藤色の付喪神

□ふたりきり
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 本丸の端、にぎやかさが遠退いていくにつれ、目的の部屋が段々と近付いてくる。
 今夜は特に約束もしていなければ連絡もしていない。それでも愛してもらえるだろうか。そもそもあいつが部屋にいるかどうかもわからない。期待と不安を胸に抱きつつ廊下を歩いて行けば、明かりの点いた部屋が見えてきた。よかった、部屋にはいるようだ。問題はここからだが、上手く誘えるだろうか。

「宗三」

 小さく声を掛ければ障子に影が映った。すっと開いた障子を横目に腕を引かれ、半ば強制的に部屋へと入る。

「っ、危ないだろう」
「これくらい、なんてことないでしょう長谷部」

 深緑の着流しに身を包んだ宗三はこともなげにそう言い捨てて、障子を閉めて定位置へと腰を下ろした。布団が敷いてあるから風呂上がりなのだろうことが窺える。いつも結われている髪も下ろされ、就寝前だったようだ。

「空色、というよりは勿忘草色ですか?」
「さあな。俺はそこまで詳しくないしこだわりもない」
「悪いわけではないですけれどね、あまり淡い色ばかり選ばないでください」

 宗三が両手を開いたことで、長谷部は安心してその腕の中へとすり寄った。寒い廊下から温かい室内へ入ったが、人肌が与えてくれる温もりは心地がいい。

「ふわふわと、まるで消えてしまいそうなほど希薄に見えます」
「俺はここにいるぞ?」
「知っていますよ、僕の長谷部。貴方は僕と一緒にいるんです」
「ん、お前も、俺と一緒にいるんだ」
「約束ですよ。ところで」

 ぎゅっと抱き締められた幸福感にうっとりしている長谷部の髪を、頬を、宗三の白い手がするりするりと撫でていく。その動きは楽しむようでもあり、確かめるようでもある。

「今夜は、どうしてここに?」
「…………」
「長谷部?」

 いざとなると誘い文句を口にするのは羞恥が邪魔をする。けれどもここでちゃんと伝えなければ抱いてもらえないかもしれない。欲と理性が葛藤すれど、そもそもここへ来たのは宗三に抱いてもらうためだ。欲へと傾いたところで、宗三の手付きも加えさらに気分が高まっていく。

「その、あの、だから……あいして」

 顔を見て言うのはとても無理で、袖を引きながら愛してと乞う長谷部の意地らしさに宗三はふっと笑う。けれどもその顔はどこか寂しそうに歪められ、宗三は両手で長谷部の顔を上げさせる。そして目を合わせてこう言った。

「長谷部、僕は貴方を愛しています。かように誘ってくれるのは嬉しいですけれど、そんなふうに言うのはやめてくださいな」
「う?ん、悪かった…………あの?」
「さ、もう一度どうぞ」
「え」
「僕はこのまま共寝するだけでも構いませんよ」
「……意地が悪い」
「そんなところも好きでしょう?」
「……言わせるな」
「言葉にするのも大切ですよ。ほら」

 こんなにも色づいた目をして。その気になるでしょう。

「っ、お、まえ……ぅ、そうざ、その、抱いてくれ」
「喜んで」
「あ」

 一瞬後には柔らかな布団に背を預け、目を細めた宗三の向こうに天井が見えていた。

「貴方がわざわざ閨に誘ってくれたんです、その気にならない筈がないでしょう」






 始まりの合図に口づけを。なんて、夜でなくとも口づけを交わすのに宗三は揶揄うようにそう零して、指で長谷部の唇をなぞった後にゆっくりと口付けた。冷たいとも温かいともいえない、柔らかな感触を普段よりも長く味わって。
 はぁ、と吐き出した息は色を秘め、宗三の気分を高揚させる。温かい室内とはいえ、冷たいままだった長谷部の身体が内からじんわりと熱を帯びていく。宗三の左手は長谷部の頬を撫で、長谷部はそれを恍惚の表情で受け入れる。足を絡ませないまでも触れ合いを楽しむように互いに寄せ合って、右手は長谷部の首を、胸を、腹を、腰をゆっくりと愛撫する。

