贖罪の悪夢

□似ている
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ただなんとなく。
そんな理由しか思い当たらなくなってきている時点で最近の自分はおかしいのだろうな、なんて思いながら歩く。歩きたかったのか動きたかったのか、それともじっとしているのが嫌だったのか。自分のことなのに自分でもわからないということが時々ある。そんなときはとりあえず考えることをやめてそれが去るのを待つのだが、時が経つにつれだんだんとその時間が長くなってきているのに気付いたのはついこの間のこと。傍から見ればぼーっとしているようなものだ。戦うにおいてそんな状態で挑むことはかなりの危険であることは自分でもわかっている。だからこそなるべく早く本調子に戻れるようにと努めているつもりなのだが、今のところ決定的な方法は見つかっていない。
そんなこんなで今回は歩いている。特に目的地を決めていたわけではないが、普段見ている景色と変わればきっかけにでもなるかもしれないとあまり近寄らない森の奥へと足を進めていた。
そこで。

「…………」
「♪〜♪〜……お前!」

まさか暢気に鼻歌を歌っている死神に会うことになろうとは、絶賛自分探し中の獅子には知る由もなかった。







             似ている







相手が相手なだけに武器を構えるべきかと一瞬思案したが、大人しく両手を上げて見せたことでクジャから攻撃を受けることは無かった。話せばわかる、というのもおかしな気はするが話が通じない相手ではないはずだとスコールは口を開いた。

「今は戦うつもりはない」
「……今は、ねぇ?」
「少なくともここでは」
「それを信じるとでも?」
「…………」

相手を騙して不意打ちを食らわせる。たしかに信じろという方が難しい話だ。
けれども今ここで戦うのはスコールに分が悪い。ならば逃げるという選択もできたはずなのになぜだかそれは思いつかなかった。逃げるなんてかっこ悪いという考えは持っていない。状況を見極めるのも戦いでは重要なことだ。
スコールは両手をあげたままクジャに向かって数歩前に出た。

「これで確実に射程圏内だろう?」
「ふん、どうだか。君でも十分に攻撃に転じることはできる距離じゃないかい?」
「普段ならそれもありだろうが、生憎そんな気分じゃない」
「ふぅん?君は気分で命を刈り取るのかい?」
「……少し、違うな」
「…………」
「何にせよ、今ここであんたと戦えば俺は確実に負ける」
「なるほど?そこそこ賢いようだねぇ」

会話している間、クジャの視線がスコールから外れることはあっても決して隙はない。スコールも、戦う気はなくとも攻撃されれば撤退しなくてはならない。

「……いいだろう、今ここでの戦闘は無しだ」
「ありがたい」
「で?ここに何をしに来たんだい?」
「…………」

何をしに来たんだろう。
目的があったわけでもない。あるといえばあるが、まさかちょっと自分を探していましたなんて言えるはずもない。話が拗れるのは必至だ。いつものように考え始めてしまったスコールに、クジャは再び警戒する。何度か戦ったことも言葉を交わしたこともあるがそこまで相手のことを知っているわけではない。これがスコールの通常運転であることを知らないクジャにしてみれば、休戦が決まったにも関わらずやはり戦う気なのかと危惧するのも仕方のないことだった。

「君、僕は君に質問しているんだけれど?」
「…………」

黙ったまま一向に何の動きも見せないスコールに痺れを切らしたクジャが声を掛ける。彼にしてみれば正面で堂々と無視されているようなものだ。

「いや、特に理由はない」
「は?」
「歩いていたらここに着いただけだ」

戦うつもりは無いにしろ何かしら理由でもあって、それを敵である自分に教える気は無いだろうがそれでも嘘ぐらいつくと思っていたクジャは素直に驚いた。しかも真顔で言ってのけるスコールはクジャから見れば……

「まさかとは思うけど……迷ったのかい?」
「……道は覚えているから帰ることはできる」
「つまり行先を決めてなかったと?」
「そういうことだ」

あんた話が早くて助かる。そう言ったスコールにクジャはもうどうしたらいいんだろうかと悩み始めた。
ジタンはストレートに物を言うし、そうでなかったとしても意味はちゃんと伝わる。カオス軍に至っては意思の疎通を図ろうと思えば負けである。が、この目の前にいる少年は何なのだろう。ストレートといえばそうだが、それにもかかわらず意思の疎通も難しい。言葉が足りないのだとすぐに気付いた。自分とは話が合わないと早々に見切りをつけたが、スコールの言葉から察するに向こうにとっては話しやすそうである。

