藤色の付喪神

□持てるすべてで貴方を愛しましょう
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            持てるすべてで貴方を愛しましょう




その日、宗三左文字は初めて演練に参加することとなっていた。本丸発足から幾ばくか経ってから顕現された宗三は、既に顕現された刀剣たちに追い付くべくそこそこ努力はした。がむしゃらに取り組むのも、効率よく取り組むのも、何となく肌に合わないと察した当初は夜な夜な悩んだものである。すべきことを怠っては後々支障が出るものであるし、かといって急いたところで上手くいくものでもない。加減に気を付けつつ、それなりに錬度を上げるにはどうすればよいのか。誰かに相談すると言う発想に至らず、悩みに悩んだ挙げ句、悩んでいるのが馬鹿らしくなったところでなんとなく解決した。主が言っていたではないか。自分のペースで歩けばよいのだと。それで何かしら支障が出たところで、それが自分なのだ仕方がない。その時はその時で考えればよい。
さて、そんなふうに悩んでいた日々に終止符を打った宗三はそこから急激に成長した。つまるところ、うだうだと悩んでいたことで逆に何をするにも身が入らなかったのである。それが解消されたため、それはもうのびのびと刃生を謳歌し始めた。せっかく人の身を得たのだからと、手当たり次第に思い付きであれやこれやと手を出してみる。小夜左文字も江雪左文字もすぐに顕現されたため、兄弟揃ってである。まずは宗三が提案し、小夜が問題点がないか検証したのち、江雪が多少詳しく調べて判断する。が、小夜がいくつか問題点をあげたところで(例えば道具がないだとか、時間がかかるだとか)、三人寄ればと言うしそもそも時間はたっぷりある。そのため大抵のことはなんとかなった。どのくらいなんとかなったかというと、今まで却下された提案はないくらいだ。さらに、兄弟だけでなくその時その時で誰かしらを誘っているのでこの本丸はわりと刀剣たちが仲良くやっているほうである。

「宗三、始まるまで時間があるから適当に見て回ってきても構わないよ」
「そうなんですか?しかし僕だけでは」
「なら俺が案内しよう」
「お願いします」

初期刀である蜂須賀は実はあまり頼りにはならない。というのも、彼の刀は自他ともに厳しい。きちんと自分でできるように、と最初は丁寧に物事を教えるが彼ができると判断したら一切手出しはしなくなる。その線引きも見誤ることはないため本丸の刀剣たちは立派に成長している。頼りにならない、という表現は正しくはないかもしれない。必要なことはきちんと教えるなり手伝うなりしてくれるのだ。
一通りの案内を終えてそれでもまだ十分に時間は余っていた。蜂須賀は相手方の本丸に挨拶に行ったため、宗三もその辺を適当に歩いてみようかと考えてみる。それこそ、本丸にまだ顕現されていない刀剣たちもいるのだからちょっと挨拶がてら話してみるのもいいかもしれない。そうと決まれば善は急げと宗三は周囲に該当する刀剣がいないか見回してみる。

「へし切?」

見つけたのは藤色のカソックを纏ったかつての知り合いだった。多少見た目が変わっていることは少なくはない。知り合いならば話しやすいかもしれないと声をかけてみたのだが。

「貴様……喧嘩を売っているのか?」

振り向いた刀は確かによく知る彼だった。けれどもそれはもうすこぶる機嫌の悪い表情で眉間には深くしわが刻まれている。声をかけただけで何故ここまで敵視されなければならないのか、宗三も宗三で初対面でこんな対応をされればさすがに頭にくる。

「喧嘩を売っているつもりはありませんよ。貴方、声をかけられただけでそんなんじゃあ審神者も苦労するでしょうね」
「なんだと?貴様こそ大して練度は高くない。大方大事に大事に飾られて、戦に出してすら貰えんのだろう」
「おや、自分が選ばれなかったからって僻まないでくださいよ」
「ふん、勘違いも甚だしいな」
「こちらの台詞ですね」

剣呑な雰囲気に周囲が何事だとざわめき始めたところで、それぞれの本丸の刀剣が彼らを連れ戻しに来た。お互いに手が出る前だったのでよかったものの、宗三はあと少し遅ければ取っ組み合いに踏み出していた自信がある。蜂須賀に迷惑をかけたと詫びてから、消化しきれなかった苛々を持て余しつつ宗三は初めての演練に挑んだのだった。



*****



「なんてことがありましてね。まったく、気分が悪いったらないですよ」

演練ではそこそこによい成績を残すことができたが、持て余した苛々は未だ消えることなく胸の内に燻っていた。一先ず誰かに話してしまおうと思ったものの、江雪にも小夜にも話すのは気が引けて。話の分かる刀がいいだろうかと薬研と不動をお茶に誘い不満をぶちまけた。彼らは共に織田で過ごしたことがある顔見知りだ、未だ顕現されないへし切長谷部のことも知っている。

「聞いた話じゃ、個体差ってもんがあるらしい。それこそ、同じ本丸でも一振り目と二振り目でまるっきり性格が違うこともあるって話だ」
「なんだそれ。じゃあ、宗三が会ったへし切は俺らが知ってるへし切じゃないってことかよ」
「そんなところだな。顕現された状況も関係するらしい。審神者の霊力が安定していなければ、毛色の違うのが顕現されるとも聞く」
「だからって、こちらでは初対面なのにいきなり喧嘩腰できますか?ああもう!」