「ん、んん、ふ、ぁ……そうざ」
「夜は長いんです。楽しみましょう?」
「んぅ」

 頬に触れる宗三の左手を、まるで抱き締めるように長谷部は両手で包み込む。まだ前戯だというのに、長谷部の顔は熱に浮かされたように頬を染め、煽られた宗三も息を荒くしていく。
 おもむろに宗三も横たわり、長谷部を向かい合うように転がす。長谷部の着流しをはだけさせ、先よりもぐっと近くその身体を抱き寄せて宗三は長谷部の背を撫で始める。背骨に沿ようにゆっくり、時には触れるか触れないかの加減で何度も何度もその手を動かす。手を、指を動かすたびに長谷部の口から息が零れていく。触れるたびに小さく身じろぎしつつも、喜んでいるとわかる様子に宗三は笑みを深くする。右手はそのままに左手を長谷部の頭の下を通して、うなじをすりすりとさすってやれば息は声へと変わる。

「あっ、ぁ、う、ん、は、ぁぁ……」
「本当、愛らしく啼きますね」
「ぅ、ぅぅ……」
「責めているんじゃありません。もっと、聞かせて、僕だけに」

 背骨を伝って尻を撫で、性器に触れる。溢れる欲に気を良くした宗三は、再び長谷部に口づける。

「こんなに垂らして……ねぇ、気持ちいい?」
「んんっ、い、いぃ、は、ぁう、そうざぁ」
「僕のも、触って」
「ん、わかった……」

 長谷部はおずおずと宗三の着流しを払って、その性器へと手を伸ばす。最初は拙かった手の動きも、段々と慣れたものへと変わっていく。羞恥と闘っていたのはいつのことか、熱を高められ淫らな思考に染まっている長谷部はいつもの閨の長谷部そのものだ。

「昼は淑女、夜は娼婦とは……よく言ったものですね」

 宗三に性器を扱かれ、自身も宗三の性器を扱きながら、長谷部は声を抑えながらけれど耐え切れずに時折声を漏らしつつ喘ぐ。先端をくるくると刺激してやれば漏れる声はやや大きく色を多く含む。絶えず涎を垂らし続ける長谷部の性器はてらてらと光る。長谷部の両足が震え、耐え切れないと言ったようにぎゅっと目を閉じたところで宗三はその手を離してしまった。

「ぁ、なんで、そ、ざ、もう」
「それではこちらが寂しいでしょう?」

 いつの間に用意したのか、潤滑油を長谷部の後孔に馴染ませながら宗三はにこにこと微笑みかける。その表情に見惚れた長谷部は無意識のうちに後ろを締め付ける。それを指で感じ取った宗三は心を躍らせながら長谷部に口づける。

「ちょーだい」

 幼い口調で長谷部は宗三に強請る。それに応えるように宗三は長谷部に覆いかぶさると、両足を開かせ自身の性器を長谷部の後孔へと擦り付けた。

「あっ、ん、んぅー」
「そんなに焦らないでくださいよ。ほら、挿れます、よ!」
「あ、んっ、っ!!!」

 ゆらゆらと腰を揺らし早く早くと急く長谷部の腰を掴み、宗三はぐっと腰を打ち付ける。一気に挿入されて長谷部は喘ぎ声を押し殺し、求めていた感覚を逃すまいと味わう。

「長谷部、これが好きでしょう?」
「は、ぁぁあっ、すき、すきぃ……あんっ」

 最初に腰を打ち付けたきり、宗三はぴたりと長谷部に寄り添い大きく動こうとはしない。時折小さくナカをかき混ぜるように動かすと、長谷部はうっとりした喘ぎの中に歓喜の声を織り交ぜる。動きを止めた宗三に微笑んで、長谷部は両手を伸ばし宗三へ抱き着いた。耳元で囁くように小さな喘ぎが、さらに宗三を侵食していく。ただでさえ、長谷部の興奮状態を表すように後孔はヒクついて、きゅうきゅうと締め付けて、熱く絡みついてくるというのに。

「熱い、ですね。そんなに食いつかなくても、ちゃんとあげますよ」
「んん……ぁう、んー……きもちい、そうざ……あ、あん……んんっ」
「ほら、これとか」
「あっあああああっっ!」

