贖罪の悪夢

□冷たい夢
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「何してるんだ?」

声を掛けると、クジャはゆっくりと振り向いて力なく嗤った。



      冷たい夢



「空を見ていただけさ」

いつも通りの調子でクジャは答えるが先程の顔が忘れられない。陳腐な表現になるが、悲しそうに見えたのだ。常に自信満々で、誰にも劣らないと胸を張っているクジャからは想像もつかない。
いや、俺が知らないだけで、彼にも何かしらあるのかもしれない。ジタンとの関係も、ただの兄弟ではないようだし(そもそも敵対している時点で複雑な事情がありそうだ)、さらに彼らは人間ではないという。ジタンと同様に、クジャにも尻尾があるようだし彼の種族に関係するのかもしれない。誰しも話したくないことは一つや二つどころか山ほどあることだろう。何でもかんでも話せるような関係でもないし、何でもかんでも話したいとは思わない。
そこまで考えてふと思う。
俺は、例えば、大切な存在ができたとして。近しい存在で在りたいと思える人ができたとして。
果たしてすべてを伝えたいと思うのだろうか。
どんなに想い合っていても、秘密や隠し事ができてしまうのではないだろうか。それは、悪いことではないかと。
悪いか良いかというよりは、なんだか自分が納得できないというか悩んでしまう。
フェアじゃない、そう思ってしまう。

「君こそ、声を掛けておきながら何を考えているんだい?」

クジャは可笑しそうに笑って尋ねた。

「あんたは……大切な人はいるか?」
「さあ?どうだろうね」

問いかけに、殊更楽しそうにはぐらかした答えを返してくる。ふわりと浮きあがった彼はなおも口を開きながらくるくると俺の周りを浮遊する。

「そんなものがいたところで、いなかったところで、何か変わるのかい?」
「同じなのか?」
「いやいや、そんなことはないさ。守るべきものがある方が人は強く、大切なものがあるほうが意志は強固になる」

ほんの一言を挟んで掌を返したクジャはこう付け加えた。

「物語はね、王道が好まれるんだよ。陳腐なシナリオでありふれたハッピーエンドこそが至高なのさ」

くるくると浮遊しているクジャの手を引くと、怪訝そうな顔をされた。

「あんたも、ハッピーエンドが好きなのか?」
「はぁ?僕は悲劇を好んでいるんだよ」
「悲劇……」

秘密や隠し事はすれ違いを招く。
そしてすれ違いはいずれ……悲劇へと通ずる。
ならばやはり、包み隠さずすべて話さなければならないのだろうか。

「……手を離してくれないかな?」

クジャは鬱陶しそうに左手を動かす。考え事に耽っていたのは確かだがこうしてクジャの手に触れていたかったのも事実なので、やんわりと拒否されたのが少し悲しかったりする。

「駄目か?」

もしかしたら許してくれるかもしれない、なんて僅かばかりの希望に賭けて訊いてみる。
クジャは意外に思ったのか驚いた顔をして、それからふいっと目を逸らした。

「?」

どうしたんだろう、いつもなら何を言っているんだと笑いながら逃げるのに(本人に言ったら怒りそうなので言ったことは無い。ただ毎回追いかけるのが大変なので最近では今回のように手を取ったりしている)、何やら気まずそうに黙り込んでいる。

「クジャ?」
「ふん、好きにすればいいだろう」

よくわからないが許可が下りたので手は繋いだままだ。どういった心境の変化だろう。ちょっと嬉しくなって繋いだ手をじっと見ていると、居心地悪そうなクジャが俺を睨む。

「何か文句でもあるのかい?」
「いや、単純に嬉しい」
「は?」
「クジャは普段こういうの許してくれないから」
「……本当、君は訳がわからない」
「そうか?結構わかりやすいと思うが」

クジャが好きだ。
だからもっと一緒に居たいし、こうして手を繋ぎたい。気ままに会話を楽しみたいし、以前のようにクジャの演奏に聴き浸りたい。クジャのことを知りたいし、俺のことを知ってほしいと思う。
ああそうだ、それを考えていたんだった。

「クジャ、さっき考えていたことなんだけど」
「ああ、僕にちょっかいかけながら耽っていた考え事かい」

ちょっと棘があるように聞こるのは気のせいではない気がするが、そうするとクジャは拗ねているということになる。らしくないがこれもまた嬉しい。

「大切な人に、秘密や隠し事をするのはよくないと思うんだ」
「…………」
「でも、すべてを曝け出すのは気が引けるというか……どうしても一線引いてしまうところがあるというか」
「……それで?」
「秘密や隠し事はいずれすれ違いを招く。行き着く先は、悲劇だ」
「悲劇」
「知られたくないことがある。隠し事はフェアじゃない。この矛盾は、どうしたらいいと思う?」

どうしたらハッピーエンドを迎えられるんだろう?

