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□心通わす言葉の音は(陽)
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ふと、人恋しくなって。
そんな折に丁度あいつが来たものだから。



    心通わす言葉の音は(陽)



顔を見て思わず固まってしまったオレに、快斗は「来ちゃった」なんて、語尾にハートマークの付きそうな声ではにかみながら照れて見せた。余程驚いた顔をしていたのだろうが、瞬時にそのおふざけを思いつくのはさすがだな、なんて反対に頭の動かないオレはゆっくりとそんなことを考えていた。「来ちゃった」って、彼女か。いや恋人なので間違ってはいないが。惚れた弱みか照れた表情も、作っているとわかっているのに何の違和感もなく可愛いと思える。
普段ならすぐ家にあげて他愛もない話でもするか、どうして来たのか理由を聞きながら飲み物でも用意するところだが、あいにく今日はそれどころではない。
会いたいと思っていた恋人が、目の前にいるのである。
都合のいい夢でも見ているんじゃないかと思って固まってしまうくらいには、驚いている。
驚きが先行したが、次いで来るのは喜びだ。
嬉しい。
会いたかった。
快斗以外、何も見えなくなるくらい。
周りの音が消えてなくなったみたいに静かだ。

「新一?」

固まったまま動かないオレを訝しんだ快斗が近づいてオレの顔を覗き込む。
同時に、溢れた感情に手を引かれたオレは快斗を抱き締めた。

「し、は、え!?何!?」

快斗が驚いている。滅多なことでは驚かない快斗の表情が見れないは惜しいが、それよりも、この温もりを抱き締めている充足感のほうが大切だ。抱き締めるだけでこんなにも満たされて、抱き締めただけではまだ足りない。

「快斗、こっち」

もっと触れて、キスしたい。
けれどこのまま玄関先で触れ合うと快斗が怒る。付き合いだしてから最初のうちは、衝動のままに髪を撫ぜたりキスの雨を降らせたりしていたため、場所を考えろとよく怒らせてしまった。さすがのオレも、湧き上がる衝動は抑えられないまでも場所を考える余裕くらいはできた。
ちゃんと、二人で落ち着ける場所ならば良いのだ。リビングでも、寝室でも。ちなみにキッチンは火を使うから危ないと怒られたし、風呂場はちょっとくらい我慢しろと却下された。

「なぁに、オレに会いたかったわけ?」

手を引かれながら快斗が茶化すように笑った。
そうだ、オレは言葉を、会話を省くから気をつけろと周りに散々言われたのだった。ここできちんと伝えておかなければ。

「ああ、すごく会いたかった。そしたらお前が来たから、嬉しすぎて動けなかった」
「…………そ、そっか」

すぐさま振り向いた。
快斗が照れている。先ほど玄関で見た「作った表情」ではなく、素の表情だった。ほんのり顔を赤くして、目線が下を向いている。

「可愛い」
「なっ!」
「だから、こっち、な?」

なるべく気持ちを伝えるようにしよう、ということで快斗に「可愛い」という言葉をかけることが多い。それなのにいつまで経っても照れるこいつはやっぱり可愛い。玄関からリビングまでの距離ですら、もどかしい。早く早くと急かす気持ちから、快斗の好きな表情で強請って見せる。
何か言いたげな顔をしたものの、快斗は言葉を飲み込んで大人しく手を引かれてくれた。
リビングのソファに座って、両手を広げる。
快斗はまだ顔が赤いものの、いつもの調子で小首を傾げる。
言葉を、待っている。
いつだって、快斗の気分次第だ。振り回されている自覚はあるが、こちらも振り回している自覚があるので文句はない。そんなところも可愛いと思うのだから、きっと自分たちはお似合いなのだろう。
快斗がそういう気分なら、オレが動く前に快斗が動く。こうして待っているときは、オレが言葉でおねだりするのを待っているのだ。

「来てくれ、快斗」

触れさせて。
抱き締めさせて。
キスさせて。

満足そうに微笑んだ快斗が、オレの腕に身を寄せる。
付き合い始めた頃こそ、いちいち言葉にしなければ快斗が動かないことに面倒くさささえ感じていたというのに、今ならわかる。求められるのが、嬉しいのだ。そして、声を聴きたい。だから、互いに言葉を惜しまない。

「好きだ」
「うん」

溢れ出る気持ちを、お前はどれほど受け取ってくれるんだろう。
抱き締めた温もりに安堵するのに、ときどき不安が襲い来る。
どんなに力強く抱き締めても。
どれほど愛を囁いても。
この白は、いとも簡単にこの手をすり抜けて、どこへでも逃げてしまうと。
こんなにも近くにいるのに。
跳ねる柔らかな髪を撫ぜて、顔の輪郭をなぞるように頬を包んで。くすぐったそうに笑う快斗が愛おしい。掌を返して、前髪を撫ぜる。

