贖罪の悪夢

□知ってるなら
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                 知ってるなら


サイファーは面倒見がいい。
彼を知らない者が聞けばおおいに異を唱えるだろうが、知っているものが聞けば満場一致で肯定するだろう。彼と班行動をしたことのある生徒や、訓練施設ではちあわせたという生徒も思っていることだ。それに、風神と雷神を見ていてもわかる。サイファーが本当に噂や見た目で言われているような問題児でしかないのなら、風紀委員だとかまずやっていないだろう。
さて、そこでだ。俺にはちょっとした悩みがある。サイファーが面倒見がいいのは何も今に始まったことじゃない。幼い頃から、あの孤児院の子供たちの中でも年上だった彼が問題児でありながらも何かと世話を焼いたりするのは不思議なことじゃあない。おねえちゃんがいなくなってからは俺の兄であるかのように振る舞っていたこともあった。その名残か、サイファーは俺に対しても所謂「お兄ちゃん気質」が消えていない。他の人にそれなのは別に構わない。が、恋人である俺に対してもそれなのである。
確かに告白は俺からだったし、サイファーも一応恋愛感情だということだったけれど。
これではまるで俺のわがままを放っておけなかったサイファーが子供をあやすように付き合ってくれているだけな気もしてくる。

「スコール、また考え事か?」
「……別に」

もちろん当の本人が気付くわけもなく俺がそれを言えるわけもなく。

「わ、なにすんだ」
「お前いい加減どうでもいいことで考え込むのやめろよ。いっつもしかめっ面じゃねぇか」
「…………」

機嫌が良かったのか「うりゃー」と楽しそうに俺の髪をくしゃくしゃに撫でまわすサイファーに咄嗟に言葉を返せない。どうでもいいことなんかじゃない!アンタのことだ!と叫びたくなるのは抑えたが、代わりになりそうな言葉が見つからない。

「ほらまた」

眉間を指でつつかれさらには頬までつつかれる始末。
傍から見れば(俺とサイファーだと認識しなければ)仲の良い兄弟がじゃれているように見えることだろう。
恋人同士で!キスもその先まで(しかも俺が上だ)しているというのに!
サイファーと一緒にいるのも、こんなふうにじゃれたりするのも嫌いじゃない。けれど何と言うか、やっぱり遊ばれているような気もするわけで。

「サイファー」
「ん?」
「アンタは俺のだ」
「おう」
「風神でも雷神でもそれは譲らないからな」

驚いたようにひとつ瞬きをしたサイファーはにやりと笑って「じゃあお前は俺のだな」と答えた。
伝わっているのか伝わっていないのか。むしろわかっててやってるんじゃないかとすら思う。サイファーのことだ、あり得ないわけじゃない。
だからひとつ、思いついたままに反撃してみた。

「当たり前だ」

音もなく唇を重ねて、至近距離でまっすぐにその翠の瞳を見つめて囁いて。
これで相手が女ならことは思い通りに動くが生憎目の前にいるのはサイファーだ。しかも無自覚に兄気取りの。
また苦笑しながら髪を撫でられるだろうか。仕方ないなとでも言うようにキスを返されるだろうか。あやすように抱き締められるのだろうか。それとも、付き合っていられないと見限られてしまうのだろうか。
そんな考えを努めて顔には出さないようにして、それでも覚悟してサイファーの出方を待っていたのだが。
驚いたまま固まっているかと思いきや耳や頬がほんのりと紅く染まっていることに気付いた。

「サイファー?」
「……ッ」

俺たちは恋人同士だ。キスだってしてるし、その先も何度も至った。
そして俺はサイファーの「お兄ちゃん気質」に悩んでいる。手を繋いでも抱き締めてもキスをしても、その先の雰囲気でないと彼は子供にするように接してくるからだ。
それなのに。
そのサイファーが、今、触れるだけのキスに狼狽えている。
いつだってしてきたキスだし、特に薬を盛ったとかそんなこともない。
だから彼のそんな様子が不思議で問いかけるように名前を呼んだのに、サイファーはさらに顔を紅くしていくだけで一向に答えてくれそうにない。
仕方なくサイファーの頬を両手で固定し、じっと見つめてみた。綺麗な翠が左へ右へと泳いでいる。こんなサイファーも珍しいな、と思いながらそれでも微動だにせず見つめていると、やがて諦めたのかか細い声が聞こえた。

「……離せ」
「ヤダ」
「……じゃあ、それ、やめろ」
「それ?」
「〜ッ、見るなっ」
「こんなに可愛いのに?」
「かッ、かわッ?!……だから、その、そんなふうにすんな」
「どうして?」

彼の言っていることがいまいちよくわからなかったがそれを追及したところで教えてくれそうにないのでひとまず理由を訊いてみた。

「どうしていいか、わからなくなる」
「……?」
「今更、お前となんて、恥ずかしいって言ってんだ」

つまり。
そういうこと、なのか?

「なんだ、そんなことか」
「そ、お、俺にとっては重要なんだ!」
「俺にとっても重要だった」
「……は?」
「アンタがいつまでも、俺を弟みたいに扱うから」
「あ、いや……だってよ」
「わかってる。今、わかったから。止めろとは言わないけど、もうちょっとそれらしくしてくれ」
「……おう」

幼い頃からずっと一緒だった。まるで兄弟みたいに過ごしていたこともあった。けれどまさか、その時間のせいで恋人になってみたらどう接していいのかわからなくなった、だなんて。今までの態度を一変させるのは確かに難しいものがあるのかもしれない。身体を繋げるにあたっては、さすがに彼も気を遣ってくれたみたいだけれど。

「好きだ、サイファー」

ぎゅぅっと抱き締めて、彼が此処にいるのだと実感する。他の誰でもない、自分のもとにいるのだと。
紅いままのサイファーがゆっくり、躊躇いながら俺の背に腕を回した。逸らされていた双眸が、こちらを向く。

「俺だって、お前のこと好きなんだからなスコール」
「ああ」
「ほら、わりとどうでもいいことだったろ?」
「そこそこ重要ではあったかな」
「アイシテルって、お前が知ってりゃそれでいい」
「!そうだな」
「お前は?」
「もちろん、愛してる」



                アンタが知ってるなら、それでいい




(なんか、お前変わったよな……)
(そうか?)
(たぶん娘が彼氏連れてきたときの父親の心境ってこんな感じだ)
(アンタは父親じゃないし俺は娘じゃないしまるっきり違うと思うが?)
(いや、そうだけどなんつーか知らない間に成長してた、みたいな)
(俺はアンタといる)
(?おう)
(だから、知らない間にじゃない)
(ははっ、そりゃそうだ)
(ちゃんと見とけ)
(仰せのままに)




End

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