藤色の付喪神

□知ってほしい
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「どうしたんだ?」
「どうもしないよ?」
「嘘だな」
「嘘かな?」



           知ってほしい




もしかしたら自分よりも相手の方が自分のことを知っているのかもしれない。なんて思うことが時々ある。けれども、やっぱり自分のことを一番知っているのは自分だし、相手が知っていることが全てでもない。自分が気付いていないこともあるけどね。相手だけが知っていることがあるというのも思ったより悪くはないけど、ちょっと落ち着かない気分にもなる。だってそれだけ相手が自分を見てくれているってことだもん、嬉しいのが半分、恥ずかしいような照れくさいようなのが半分。

「本当か?」
「本当だよ」

長谷部は皆のことをよく見ている。でも一番見てくれるのはボク。何故ならお願いしたから。綺麗な藤色の瞳に映して欲しくて、「ボクを見て」と口にした。自然と零れ落ちてしまったその言葉は、搔き消えることなく長谷部の耳に届いてしまって、きょとんとしたまんまるの瞳に苦笑してしまったのは少し前のこと。難なく聞き入れてもらえたそれに気を良くして、もっともっと長谷部のことが知りたくなった。知ってることはたくさんあったけど、知らないこともたくさんあった。きっと他のみんなが知っていてボクが知らないこともまだまだある。ちょっぴり悔しいけど、これから知っていくからいいんだ。
長谷部はボクの告白もすんなり受け入れた。こっちが拍子抜けしてしまうほどに。飾ることなく直球で勝負したのがよかったのか、はたまた長谷部もボクを想っていてくれたのかはわからないけれど(聞いても有耶無耶に誤魔化されたのでいつか聞き出したい)、ボクたちは突然恋仲になった。いいのかな、これと思いもした。こんなにあっけなく、何事もなく、上手くいくものなのだろうかと疑心暗鬼にもなりかかった。長谷部は特に何も変わってるふうでもなく、いつものようにすべきことをこなして、自他共に厳しく過ごしていた。ボクだけが混乱して、余裕がないみたいで、なんだか納得いかなくて長谷部のところへ押しかけたら、なんてことはない、彼は巧妙に取り繕っていただけだった。実は恥ずかしがり屋だということもこの時知った。顔を赤く染め上げて、視線を彷徨わせながら言葉を探す長谷部の、なんて愛らしいこと!言葉を発するよりも考えるよりも早く体が動いてボクは長谷部をぎゅうぎゅうに抱き締めたんだ。慌てた長谷部に、本人も何を言ってるのかわからないほど文句を言われ、ジタバタ暴れられて、まあ体格差がどうしてもあるからボクは背中を畳に打ち付けてしまったんだけれどね。あんまり長谷部が可愛くって楽しかったものだから、寝転がったまま声を上げて笑っちゃったんだ。そうしたら長谷部が困った顔で傍に来たから、ちょっと迷ったけど両手を伸ばしてみた。子供が甘えるような仕種だったから、子ども扱いしてほしくないボクとしてはちょっと抵抗があったんだけど。長谷部はさらに困った顔をしてどうしようかと視線を彷徨わせた後、ボクの手を取ってくれた。それがまた嬉しかったから、性懲りもなくまた長谷部に抱き着いたんだけど、今度は長谷部も照れながら笑ってくれたんだ。

「そうは見えないな。いや、そうは思わないな」

長谷部はボクのことをよく見ている。
ボクも長谷部のこと見てるつもりなんだけど、長谷部には敵わない。

「ふぅん?どうしてそう思うの?」

これはボクがその、『長谷部が気付いた異常』に気付いていないときに使う台詞だ。長谷部の何がすごいかって。

「お前は意地悪だな」

こうして、ボクが気付かないフリをしているのもちゃんと見抜いてくれちゃうこと。

「ふふっ、意地悪なボクは嫌い?」
「そうだな」
「え?!」

そんな……長谷部ならそんなボクも好いてくれてると思ってたのに。

「ははっ、嘘だよ、そんな顔をするな」

う、嘘……?長谷部がそんな冗談を言うなんて……いや、普通に冗談も言うしちょっとふざけたりもするんだけどね。

「長谷部は意地悪だね」

ぷいっとそっぽを向いて長谷部を困らせてやろう、なんて。

「意地悪な俺は嫌いか?」
「〜〜っ、もう、長谷部好き……」
「はははっ、俺も好きだ、乱」

全く同じ台詞で返してきた長谷部をちらと見やれば、彼は自信たっぷりにこっちを見てにやにやしていた。知り合いの本丸の長谷部さんはこういうときにあざとく上目遣いに小首を傾げて見せるから可愛くて困る、とその本丸の燭台切さんが言ってた。言ってたけど、長谷部はしないんだよねぇ。両思いになってからは、なってからどころか片思い期間もそうなかったんだけれど……たまに他の本丸の刀剣とお喋りするときに聞くような、恋刀が信じてくれない!なんてことは無い。それはもう、そんな話が嘘っぱちなんじゃないかと思える程に自信に溢れている。長谷部は自信に足るだけの努力を惜しまない。恋愛にまで適用してくるとは思ってなかったけど、長谷部が不安になって悲しむことがないならボクは嬉しい。長谷部の自信に繋がる手伝いを、ボクも出来たらなって思う。だってボクは長谷部の恋刀だからね!

