その他

□夜が更ける
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     夜が更ける



 ひとつ、ふたつ、と言わずたくさんの大輪が夜空に花開く。地上が暗くなる隙が無いほどに、次から次へと色とりどりの花火が轟音と共に打ち上げられる。遠くで打ち上げられる花火がよく見える、穴場ともいえる山の中、二人の幼い少女は夜空の大輪に目を輝かせていた。
 ひゅ〜、と段々音が遠くなる。
 どん、と消え行く音に重なるように辺りに音が轟く。
 ぱちぱちぱち、と名残惜し気に音は段々小さく降り注ぐ。
 数多の花火に照らされて、山々の草木は夜闇にぼんやりと浮かび上がる。花火の様子に合わせてきらきらと見えたり見えなかったりしている。

「花火、きれいだね」
「うん」

 少女はどちらともなく口を開いて、けれどまたすぐに花火に見入るように口をつぐんだ。
 花火の音は広い広い空に、地上に、隔てなく響き渡る。騒がしいともいえるほどの音が舞っているのに、山は沈黙を守っていた。ほんの少し、空に咲く大輪の明かりから離れただけで。虫や動物も眠ってしまったのか、時折ぽつんと立っている人工の明かりだけがその存在を主張していた。その明かりから数歩離れてしまえば、右も左も真っ暗闇に包まれる。
 やがて最後の一輪が夜闇に消え、どこか物悲しい余韻を残して花火大会は終わりを告げた。すぐには余韻は消えずとも、ここが夜の山であることは変わらない。少女たちは後ろ髪引かれる思いで、互いの手を取って家路を急ぐ。一人が手にした懐中電灯の明かりは頼りなく、けれど心強く辺りを照らす。
 暗い暗い森の中。生い茂る木々はまるで腕のように。騒ぐ虫の音はまるで子供の笑い声のように。瞬く天井の星々はまるで目のように。夜が訪れた頃には何も思うことは無かった何の変哲もない風景が、夜が深まるにつれて少女たちに牙を剥くように不気味に嗤う。

繋いでいたはずの手は、離れてしまった。
夜はまだ、はじまったばかり。
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