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□心通わす言葉の音は(月)
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ふと、会いに行こうと思った。
数日前にも、なんなら昨日にも会ったばかりだというのに。




   心通わす言葉の音は(月)




なんて言ってこじつけようか、なんて考える前に諦めた。わざわざ理由なんて要らないのだから、会いに来た、それだけでいい。きっと新一は呆れるだろう。また来たのか、なんて言われるかもしれない。本当は嬉しいのに、照れ隠しなのかそんな言葉が出るのも知っている。
それなのに、対面した瞬間驚いて目を見張るものだから、何か言おうとして咄嗟に出た言葉は「来ちゃった」だった。声音や表情、仕種にまで一瞬にしてこだわってしまったのは仕方がない。仕方がないが、「ちゃんと可愛くできたかな」なんて思ってしまうあたり惚れた弱みだろうか。別に彼女ではないけれど、これでも恋人なので間違ってはいないはずだ。
新一の好き嫌いくらいは把握しているつもりだし、好きか嫌いか微妙なラインもある程度は知っているつもりだ。嫌いに分類はされていない仕種のはずなのに、新一は何も言わないし動かない。
もしかしてあざとすぎたか?でもどちらかといえば新一の好みだと思ったんだけど……少なくとも嫌いではなかった、よな。

「新一?」

心配になって新一に声をかけた。
驚きに見開いたままの双眸は特に翳ってはいない。顔色も普通に見えるから体調が悪いわけではなさそうだ。髪も乱れているわけではない。服装も普通。くつろいでいたところに来客があったから出てきた、というだけに見える。
なのに、どうして新一は何も言わないんだろう?

「し、は、え!?何!?」

どこも悪くなさそうだ、と近付いたオレは手を引かれたと思ったら次の瞬間には新一の腕の中にいた。予想していなかったとはいえ一気に鼓動が早くなって自分の心臓の音が聞こえるようだ。
白を纏っていた夜ならば想定外に心乱すことなど、まして表にそれを出すなどそうそうなかったというのに。あれも自分ではあるけれど、今は黒羽快斗なのだからまあ、仕方ないといえば仕方ない。とはいえ、新一は時々オレの予想もつかない言動を取るから心臓に悪かったりする。それも楽しいと思えるがそれはそれ、これはこれだ。
吃驚した。温かい。新一の匂いだ。安心する。こんなに密着して、新一にもこの忙しない心臓の音が聞こえてしまわないかな。ああでも、この腕の中に、もっと居たい。顔が見えなくてよかった。さすがに恥ずかしい。表情を繕えている自信が無い。

「快斗、こっち」

手を引かれる。
温もりが、離れていく。いかないで、と咄嗟に縋ろうとした自分に驚く。未遂に終わったから、新一が手を引くまま大人しく付いていく。もっと抱き締めていて欲しかった。けれど、ここでは駄目だ。ゆっくり二人で触れ合える場所でなければ。誰にも、何にも邪魔をされたくない。だから、求めてくれる新一に喜びを溢れさせつつも、何とか己を律して新一を窘める。求められるままに、差し出せるように。寝室である必要はない。新一に抱かれるのも好きだけれど、ただお互いに触れ合って、キスをするのも好きだ。だからリビングでも、書庫でも、新一の部屋でもどこでもいい。邪魔の入らない場所ならば。さすがにキッチンで料理中は危ないし、ずっと風呂にいるわけにもいかないのでこの二ヶ所は除外した。少しでも長く、触れ合っていたいから。

「なぁに、オレに会いたかったわけ?」

新一の行動を考えてみて、答え合わせをする。きっと、オレと同じで会いたいと思ってくれたのだろうと。そう思うと嬉しくて、くすっと笑いが漏れた。
でも新一は素直に言葉にしてくれないことも多々ある。照れ隠しにどんな言葉を遣うだろうか。

「ああ、すごく会いたかった。そしたらお前が来たから、嬉しすぎて動けなかった」

予想を、超えてくるよなぁ。

「…………そ、そっか」

仕掛けたわけじゃないのに、返り討ちに遭った気分だ。
嬉しい、を通り越して処理が追い付いていないというか。
繋いだ手の温かさすらも愛おしく思えて。
会いたいと、思ってくれていたんだって、実感してさらに幸せな気持ちに包まれる。
好き。好きだな。新一とこうして穏やかに過ごせる日が来るなんて、あの頃の自分は夢にも思わなかっただろう。嬉しいけれど恥ずかしくて顔を見れないなんて、ポーカーフェイスはどうしたんだと自分に叱られそうだ。
そう、恥ずかしくて顔を見れないんだ。
だからそんな、じっとこっちを見ないでほしい。視線を感じて顔が赤くなっているのが自分でもわかる。せめて何か言ってくれ。

