贖罪の悪夢

□返してくれる
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「ただいまだぞ、と」

そう呟いてドアを開ければ、小声だったにも関わらず聞こえていたのか微笑みながら駆け寄ってくる恋人。薄いグリーンのエプロンをつけているのは、甘いものが好きな彼が今日も今日とてお菓子を作っていたからだ。

「おかえり、レノ!」

ぎゅっと抱き付いてくるカダージュを受け止め、ふわりと揺れる銀の髪を撫でるとくすぐったそうにすり寄ってくる。犬だとか猫だとか例えられることが多い自分だが、カダージュは人懐っこい猫みたいだななんて思い左手に持っていたエコバッグを持ち上げた。

「ほら、買ってきたぞ。紅茶はなかったから違うやつにしたけどな」
「ありがと!」

バッグの中を見てニコリと笑ったカダージュはそれきりレノにくっついたまま動こうとしない。

「動けないぞ、と」

そう言えば、ん〜と間延びした返事をしてちら、とこちらを見上げてくる。まるで何かを待ちわびているかのようなその瞳に、ああ、と思い至り彼の頬に手を添えると望み通りただいまのキスを贈った。
えへへ、と嬉しそうなカダージュはそのままおかえりのキスをくれる。

付き合いだして半年。決して嫌なのではなくむしろ好きなのだが、たびたび忘れてしまうこの約束を何度彼に催促されただろうか。

「早く早くっ、もう焼けてるよ」

ぐいぐい手を引っ張るカダージュに、苦笑しつつも幸せだなぁと思いつつレノは歩き出した。





           返してくれる







なんとなく気になって一月。ほかのメンツを交えて遊んだり、たまに二人で話したり、はたまたなんとなくメールしてみたり。そんなこんなで友達と呼べるくらいにはお互いを知って仲良くなった。それからなんだかやけに気になりだして一月。ルードに相談すれば困ったように笑われ、クラウドからは遠い目でガンバレと言われ、ザックスからは協力するぜとやる気を出され、けれどもこの状態は気持ちはいったい何なのか誰も教えてはくれなくて結局わからないままだった。それでも暇な時にメールするのはやめなかった。ただ、なぜか二人で会うのは気が引けて。何人かで集まっているときも無意識に彼を避けていた。今思えば自分らしくもない。気になったやつに、好きになったやつに向かうどころか逃げてしまうなんて。
そんなあるとき、真夜中に目が覚めた。寝つきはいい方だし、朝なかなか起きられないくらいにはぐっすりと眠ってしまえるのになんだかざわざわと落ち着かない。カダージュ。呟かれた言葉に自分でもびっくりして、それでも何故だか彼とのつながりが欲しくて。真夜中だというのにメールを送った。電話番号も知っていたけれど、最初こそ使っていたそれもあるときからパッタリと使わなくなっていた。
たった一言。しかも真夜中に送ったそのメールには「さびしい」とだけ。
送ってしまってから、自分はなにをしているんだと自己嫌悪に陥りながら膝を抱え、それでももしかしたら起きていないだろうか、気づいてくれないだろうかと携帯を握りしめていた。
と、メールではなく着信音。でディスプレイに表示された名前は呟かれたものと同じ。
驚きながら、安堵しながら、恐る恐る応答する。

「も、もしもし」

声が震えてしまったけれどそれどころではなかった。もしもし、と彼の声が聞こえる。

「レノ」

名前を呼ばれた瞬間、なんだか胸のざわざわがなくなった気がした。何も返せない俺にカダージュは何度も名前を呼んでくれた。やがて落ち着いて、カダージュと呼べば、なぁに?と返ってくる。

「寂しい」
「うん」
「なんか、わかんない……」
「……うん」
「俺、どうしたんだろ」
「レノ」
「………」
「レノ、大丈夫。僕がいるよ」
「うん……カダージュ」

ふふっと小さく笑い声が聞こえた。

「大丈夫……だから、安心しておやすみ、レノ」
「ん……おやすみ、カダージュ」

いつの間にか襲ってきた睡魔に抗えるはずもなく、察したカダージュから眠るように諭される。何とも言えない寂しさはなく、与えられた安らぎを胸にレノは再び眠りについた。

翌朝、夢と現実を彷徨いながらうっすら目を開けるとそこには彼と同じ銀色の髪。綺麗だな、と手を伸ばせば翡翠の瞳が開いた。

「ん……ん〜、ぁ、起きた?」
「…………」

ああ、と返そうとして固まる。
どうしてカダージュが俺の家の部屋のベッドの上にいるんだ?
俺、一人だったよな?寝たときにカダージュはいなかったどころか家に招いた覚えもない。
どういうことだと必死に記憶を探っているとカダージュがふあぁとあくびをした。

「もう、大丈夫?」

そう尋ねられたけれども如何せんこちらは状況の把握ができていない。

「レノさ〜、いい加減寝る前に鍵かける癖つけたほうがいいよ。まあ、おかげで入って来れたけど」

……記憶を探っているときに思い出したのは、真夜中に目が覚めてこいつにメールを送って電話がかかってきたこと。そしてこの言いようからすると。

「……きて、くれたのか?」
「うん」
「いつ?」
「あの電話の後」

え?あんな時間に?

