藤色の付喪神

□みつけた
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「主命とあらば」

それがへし切長谷部の口癖である。
それが、彼が自分自身を縛る鎖である。




       みつけた





今日も今日とて、へし切長谷部は主命を求め、それをこなし、それが幸せであるのだというようにその姿でもって語る。
この本丸にいる刀剣たちは皆「へし切長谷部は主命をこなすことが幸福である」と思っている。それでも、連日働きまわっている姿を見れば多少は休んだ方がいいのではと心配する者も少なくは無い。この本丸にはまだ刀剣がすべて揃ってはいない。けれどもその蒐集を急いでいるわけでもない。というのもここの審神者はのんびりとした性格で、しかもレアかどうかを気にしないという一風変わった人間だった。顕現した刀剣たちは最初こそ困惑したものの、ゆったりとした口調で「時間はたっぷりあるんだ。急いて往く必要もあるまいよ」と言われ、さらに戦場を駆け回ることを咎められることもなかったので早々に順応した。刀剣の蒐集を急いでいるわけではない。けれども戦場に赴くことを快く思っていないわけでもない。なるほど時間はたっぷりあるというその言葉通り、ゆっくり、や怠惰とは違い、適当にやっていくことが大切ということだろう。
へし切長谷部も例に漏れず、そんな審神者の態度に困惑した。しかしそれでも何かご命令をと審神者の元に通い詰める。もともと審神者は仕事を溜めていることもなく、長谷部の性質は理解していても積極的に主命を与えることはしなかった。したがって必然的に長谷部の時間は主命を果たすことよりも自由に過ごせるものが多くなる。

「ありきたりだけど、好きなことや趣味を見つけるというのが無難だね」

出陣や遠征、内番がある日はいい。しかしそれら以外の時間、長谷部はどうしたものかと困り果て審神者に相談することにした。他の刀剣たちとも少なからず交流はあるので彼らにも訊いてみようと思いついたが、まずは主に訊いてみるべきかと判断した。

「趣味、ですか?」
「そう。まあそれこそ星の数ほどあるだろうからね、これと決まったものは無いよ」

たとえば。
そう言って審神者が取り出したのは一羽の折鶴だった。

「ぼくはこれしか折れないけれど、数えきれないほど折り方はあるだろう?こうした遊びでもよし、ちょっと気になることに時間を掛けてみるといい」

審神者の言葉を聞きながら長谷部は赤い折鶴を見つめた。
そういえば、小夜が折り紙の花をくれたことがあったと思い出す。紙でできたそれは、本物の花に劣らず綺麗だったのは記憶に新しい。

「たしか小夜が本を持っていたから、興味があるなら見せてもらうといい」
「はい、ありがとうございます、主」
「いやいや、こうして話をするのも楽しいものだよ。命を下すばかりではぼくも気が滅入ってしまう」

おそらくは長谷部を慮っての言葉だろうとアタリをつけ、苦笑を浮かべて部屋を後にした。

とりあえず、と自室に戻り深い溜め息を一つ。
長谷部はもうずっと、同じ理由でこうして一人になっては溜め息をついている。
顕現した当初は特に思い悩むこともなかった。自分はへし切長谷部。主が望むままに、主の命で以って結果を捧げる。
しかしこの本丸ではそうもいかない。演練などで知った他の本丸のへし切長谷部はそれこそ朝から晩まで主命を果たすべく奔走しているらしい。
主に不満があるわけではない。確かに時間はたっぷりあるのだ。慌てる必要がないのはわかる。仕事が溜まりに溜まっているようでは問題があることも理解している。だからこそ、長谷部をはじめこの本丸の刀剣たちは彼と共に歩もうと決めているのだ。
前の持ち主を邪険にするでも軽視するでもなく、刀剣たちの思うままを聞き、歴史を紐解いたうえで、認めている。若いながらどこか悟りきったような、おそらくこの人間は、他の人間とは違うのだと思わせる言動が多い。そしてそれは本人含め「決して良い意味ではない」のだ。刀剣たちの中には彼の考え方に賛同する者もいれば、よくわからないと首を傾げる者もいる。もちろん、彼はそんな刀剣たちに「ぼくは絶対ではないよ」と必ずしも賛同し共有しなければならないわけではないといつも通りゆったりと言った。
長谷部はそのどちらでもなかった。いや、どちらでもあったのだろう。
はっきり言ってしまえば長谷部自身にもよくわかっていなかった。
けれども、時間が経てばいずれ理解できるだろう、そう思い彼の考えや刀剣たちの考えを意識するようにした。そうして意識するようになってから、長谷部は様々な考え方があることを知った。様々な気持ちがあることを知った。
そしてそのどれも、彼は持ち合わせていなかった。

「どうして」

どうして、俺は皆と違うんだろう?
長谷部は比較的早くに顕現した。そして他の刀剣たちと時には共に戦い、時には遊び、時には静かに語り合い過ごしてきた。最初は小さな違和感だった。それがいつの間にか大きな綻びとなり、今ではそれを必死で隠しているほどだ。

「主は、どっちだろう」

こうして隠しているこれは、主にとって些事であろうか。それとも、すぐにでも刀解をと決断されるものだろうか。
わからない。わかったとしても、これを他者に知られるのが怖い。わからないことだらけでも、それだけはわかった。

