藤色の付喪神

□悪くない
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「俺は三日月m」
「帰れ」
「?!」





        悪くない




俺が青江と特殊ともいえる関係になってから数週間。あ、恋仲ではないぞ。他のやつらにも問われたがお互いに「そう見えるかもしれないけどなんか違う」という結論に至っている。そんなことはさておき。
他から見れば以上であろうこの性質を、青江以外には今まで通りに極力隠し通しながら過ごしてきた。以前は自分一人で抱えるしかなかったから苦しくて辛くて、斬っても斬っても黒いもやもやとした何かで身動きの取れない毎日だったが、青江が主人となってからその息苦しさから多少なりとも解放されつつある。時々皆の前でもこの性質が露呈してしまうが「二人は仲がいいね」という認識で留まっている。別段気を遣っているわけでもなく、気持ち悪がっているわけでもない彼らを見て、優しい者達ばかりでよかったとしみじみ思った。だからこそ、主たる審神者や、主人たる青江だけでなく彼らのためにも俺は俺にできることを精一杯していきたいと思う。思うのに命令されなければ動けないのだから、本当にこの性質は面倒だなと改めて思った。
まあそんなこんなで新たな刀剣を集めるべく出陣や鍛刀が繰り返されていたある日、天下五剣である三日月宗近を迎えた。
出陣は主の思うままにゆったりと進められていたし、鍛刀も一日一回近侍を変わりばんこにしながら行われていた。三日月宗近を迎えたとき、近侍は俺だったのだが彼が顕現し口を開いた瞬間、主は被せるように「帰れ」と言った。

「主?!天下五剣ですよ?!多くの本丸で喉から手が出るほど欲されている刀ですよ?!」

さすがの俺も驚いて叫んでしまったが主も負けじと叫ぶ。この日はテンションが高かったそうだ。

「知ってるよ!だからうちじゃなくてそっち行ってやれよって話だろ!」
「おい」
「しかしせっかくうちに来たのですから」
「いいよぼくは貢ぐ気無いから貢いでくれる他所の本丸に行きなよ」
「資材にも時間にも困ってはいないでしょう」
「なあ」
「そうだ長谷部、演練所にでも置いてくればいい。きっとすぐに貰い手が見つかるぞ」
「流石にそんな」
「そうと決まればさっそく」
「何なのだおぬしら!」
「「あ」」

自己紹介を遮ってそんなやりとりをしていたものだから三日月がとうとう泣いてしまった。ぎょっとして黙り込んだが、しかし確かに来たばかりでいきなり不要だから出ていけと言われれば少なからずダメージがあるだろう。爺だの年長者だの言われたところで顕現したばかりであることに違いは無いのだ、仕方がない。

「す、すまない三日月殿。この方が我が本丸の主である審神者だ。先程のは少々度が過ぎたが冗談だ、安心してくれ」
「え?」
「主!!」
「ごめんって。今日はテンション高い日なんだよ」
「俺はわかってますが三日月殿には通用しないでしょう」
「あー……ぼくがこの本丸の審神者だ。さっきは悪かったね。君が要らないってわけじゃあないよ。ただ、君を待っている本丸はごまんとあるからうちには後からでもと思っていただけさ」
「……三日月宗近だ。よろしく頼む」
「ああ、よろしく。こっちはへし切長谷部だ」
「長谷部と呼んでくれ。よろしく頼む」
「じゃあ長谷部、本丸を案内してやってくれ」

そうしてなんとか取り繕ったが第一印象は最悪だろう。しかし主の命のまま本丸を案内しつつ一周する頃には三日月は既に気にしていないようだった。子供ではないだろうがなかなか器の大きい刀のようだ。

「主は変わった方でな。二重人格ではないがああして普段とは別人のような振る舞いをされることもある。大抵は穏やかに過ごされている」
「ふむ。何かしら突出した人間は大勢いるが、そうした人間にはなかなか巡り会わなんだ」
「基本的にゆったりしていらっしゃる。出陣をはじめ、すべきことをしていればあとは何をしようとも自由だ」
「縁側で茶を飲んでいてもか?」
「問題ないどころか茶菓子まで用意されるな」
「ほう、それは上々だな」
「わからないことがあれば俺でも他の刀剣にでも気軽に訊いてくれ。夕餉のときに皆に紹介するからそれまでは部屋に居てくれ」
「あいわかった」

