その他

□君を請う
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「ごめんね……!!ごめんねっ、こぅくん……!!」
「ううん……泣かないで……しぃちゃん……」








       君を請う







ことりおばけや子供の悪霊からなんとか逃れてきた二人は行き止まりの部屋で途方に暮れていた。
須賀が酷く衰弱しており、夜光石も尽きてしまったのだ。須賀が持っていた夜光刀も、である。残る夜光石は二人の指にはめられた指輪型のものだけで、形はあれどやはり力尽きてしまっている。なんとかこの行き止まりまで逃げてきたのはいいが、「行き止まり」である。逃げ道は、無い。霊たちはそこまで迫っている。須賀の状態もこのままでは危ない。それなのに、助けを呼ぶことは不可能。シオリにこの難関を突破することも不可能だった。

「っ……どう、したら……!どうしたら……!!」

考える、考える、考える。けれども辿り着く答えは――絶望。
例えばここで、シオリが須賀を見捨てるという最低な行為を選んだとしても、助かることは無いのだ。もちろん、助かるとしてもシオリにそんな選択肢はない。選ぶつもりなんてこれっぽっちもない。

「しぃ、ちゃん……し、ちゃ……」
「こぅくん、こぅくん」

さらに苦しくなってきたのだろう、呼吸を乱しながら必死にシオリを呼ぶ彼を、シオリはぎゅっと抱きしめた。

「ごめん……ごめんね、ごめん……」

ぽろぽろと涙を零すシオリの目元に須賀は冷たくなっていく指でそっと触れた。
大丈夫だよ。そう笑った須賀に、さらに涙が溢れてくる。
せっかくまた会えたのに。
やっと思い出すことができたのに。
こんな、こんな結末を迎えなければならないのか。

「ぐっ……ぅ、かはっ……」
「こぅくん?!」

須賀が突然呻いた。今までは耐えていたのだろうが、もはやそんな力は残っていない。
このままでは二人ともことりおばけに殺される。

「しぃちゃ……ね、ぃ……とつ、お……ねが」
「こぅくん、無理しちゃ駄目!」
「お……がぃ、このまま……ぃやだ……しぃ、ちゃ……おねがぃ……」
「こぅ、くん……」

このままことりおばけに殺されるくらいなら。
どうか最期は、愛しいその手で。

「ご、め……ね……ぼ、くの……さ、ごの……わ、が、まま……」

こんな酷いことを、お願いしてごめん。
でもどうか、最期の我儘を  君の手で叶えて。

「…………」

私を守ってくれたこぅくんを。
優しい優しいこぅくんを。
誰よりも寂しがりで泣き虫なこぅくんを、私が……

「しぃちゃん……」

いつの間にか須賀も静かに涙を流していた。
こぅくんも、わかってる。もう、助からないこと。

「うん……でもね、こぅくん。こぅくんを、独りにはしないよ」

もう独りで泣かなくていい。
寂しいことを隠さなくてもいい。
これからは、二人一緒だよ。

「私も、すぐにいくから……待ってて。きっとすぐに探し出して見せるから」
「しぃ、ちゃん?」
「大好きだよ、こぅくん。私たち、ずっと一緒だからね。」
「うん、しぃちゃん……大好き。ずっと……いっしょ――待ってる」

ぎゅっと抱きしめあうと、そっと触れるだけのキスをした。
それから、永久の約束を――

シオリの両手が須賀の首に絡む。須賀は微笑んでいた。愛おしそうにシオリを見るその双眸がゆっくりと閉じられ、彼の両手がシオリの両腕に添えられる。

「だいすき、しぃちゃん」

それが彼の最期の言葉だった。
弱っていた彼の命の炎はいとも容易く消えた。

私も、すぐに――

外で霊たちがひしめき合っている。ああ、なんて五月蠅い。彼は絶対に渡さない。

「こぅくん、大好き」

彼女の最期の言葉も、最愛の人に向けられたものだった。






















白い。
白い?何と言えばいいのだろうか。明るい?遠くまで見渡せるような、明るさ。昼間のような、けれどもそれとはどこか違うような。
ただただ、美しい風景がどこまでも続いている。続いているように見えて、実際はすぐに行き止まりがあるのかもしれないが。咲き誇る花々、もうひとつの世界を映しだしているような泉、澄み渡る青空。まず目に入ったのはそれらだった。美しい。美しいけれど、どこか違和感を感じた。見慣れていないせいだろうかしかしそんなことは須賀にとってはどうでもいい。

「しぃちゃん?」

すぐに来ると言った彼女はどこだろう?
僕はどこで待っていればいい?あまり動かないほうがいいだろうか?

