藤色の付喪神

□いずれ散る
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審神者は悩んでいた。否、悩んでいる。
些細とは言えなくなってきたこの問題を如何にして解決すればいいのかと、最近はそればかりに気をとられている。刀剣たちからも心配されているが、この問題は長引かせてよい類いでないのは確かだ。しかしすぐに解決できるものでもない。
歌うプログラムであるKAITOと刀の付喪神であるへし切長谷部、この二人の不仲の原因は審神者なのである。


    いずれ散る



数ある本丸のうち、ボーカロイドがいる本丸はそう多くはない。彼らが戦場に赴くことはないので、もちろん歌うために存在する。とはいえ、刀剣たちに何かしら影響を与えることはなく、単に審神者の希望に添っただけである。端末にプログラムをインストールし、マスター情報を設定すれば彼らは実体化することができる。実体化と言ってもそれはボーカロイドが調整する。ホログラムのようにそこにいるけれど触れられない、アンドロイドのようにそこにいるから触れられる、というモード(見た目は変わらない)をボーカロイド自身が切り替えることが出来るのである。技術の発達により従来よりも様々な制約が増えてはいるが、すべてプログラムの一部としてインストールされているため人間に害を及ぼさないとされている。
さて、この本丸にもボーカロイドがいる。青年型の男性タイプ、名をKAITOという。審神者はもともと彼のマスターとして、趣味の範囲ではあるが歌を作りそれをKAITOに歌わせていた。KAITOはボーカロイドのなかでも生産数が少なく、そして比較的マスターに懐く傾向があるという。インストールされマスターと過ごしていく中で人格を形成していく彼らは、マスターによってその性格が異なる。マスターを慕うようにプログラムされているものの、過程によっては反抗的な性格になるものも少なくはない。それに加えカスタムもできるのだから十人十色だ。そしてこの本丸にいるKAITOも、マスターに懐いていた。それはもう随分と。

「マスター、起きてください、朝ですよ」
「んー……カイト、あと5分……」
「駄目です、今日はお出かけされるんでしょう?遅れちゃいますよ」
「あー、そうだった、起きる」

カイトの朝はマスターを起こすことから始まる。ちなみに彼には睡眠は必要ないが眠ることもある。実体化していることもあれば端末の中に戻っていることもある。いずれにせよ、セットしたタイマーの合図でカイトはマスターを起こすのである。

「朝ごはん何かなー」
「食べたいものがあれば僕が作りますよ?」
「俺だけじゃないし、また今度な」
「残念です」

カイトと並んで広間まで歩けば、いち早く気付いたへし切長谷部が立ちあがる。

「主、おはようございます」
「おはよう、長谷部」

一瞬睨んだのはいつものことだ。カイトも、長谷部も、お互いを敵視している。
マスター、と慕うカイトと主、と慕う長谷部。どちらも自分こそが一番だと思っている。だからこそ長谷部はいつも主にくっついているカイトが気に入らないし、カイトはことあるごとにマスターの傍に居ようとする長谷部が気に入らない。初対面はもちろん穏やかに挨拶を交わせていた。上辺だけかもしれないが。どちらが突っかかっていたのかなど誰も覚えていない。ある意味予想できたであろう事態が、起こるべくして起こったとしか言いようがなかった。
カイトの歌声はそれなりに響く。もちろん、調整用にと審神者の私室は防音加工されているし、カイトもむやみやたらと歌い歩くことはしない。その気になれば本丸の敷地中にその声を轟かせることが出来るのはマスターとカイトしか知らない。声の大きさを調整することなど造作もなし、庭へ出れば屋内へはうるさいほどには響かない。だから、マスターに「たまには外でのびのび歌って見せてくれ」と言われたカイトが歌うさまを見た刀剣たちに、たびたび歌をねだられることもある。子守歌を歌って聞かせることもあるくらいだ。刀剣たちにも好評だった。あちらこちらで歌が聞こえるほどに。そう、人の身を得た彼らなら歌うことも出来るのだ。主の一番でありたいと考える長谷部がこれを見逃すはずがなかった。主は音楽がお好きなのだと考え「俺も歌えます。主はどのような歌がお好みですか」と問いかけた。事実長谷部も歌は上手かった。そうすると面白くないのはカイトの方である。歌うために存在するボーカロイド。それなのにそれが揺らぐとなればいい気はしない。「マスターの歌を歌うのは僕です」と不機嫌さを露わにしたカイトに、雲行きが怪しいと思ったときにはすでに遅く、長谷部との言い合いが始まる。

「俺だって主のために歌える。お前である必要はない」
「ずっとマスターの歌を歌ってきた僕にそんなこと言えるなんて、どうかしてますね」
「歌うしか能のないお前よりも、俺の方が主のお役に立てる」
「僕が?歌うしか出来ない?笑わせないでください。マスターのお世話もここの仕事だって出来ます」
「だがお前は出陣出来ない。主のために敵を屠ることが出来ない」
「それはマスターには必要のないことです。マスターをお守りするぐらい僕でもできます。貴方こそ、刀を振るうしか能がないです」
「貴様……言わせておけば」
「こちらの台詞です」

力で勝負となれば長谷部に分がある。そんな勘違いをするなかれ、ボーカロイドにも自衛のためにそれなりに力もあれば護身術も使える。
加えて、彼にはモードを切り替えて触れられないようにすることも出来るのだ。もっとも、そのモードは日頃使うことは滅多にないのだが。
ならば実体化したまま取っ組み合いが始まるかもしれない。これはまずいと一期に手伝ってもらって、彼はなんとか収拾を付けたのだった。喧嘩はよくないとその場でそれぞれに言い聞かせたものの、一体と一振りの仲がよくなることはなかった。

「「いってらっしゃい/ませ、マスター/主」」

笑顔で見送りをされて、微笑ましいはずなのに、向けられる笑顔もちゃんと笑っているのに気が気ではない。自分の不在中に悪いことが起こりませんようにと祈りながら審神者は門をくぐった。
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