 ずるずると、煽るように性器を抜いてぎりぎりのところで留まる。面白いように長谷部は喘ぐが、すぐに泣きそうに顔を歪めていく。

「や、抜かないで、そうざ、そうざ、いじわるしないでっ」
「愛しい長谷部。意地悪なんてしませんよ」
「んんんんんっ、んあ、あ、ああぁぁああっ」

 抜いた時と同じように、ゆっくりと性器を挿入する。奥まで、その存在を思い知らせるように。ついでにこつこつと突いてあげれば長谷部の身体は快楽に跳ねる。いやいやと頭をふるのも快楽に酔いしれている証だ。
 挿入したまま、抱えていた足を下ろして両の手を長谷部の胸へと這わせる。熱を分け与えるようにじわりじわりと胸全体を覆うように触れる。乳首ごと揉むように手を動かせば、長谷部は声を漏らしながら後ろをきゅうと締め付けた。胸を掴んだまま器用に指先で乳首を撫でまわす。反対の乳首に顔を寄せ、下でねっとりと舐め上げる。広く舐め上げた後に、舌先で突き、くるくると弄んで最後には歯で甘噛みしてやれば長谷部の腰が跳ね、後ろはさらに強く締まる。ちらりと長谷部を見れば、既に熱に溶かされ焦点の合わない目で宙を見つめている。
 繰り返し繰り返し、胸を愛撫し鎖骨を舐め上げ、首に唇を寄せ耳を甘噛みし、息を吹きかけて長谷部の身体を抱き上げる。とろとろに溶かした身体はあまり力が入らないようで、宗三は簡単に長谷部を抱き抱える。座位の形をとったことで宗三の性器がさらに長谷部の奥へと入り込む。

「ああっ、ぁ、う、あん、ふか、ぃぃい、ん、んん、ん」

 ゆるくナカを突き上げながら背をすーっと撫で上げる。再び跳ねた長谷部を、溢れる愛しさゆえに抱き締めて口付けて、高みへ昇らんと背を撫でる手付きをよりいやらしく動かす。
 ナカの締め付けが段々と強くなりさらに熱く離すまいと宗三へ絡みつく。やがて揺さぶられていた長谷部が宗三へ口づけを強請った。これが長谷部が達するときの合図だ。

「どうぞ、おいで」

 まるで許しを請うように口づける長谷部が愛しくてたまらない。褒美の代わりにそのままゆるく突き上げれば長谷部はひときわ大きく啼いて絶頂を迎えた。

「全身で愛させてくれる貴方が、大好きですよ長谷部」

 息を整えようとぐったりする長谷部の身体は快楽の余韻に包まれて動けない。けれどもヒクつく後孔は宗三の性器が未だ固く達していないことを長谷部に突きつける。

「もう少し、付き合ってくださいね」
「あ、そうざ、まって、まだ、あ、あああああああっ、だ、だめええっ、んんんんんっ、ん、う、んんんぅっ、あ、ああっあんっや、ひ、ひゃうっ、あ、あ、ぁあっ」
「ん、くっ」
「あああああああああああああああああっ!!」

 達した長谷部の身体に負担がかからないようにと、宗三はいつも大きく激しく動いて絶頂を引き寄せる。それでも長谷部に全く負担をかけないことは不可能で、最後にはこうして彼の目から涙が零れてしまう。最中に潤むことはあれど、長谷部が泣くことはない。決まって、宗三が達するために強い快楽を一気に与えた時だけだ。熱い精液を内側にかけられる感覚に、長谷部は宗三が達したことを悟る。そしていつもこう言うのだ。

「は、あ、ぁ、そうざ、あ、すき、すきだ」
「ええ、僕も、すきですよ、はせべ」

 素早く、けれども余韻を残すように後処理を済ませてしまえば、褥に横たわる恋刀との至福の時間が訪れる。疲れただろうに、長谷部はいつでも起きて宗三が来るのを待っている。

「悪い、いつも」
「気にしなくていいですよ。当然のことです」
「ありがと」
「どういたしまして」

 ちゅっ、と触れ合う唇を舌で舐めれば、応えるように長谷部も舌を絡める。抱き合って口を吸い合って、ひとしきり余韻を楽しんだ後は迫る睡魔に身を委ねるだけ。

「おやすみなさい、はせべ」
「おやすみ、そうざ」

 何も臆することはない。目が覚めたとき、真っ先に愛しい刀が目に映るのだから。





End

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