藤色の付喪神

□練度の低いへし切長谷部と仲間たちはどう戦うか
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     練度1のへし切長谷部と仲間たちはどう戦うか




「じゃ、気を付けてね。中傷になったら即帰還すること」

真っ赤に彩られた指が目の前に突き出される。初期刀だという彼はこの本丸を上手くまとめている。

「心配性だな」

思わず溢してしまったそれを聞き逃してくれるわけもなく、やれやれといったふうに溜め息をつかれる。

「あんた初めてなんだから当然でしょ。皆そうだったの」
「そういうものか?」
「そういうものだよ。少なくとも、ここではね」

錬度の低いうちは怪我が酷くならない内に帰還し、すぐに手入れを行うこと。それがこの本丸の決まりだった。聞いた当初こそ、折れなければ問題ないと思っていたが傷が深いほど手入れには時間がかかる。するとなかなか次の出陣へと繋げない。刀であるならば戦に出てこそであるというのにそれでは面白くない。戦に出たければ余計な傷は負わない、悪化させないほうがよいのである。

「さ、そろそろ行くとしよう」

部隊長に促されゲートの前へ並ぶ。顕現されて初めての戦だ。緊張しないわけがない。けれどそれを上回る胸のざわめき。稽古ばかりで演練にも出してもらえなかった自分が、ようやく己を振るえる。嬉しくないはずがない。

「頼んだよ」
「皆で戦うから、大丈夫だよ」

おかえりと迎えるために。
ただいまと帰るために。

――いざ、出陣。



「長谷部さん、くれぐれも無理はしないように。僕らがついてるけど、戦場では何が起こるかわからないから」
「ああ。どうにも落ち着かないが、皆と戦えるなら突っ走る必要もないだろう」
「楽しみにしてたもんなー。それこそ、今回のメンバーだってなかなか決められなくて大変だったし」

堀川の念押しを肝に命じ、昂る気持ちを抑えようと試みるがどうにも難しい。そこへ、御手杵もそわそわしながら口を挟む。

「しばらくは長谷部は出陣続きだろうな。結局、順番に全員で出陣というのが手っ取り早かったから」

鶴丸が振り向きざまに苦笑しながら言った。
俺が本丸に来たときにはそこそこ刀剣が揃っていた。主は刀剣の蒐集に拘る方ではないようで、未だ揃わぬ刀も多いがなかなか迎えられないと言われる三日月宗近と小狐丸は縁側でのんびりと日向ぼっこをしていた。正直なところ彼らのほうが早いことに心底驚いた。しかもその二振りだけでなく大抵の刀剣がそこそこ練度が上がっていたため、俺を含め新参者は構いに構われた。それこそ一日のうち一振りでいることがほとんどないくらいだ。

「焦る必要がないとくればのんびり過ごすことになるのは必至だ。なれば少しくらい相手をしてくれてもよかろう?」
「少し、なのか?あれは……」

寝る時ですら誰かしらが傍に居るのはどうなのだろうか。別々に布団を敷いているのに、一部の刀剣は朝になると何故か同じ布団で寝ている。それも俺の方が移動しているので最初のうちこそ謝り倒しだったのだが、幾度か繰り返すうちにふと夜中に目が覚めた。寝惚けてはいたがそれでも見間違いではなかった。まさか寝ている俺を自分の布団へ移動させていたとは夢にも思わず(ちなみに他の新参者に相談してみたらあちらも同じだった)、その場で話し合いをした末なんやかんやでこちらが折れることとなった。断じて眠かったわけではない。

「長谷部、あまり気負うことはありません。嫌ならそう言ってくださって構いません」
「太郎太刀……嫌というわけでは、ないんだが。ううむ、そうだな、もう少し加減してくれるとありがたい」
「織田にも黒田にも構われっぱなしなうえにその他もとくればさすがに疲れるか」
「あれでも加減するようになった方だから吃驚ですよね」
「……あれで、か?」

もしかしたら聞かないほうがいいかもしれないと思ったが、俺が言うより早く三日月が口を開く。

「大倶利伽羅や和泉守は一度寝込んだからなぁ。はっはっは、あの時は主の雷が落ちて大変だった」

大倶利伽羅はなんとなく納得したが和泉守までも寝込むとは。そして何より恐ろしいのはその二振りでさえも構う側に回っているという現実である。他の刀剣に比べればかなり控えめといえるがそれでも構いたがりな方だと思う。

「おーい、そろそろなんじゃねぇか?」
「お喋りはこのあたりにしておきましょうか」
「皆、準備はいい?」

各々が本体を手にくすりと嗤う。
こうして共に戦場に立つことが初めてなため、その変わりように一瞬怯んでしまう。が、自分も同じように嗤っていることに気付く。いよいよだ。己を振るうからには、この切れ味存分に見せつけたい。