「しぃちゃん」

どこへともなく、もう一度呼びかけた。けれども応える声はなく。愛しい姿も見当たらなかった。
こんなにも明るく、見渡せるというのに。
どこにもいなかった。
どこへ行ったのだろうか。すぐに来るとは言っていたが、見つけ出すとも言っていた。全く同じ場所に辿り着くのは確かに可能性は低いと思えたけれど彼女のことだ。
僕の大好きな、しぃちゃんのことだ。
きっとすぐに僕のところまで来てくれるだろう。僕の名前を呼んでくれるだろう。僕を抱きしめてくれるだろうし、抱きしめさせてくれるだろう。ならば。
ならば僕は、約束通り待っていなければ。彼女が自分を見つけてくれるのを、自分の元へ来てくれるのを。

「待ってる、しぃちゃん。早く見つけて」

まるでかくれんぼみたいだ。そんなことを思いながら再び辺りを見回してみた。
四季で例えるならば春だろうか。死後の世界にも季節という概念があるのかはわからないが、暦があるのだとすれば今の春の間に彼女は来るはずである。すぐに、と約束した。

「だったらなおさら動かないほうがいいか。行き違いになっても嫌だ」

須賀は目覚めた場所からそう遠くならないだろう範囲で歩き回ってみることにした。
遠くなろうとそこから動かざろうと、結果は同じであることなど知らずに。













黒い。
黒い?いいや、違う。どちらかと言えば暗い?ほんの数メートル先までしか見えないような、薄暗さ。夜のようなけれどもそれとはどこか違うような。
どこまでも暗闇が続いてる。続いているように見えて、実際は明るい世界が広がっているのかもしれないが。静かに佇む花々、何も映していないような泉、満点の星空。まず目に入ったのはそれらだった。闇の中の美しさ。美しいけれど、どこか違和感を感じた。見慣れていないせいだろうかしかしそんなことはシオリにとってはどうでもいい。

「こぅくん?」

すでに辿り着いているはずの彼はどこだろう?
まさか違う場所に?そんなはずはない。だって一緒に死んだのだから。
現世に、別れを告げたのだから。

「こぅくん」

どこへともなく、もう一度呼びかけた。けれども応える声はなく。愛しい姿も見当たらなかった。
黒い装いの彼とはいえ、暗闇に支配されているとはいえ、己や景色を見ることはできるのに。
どこにもいなかった。
どこへ行ったのだろうか。すぐに行くからと、見つけ出すと伝えた。全く同じ場所に辿り着くのは確かに可能性は低いかもしれないがそれでもあんなにも近くにいた存在なのだ。
私の大好きな、こぅくんなんだ。
きっとすぐに見つかるだろう。私の名前を呼んでくれるだろう。私を抱きしめてくれるだろうし、抱きしめさせてくれるだろう。それなら。
それなら私は、約束通り探し出してあげなければ。彼が待っている場所へ、彼の元へ行かなければ。

「待ってて、こぅくん。すぐに見つけてあげるからね」

まるでかくれんぼみたいだ。そんなことを思いながら再び辺りを見回してみた。
四季で例えるならば花も咲いているし春だろうか。夏とは違うこの雰囲気はおそらく春だと思う。死後の世界にも季節というものがあるのかはわからないが、暦があるのだとすれば今の春の間に彼は見つかるはずだ。すぐに、と約束した。

