藤色の付喪神

□唯一の理解者
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「俺は、貴方ともっと話がしたい」





     唯一の理解者




「…………」
「…………」

 正直、俺の写しである山姥切国広に対して思うところがないと言えば嘘になるだろう。しかし、彼を見ていればわかる。あの子は、「山姥切」と呼ばれてはいるものの、「山姥切」と認識されてはいるものの、それを是としていない。あくまで「山姥切の写しである」と、「堀川国広の最高傑作」であるのだと、そう己を称している。何もあの子が望んで、「山姥切」の名を己がものにしたわけではないのだ。
 解っている。きちんと理解している。だって知っている。離れていても、噂と同じく話は人の子の口を伝って俺の元へも届いていた。詳細まではわからずとも、あの子の本質が変わっていないことはちゃんと知っていた。それなのに、俺の中には黒いもやもやとした何かがとぐろを巻いている。こんなもの、俺のうちにあるなど耐えられないのに、消えてくれない。あの子は修行も終えて、己ときちんと向き合い成長してこの本丸に戻ってきたというのに。それなのに、本歌である俺がこの有様では……端的に言って合わせる顔がない。
 認めたくないものを己が内に認めてから、あの子は俺と話したそうにしているのをのらりくらりと避けてきた。初めの内こそ、本丸に慣れるためだの割り振られた仕事が忙しいだので逃げを打てたが、それもすぐに使えない言い訳となってしまった。これでも優秀な部類だし、他の刀剣たちと違って苦手分野も少ない。そもそも本丸に来てまだ日が浅いのに、難しい仕事を割り振るほどここの審神者も考えなしではない。
 さて、そんなこんなでついに俺は山姥切国広に捕まってしまった。ああ、どうやって逃げればいい?どうすれば、あの子にこんな醜いものを知られずに済む?考えたところで良い策は浮かばないし、通りかかって助けてくれるような刀もいない。手詰まりだ。それに何より、この子はもう「逃がさない」という目をしている。

「本歌」
「……何か用かな? 偽物君」
「何故」
「…………」
「何故、そんな呼び方をする?」

 ああ、嫌だ。そんなことを言いたいんじゃない。違う、違う……俺は、また、あの頃みたいに。

「もう、あの頃みたいに呼んではくれないのか?」

そっと、遠慮がちに掴まれた裾が視界に入る。「あの頃みたいに」と紡がれたのは俺の声ではなくあの子の声だ。蘇ったのは在りし日の思い出。本歌、本歌と俺を呼び、後ろを付いてくる愛しい子。国広、国広と呼びあの子をこの腕に抱き上げた。覚えている。だって嬉しかった、あの子と出会えたことが。あの子が生まれてきたことが。何一つ忘れてなどいるものか。大切な記憶、大切な思い出。

「……国広」
「!」

本歌。
思わず零れたその名前に、国広はとても、とても嬉しそうに笑った。
ああ、覚えている。何も変わらない、この子はあの頃のまま俺の愛しい写しの子。

「おいで、国広」
「本歌!」

なんだ、何も心配は要らなかった。この子はこんなにも立派に成長した。俺が思い悩むことなど、何も無かったのだ。どことなく羞恥に負けて、おずおずと広げたこの両の腕に、国広は満面の笑みで飛び込んできた。あの頃よりも大きな体で、あの頃よりも頼もしくなった姿で。

「……心配した」
「心配?」
「演練とか、主の話を聞いたから。他所の本丸では、俺たちは揉めているのだと。もしかしたら、ここでもそうなのかもしれないと」

 この子も悩んでいたのか。しかし他の本丸でそこまで拗れているとは思ってもいなかった。確かに俺は今の今まで悩みに悩んでいたけれど、こうして話してみれば問題など無かったようなものだというのに。

「貴方が、俺を突き放してしまうんじゃないかと思うと、怖かった。でも、こうして同じ本丸で再び会えたのにまた離れ離れなのはもっと嫌だった」
「……悪かった。お前のことを、ちゃんと考えていなかったな。大丈夫、大丈夫だ。もう、こわいことは無い。俺も少し、悩んでいただけだ」
「本歌も?」
「ああ。でももう解決した。だから、お前の心配するようなことは何もない」

