贖罪の悪夢

□温かかった
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愚かな私へ償いの眠りを
眠る貴方へ目覚めのキスを








「どうして」

その言葉を口にするのは何度目だろう。口にせずとも思うことが多い。
絶望故か、後悔故か、それとも……?
いずれにせよ、己が過去に縛られているのは変わらない。過去で縛っているのは変わらない。
哲学的なことを言えば、人は過去を背負って生きているし、過去を見て未来を創造し、過去を辿り現在を生きているのだから、過去に囚われているのは別段悪いことではない。ただ、人は言うだろう、「過去に囚われ過ぎてはいけない」と。
自分などその最たる者かもしれない。過去が人を強くも弱くもするのだから、結局は自分自身で何かをどうにかしなくてはいけないのだ。
そんなことを、人生で何度目か考えながらヴィンセント・ヴァレンタインは名も知らぬ町を歩いていた。
かつての仲間たちが見知っているであろう姿ではない。長い黒髪は不格好に短く切られ、赤いマントもガントレットもなく、けれども愛用の銃は手放さずにただ買い物にでも来たような若者の出で立ちで彼は歩いていた。

「いらっしゃい、どれも新鮮で美味しいよ」

ふらりと立ち寄った店は果物屋。店主の女性がにこやかにずらりと並べられた果物たちを見せる。

「これを3つ」

目に留まった真っ赤な林檎を指差し、金と引き換えに受け取った。紙袋に入れられた林檎は店主の言う通り新鮮で美味しそうだ。

「それと……この辺りで髪を切ってもらえるところはないかな?」
「髪?」
「ああ。少し伸びてきたんで自分で切ろうとしたらこの様だ」

不格好に切られた髪を見せながら苦笑すると、彼女は愉快げに笑った。

「そりゃあ災難だったね。切り揃えるだけならあたしでもできるが……きちんとしてもらうなら」
「いや、本当にちょっと切ってもらえればいい」
「なんだ、だったらあたしが切ってやろうか?」
「頼めるか?」
「ああ、いいとも。ただし、注文があるなら早めにしとくれ。あんまり難しいことはできないからねぇ」

そうして切り揃えてもらった髪は、見違えるように綺麗になり打って変わってしっかりとした印象になった。

「こんなもんでどうかね?」
「ああ、ありがとう。助かった」

先程の紙袋を彼女に差し出す。

「髪を切ってもらった礼だ。新鮮で美味しい」
「あらやだ、いいのかい?」
「ああ。仕事中にわざわざすまなかった」
「いいんだよ、困ったときはお互い様ってやつさ」

この町の人たちは皆そんなもんさね。と彼女は楽しそうに笑う。こんな小さな町でも、きっと皆幸せに暮らしているのだろう。繁栄だけがすべてではないということか。
彼女に自分が来たことを内密にしてもらい、次は服屋を探す。髪と同じで服も印象に残りやすい。

「いらっしゃい、ゆっくり見ていってくれ」

先程の女店主よりも年上の男がにこやかに挨拶した。適当に服を選び、店の主人に声をかける。

「これを貰えるか?」
「はいよ」

ふと辺りを見回す仕種をして、女物のワンピースに目をやる。ここで少し考えるふりをして主人の言葉に気づかないふりをするまでがセットだ。

「お客さん?」
「……あぁ、すまない。あのワンピース、見せてもらってもいいか?」
「どうぞどうぞ……こちらですかな?」
「ふむ」

サイズを確認し考える。もちろんふりだ。

「これを、プレゼント用に包んで貰えるか?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」

てきぱきと包装を終え、会計に移る。

「恋人にプレゼントかい?」
「いや、妹にだ。自分の服を買いに来たんだが、これは妹が気に入りそうだ」

もうすぐ妹の誕生日で、そのプレゼントにする。驚かせたいから自分のことを聞かれたら秘密にしておいてほしい、と微笑みながら付け加えた。

「きっと喜んでくれると思うんだ」

主人も笑顔でそうだな、と頷いてくれた。
店を後にし、町を出る。
隠蔽工作は程ほどがよいときもある。完璧に跡がなければ逆に怪しまれるからだ。
購入した服に着替え、次なる町でそれまで着ていた服を処分した。でっち上げられた妹のために購入したワンピースは、宿屋に寄ったさいに置いてきた。もちろん、包みを開けた跡を作り、プレゼント用に買ったが気に入ってもらえなかったから引き取ってくれないか?という嘘を吐いて。
夫婦に娘がいることも、町を少し歩けばわかることだ。
それから、年頃の女の子はどういったものが好きだろうか?とあたかもプレゼントに悩んでいる青年を演じる。わざわざ口止めせずとも、こんな雰囲気を見せれば人の良さそうな夫婦ならば聞かれても喋ることはないだろう。なんせ一度プレゼントに失敗しているのだ。だったらネタばらしのような真似はすまい。

