藤色の付喪神

□世話焼き三日月の第一歩
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「――、というわけで三日月さん、宜しく頼みますね」
「ふむ、あいわかった」
「弟たちのことはこの一期にお任せください」
「ああ、一期さんも、お願いします」

審神者と二振りの刀剣の話し合いが終わり、一息ついたところで障子が開いた。そこには一振りの打刀と二振りの短刀が揃って不安そうな表情で部屋の中を覗き込んでいた。




            世話焼き三日月の第一歩




「へし切長谷部、といったな。俺は三日月宗近。お前の世話係を任された」
「そうですか。できれば長谷部と呼んでください。よろしくお願いします、三日月さん」
「三日月でよい。言葉遣いも話しやすいもので構わん」
「……そうか。では、よろしく頼む……うぅん、これもこれで難しい。慣れるまで敬語で構わないでしょうか?」
「はっはっは、あいわかった」

朗らかに笑う三日月宗近とは対照的に、へし切長谷部は僅かに緊張した面持ちで佇んでいた。
顕現された刀剣男士は先に顕現された刀剣男士が教育係として本丸での過ごし方等を教えるのだと説明を受けた。ならば少しでも早くそのいろはを覚え、主の役に立とうと静かに決意した長谷部だったが、目の前の刀はゆったりとした話し方からその性格もそうなのだろうと思わせる。しかしこの三日月宗近という刀、侮ってはいけない。彼の刀は天下五剣の内の一振りで他の本丸でも喉から手が出るほどに渇望されている。何故か我が本丸には二番目に顕現されたそうだ。主は一瞬歓喜に打ち震えそして絶望に頽れたという。曰く、「レア中のレアが来たのはとてつもなく幸運だがその運の良さを今しがた使い切ってしまった気がする」だそうだ。
さて、そんなわけでこの本丸では誠に珍しい三日月宗近が教育係を務めているのだ。とはいえ、その後に顕現された一期一振(彼が顕現されて主の絶望は確固たるものになった)が弟が多いこともあって教育係を買って出たため、三日月が教育係を務めるのは長谷部だけである。

「まずは本丸の中を案内しよう。気になることがあれば都度聞いてくれて構わんが……俺にもまだ説明できないことはあるのでな、そこは容赦してくれ」
「わかりました」

「ここが大広間だ。食事や話し合いはここでするから、まずはここを覚えるといい」
「屋敷の中心、というわけではないんだな」
「ああ、主の遊び心らしい。それっぽいものは時々それを覆したくなると笑っていたぞ」
「……ふむ」

主の趣向を把握しておくのは大切なことだ。一番の家臣になるなら尚のこと、と思っていたがもしかするとこの本丸で生活するうえで必然的に大切になってくるのかもしれない。しかし長谷部は刀だ。人間が思う「それっぽい」というのが具体的にどういったことかまだわからない。わからないが、わからないならわかればいいのである。これから主のために学んでいけばいい。幸い、三日月を含め本丸には六振りの刀が在る。主のためを思えばこそ、協力し各々の能力を伸ばしていかねばならない。出来ることは出来るうちにしておくべきだ。万が一協力を得られないならその時に別の方法を考えればいいのである。

「厨はここだ。俺たちは刀だがこうして人の身を得た今、大体は人間と同じように行動する必要がある。だが例外として、出陣の際の傷は手入部屋にて癒すことが出来る。重要なのは、人と同じように病にかかることもあるが、戦以外で傷を負った場合は手入部屋では癒せないということだ」
「なるほど」
「つまりは人間のように健康を意識して生活せねばならん」
「健康、か。よもや刀がそんなことを気にするようになるとは」
「はっはっは、長生きはしてみるものだな」
「言ってみれば似通ってはいる、のか。しかし長生きというのは……どうでしょうね」
「…………」
「三日月さん?」
「ん?いや、そうか……長谷部、お前はそう思うか」

すっと目を細めた三日月に疑問を持ったが、次に言われた言葉にさらに疑問が深まる。「そう」とはどういうことなのか。何と答えればいいのかわからず首を傾げれば、三日月は気にしたふうでもなくふっと微笑んだ。

「考え方はそれぞれ違うということだ。時代や環境も影響するだろうがな」
「…………そうですか。あの」
「うん?」
「不快にさせてしまいましたか?」
「はっはっは、否そんなことはない。お前は優しいな」
「優しい、ですか?」
「なに、俺が今、そう思っただけのことだ。気にするな」

三日月はそう言って楽しそうに笑った。真剣に考えていただけに、長谷部は拍子抜けしてしまったが当の三日月は全く気にしていない。

「さて、長谷部。突然だがな」
「はい」
「面白い遊びを思いついたぞ」
「はい?」
「これからすべて声に出していこう。モノローグは無しだ」
「?それはどういう」
「例えば、物語を読むときにナレーションが入るだろう?あれもすべて状況などわかるように台詞にしてしまおうということだ」
「ナレーション、というのは何ですか?」
「うん?ああ、長谷部はまだ来たばかりだったな。そうさな、昔ばなしでもするときに『昔々、あるところに』とか『突如黒い雲に覆われた空から』なんて文章が入るだろう。ああいったもののことだ」
「……仰ることはなんとなく、わかりましたけど……それをする意味は」
「ないな。と言いたいところだが早い話がこれを書いているものの手助けだ」
「ああ、さっきからおかしな気配がするのはそれが原因でしたか」
「世話をされるのは好きだが、何も俺が世話をできないわけではないからな。それどころか山姥切国広には世話を焼くなと怒鳴られたことがあるぞ」
「ど……え?あの切国さんが?」
「はっはっは、なかなか楽しかったぞ。そんな訳でそやつの世話も焼いてやろう。なに、ものを覚えるには声に出すことも効果的だ。さらに付け加えるなら自分の気分を自覚することも出来れば状況確認もしやすい。どうだ?」
「仰る通りなら俺にとっては願ってもないことですが……そんなに長く続けるんですか?」
「せっかくだから主も巻き込んで皆で楽しむとしよう。なに、完璧にこなさなければならないなんてことはない。遊びだと言っただろう?楽しめればそれでよいのだ」
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