まだ温かいお茶を啜って少々乱暴にちゃぶ台へ叩きつける宗三を、薬研が宥める。

「あちらさんはあちらさんで何か事情があったんだろう。タイミングが悪かっただけさ」
「そういえばへし切は黒田に移ったんだったよな?確か小夜も黒田に居たんじゃなかったか?」
「ほう?なら、俺らの知らないへし切を知ってるかもな。どうせだったら俺らもちょっと聞いてみようぜ」
「え、お小夜にこの話を聞かせるんですか?」
「詳しくは話さなくても、ちょっと口論になった、とかでいいんじゃないか?」

それならばいいだろうかと宗三はさっそく小夜を連れてきて(ついでに江雪も連れてきた)、今度はお茶菓子も用意して話を再開した。
突如連れてこられた小夜は少し驚いていたけれど、へし切長谷部のことを知りたいという宗三の言葉に微笑んだ。

「ひぃさまはね」
「ひぃさま?」

しかし出だしからすでに集まった刀が一振りもついていけない。ならばと小夜は一から話し始めた。

「長谷部はね、織田から黒田に来たでしょう?黒田で、とてもとても大切にされてたんだ。何から何まで一人で何かすることはないくらい、必ず誰かが付き添って……さすがに長谷部も慣れないことで疲れちゃったみたいで、そこまでしなくていいからってお願いしたんだ。それからも、蝶よ花よと大切にはされてたけど、それまでと違って自分のことは自分でさせてもらえるようになったし、障子越しとはいえ家臣の人間たちともお話できるようになったんだ。部屋から出るときは、僕らの誰かが同伴でなければいけなかったけど、庭に出ることも出来るようになった。そうやって、長谷部が笑顔でいることが増えて、お家の人たちも笑顔でいることが増えて、長谷部は僕たちに約束したんだ。自分は黒田の家宝として、その身が朽ちるまで必ず黒田家を守って見せるって。織田で別れた刀達のことも、黒田で出会った僕たちのことも、大切な思い出だから、だから絶対に忘れないって。そう言って、すごく幸せそうに笑ったんだ」

宗三は絶句していた。だって、そんなの、知らなかった。あのへし切長谷部からはそんなこと微塵も感じ取れなかったし、織田の家で、確かに親しくはしていたけれどそれほどに思ってくれているとは思ってもみなかった。薬研も不動も、驚きを隠せていなかった。全く面識のない江雪だけは、さほど驚いてはいなかったが、話す小夜の微笑みにつられて微笑んでいた。

「薬研……」
「ああ、可能性はある」
「審神者に頼み込んでみるか?」

三振りの意見は一致していた。
へし切長谷部に会いたい。是非とも、演練で出会った長谷部でなく、小夜から聞いたようなへし切長谷部に会いたい。顕現される刀剣に個体差があり、しかもバグもあり得るとなればどのようなへし切長谷部が顕現されるかわからない。ならば最後の頼みの綱、審神者に直接話しておかなければ。鍛刀かドロップかすらわからないができれば、はやく、ひぃさまなへし切長谷部に会いたい。

「小夜、僕らも織田の家でへし切と一緒だったんです。けれど、黒田へ行ってからは元気でやっていたのかも知りませんでした。出来ればまた会いたいと思っています。ですから、僕たちと一緒に主にお願いに行きませんか?」
「鍛刀してもらうの?」
「それもいいんだけどな。顕現される刀剣には個体差ってのがあるらしい」
「個体差」
「宗三が会ったへし切はたぶん、小夜が知ってるへし切とちょっと違うんだ。また口論になるよりは、小夜が知ってるへし切に会ってみたいと俺は思う」
「ですから、個体差というものやバグというものがあまり酷くならないように、主にお願いしておきましょう」
「わかった……僕も、長谷部と宗三兄さまが喧嘩するのは嫌だ」
「仲が良いのはいいことです」

そうと決まれば話は早い。全員でまずは本丸をまわり、出会う刀剣一振り一振りに件の話をしてまわり、出陣と遠征、私用で出かけている刀剣を覗いて全振りを味方につけ(刀剣たちだってわざわざ喧嘩を見たいなんてことはない)、審神者の部屋に押しかけた。当初こそ驚き余って謀反か?俺なんかしたか?してなかったのか?何が起こってるんだどうしたんだ話し合わないかと混乱をそのまま叫んでいたが、薬研が事の次第をゆっくり説明し、鶯丸の淹れた緑茶で一息ついたところでようやっと落ち着いた。

「なるほど、話はわかった。が、俺でも、否、審神者でも、そういったことはコントロールできるとは言えない。だが頭数揃えてきてるし、俺も体調は万全に、出来る限り対策はしておこう。よっし!丁度今日は調子がいいんだ、さっそく鍛刀してみようじゃないですか!」

善は急げと言わんばかりに小夜を近侍に鍛刀を試みる。部屋に全員で待ち構えるのはへし切長谷部に酷(もはや他の刀剣が鍛刀される可能性は無視である)だということで、他の刀剣は大広間での待機となった。何故だか宗三たち以外の刀の方がそわそわと落ち着きのない様子だ。平野藤四郎は湯呑に手を伸ばしては戻してを繰り返しているし、大和守安定は座り方を変えてみたり秋田藤四郎は手を握ったり開いたり、骨喰藤四郎は本を手にしてはいるがページは一向にめくられない、と様々だ。対して宗三は縁側で日向ぼっこ、薬研は池の鯉に餌をやり、不動と燭台切光忠は大判の本を挟んでああでもないこうでもないと議論している。至っていつも通り、それこそ自由時間の過ごし方そのままである。
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