「ありがとうございます。よし、今度こそ……」
「ああ。頑張りなよ!」
「はい!」

ここでの工作もこんなものだろう。
もう用はない。
目指すは北。
誰にも辿り着けない、氷の大地。





どれくらい歩いただろうか。
村に立ち寄ることもなく雪山をただただ、誰も来ない場所へと歩いていく。
歩いて。
歩いて。
歩いて。
永遠に、眠り続けられる場所へ。
誰にも、邪魔されない場所へ。
足跡は吹雪が消してくれる。
目撃者は一人もいない。
モンスターは威嚇で追い払う。
誰にも、ヴィンセントがここにいるとはわからない。調べたところで痕跡は残っていないし、付けられている気配もない。
ここら辺でいいだろう、と見つけた洞窟の中をさらに進んでいく。村からは大分遠いはずだ。わざわざ命がけで来る者もいないだろう。せいぜい、運のいい遭難者が立ち寄るくらいだ。その遭難者とて、見知らぬ洞窟の中を無闇に歩き回ることもないだろう。ならば、さらに奥へ、奥へと歩くヴィンセントを見つけることもあるまい。

「ルクレツィア……」

人ならざる手で簡単に造り出した氷の寝台。
横たわったヴィンセントが眠りにつく直前、最後に口にしたのは、幾年焦がれてやまない想い人の名前だった。





*****





ヴィンセントがいない。
かつて共に戦った仲間たちで連絡の取り合いはされていた。携帯電話を持たないヴィンセントに、仲間たちは困ったように笑ったり、拗ねたように怒ったりと何度も連絡が取れないのは不便だと説教するが、本人は聞く耳持たずだった。それでも、なんとか連絡が取れることもあり、何人かで顔を揃えることもあったので皆安心していた。
その矢先に、ヴィンセントは行方知れずとなった。
連絡が取れないのはいつものことだ。姿を見せないのも、いつものことである。
けれどもそれが長く続くことはなかった。二、三ヶ月に一度は誰かに連絡なり会うなりしていたのに、今回は半年も誰も何も聞いていないのである。人と馴れ合う気のないヴィンセントからすれば煩わしいことこの上ないかもしれない。かつて共に戦った仲間ではあるが、だからといって常に連絡を取っているのもおかしいといえばおかしいことかもしれない。
けれども、彼らにしてみれば命がけで共に戦った仲間なのだ。離れてみたら離れてみたで少し寂しくなる。元気だろうかと心配にもなるのだ。連絡がつくならまだしも、それさえ怪しいのだからやはり心配である。
結局は、ただ自分達が寂しいと、ヴィンセントがいないのは嫌だと思っているだけなのだが。
ヴィンセントと連絡が取れなくなって半年。
それこそ目撃情報やそれまでに居たであろう場所を探してみたがどこにもいない。誰もが薄々気付いていた。今までとは違う、と。だからこそ、早く見つけなくてはと躍起になって探したがどうしても行き詰まってしまう。
クラウド達とて人間だ。例えソルジャーでも探しにいけない場所はある。
けれど。

たった一人、いた。

どんな場所であろうと、何も苦にせず悠々と歩める者が。



「英雄」に、辿り着けない場所は無い。





*****






見渡す限り真っ白な雪。
もはや何処から来て何処へ行こうとしているのかすらわからない。
そんな純白の絨毯の上を、英雄は、セフィロスは悠々と歩く。その先に居ると確信したしっかりとした足取りで。

