんすね」
「知り合いってのは間違ってないみたいだね」

黙っているなんて出来なくて、もしかしたら触れられるんじゃないかという期待は実行に移した瞬間打ち砕かれた。
すり抜けるのだ。シンタローの体も、たしかにそこにいるはずなのに。
声も届かない、手も届かない。
マリーが目を合わせたところで、何の効果も得られなかった。
成す術が、無い。
ただ、見ているだけ。

「祈ったと言ったな」
「へ?」
「ということは、これはシンタローが望んだことなのか?」
「……会話からも、そうみたいっすね」
「どうして……」

モモのためにも、このままにはしたくない。
だが、これがシンタローの望みだとしたら?
そうだとしたら、自分達は何もしてはいけないのではないか?

「どうしたらいいの?」

マリーの目に涙が浮かぶ。セトが屈んであやすようにマリーの頭を撫でる。その目にも、浮かぶのは憂いの色。

『どうもしなくていいの。だってこれは、シンタロー君の望みだから』

そこで、四人の意識は途切れた。



*****



「行こう、シンタロー君。もう、大丈夫だよ」

抱き合ったまま、安心したように笑うアヤノ。閉じられた瞳から涙が伝った。

「やっと、シンタロー君と一緒にいられるんだね」
「アヤノ……一人にして……独りにして、ごめんな」

零れた涙を拭うと、いっそう強く抱き締められた。

「大丈夫。だってこうして、シンタロー君に会えたから」

シンタロー君を抱き締められるから。
もう、寂しくないよ。

「うん……うん……僕も、もう辛くない」
「悲しいことも、怖いことももう、無いよ。もう、自分を責めないでいいんだよ」

回された手の力が緩む。
離れた両手は頬にあてられ、互いに微笑んだ。
アヤノの手に自分の手を重ねる。
アヤノが無邪気に笑った。
僕も、同じように、あの頃には出来なかった顔で笑った。

「往こう、アヤノ。もう、一人にしない」




だから、これからはずっと一緒だ。




End

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