何度も何度も、頭を撫でる。俺とは違う彩の、さらさらとした髪を。ぐりぐりとひっついてくるこの子がこれ以上ないほどに愛おしくて仕方がない。

「俺は、貴方がいてこその俺だ。本歌があってこその写しだ」
「わかっているよ」
「俺は山姥切の写しであって、山姥切じゃない。それは本歌である貴方だから」
「ああ」
「俺が初期刀として顕現されたせいで、俺は山姥切と呼ばれているけれど、主も皆も、山姥切が貴方であるとちゃんとわかっているから、だから」
「国広、大丈夫。大丈夫だ。ちゃんとわかっているよ。俺を誰だと思っているんだい?本歌、山姥切長義だ。それに俺は監査官として、お前のことを見ていた」

 ちゃんと見ていた。長らく離れていて、ようやっと会えるかと思いきやそれは叶わず。あの子は初期刀として本丸に配属され、俺は政府で監査官として顕現された。ちゃんと見ていた。少しばかり、記憶に引きずられてお節介なほどに心配して眠れぬ夜を過ごしたこともあった。目を見張るほどに凄まじい勢いで成長していく己が写しを、羨ましくも誇りに思った。いつの間にああも卑屈になっていたのか驚いたけれど、練度を上げ、修行で己と向き合い、さらに頼もしくなって帰ってきた。嬉しく思いこそすれ、妬むようなことは無かったというのに。自分があの子の傍に居られなかった寂しさを、あの子への妬みへ変えてしまうなど、なんと愚かなことか。

「それに、初期刀である俺は確かに主に『選ばれた』刀だ。でも、貴方は!主に『望まれた』刀だ!」
「……望まれた?」
「貴方だけじゃない、他にも主に望まれて顕現された刀は少なくない。でも!初期刀である俺が顕現してから、誰もが俺を『綺麗だ』『美しい』と称した。



『山姥切国広、なんて美しい』
『こんなにも綺麗な刀が我が本丸の初期刀』
『流石は堀川国広の最高傑作』


『写し?ならば本歌があると……!』
『本歌山姥切を模して打たれたなら、本歌はこの美しさのさらに上をゆくと?』
『いつ本歌も顕現されるだろうか』



俺が『山姥切の写し』だとわかれば、『写しでこれほどならばその本歌はもっと素晴らしいに違いない』と、誰もが貴方を望んだ。貴方は、俺が顕現されてからずっと望まれていた」

望まれていた……俺が。この子が選ばれたことに、嫉妬していた俺が。ちゃんと見ていたのに、見えないふりをしていたのか。重ねて愚かだな。この子はこんなにも――

「そうか……国広、俺の写し……こんなにも立派に成長した。その過程を、俺は知っている。自慢の写しだ。流石は堀川国広の最高傑作だ」
「ほ、本歌……!」

照れているのかぽぽぽと赤く染まっていく様にくすっと笑いを零しながら、一層強く抱き締めた。なんて愛しい、俺の写しの子。

「言うまでもないと思うが、お前はこの山姥切長義の写しにして堀川国広の最高傑作。その誇りを忘れるな」
「〜〜ッ!!もちろんだ!!」
「おや、国広、泣いているのか?」
「な、泣いてないっ!ない……う、ぐすっ、ほんかぁ〜」
「はははっ、変わらないなぁ……よしよし」

ぽろぽろと零れ落ちた涙が次第に幾筋も頬を伝って俺の胸元を濡らしてゆく。本格的に泣き出した国広は、安心したのか幼子の様にわんわん泣いて、それがまた俺を安心させるから。嬉しくて緩む頬を自覚しながら、腕の中の愛し子をあやしていく。
国広の泣き声を聞きつけた刀達がなんだなんだと駆けつけてくるが、一見して皆一様に微笑むものだから、この本丸の有り様が伺える。この子がこの本丸に顕現されてよかった。いくらか後でやってきた堀川国広と山伏国広も、一緒になって国広を撫であやす。その頃には国広もだいぶん落ち着いてきて、けれども涙はまだとめどなく流れ落ちて。少し恥ずかしそうに、赤くなった目元を隠すように俺にしがみついた。ふと顔を上げれば、件の二振りが優しい顔で俺に微笑みかけた。それだけでわかってしまう、この子がどれほど愛されてきたのかが。ああよかった、本当によかった。そう思った瞬間、視界がうっすらぼやけていく。ぽろ、ぽろと涙が落ちていく。泣いている。そうだ、人間は、悲しいときだけでなく嬉しいときにも泣くのだと、主が言っていた。

「本歌?泣いているのか?どこか痛いのか?お、俺が」
「ありがとう、俺のもとへ生まれてきてくれて」
「う?」
「嬉し泣きというやつさ」
「そ、そうか……本歌」
「うん?」
「あ、と、その……ただいま」

か細い声で、赤くなっている顔をさらに赤くして贈られた言葉を、俺はずっと待っていたのかもしれない。


「おかえり」




End

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