「ん……」

そっと伏せられた瞼にキスを落として、今度は親指で耳を撫でる。額を合わせて、吐息も触れるほど近くなる。人差し指で唇をなぞって、掠れた声で希う。

「快斗、キスしたい」

瞼の下に隠された瞳がふんわりと瞬いてオレを見た。

「こういうのは、言わずにやるもんだろ?」
「でもオレは言いたい」
「……うん、オレも好き」

されるがままだった快斗の両手に包まれたと思ったら、そっと唇が触れた。
少しの間、唇が重なっただけなのに、すごく、すごく幸せで。
応えるように、オレからも唇を重ねた。
キスして、見つめあう、この時間がとても好きで。
なかなかゆっくりと二人で過ごせないオレ達は、こうして会えた時に必ずと言っていいほどキスをする。きっと、快斗も好ましく思ってくれていると思う。だからこそ、この温もりが離れていくのが恐ろしい。

「快斗……快斗……」

幸せを感じれば感じるほど、未来が怖くなって仕方がない。
再び首をもたげた不安を拭うように、快斗の身体を強く抱き締める。
と。
ぽんぽん、と腕を叩かれた。
放して、の合図。

「ぁ…………」

漏れた声を誤魔化すように、強張った腕を必死で動かして快斗を放した。
オレの気持ちなど知る由もない快斗が、じっとこちらを見つめている。思わず目を逸らしたのは、オレの弱さだ。
どうしたらいいのか、途端にわからなくなった。

「名探偵」

聞き覚えのある呼び名と、纏われた白の空気。
先ほどオレがそうしたように、両手で頬を包まれて見つめあう。

「名探偵、私、貴方の腕の中にいるんですよ」

いつものように、小首を傾げて見せた。
言葉を、待っている。
ああでも、白の言葉が、どうしようもなく嬉しい。言わせてしまった情けなさが霧散していく。
逃げないでくれ、なんて。どこへも行かないでくれ、なんて。そんな言葉じゃない。オレが、伝えたいのは。オレの気持ちは。

「オレのところに帰ってきて」

篭の鳥では窮屈なことくらいわかっている。
白にも、快斗にも、自由が似合う。飼い殺しなんてとんでもない。
縛り付けたいわけじゃない。ただ、オレを選んでほしい。こんなにもお前を好きな人間がいるんだってことを、忘れないでいてほしい。

「ええ、もちろん」

白の答えと。

「新一のところに、帰ってくるよ」

快斗の答えが重なった。
たまらなくなって、白の揺らぐ快斗を引き寄せてキスをした。重ねた唇が微かに歪んだ。くすりと笑う気配がする。つられてオレも笑う。何度も唇を重ねながら。甘えるように鼻先を触れ合わせた。触れるだけのキス。舌を絡める大人のキスも好きだが、そっと想いを乗せる、「好き」を贈るキスも好きだ。
いつまでも、こんな時間が続けばいいのに。
そう思ったのに、息が苦しくなって、泣く泣くオレは待ったをかけた。

「は、ふ、ぁ、かいと、まって」
「ご、め……つい」

快斗も息をあげて、目が潤んでいた。
お揃いだ、とどちらともなく呟いてまた笑いあった。

「……新一」

乱れた息が落ち着いた頃、快斗が小さく名前を呼んだ。
何かを求めるようなその表情に、オレも言葉を待った。

「ん?」

たった一音が甘やかに響いて、まるで自分の声ではないみたいだ。
言いづらそうな表情は、気まずいのではなく照れている証拠。そんなに言い淀むなんて、どんなおねだりをされるのだろうか。
しばらく待っていると、ようやっと決心したのか、快斗はキッとこちらを睨みつけるように顔を上げて口を開いた。

「新一も……その、帰って……ううん、待っててくれる?」

ああなんだ、こいつも不安だったのか。
振り回されて、振り回して。お互い同じような不安を抱いて。
本当に、似た者同士だ。

「待ってる。いつだって、いつまでだって」

陰っていた表情が晴れていく。

「でもオレは気が短いからな。ちょくちょく帰ってこないとへそ曲げるぞ」
「ぷっ、自分で言うんだ?」
「バーロー、忠告という名のおねだりだよ」
「だから、ふ、くくっ、自分で言っちゃうんだもんなぁ」
「オメーが思ってるより、オレはオメーのこと好きだからな」
「やだ、オレってば愛されてるー」
「だからもっとキスさせろ」
「う、わぁ、ちょっ」

ソファに倒れ込むついでに快斗の手を引いて、でも快斗は反射的にオレを潰さないようにとなんとかバランスを取った。お構いなしに引き寄せてキスすると、むっとした顔で快斗は言った。

「オレ達だって、新一のこと好きだ。手に入れた獲物を、逃がすわけないだろ」

噛みつくようなキスだったのに、柔らかに触れた唇の感触が、この上なく愛おしく思えた。

End

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