「いっそ、いや……」

自ら刀解を申し出れば、こんな風にぐるぐると思い悩まずに済むだろうか。
こんな、わけのわからない悩みに振り回されることなく……そして主の役にも立てなくなるのか。それは、嫌だ。まだ、主のお役にたてるなら俺はまだ消えたくない。

「……ははっ、は……ぁ、ぁ」

幾度となく繰り返してきた自問自答と己に対する嘲笑と。
長谷部は思考することを止めた。
ただ、見ているようで何も見ていない双眸を畳に向けて力なく座り込んで時間が過ぎるのを待っている。
いつか、救われるのではないかと。
どうか救ってくれと祈りながら、その時が来るのを待っている。





******




あれから数日、長谷部は小夜をはじめ他の刀剣たちに趣味や好きなことを聞いて回った。誰もかれも、嫌な顔一つせず、むしろ長谷部に勧めてくる勢いでそれを語る。ここの刀剣たちは基本的に仲がいいのでそうこうしているうちにそれぞれの趣味を幾振りかで集まってやってみようということになった。
ある日は小夜左文字の折り紙を。
ある日は山姥切国広の水彩画を。
ある日は加州清光のトランプを。
ある日は骨蝕藤四朗の園芸を。
ある日は鶴丸国永のピアノ演奏を。
審神者が取り寄せたものや、万屋で購入したものなどそれまであまり目にしたことが無いものが多かったが、趣味にしているだけあって扱い方を説明してくれるのでうっかり駄目にしてしまうこともなかった。ちなみにピアノは審神者が持ち込んだもので「少々古いけどその分音が響いてくれるよ」と刀剣たちに紹介し、時折その音色を本丸中に届けている。
そうして長谷部も慣れないながら拙いながら、紙花を折り、雪景色を描き、未来を占い、球根を植え、鍵盤をなぞり、趣味の交流を楽しんだ。楽しかった。ああじゃないこうじゃないと言い合いになることもあったが、大喧嘩になることもなかったし周りも多少からかうことはあれど不快にさせるようなものでもなかった。こうして皆の趣味を楽しむことが長谷部の趣味といってもいいくらいには楽しかった。

「…………」

けれども部屋に戻って一人になると、それは当たり前のように帰ってくるのだ。
あんなにも楽しいと思ったのに。あんなにも自然と笑っていたのに。
それらを忘れてしまったかのように表情は消え感情も死んでいく。
からっぽだった。
何も残らなかった。
どちらが本当なのかわからなかった。
俺は皆に嘘をついているのだろうか。
こうなると思考はぐるぐると答えの見つからない問いかけばかりを繰り返すようになる。それでは駄目だと、長谷部は思考を止めて部屋を出た。
部屋は駄目だ。一人になっては駄目だ。けれども誰かに知られてはいけない。静かなところへ。賑やかなのは苦しい。
ふらふらと、落ち着ける場所を探して長谷部は彷徨う。これでは迷子のようだとどこか冷静に思いながら、おぼつかない足取りで求める場所を探す。

「何をしているんだい?」

突如掛けられた声にゆっくりと振り向いた。
頭が上手く回らないまま、けれども誰かに見つかってしまったのだということは理解した。できればあまり大事にしたくない。そのあたりを察してくれる者であってほしい。果たして。

「ふらふらしているように見えたけど、体調が悪いなら部屋に戻るか薬研に看てもらったらどうだい?」

そこに立っていたのはにっかり青江だった。

「……いや、問題ない」
「そういう風には、見えないけどねぇ。とりあえず中に戻ろう」

なんとか返事を返したがあっさりと見破られ、しかしそこから動こうとしない長谷部の左手を引いて青江はある部屋に入るよう促した。

「僕の部屋で悪いけど、君の部屋は嫌なんだろう?」

どうしてわかったのだろう。そんなにもわかりやすかったのか?未だにきちんと回らない頭はぼーっとしたまま、長谷部は青江をじっと見つめていた。

「そんなに見つめられると穴が開いてしまうよ」

そう言って長谷部を座らせると、青江は少し離れたところに座り本を読み始めた。
何を話すでもなく、ただそこに居た。長谷部のことを無視しているわけではなく、本当に場所を提供するといったようにそこで読書をしている。居心地はいいがこれはこれで気まずいような気もして、長谷部はとりあえず何か声をかけるべきだろうと口を開いた。

「……何も訊かないのか?」

そこでようやく青江は本から目線を上げ長谷部のほうを見た。

「何か聞いてほしいのかい?」

静かに告げられた言葉に長谷部はたじろぐ。
知られたくはない。けれども聞いてほしいような気がしないでもない。
さてここで、どちらを選ぶべきなのだろうか。

「どちらでも」

青江はさらに静かに言う。

「君がしたいようにするといい」

したいように。長谷部が、したいこと。

「それは、何?」

ようやっと返事ができたかと思えば、幼子が口にするような問いかけだった。

「…………」

青江の返答は沈黙だった。
それを受けて長谷部はしまった、と青くなった。
やはり知られてはいけない。どれほど寂しいと感じても。どれほど悲しいと思っても。どれほど苦しいと感じても。
青江は話を言いふらすような者ではないからそこは安心してもいいだろうが、それでも安心しきっていてはいけないと思う。誰にも言わない保証もない。何かの拍子に口を滑らせるなり、主に相談を持ちかけるなり他者の耳に入る可能性はいくらでもある。
どうしたらいい。どうやって誤魔化そう。大丈夫だ。だって。

だって。
今までも。
そうやって。
偽ってきたじゃあないか。
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