「ご、ごめん」
「いーーよっ。ちゃんと寝てて安心した」

起きてたらどうしようかと思ったよー、なんて笑うが、視界の端に移った彼のかばんに目が行く。寝ているところを起こされたのに、わざわざ支度をしてここまで来てくれたのか。

「あり、がと」
「どういたしまして。それで、なにかあった?」

何か。
いや、何もなかった。何かあったほうがまだよかった。説明ができるのだから。けれども、何もなかった。

「何も……でも、なんか急に……」

たどたどしく言うと、そっか、と頭を撫でられた。
と、不意にこみ上げる感情のままに彼を抱き寄せた。
カダージュの体温が伝わってくる。鼓動が、動揺が、そして自覚。
こんなにも、愛おしい。

「レ、レノ?」
「…………もう少し、このまま」
「駄目か?」
「え、いや……いいけど」
「よかったぞ、と」

寂しい時に来てくれたのが彼だから、ではない。彼だからこそ寂しさが埋まった。気の迷いじゃなかった。これまでのなんとなくが一気に思い出され、すべてに答えを見いだせた。
わかってしまえばなんてことはない。
好きだったのだ。好きになってしまったのだ。この腕の中の存在を。おずおずと俺の背に手を回してくる、カダージュのことが。

「カダージュ」
「ん?」

離してやれば、不思議そうな目で見上げてくる。

「好きだぞ、と」
「…………」
「好きだ、カダージュ。お前と居たい」
「……え、と」
「いきなり、悪い……でも、俺はお前が」
「レノが、僕を好き?ほんと、に?」
「ホントだぞ、と」
「ほ、ほんとのほんとに?」
「ああ」

瞬間、ばっと抱き付いてくるカダージュ。
びっくりしたけれど、この反応は期待してもいいんだろうか?

「よ、よかっ……レノ、僕も……僕も、レノ好きっ……」
「え……ほんとか?」

こくこくとうなずくカダージュは頬を染めて泣いていた。

「カ、カダージュ?!何泣いて……」
「だ、てレノも……好きって……僕、気持ち悪いと、思われるんじゃないかって……ふぅ、うう」

メールは続けていたとはいえ無意識に避けていたのだ。しかも後から聞いた話では俺がそうする前からすでに好いていたらしい。好意をよせる相手が同性で、しかも想いを自覚してから避けられたなら誰だって不安になるだろう。
ポロポロと零れ落ちる涙を拭ってやれば綺麗な翡翠の瞳に見つめられる。
両手で頬を包んでやればそっと閉じられる。重ねた唇を、何度も角度を変えては貪る。

「カダージュ……愛してるぞ、と」
「うん、愛してる、レノ」





そうして何度か互いの家にお泊りして、これまでの時間を取り戻すかのように一緒の時間を噛みしめて。気恥ずかしいからと皆には黙っていたのにいつのまにか交際していることがばれてからかられもした。それでも、誰一人として軽蔑するものはおらず、変わらず仲良くしてくれよなとザックスがニコッと笑っていた。
付き合いだしてから知ったこと。
カダージュは甘いものが好き。遊んでいるときも、お菓子を食べる姿は見ていたけれど女の子並みに甘いものが好きらしい。いつからか自分で作るのも楽しいと気づいたと恥ずかしそうに話してくれた。
それから、ずいぶんと甘えただったのはちょっと驚いた。気の強い彼しか見たことがなかったから。眠たそうにしているときなどいつもの姿とギャップがあるとは思っていたがここまで気を許してくれる姿を見ると彼の兄弟たちに何をされるかわかったもんじゃないと少し自分の身を案じたりもする。

「生クリームは今からだからちょっと待ってて」

そういってボウルに生クリームを開け、続いて砂糖を探すカダージュ。

「ほい」
「ありが……ってレノ!これ塩!」

にひひっと笑えば頬を膨らませて塩辛くなるじゃんか!と文句を零す。
お菓子を作るカダージュについついちょっかいを出してしまうのは今に始まったことじゃない。つまみ食いだってしばしば。
ふてくされながらホイップしていくが、疲れたのかボウルを持ち替えてさらに泡だて器を動かしていく。

「ん」

短い言葉と一緒に片手を差し出せば、察した彼は少し考えるようにしてボウルを差し出す。

「ツノがたつくらいね」
「わかってるんだぞ、と」

その間にカダージュが買ってきたフルーツやその缶詰を下ごしらえしていく。
やがて出来上がった生クリームを、すでに焼きあがっていたタルト生地に載せていく。そこにカダージュがフルーツを飾っていけば美味しそうなフルーツタルトの完成だ。

「手伝ってくれてありがと、レノ」
「このくらいどうってことない」

カダージュの微笑みには未だに赤くなることがあるレノは今回もそうだったらしく、さっと視線を逸らした。
その様子にさらに笑いを零しながら、紅茶を淹れる。レノはタルトが並べられた皿をテーブルへ。

「美味しい?」

一口食べたレノにこてん、と首をかしげながらカダージュが問う。

「もちろん」

ニッと笑顔で返せば、よかった、と嬉しそうなカダージュ。

「でも、そろそろ普通に手伝ってほしいな」

キスを贈れば、離れた間に零される言葉。それから再び重ねられる唇。
仕方ないだろう?




      どんなときも、俺に感情を返してくれる君をとても愛おしいと思うのだから







(これ食べ終わったらカダージュも食べたいぞ、と)
(だーめ)
(?!)
(まだこうしてたい)
(!!かーわいいこと言ってくれるなよ、よ)
(あ、また赤くなった♪)
(〜〜〜っ)


END

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