贖罪の悪夢

□その瞳が
1ページ/5ページ

 





             その瞳が






あの、魔女の騎士の彼が目の前にいる。緊張してしまっていつも通りの自分なんてできそうにない。

「そんな緊張すんなよ、ちょっと喋ろうぜってだけなんだから」
「あ、はい」

ラグナさんはそんな俺に笑いながら声をかけてくれるがまともな返事もできない。それでも気さくに話しかけてくれる彼は、画面の中で見た騎士のイメージとはやはり違う。そりゃ物語のキャラクターとそれを演じる役者が違うのは当たり前だが、よく聞く感想と同じで、こんなに話しやすいとは思っていなかった。それこそ一国の大統領とも思えない。

「スコールがよく話してくれるよ。最近は仕事が忙しくて手合せができないと愚痴ってたかな」

穏やかに笑いながら彼は話す。自分には覚えがないけれど、きっとこれが「父親の顔」なのだろう。家族と言い換えてもいいかもしれない。育ての親はいるけれど、きっと彼らもこんな風に笑ってくれるのだろうけれど、それでも何かが違うのだろう。違いなんて、本当は無いとわかっているけれど、血の繋がった家族と再会できたスコールへの嫉妬からなのか、あってほしいだなんて思った。

「お互いに、すぐ任務が入りますから。候補生のときのようにはいきません」

慣れないけれども決して知らないわけでも遣えないわけでもない敬語を遣う。俺を知る奴らが見たら絶対に笑うこと間違いなしだ。スコールでさえ、あの無表情のままではいられまい。

「SeeDってのも大変だよなぁ……あ、二人とももうあんまり関係ないんだっけか?」
「そうですね。スコールはSeeDというよりは指揮官の役職の方が強いですし、俺も結局資格は取らないまま任務に赴いてます」

ガーデンで任務を請け負うのはSeeDであることに変わりはない。ただ、自分にはそれではなく指揮官補佐という肩書を与えられただけだ。一応、資格は必要ではないかという声も上がったらしいが特例ということで片付けたとキスティスに聞いた。指揮官なんて、と文句を言っていたスコールはその権限を思い切り利用しているみたいで、もちろん使いどころや使い方も考えてはいるだろうが流石だとしか思えない。

「なーんかサイファー君の敬語ってレアな気がするな」
「はい?」

いきなり話が変わって少し驚いた。スコールの、思慮深い故に言葉が飛んで会話が成り立っていない時のような感覚とは違う、よくある話の切り替わり。

「普段あんまり遣ってる印象なかったからさ。あ、こんなこと言っちゃ失礼か」
「いえ。仰る通り、普段は遣っていません」
「その割に詰まったりとかしないのな」
「一応、授業で教わったりしますから」

そうでなくとも、生活していれば色んなところで見たり聞いたりする。それを注意深く聞くなんてことはないけれど、強くなりたいと、大人になりたいと背伸びをした子供が大人の言動に全く興味を示さないこともない。

「そういえば成績いいんだって?いつだったか思い出したように言ってたよ、どうしても点差を縮められるってね。ちょっと大人しくしていれば、SeeD資格なんてアッサリ手に入るのにってそのあとにブツブツ文句を言っていたよ」
「……そんなことまで」
「でもさ、これがまたおかしいんだけど……まるで自慢してるみたいなんだよ。手合せのことにしてもそうだけど」

よほどライバルがいるってことが嬉しいんだな。と、ラグナさんは笑った。
まさか知らないところでスコールがそんなことを話していることを、ましてや自慢しているような言い方でなんて思いもよらなかった俺は今度こそ驚きで固まった。

「だからさ、もし君がよければでいいから……スコールと、仲良くしてやってくれ」

ライバルだったら仲良くって変かな?そう言って、困ったような表情で俺を見る。

「あ、いえ……俺としても、スコールほどの相手はいませんから、これからも変わらないです」

たどたどしくなりながらも、本心を伝えた。

「ありがとう」

そう言って、スコールの父親は微笑んだ。












「っ、何して」
「あいつは受け入れられて、俺は駄目?」
「は?何が」
「せいぜいいい声で啼けよ」

スコールの手が体の上を這いまわる。どうしてこんな状況になっているのかサッパリわからない。
ラグナさんと会って、世間話というほど軽くもない話題も交えた会話を終えて。夜も更けたころにガーデンの自室に帰ってくると扉の前にスコールがいた。今日、エスタにはスコールも一緒に行っていたのだがラグナさんが俺を引き留め、スコールも仕事があるからと彼一人が先にガーデンに戻ることになったのだ。