「じゃあそのまま進んでいくといい。僕はここに用があるんでね」
「……いや、俺もここにいる」
「……用はないんだろう?」
「あんたと話してみたい」
「君に話があっても僕には話すことはないね」
「スコール」
「?」
「君、じゃなくてスコール、だ。あんたはクジャ、だろ?ジタンの兄だと聞いた」
「あんなの弟でもなんでもないね」
「この世界で戦ってるくらいだ。複雑な事情でもあるんだろうな」
「……君は口数が少ないと聞いていたけれど、随分とお喋りじゃないか」
「なんだ、仲良いんだな」
「〜〜ッ!」

さっさとこの場から追い出そうと試みるもスコールはなかなか動こうとはしない。それどころかペースまで持って行かれている始末。

「そんなに俺がここにいると不都合があるのか?」
「そういうわけではないけれどね。予定が狂うと困るだろう?」
「誰かと待ち合わせでもしていたのか?それならすまない」

ようやっとスコールが来た道へ引き戻そうとしたので、クジャも予定通りの行動に戻ろうと彼に背を向けた。が。

「というのは嘘で」
「!?」

いつの間にかクジャの背後に迫っていたスコールが耳元で囁いた。油断していたとはいえクジャもさすがに驚きを隠せず目を白黒させる。

「何なんだい君は!!!」
「俺だって冗談を言ってみたいこともある」
「そういうことじゃなくてね!!?」
「ああ、耳が弱かったのか?それは悪かった」
「スコール!!」
「なんだ?」

ヒステリックに叫ぶクジャは相当沸点が低いのかそれとも自分が煽りすぎたのか。名を呼ばれたスコールは素直に訊き返した。もちろん、魔法対策に念のため距離を取って。

「……君は何がしたいんだい?」
「特にこれといってないが?」
「じゃあジタン達のところへ帰ればいいだろう?!」
「それはできない」
「……できない?喧嘩でもしたのかい?」

仲間割れ、ではなく喧嘩、と出てくるあたりやはり彼は兄なのだろうか。考えてみれば身近に兄弟はあまりいなかったなとスコールは思った。

「安心しろ、喧嘩なんてしてない」
「僕に何を安心しろって?」
「ジタンが心配なんだろ?」
「誰が!」

瞬間その表情に見えたのは。
きっと後悔と憎しみだ。
彼らの事情は知らないし、立ち入るべきではないと思っている。けれども、目の前で叫ぶクジャの姿が、まるで自分のように見えて。自分と彼は何も似ていないというのに、いったいどうしてそんなことを思ったのか。

「ちょっとワケありなんだ」

クジャがさらに怒り出す前にスコールは切り出した。クジャとは話ができそうだと思った自分の直感は間違っていないとしても、これ以上怒らせるのは得策ではない。

「あんたは何をする予定だったんだ?」
「……ふん、君には関係ないだろう?」
「それもそうだ」

自分が多用していた言葉に、思わずくすりと笑ってしまう。もちろん、クジャも反応した。

「何か文句でも?」
「いや……覚えのある響きだと思って」
「?」

そこでふと思い出した。ジタンがクジャについて話していたことを。もっとも、クジャのことを話すというよりは愚痴のようなものに近かったが。

「そういえば、あんた楽器弾けるんだってな」
「?それがどうかしたのかい?」
「一曲、聞かせてもらおうかと」

そこまで口に出したところで、そういえば楽器が無かったと思い至る。これでは演奏をしてもらうのは無理だ。しかし。

「いいよ」
「え?」
「どうせそのつもりだったしね。観客がいたところで問題ない」
「でも、楽器は」
「ここにある」

そういってクジャが示した先にはグランドピアノ。先程までそこには何もなかったはずなのに、そこにあるのが当然であるかのようにピアノはそこに存在していた。

「何で……」
「余計な詮索は無用だよ」

そう言って先程まで取り乱していた姿が嘘のように落ち着きを取り戻したクジャは、椅子に腰掛けた。いくつか鍵盤を叩いてその音色を確かめているようである。

「何かリクエストはあるかい?」
「聞いてくれるのか」
「一応お客様だからね」
「そうだな……じゃあ」
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