「で?」
「ん?」
「話はちゃんと戻すぞ?」
「うーん、厳しいなぁ」
「俺が厳しいのは今に始まったことじゃあないだろう」
「むむ、わかった、降参するよ」

誤魔化そうとしても流されてくれないところも好きだなぁ。流されて欲しいと思うような場面が来ないことを祈るけど。

「ちょっと、ね?悩み事というか考え事があったんだ。何ていうか、答えが出ないタイプのものなんだけど」
「…………」
「うーん、言葉にしようと思うとなんか難しいな。あのさ、自分ってどのくらいだろう?」
「……どのくらい、というのは?」
「自分を一番知ってるのは自分って言うじゃない?」
「ああ」
「でも、自分が知らない自分は他人が知ってるじゃない?」
「……ふむ」

じゃあ、この場合、「自分と他人、どちらが自分を知っていると言えるのだろう」?
正直、場合によりけりだから答えは出ないと思う。
長谷部も考え込んでしまっている。この問い、疑問って知識量とかで正解を導き出すなんてものじゃないから、言ってしまえば「そう思う」答えが「正解」になると思うのだけど。うー、そうすると「自分が納得できる」のが最低ラインなのかなぁ。

「乱」
「んー?」
「またお前は難しいことを考えるな」
「ボクの趣味は難しいことを考えることだからね」
「半分嘘だろう」
「半分ホントだね」
「知ってる。この間も国永さんと話し込んでいただろう」
「鶴丸さんはボク以上にあれこれ興味があるみたいだからね」

ちなみにこういった答えが出にくい疑問や色んな事を考えることが好きな刀剣が集まって、至る所で話し合いをしている。メンバーはボクと鶴丸さん、岩融さん、前田、陸奥守さん、小夜、信濃、明石さん、髭切さん、膝丸さん、鯰尾と今のところ十振りばかり。あ、いつでもお仲間募集中だよ!最近は和泉守さんが興味を持ってくれてるみたい。

「俺が思うに、それは『自分のことなのにわからない』も含まれるんだろう?」
「もちろん」
「ふむ、ならば俺はこう考える」

「自分」を知っているのは「自分」である。何故ならば、「自分」が居なければ「他人」も「自分」を知り得ないからだ。
と、長谷部は言った。
つまりは消去法、みたいなことだろうか。うん?消去法とは違うか。如何に他人が自分を知っていると言えど、それは自分が知っているからこそ他人が知ることが出来る。そんな感じかな。

「それに、他人がどう知ったところでそれは確実ではないが、自分ならば裏付けできるだろう?」
「…………それもそっか。ふーん、ふむ、うーん……なるほど。納得」
「これでいいのか?」
「うん、はっきりというよりは雰囲気で理解したけど……『ああ、そっか』って思えたらそれが一番いい納得だよ。下手に『それ以外あり得ない』なんて思うよりよっぽどね」
「確信できる納得の方がいいんじゃないのか?」
「ふふっ、思ってもない癖に」
「ん、バレたか」

思い込みのような、『思い込まされる』ようなものよりは、『すんなり』納得できるほうがいい。そのためには、やっぱり色んなものを見て、聞いて、感じて、知っていることが大切になってくるんだけど。

「これで、解決したか?」
「うん、ありがとう、長谷部」
「なら、もういいな?」
「うん?」
「乱」
「え?えっと?」

長谷部が察しろと言わんばかりの不満顔でボクを睨み付けるんだけど、どうしようボクにはさっぱりわからない。何か約束をしてたかな、とか忘れてることがあったかなとか瞬時に記憶を漁るけど思い当たることが無い。
と、目の前に立っていた長谷部がさっとしゃがみ込んだ。しゃがんで、両手を膝の上に置いて、ちょっと困ったような表情で。

「……構ってくれ」

あざとい、上目遣いに小首傾げをかましてきた。
思わず反応できなかった。まさか、長谷部がそんな手を使ってくるなんて。

「俺だって、他所の俺やお前たちと交流はあるんだぞ?」

納得の理由だった。普通に仕入れてた。

「何やってんだ?」

そこへまさかの(本丸の廊下なのだから誰か通ってもおかしくはないのだが)和泉守さんが通りかかった。

「乱を誘惑している」

長谷部が一ミリたりとも視線を外さずに答えた。対するボクも視線を外せないし返答も出来ないのだけれど、すぐ後にいた堀川さんが顔を見せた。

「ほら、兼さん邪魔しちゃだめだよ」
「何でだ?」
「それを聞くなんて野暮ってもんだよ」

失礼しました、と堀川さんに連られて和泉守さんは目的地へ向かっていった。
次の集会では和泉守さんと堀川さんを引き入れて「他人の恋路に首を突っ込んではいけないのは何故か」をテーマに話し合うことにしよう。
それよりも。

「……乱」
「あー……えっと、ゴメン?とりあえず、抱き着いていい?」
「もちろん」

応えるその表情は、自信満々に笑っていた。




(もー、好き、大好き)
(知ってる)
(んーーーー、ありがと)
(こちらこそ?)
(ふふっ、なにそれ)
(お前と一緒にいるのは、心地がいい)
(…………そ、そっか)


End

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