「長谷部さん、好きなように動いてください。まずは慣れてもらうために、僕らが援護します」
「……いいのか?」
「構わん。俺たちを存分に頼れ」
「では、遠慮なく」

言うが早く、地を蹴り駆けだす。まだ全速力で駆けたことはない。一度だけでも、と敵陣まで駆け抜ける。
目についた脇差に切りかかる。が、寸でで避けられ腕を掠める程度に終わる。余裕のありげなそれに自分の練度の低さを思い知らされるが、気にしてはいられない。そこへ大太刀が大きく振りかぶったその刃を振り下ろす。避けられないと悟ったそれを、堀川が見事にその剣筋を逸らした。力の差がありながら臆することなくそして安定したその動きは美しかった。その姿を目に焼き付けつつ、次いで攻撃に移ろうとしていた脇差の足を踏みつける。そのまま急所である胸を――

「狙う必要はないんだがな」

踏みつけた足をさらに踏みつけ横に飛びのいた俺に脇差が本体を向けるがその切っ先が止まる。脇差の胸を血に濡れた槍が突き抜け、持ち主が誇らしげに笑う。
飛び退いた先、大太刀の目前でその腕に飛び乗りさらに高く飛び上がる。本体を構え俺を見上げる大太刀を目掛け、自身を握り直す。

「よそ見してていいのか?」

敵の体が真っ二つに斬れ崩れゆく傍らに、太郎太刀がゆっくりと立ち上がる。その美しい太刀筋は暴風が如く戦場を舞う。
落ちる俺を受け止め地面に下ろしてくれた太郎太刀に礼を言って、背後から迫る打刀のもとへ駆ける。と、その攻撃が当たる直前で後ろへと飛び退く。

「後ろだ」

輝く白が染まることなく打刀へ一太刀を浴びせるとその隙をついて太刀が攻撃を仕掛けてきた。既に目と鼻の先へ迫っていたその刃を避けることは不可能だ。ならば、と負傷を最低限に留めるべくなんとか体を逸らして左手でその刀を握りこむ。一瞬顔を顰めたもののそのまま受け流せば、涼やかに嗤った三日月が下から斬り上げ大太刀は地に倒れこんだ。

「これで終わりかな」

注意深く辺りを探っていた堀川の声に、ようやっと安堵の溜息が出る。皆も同じだったのか次々に口を開く。

「ったく、長谷部速過ぎだって!追い付けねぇよ〜」
「間に合ってよかったです」
「初っ端からこんな驚きがあろうとはな」
「ところで傷は大丈夫か?」

そうだそうだ、と真っ赤に濡れた左手を取られ止血だ何だと騒がれるがそれどころではなかった。

「長谷部?どうした?」

緊張感が解けたことで先程の戦いを思い返し、戦の前よりもさらなる高揚感になかなか言葉が出てこない。だって、なぁ?

「すごい……皆、すごく強いな……!!!」

強いだけではない、どこまでも鋭く、美しく、頼もしい。
好きに動けと言われ半分はちゃんと周囲に気を配りつつ動いていたものの、残る半分はもはや直観である。それを上手く補い敵を屠る仲間たちの力量。俺も練度を上げれば皆のように立ち回ることができるだろうか?それにしても、なんて楽しい戦だろうか。

「……あー、もう、そんな嬉しそうに」
「あなや、流石に照れてしまうな」

ひとまず主を安心させよう、と帰還したところで本丸に戻ってきた安心感のせいか、抑えていた喜びが解放され迎え出た刀剣たちが笑い出すほど大量の桜が舞った。帰還の報告を受けた主も、何事だと驚きに目を見開いていたがすぐに苦笑された。と、そこで俺の左手に巻かれた包帯を見つけ一転青ざめた主が手入れをと騒ぎだす。最初に言われていた通り、怪我が酷くならないようにと大人しく手入れを受けたが、主が余りにも痛くないか、とかすぐ治してやるからな、と慌てるので傷の痛みを感じるどころか思わずくすりと笑みが零れた。顕現されて日は浅いが、なるほど皆主を慕うわけだ。

「ハッ、そうだ明日の演練は中止に」
「それはやりすぎ」

心配が行き過ぎて突然演練を中止にしようとした主に、加州が釘を刺しに来た。

「ちゃんと手入れしてくれてるんだからだいじょーぶって、いつも言ってるでしょ?」
「む、そうだが……」
「それとも、これからは新参者は飼い殺しにでもしちゃうわけ?」
「な?!そんなわけあるか!大丈夫だからな、長谷部!そんなことしないからな!」

加州の言い方からもそんな心配は要らないとわかっていたので「わかっていますよ」と柔らかく微笑んだ。こんなやり取りを初めて見たときは主に対してなんて無礼なと思いはしたが、それほどに互いを信頼しているのだろう。少し、羨ましいと思わなくもなかった。

「明日の演練のメンバーは結局どうなったので?」
「ああ、一応決まったよ。まさかあんなにも時間がかかるとは思わなかったけれどね」

聞けば、今回の出陣同様、立候補者が多く(というか全員なのだが)どういった順番で組むか俺たちが戻るまで決まっていなかったらしい。それこそ出陣先によって刀種の組み合わせも考えねばならないので時間はどんどん過ぎていく。新参者は俺一振りだけではないのでさらに難しくなる。何振りかは考えやすくなるようにと適当に我儘を言ったりしたそうだがそれでもここまで時間がかかったのは主としても想定外だったようで、今度からはある程度形を決めておこうということだった。
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