「可愛い」
「なっ!」
「だから、こっち、な?」

そういう、ことを、さらっと、言うな。
弾かれたように顔を上げてしまったから、新一には赤くなった顔がよく見えたことだろう。反論したくとも、次いで発せられた甘やかな声にその気も失せる。絶対わざとだ。その顔と声に弱い自覚がある。とうにバレていることも知ってる。だから新一は、ここぞとばかりに使ってくる。わかっていたことだ。振り回されっぱなしもいい気はしない。そろそろ落ち着いて、こっちが振り回してやろうじゃないか。いつも計算しているそれを、今日もお見舞いしてやるのだ。オレはこれを計算している分、新一が天然で仕掛けてくるより遙かにマシだし回数だって少ない。あれ?オレってばめちゃくちゃ優しい?
大人しく手を引かれたまま、この隙に乱れまくった心音と思考を落ち着ける。ポーカーフェイスだってこの通り、とはいかないか。まだ頬が熱い。間に合え、頑張れオレ。
足早にリビングの扉をくぐり、新一はソファからオレを呼んだ。
離れていった温もりが、今度は両手を広げてオレを求める。
でもそれじゃ足りない。
オレが欲しいのはそれだけじゃない。
新一の言葉が欲しい。その声で、強請ってみせて。オレを、欲しがって。

ねぇ?

新一の好きな表情で、続きを促す。
気分によっては、新一の言葉を待たずにすり寄ってしまうけれど、やっぱり言葉が欲しい。オレのために、どんな言葉をかけてくれるのか。正解も間違いもない、ただ、その声を聴かせてほしいから。

「来てくれ、快斗」

耳に心地よい声が響く。新一の声が好き。オレのために紡がれた言葉が好き。
オレの欲しいものをくれる、新一の優しさが好き。
新一も待ての状態だけど、オレだって待ての状態だ。
自分で課したルールのようで、でもそんなつもりはないのに、ようやっと新一に触れられると嬉しくなったオレは嬉々としてその腕の中にすり寄った。

「好きだ」
「うん」

すぐそばで響く声が、言葉が、オレを幸せで包んでいく。
嬉しい。好き。しあわせ。
何度も贈った言葉すら出てこなくて、一言頷いた。
この気持ちが、新一にもわかる?
ねぇ、オレ、とってもしあわせだ。
髪を撫でる優しい手つきが好きだ。頬を包む温かな手が好きだ。愛おしいって雄弁な瞳が好きだ。たくさんたくさん溢れてくる「嬉しい」や「好き」を、どれほど言葉で表せるだろう。

「ん……」

嬉しさとくすぐったさで身じろぎすれば、瞼に降りてきたキス。
唇に欲しい、なんて、思う間に吐息が触れあう。焦らすように唇に触れるその指を、食んでしまいたい。

「快斗、キスしたい」
「こういうのは、言わずにやるもんだろ?」

ちらりと見上げて小さく笑う。

「でもオレは言いたい」
「……うん、オレも好き」

最初こそ、新一はわざわざ言葉にするのが煩わしいといわんばかりだったのに。オレに付き合う内に、気に入ったのか今じゃオレが強請る前に言葉にしてくれる。言葉にする機会が増えたということは、声を聴く機会が増えたということ。好きな人の声だぜ?いつだって聴いていたいもんさ。
似ているものは似ているのであって、同じじゃない。
同じじゃない、一人じゃない。二人だから、こうして触れ合える。
不意討ちというにはゆったりとした動きで新一にキスを贈った。
ほんの少し重なっただけの、大人のキスとはかけ離れたキスなのに、こんなにも夢心地だ。お返しのキスの後は、交わった視線に酔い痴れる。この時間がとても好きだけれど、実はとても恥ずかしくもある。自覚があるからだ。その瞳に囚われて、見惚れて、蕩けた顔を晒していると。でも、こうしてオレを、作ったものではなく、オレ自身を差し出したいから、場所を選んでいる。邪魔が入らないとわかっているから、警戒を解いて、白の頃からは考えられないほどの油断と隙のある状態で無防備になる。
まあそれでも、有事の際に後れを取るようなオレ様じゃないけどな。

「快斗……快斗……」

突然、新一の拘束が強くなった。名前を呼ぶ声色がさっきと違う。
どうしたんだろう。しあわせいっぱいだったのに、何が起こった?強く抱き締められるのは好きだ。でも、これは違う。何かが違う。新一は、何を思ってる?言葉にできないなら、その瞳で教えてくれ。

「ぁ…………」

優しく新一の腕を叩けば、拘束が解かれると同時に揺れた声が漏れた。
何をそんなに不安に思っているの?
じっと顔を覗き込んで、瞳を見つめるけれど、ふいっとすぐに視線を逸らされてしまう。
わかりやすくて、わかりにくい、オレの恋人。
切っ掛けに成り得るのはさっきのキス。オレはしあわせを感じていたけど新一は違った?そんなはずない。あの表情が、瞳が気持ちを溢れさせていた。プラスの感情で間違いない。それが今はマイナスに傾いている。何がそんなに不安だ?何に怯えている?どうしてそんな、寂しそうに困っているんだ。言葉にしなければ、伝わらないことはたくさんあるのに、どうして言葉にしてくれないの?言葉にせずとも伝わるのは、前例があるからだ。知っているから、今回もそうなのだろうと予測ができる。でもそれはあくまで予測であって、言葉に表されなかった気持ちがわかるわけじゃない。伝えるために言葉がある。
なら、新一が言葉にしてくれない理由は?
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