「なんで……!あいつにッ」
「ひっ、や、やめろ」
「やめない」

アンタが俺のものになるまで。
そうつぶやいた目の前の灰がかった青い瞳は、いつも目にしているその色とは違う色に輝いて見えた。まるで、知らない人間であるかのように。
連絡も入れずに帰りが遅かったことを心配でもしてくれたのかとスコールをからかうと、珍しく肯定的な返事を返してきた。そこでいつもと様子がおかしいことに気付きはしたものの、だからといって彼を追い返すわけにもいかなかった俺はそのまま部屋に招き入れてしまったのだった。

「ーッ!」
「…………」
「スコールっ」
「…………」
「んっ、ぁ、おいっ」
「…………」

スコールは怒っているのか、何も言わずにただ俺の体に触れていく。脇腹をかすめたスコールの手が胸へ首へと辿っていく。日常の喧嘩とは違う。スコールが何に怒っているのかさっぱりわからないせいか力づくで止めるのは気が引けた。だというのに、止める声も聞かずにスコールは俺から服を剥ぎ取っていく。さすがにそれらの行動に先を全く予想できないこともなく、俺は焦って両手を突っぱねた。

「ス、コール?な、何」
「あいつと、シタんだろ?ヨかったか?」
「はあ?!何言って」

スコールがさらに怒ったのがわかった。でも俺には分からない。どうしてスコールが怒っているのか。

「ちょ、ちょっと待てスコール!俺はラグナさんとちょっと話し込んだだけで」
「嘘だ」
「嘘じゃ」
「アンタのこと気に入ってた。アンタだって」

あいつのこと、慕ってた。スコールが苦々しそうにそう吐き捨てた。確かにそれは間違っていないだろうけれど、だからってこんな濡れ衣はあんまりだ。

「それはそうだけど、お前が思ってるようなことは」
「もう黙れ」

押さえつけるような低い声に躊躇した次の瞬間、どこから取り出したのか猿轡を噛まされさらには両手も縛り上げられてしまった。

「んーっ!んーー!」
「……うるさい」

小さな声でそう呟いて、スコールは再び俺の服を脱がせにかかった。下半身を露わにされれば、同性と言えど羞恥は覚える。こんな状況ならなおさらだ。これで相手がどこの誰とも知らぬ輩ならこんなことは許さないし、すぐにでもぶん殴るが如何せん相手はスコールだ。俺がどんな抵抗をするかも見切られていた。

「ッ!」

スコールの手が下肢に触れていく。性器に辿り着いたところで、僅かながらに恐怖を覚えた。

「…………」

スコールはいっこうに行為をやめる気配はない。ゆっくりと、煽るようにその手が動く。触れられれば感じる。男なら仕方ないことだ。けれど。

「っ、ん……ん、ぅっ」

僅かだった恐怖心もどんどん大きくなっていく。だって、こんなスコールは知らない。幼い頃から一緒だった。そりゃあ知らないことのひとつやふたつ、いやそれ以上に理解していない部分があるにしても、だってこれは、目の前のスコールはまるで別人に思えて。
そんな恐怖が反映されたのかスコールの手で扱かれてなお、俺の性器はそこまでの快楽を得ることは無く、スコールもそれに気付いたのか手を止めた。

「……!」

スコールが俺を見てはっとした顔になる。彼がこうして驚くほどに、俺は怯えていたのだろうか。普段の俺からは想像もつかないくらい、それこそ幽霊でも見たかのような表情をしていたのかもしれない。自分の顔は見えなくとも、心の中は怖いという感情でいっぱいだった。

「   」

スコールが何かつぶやいたが咄嗟に俺は聞き逃した。だから、首を傾げて彼にそれを促した。

「ごめん」

スコールはそう言った。

「アンタに、そんな顔させたかったわけじゃないんだ……」

悲しそうに、それこそスコールの方が泣きそうなのではないかと思うくらい悲痛な声でそう言って、俺の乱れた服装を直していく。猿轡と、手枷も外してそれからスコールはそれでもなお恐怖心を拭いきれていない俺の目の前で膝をついた。

「悪かった。すぐ、出ていくけど……なんなら殴ってもいい」

俺は何も言えなかった。ただ、スコールが何を考え、何を想ってこんなことをしたのかだけが気になった。殴ろうなんて、これっぽっちも思わなかった。だから、長い沈黙の後にスコールが再び「ごめん」と謝って部屋を出ようとした時、呼びとめた。

「何で、」
「あんなことしたのか?」

実にわかりやすい問いかけの続きを口にしたスコールは、振り返って微笑んだ。
何もかもを、諦めてしまったような顔で。

「サイファー、俺はアンタのことが好きだった」

大きく目を見開いた俺を置いて、スコールは部屋を出て行った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