「こぅくんに待っててって言ったから行き違いにはならないよね」

シオリは目覚めた場所からとりあえず歩き出した。なるべく周囲を見渡しながら。
見渡そうと見渡すまいと、結果は同じであることなど知らずに。


























「しぃちゃん……しぃちゃん……」

やはり暦はあるらしかった。細かくはわからなかったが、景色が変わっていた。明るいのは相変わらずで、現世を思い出すと夜のような暗さが恋しくもなったがそれでもここに夜はなかった。
ただ、花々や泉や空の状態は変わっていた。それこそ、四季を巡っているように。移り変わっていった。
待っていた。愛しい彼女が来るのを。ただただ、独りで待ち続けていた。
それでも、その姿が見えることは無かった。こんなにも明るいのに。こんなにも見渡せるのに。
そして、あの唄が聞こえることもなかった。幼い頃、しぃちゃんが教えてくれた数え唄。あの頃は須賀が歌うことは無かったので唄えるシオリに素直にすごいと言ったのだ。もちろん歌も上手かった。とても上手だと褒めると、その頃では珍しく照れていた。
それから、ことあるごとにあの唄を唄ってとねだる須賀に、シオリは嫌な顔ひとつせずに唄ってくれたのだった。

「きっと、今も唄ってくれてる。まだここまで届いてないだけで」

いつか届いて、僕を呼んでくれる。
あの頃と同じように。
いつだったか、珍しく喧嘩をしてしまってシオリのもとから逃げ出したことがあった。家では訪ねてくるかもしれないからと森の入り口辺りに隠れていたことがあった。けれどもそうこうしているうちに出るに出られなくなってしまった。普通に森から出て家に帰ればよかったのだが、シオリを顔を合わせるのが怖かったのだ。もしも嫌われてしまっていたら……、もしもまだ怒っていたら……。そう考えているうちに次第に暗い考えがぐるぐるとまわり始めて、座り込んだまま立つことすらできなくなっていた。
そんなとき、辺りも暗くなってきて、けれどもそこから動けない須賀の耳に聞こえたのはシオリの数え唄だった。あんなに怖かったのに唄を聞いているうちにだんだんといつも通りに戻っていた。はやくシオリの元へ行かなければと立ち上がった時、シオリは須賀を見つけたのだった。

「あのときみたいに、見つけてくれる」

あの唄が、僕を呼んでくれる。
だから。

「待ってる……しぃちゃん」



















「こぅくん……こぅくん……」

やはり暦はあるらしかった。細かくはわからなかったが、景色が変わっていた。暗いのは相変わらずで、現世を思い出すと昼間の明るさが恋しくもなったがそれでもここに昼はなかった。
ただ、花々や泉や空の状態は変わっていた。それこそ、四季を巡っているように。移り変わっていった。
探していた。愛しい彼の姿を。ただただ、独りで探し続けていた。
それでも、その姿が見えることは無かった。こんなに暗くとも、こんなにも探しているのに。
そして、あの唄が届くこともなかった。幼い頃、こぅくんに唄ってあげた数え唄。あの頃は須賀が歌うことは無かったので唄えるシオリに素直にすごいと言ったのだ。あんまり嬉しそうに言うものだから照れてしまった。とても上手だと褒めてくれた。
それから、ことあるごとにあの唄を唄ってとねだる須賀に、シオリは嫌な顔ひとつせずに唄ったのだった。

「きっと、いつか届くはず。まだ届いてないだけで」

いつか届いて君を呼ぶだろう。
あの頃と同じように。
いつだったか、珍しく喧嘩をしてしまって須賀が逃げ出したことがあった。家にも居ない、近場を探しても居ない。ついに森の入り口辺りも探すことにした。私も悪かったと、もう怒っていないと伝えたかった。必死に彼の名前を呼べども彼は一向に見つからない。そう考えているうちに次第に辺りは暗くなってきた。このままでは須賀が怖がって泣いてしまうかもしれない。一人ぼっちで、泣きわめくことなくただ静かに涙を流すだろう。
そんなとき、ふと須賀があの数え唄を気に入っていたことを思い出した。もしかしたらもう怒ってないことも伝わるかも知れない。それに、唄が届けばきっと彼も出てくるだろう。そう思って、彼に届くように唄い始めた。どうかどうか、彼の元へこの声が届きますように。果たして、唄は届いたのだろう、シオリは須賀を見つけたのだった。

「あのときみたいに、見つけてあげる」

この唄が、彼に届くはず。
だから。

「君を呼び続ける……こぅくん」
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