新入りに説明など久しくしていなかったせいか少し疲れたらしい。障子を閉めて思わず溜め息を吐いてしまった。今日は第二部隊が夕刻まで出陣しているだけだったはずだから主人は部屋にいるだろうか。
廊下を歩いていくと向こうから切国が歩いてきた。いつもの布を取り払っていてそわそわしていた。

「切国、また燭台切に布を取られたのか?」
「ああ。慣れようとは思っているんだが、やっぱりまだ落ち着かない。長谷部からも言ってくれないか?」
「再三言ってはいるんだがな。燭台切もお前を気遣っているんだろう」
「もう少しゆっくりにしてほしい」
「今度それも伝えておこう」
「助かる」

ここの山姥切国広も、審神者の影響か他所の本丸で聞くほど塞ぎ込んではいない。それこそ、自分から布を取る努力をしているほどだ。彼は自分を写しだと卑下するが、俺はそれを悪いものだとは思わない。いつだったか宴会のときに酔った切国が「俺は国広の傑作だ!」と叫んだことがあり、それからしばしば話すようになった。あの一言が、俺の彼への認識を改めさせた。今思えばかなり失礼な印象を持っていたが最初に話した時からだんだんと打ち解けてきたように思う。
切国と別れて目当ての部屋の前で立ち止まる。「青江」と小さく呼ぶと「入っておいで」と小さく返ってきた。

「此方へ」

青江に手招きされて、言われるままに彼の前に腰を下ろす。そうすると彼の手が、ゆっくりと髪を撫ぜていく。俺はこの時間が一番好きだ。恍惚と目を閉じて、されるがままの俺などおそらく青江しか見たことが無いだろう。皆の前でこうしてもらう時は周囲の目があるせいか目を伏せるに留まっている。それでも始めのうちはそれは珍しい光景だったために注目されることもあった。風の噂で聞いたところによると、新たな刀剣が本丸に来るたび本丸のことを説明するときに俺たちのことも一緒に説明されているらしい。どおりで驚かれることが少なくなったわけだと青江と納得した。

「疲れたかい?」

閉じていた目を開けば、異なる色彩の双眸が瞬いた。

「……ああ。そうだ、三日月宗近がきた」
「あの天下五剣の?」

首肯すれば、青江はふぅん、と零した。

「……主が、ちょっと」
「ああ、そういえば……早かったと思ったけどすごいタイミングで来てしまったようだね」
「……悪いことをした」
「酷いようなら切国のところへやってみればいいさ」

切国は最初こそ暗く沈んではいたが本丸で過ごすに連れ本質は残したままより強く、胸を張って生きるようになった。ただの自信家というわけではなく、言うなればバランスがよくなったといったところだろうか。カウンセラーというものとは違うと本人は言うが、今では本丸でのよき相談相手である。どうしようもなく気分が落ち込んだ時などは皆きり国の世話になっている。一度、誰かが負担になっていないかと問うたが、切国は自分は何もしていないから負担にはならないと答えた。本人曰く、愚痴を聞く気は無いし、相談されてもアドバイスをするわけじゃあない。それこそモノに話しかけているようなものだ。だから、俺が何かをしているわけじゃない。そういって小さく笑った。そうはいっても、切国のもとへ向かった者は言葉を掛けてもらえたと嬉しそうに笑うのだからやはり根は優しいのだろう。
先程の三日月も、トラウマまでいかなくとも何かしらひっかかりになってしまったなら切国とお茶でも勧めてみればよい方向へ向かうかもしれない。

「長谷部」
「?」
「君は休むということを覚えたほうがいい」
「……無理をした覚えはない」

無理なんて、する気もない。周囲から厳しいだなんだと言われるが、俺にしてみればこれでも手抜きで自分の駄目さに嫌になるというのに。

「知っているよ」

髪を撫でてくれていた手が離れていった。名残惜しさを感じつつ、青江の言葉を待つ。

「君の”それ”を、たまには休めと言っているんだよ」

それ。つまり、これ。俺が他のへし切長谷部と違う理由。俺が、他の刀剣たちと違う原因。

「まあ、できたらでいいさ。今まではできなかったんだろう?」
「…………」

こくりとひとつ頷いた。
誤魔化すために、隠すために色々とやってみたつもりだがどれも意味を成さなかった。けれども、今、唯一休めるのは青江の隣じゃないかと思う。気付けば度々こうして青江の傍に来るようになったし、こちらが行かなければ青江が来てくれる。

「……傍に」
「うん」
「……青江」
「ああ、此処にいるよ、長谷部」

きっともう、前のようには戻れない。
この居心地の良さを、知ってしまったから。
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