藤色の付喪神

□其の花の色は
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頭上に広がる青い空。浮かぶのは眩しいほどに白い雲。
何も変わらない、何の変哲もない毎日の中の今日この時、この瞬間。
ぼんやりと空を見上げていた少女が声にならない音にならない言葉を呟いた。

「死にたいなぁ」

ひとつ溜息をこぼして、ぼんやりとした表情から一転、ぱちりと瞬きをしたその双眸は光を映した。

「さ、帰ったら何をして遊ぼうかなっ」

まるで別人のようにニコニコと笑いながら少女は家路を急いだ。
何の変哲もない日々がこの後一変することなど夢にも思わずに、死にたがりの彼女は今日も今日とて舞台に立った。




        其の花の色は




「ねえ、あなたは刀、人を殺すために造られたのでしょう?なら、私を殺してください」

目の前の少女に言われたその言葉を理解するのに、時間がかかった。
少女はいつも通りに過ごしていたところを、見知らぬ人間たちに半ば強制的にこれまた見知らぬ場所に連れてこられた。
彼らは国の役人たちで、自分はとある仕事をするための人間に選ばれた。もちろん国がバックについているのでそこらで働くよりも給料もいい。ただし、命の危険がある。
少女に理解できたのはおおよそこんなところだった。歴史がどうとか、刀剣がどうとか言っていた気がするが拒否権はなさそうで、拒否するつもりもなく、だからこうしてその仕事とやらをするために誘拐と言っても過言ではないそれを受け入れた。理解できようとできなかろうと少女にとっては関係がない。命の危険があるというその言葉だけが彼女にとって大切だった。それはつまり、死んでしまうかもしれないということ。〈死んでしまってもおかしくない〉ということ。
混乱したふりをしながら、落ち着いたふりをしながら、納得したふりをしながら、少女は役人たちとこんのすけと呼ばれるぬいぐるみのような狐から説明を受け、本丸と呼ばれる屋敷まで来た。

「まだ、ちょっとわからないこともありますけど、そんな大事なお仕事に私が選ばれたのならそれもまた運命なのでしょう。お受けしますけれど、お給料はちゃんと家に支払ってもらえるのですね?」

なるべく自然なふうを装って、確認を怠らないというぬかりなさを見せつけ、年齢相応とは言えないながらもちょっと変わった子なのだろうという認識にとどめさせて。
少女は契機を手に入れた。
五振りの刀から一振りを選ぶように言われ、それぞれ説明を受けた。
正直少女にはどれだろうと関係がなくどれでもよかった。けれどもここで何かがバレてこの話が白紙になっては困る。困らないけれど、困る。だからちゃんと少し悩んで、選んだ。
刀に宿る付喪神を顕現させたところで役人たちは書類に不備がないか、説明に抜けがないかを確認して帰っていった。残された少女はこんのすけに説明を受けながら本丸での生活のいろはを頭に入れていく。入れたところで使う機会など無いのだけれど。
説明が終わると「何かあれば呼び出してください」とこんのすけも姿を消した。本丸は見た目は古い日本家屋の印象だが中は少女の時代に近く造られていたので生活面では問題はなさそうだった。何かあるとすれば歴史修正主義者なるものたちとの戦い、つまりは戦闘のことだが設置されているパソコンからいろいろと調べることもできるらしい。
役人もこんのすけもいなくなり、呼び出した歌仙兼定という刀と少女のみとなった。
少女はこの時を待っていた。逃してなるものか。だから彼女はすぐに懇願した。
歌仙兼定という刀は驚いたように目を見開いて言った。

「それは、僕に主君殺しの罪を背負えということかい?」

そう言われて少女ははっとした。
そうだ、今、少女は刀の所有者であり、刀が人を殺すための道具だとしてもこの状況では彼が悪いということになる。道具の刀で自害するのとは少し異なると思った。
だから少女は困った。彼が悪いということになるのは困る。それは違う。少女の望むところではない。
刀に殺してはもらえない。それがわかった途端、少女は絶望した。

「(どうしよう、また駄目だった、どうしたらいい)」

急に押し黙った少女に、歌仙はさらに怪訝に思う。
呼び出されたときはそこそこ真面目そうに見えた少女は、二人きりになった途端別人のように振る舞う。先の発言には驚いたが(誰かを殺せということはあるかもしれないがまさかその対象が自分自身だとは夢にも思わなかった)、単に猫かぶりで人が変わったように思えたのだろうか。それにしても今のこの様子もおかしくないだろうか。ただ殺してほしいだけなら何をこんなに狼狽えているんだろう。
このまま様子をみるよりは何か話をしたほうがいいと判断して歌仙は再び口を開いた。