「選択肢はもともと少ないだろう」

クラウド達がヴィンセントがいないと騒いでいたのをただ聞いていただけだが、いよいよ目撃情報もなくなったところでセフィロスも手伝えとクラウドにお叱りを受けたのである。それだけ探して見つからない、連絡もないなら見つけてほしくないということだろうと捜索の手伝いは断った。それを伝えても彼らは心配だ、と一向にやめる気配はない。聞いた限りではそれらしい人物の目撃情報はあるものの、容姿が異なる、世界各地で目撃されているということだ。それがすべてヴィンセントだというのなら、元タークスなのだから足がつかないように隠蔽工作をしているとみて間違いない。まさか自分を探し出せというゲームなわけもあるまい。どう考えても自分の居場所を知られないためにやっていることじゃないか。ならばわざわざ見つけ出す必要もない。
しかし。
ヴィンセントはジェノバ・プロジェクトを知っていた。母であるルクレツィアのことも。少し話した中でそれらを知っているとはわかったが、あまり話そうとはしなかった。そして決まって悲しそうな目でこちらを見る。哀れみではない。まるで何かを後悔しているような、そんな目だった。
本人は話そうとしないのでクラウド達にそれとなく聞いてみたりもした。共に旅をする中で聞き、見て、知ったのだろうそれらを聞きだし理解する。

「……くだらん」

例えヴィンセントが何かしら行動していたとしても、何も変わらない。それが運命だ。運命を変えるなら、相応の覚悟が必要だ。だから人は運命に従い生き、運命に従い死ぬ。
しかし。

「仔犬やチョコボと話すよりは、マシだったな」

彼の過去だけでなく、他愛ない話をしたこともある。無駄にうるさいザックスや、ヴィンセントのように口数の少ないクラウドも昔のような可愛らしさはどこへやら、言葉の端々に棘がある。
それに比べヴィンセントはそんな棘もなく、うるさいこともない。少々口うるさいことはあったが、それも慣れてしまえば受け流すことも容易い。そして何よりも話しやすい。それこそ、単語だけでも話が通じそうなほど頭の回転もよく相手を理解しているようだ。ただ話すだけならこれで十分だろう。
ふむ。こうして考えてみればこのままにしておくのも少々惜しいようにも思う。聞いた限りでは目的は贖罪の眠り。何もしないことは確かに償いであろうがそれでは自分がつまらない。人外だというのならこちらとて同じだ。

「退屈するのはあまり好きではないしな」

かくして。長い銀色の髪を風になびかせた英雄は、その背に片翼を羽ばたかせ北へと飛び立った。





もともと少ない選択肢ではあったが、それでもヴィンセントの隠れ場所は世界各地に予想された。目撃証言があったからだ。それさえなければ、確実に人の寄り付かない所であろう、とさらに絞り込むこともできた。しかし、目撃されていたのである。つまり、灯台下暗しで隠れていると予想できる場所が大幅に増えたのだ。それこそ、実はエッジやカームにいる、なんてこともあり得る。
しかし。目撃証言があった。わざわざ、目撃されていた。しかも確実にヴィンセントとわかる証言ではなく、それらしい人物だ。つまりヴィンセントはクラウドたちが見慣れている容姿をしていない可能性が高い。それこそ変装だってお手のものだろう。それなのに完全に違う人物になりきらずに情報を残しておいたということは……それが何を示すのかなんて、セフィロスには考えるまでもない。
白い。
どこまでも白い雪の大地をセフィロスは怯むことなく進んでいく。右も左も前も後ろも、見渡す限り雪、雪、雪。並みの人間どころかソルジャーでさえも長期間いたいとは思うまい。
さて、ここからが問題だ。ここからさらに人が寄り付かない、けれど野ざらしではない場所。死ぬのではなく、眠るのだからモンスターや人間に見つかりにくい場所。どこかに横穴でもありそうな崖は無いだろうか。それとも洞窟があったりするのだろうか。さすがにこれは予想できない。空から探そうにも吹雪いているところはもはや崖があるかすらもわからない。

「……困ったな」

歩き続けながら探し続けながらセフィロスは思う。
果たして、そんな都合のいい場所をいきなり見つけることができたのかと。

「…………」

普通に考えれば、以前から知っていたことになる。しかしクラウド達が探しに来ないというのが寒さのためだけでないなら。【クラウド達と旅をした時よりも前から知っていた場所】なら、どうだろうか。だとすれば再びそこへ行くための目印が必要になる。この吹雪の中なら目に見えるものではない可能性が高い。そして、それを見つける術は無い。
さすがにこれにはお手上げだ。仕方なしにセフィロスは吹雪の中を当てもなく(この先にいたらいいぐらいの気持ちで)歩く。
果たして。
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