「君はそんなことをわざわざ悩んでいたのかい?」
「クジャにはわかるのか?」
「簡単なことだろう。許容すればいいのさ」
「……許容」

許す。何を?

「『誰しも話したくないことの一つや二つ持ち合わせている』、事の発端はそんなところだろう?そして君はそれが相手によっては公平じゃないと思っている」

だって、大切なんだ。
それなのにその相手にすら知られたくないというのは、おかしいことなんじゃないのか。

「お互いがお互いを大切に想っているなら、お互いを許容することができるだろう?」

お互いを、許す。
隠し事を、秘密を許す。

「程度は互いに違うかもしれないけれど、そこは合わせればいいし、話してもいいと思えるときがきたら話せばいい。言うなれば時間の問題さ」

何でもかんでも、総て完璧に最初から知っていなければ、開示しなければならないなんて、そんな脚本は誰にも演じてもらえないよ。

「言っただろう?好まれるのは王道だよ。イレギュラーや毛色の違う物語は、時折だから受け入れられるんだ」

とはいえ、幸せも不仕合せも人それぞれでこれと決まってはいないうえに決めてはいけないものだけれどね。
そう言ってクジャは繋いでいるのと反対の手で俺の頭を撫でた。
くすぐったいけれど、俺はされるがままでそっと目を閉じた。

「……あんたは、許してくれるのか?」
「まず僕はそんな関係になった覚えはないけれどね」
「クジャ、あんたが好きだ」
「それは何度も聞いたよ」
「俺と一緒に生きてください」
「…………」

何度も伝えた言葉を再び音に乗せて、次いで発した言葉にクジャの表情が暗くなる。怒っている、というよりは悲しんでいるように見えるけど俺は間違えてしまったのだろうか。

「ジタンから」
「?」
「ジタンから、僕らのことは聞いているかい?」

僕らのこと。つまり、ジェノムという種族のことだろうか。

「あまり詳しくは聞いていない」
「そう」

頭を撫でてくれていた手も、繋いでいた手も離れていって、クジャは再び宙へ浮かび上がる。

「僕はジタンとは違うんだよ」

暗くなった表情は一変していつもの自信に満ち溢れた顔で、クジャは言う。

「生憎、君たちのように仲良しごっこをするつもりはないよスコール」
「…………」
「この気まぐれももうお仕舞だ」
「クジャ」
「……聞き分けのないやつは嫌いだよ」
「俺は許す」

はっ、とクジャが息を飲む。

「あんたが話したくないなら、今は聞かない。クジャがいいと思えるまで待つ。どうしても俺のことが嫌だと思うなら、諦める。でも、こうして今まで、気まぐれでも傍に居てくれた。自惚れでもいい、少しはあんたに好かれているんじゃないかって思う。だから」

教えてくれ、クジャ。
シンプルに、あんたが導き出した答えを。

「俺と、生きてください」

どうかこの手を取ってくれと、祈るような気持ちで右手を差し出す。
対するクジャは、迷っているような、苦しんでいるような、耐えがたいような、悲しそうな、そんな色んな感情をひとつひとつ抑えつけるように目を伏せた。
その手を引いて、この腕の中へ閉じ込めて、攫っていくことができたなら、どんなにいいだろう。
けれど、クジャに、ほかでもない大好きな彼に、選んでほしい。

「…………」

静かに目を開けたクジャは、何か言おうとしては口をつぐんで、あちらこちらへ視線を彷徨わせる。そして。

「僕は君を、裏切るよ」

小さく、けれどはっきりとそう言った。

「構わない」
「物好きだねぇ」
「あんたに、俺を選んでほしいだけだ」

クジャは、泣きそうな顔で微笑んで、俺の手を取った。

「言いたいことも言いたくないことも、あんたが決めればいい。俺の前で、他のことを気にする必要はない」
「……ふっ、君なら引く手数多だろうに」
「あんたが言ったんじゃないか」

王道こそが好まれるのだと。

「あんたが俺を選んでくれたなら、この先はハッピーエンド以外認めない」
「……君の舞台は、どんなものなんだろうね」
「特等席で見ていてくれ――幕が下りるまで」

腕を引いて、クジャを抱きしめた。
寒空の下、二人とも体は冷え切っていたけれど、惹かれあった心はじんわりとあたたかかった。


冷たい夢から醒めたなら、そこにはあたたかさが待っている。


(クジャ)
(…………)
(クジャ)
(わかった。わかったからそんな目で見るな)
(ん)
(まったく、なんで僕がこんな)
(あんたは手を繋ぐのは嫌か?)
(……嫌、ではないけど)
(じゃあ問題ないな)
((そうだけどそうじゃなくて……!!))


END

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