「きみは、つまり、死にたいってことでいいのかな?」

歌仙の問いかけに少女は困った顔で「そうですよ」と肯定した。

「単に死にたいだけなら別に刀でなくとも首を絞めたり舌を噛んだりすればいいんじゃないかい?それとも自殺志願ならぬ他殺志願なのかな?」

この少女の真意はどこにあるのか。歌仙はとにかく説明を求めた。出会って一時間も経ってない相手のことなど、まして何を考えているかなどわかるはずもない。

「その死に方では困るんです。それだけです。自分だろうと他人だろうとどちらでも構いません」

なんでもないことのように、少女は答えた。
死に方にこだわっているらしいことがわかったが、それが誰でもいいとはこだわっているのかこだわっていないのかわけがわからない。

「きみはどんな風に死にたいんだい?」

とにかく訊くしかあるまいと歌仙は少女に問いかける。

「……別に、身体が残らなければ、それで」
「身体?ああ、それで窒息死は嫌なのか。でも、どうして身体が残っては嫌なんだ?」
「…………答えたら、殺してくれるんですか?」

話すのが億劫だといったふうに少女は少しの沈黙の後に口を開いた。その質問の答えは既に出ているというのに、わざわざ繰り返すということはもう話をする気さえないということだろうか。

「そもそも自殺でもいいなら僕に頼まずとも、厨にある包丁でも使えば」
「!」
「あ、きみ!」

気にはなるが思いついたことを歌仙は口にする。そして言い終わる前に少女ははっとして走り出した。
もちろん、先ほど本丸内を案内されたときに知った、厨の方へ。

「まだ話は終わっていないだろう……!」

少女に続いて歌仙も走り出す。タイムラグがあったとはいえ厨に着く前に少女の腕を掴んだ歌仙は近くの部屋に滑り込む。もがく少女を無理やり座らせ、正面に腰を下ろした。

「あのねぇ、話の途中にいきなり走り出さないでくれるかい?」
「…………」
「別にね、僕ときみがまったく関係のない赤の他人というものならだんまりでも構わないよ。けれども、僕はきみに呼び出されたんだ。勝手に呼び出しておいてこの仕打ちはどうなんだい?」
「それは、悪いと思って」
「謝罪が聞きたいんじゃあないよ。さっきから自己完結していることをきちんと説明してくれ」

少々棘のある言い方だろうかと心配したが俯いていた顔をあげてくれた。どうやら少しは話してくれそうだ。

「私は死にたい。けれども身体は健康で、確か臓器提供はしないと伝えていたけれどうっかり提供されたら困る。だから、身体が残らない、もしくは提供できないほど傷つけてあればいい。そういうこと」
「臓器提供、というのは?」
「人間の死に方はいろいろある。脳死の場合はほかの臓器は傷もなければ機能にも問題はない。だから、臓器が悪い人に移植してその人が健康に暮らせるようにすることができるんです」
「なるほど。でも、いいことだけではない?」

主君殺しをとても気にしていた彼女のことだ、今説明してくれたことだけなら彼女が臓器提供というのを嫌うのは違和感があった。身体の中身をほかの人間に移動させるのだ、なにかしら問題があるのかもしれないと歌仙は思った。

「臓器を提供された側に、提供した人間の人格が影響することがあると聞いたの」

詳しくは知らない。けれども、臓器提供でうまくなじまないこともあれば、いきなり人が変わってしまったような言動が見られることがあるというふうに聞いたことがある。
少女は真剣に話していた。確かにいいことで済ますには大きな問題かもしれないが、少女の様子から察せるほどに悪いことなのだろうか。苦しそうな表情で話す彼女に歌仙はどうにも釈然としない気持ちで続きを促した。

「せっかく移植してもなじまないかもしれないから、下手に希望を見せたくないということ?」
「……私が懸念しているのは人格の方です」
「自殺願望は今きみが抱えているものであって根本的なものではないだろう。だったらそれが影響することなんて」
「私はおかしい」
「え?」
「私は、おかしいんです。だから、死にたい。誰かが助かるというなら、この身体のパーツすべてこの命さえも差し出せます。でも、私のコレが影響してしまうなんて……」
「(コレ?)」
「こんな思いを、その人たちにまでさせてしまうくらいなら、私は助かる命を見捨てます」
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