アイス

□気持ちを込めて
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気持ちを込めて



「♪〜♪〜♪」

そっと部屋に入ると、カイトが歌いながら洗濯物を畳んでいた。
カイトが来てから数ヶ月。初めこそアンドロイドという科学の進歩に驚きはしたが、普通に家族みたいな感じで接して行こうと我が家のルールを作り、今では立派な家族だ。俺は正直、DTMやらはサッパリだ。けど、動画サイトで知って、店で説明を受けてみると、打ち込まずに歌わせることも出来るという。ちなみにその方法は、歌を聞かせ、口頭で指示をするだけという、実に簡単な方法だ。ただし、きちんと指示しないと、聞かせただけでは歌えないらしい。まぁ、そんな訳で、俺にも出来るならと新品なのに人気がないせいで値下げされていたKAITOをお買い上げしたという訳だ。
簡単な童謡を歌わせてみたが、そりゃあもう声がピッタリだった。これぞ歌のお兄さんだ。短い曲だったが、歌い終わった後なんか初めて歌わせたわけだからちょっと感動してしまった。
さて、そんなこんなで今では動画サイトに上がってる曲を歌わせたり、簡単に作曲したものを歌わせたりしている。作曲と言っても、大層なものじゃなく、本当に簡単に、だ。
数ヶ月もすれば俺の指示も手慣れたもので、最初の頃に比べて結構上達した。カイトも楽しそうに歌ってくれている。
今もこの前調整した曲を歌っている。あ、今間違えた。ボーカロイドといえど、こうしてたまには間違えたりするらしい。店員の説明では、そうそう無いということだから、結構貴重だ。
食べ終わったアイスのカップを捨てるついでにカイトを見ると、間違えたことに驚いたのか固まっている。すぐに間違えたところから歌い始めたが、俺がいることに気付いた。

「マスター!?」
「上手くなったな。さっき歌詞間違ってたけど」
「あぅ……聴いてたんですか…ってあぁぁあ!!」
「なんだ?!」

カイトがいきなり大声を出したので思わずカップを落としてしまった。

「それ!最後の一個だったのにっ!!」
「え?あ…」

カイトが指差したのは今落としたカップだった。そういえばひとつしか入ってなかったような……

「これが終ったら食べようと思ってたのに……何で食べちゃったんですか!」
「いや、何でって……食べたくなったから?」
「首傾げても駄目です!ぅぅっ…楽しみにしてたのに……」

カイトが一気に沈んだ。
どうする?
新しいアイス買ってくるか?でもこの沈みようだとそれで機嫌は直らない気がする……
むぅ、どうしよう……
……あ、そうだ。

「カイト、ちょっと出てくる!」

思い付いた解決策を実行すべく、俺はスーパーへと走った。もちろん財布を忘れるなんてヘマはしてない。


******


どうしよう…
マスターが出て行った。
俺がアイスぐらいでごねるから……
怒ったのかな。でも、怒ってるようには見えなかった…と思う。
うぅ…マスターは家族みたいにって言うけど、俺はマスターに迷惑を掛けたくない。今までも何度かこんなことがあった。俺がマスターを困らせてしまったこと。
たしか…最初は、料理を失敗してしまった。あの時はまだ家族みたいにって出来なかったから、マスターに申し訳なくて泣きながら謝った。次は…マスターが指示してくれた部分がなかなか歌えなくて、どうして、って一人で泣いてた。そしたらマスターが慰めに来てくれたんだっけ。それが嬉しくてまた泣いて、泣き虫だなって言いながら、俺が泣きやむまでそばにいてくれた。その後が、マスターが一週間程家を空けるときがあって、不安と寂しさで沈んでいた。
心配をかけまいと、笑顔で行ってらっしゃいを言ったけど……マスターが見えなくなった途端不安が押し寄せて来た。
お掃除とかで気を紛らわそうとしたけど駄目で、食欲が無かったから、マスターがいない間エネルギーは電力のみ。歌の練習をしてみたけど、なんだか虚しくなってやめた。哀しい歌ばかり歌っていたことに気付いて一層哀しくなった。マスターが帰ってきた時なんて、思わず玄関まで走って抱き付いてしまった。マスターは驚きながらも頭を撫でてくれたけど、そこで我に返った俺は真っ赤になって謝った。ちなみにそのあと、冷蔵庫の中身が減ってないしキッチンも使った形跡がないしで、ちゃんとご飯をたべろ!とマスターに怒られてしまった。
で、今回。マスターにアイスを食べられて拗ねてしまった。そしたらマスターはどこかに行ってしまった。
やっぱり怒らせたんだろうか。どうしよう。もう要らないなんて、言われたら……
こんな、マスターに迷惑ばかり掛けているボーカロイドなんか……
アンインストール
……ッ!嫌だ。せっかくマスターが俺を選んでくれたのに。マスターが好きなもの作れるように、料理の練習だってしたのに。
マスターとの時間は、とても温かいものだったのに。
それらを忘れるなんて、嫌だ!
いつの間にか俺はパソコンの前にいた。真っ黒な画面に映った俺は、怯えた顔をしていた。力なく座り込んで、どうやってマスターに謝ろうか考える。
ごめんなさいって謝って……どうしよう。いつもマスターが助けてくれたから…どうしたらいいのかわからない。マスターは優しいけど、その優しさにいつまでも甘えてちゃいけない。
でも……

「ただいまー!」

マスターが帰って来た!!
どうしよう!


*******


「ただいまー!」

急いでキッチンへ行くと、出掛ける前にいたカイトはいなかった。部屋にいるのか?と思いながら、テキパキ準備を進める。こんな時のために調べておいて良かった!時間が掛かるのは固めるときだけだ。冷凍庫に入れてしまえば二時間ほっておいて大丈夫だ。よし。カイトを探そう。あの分だとまたネガティブに陥ってそうだ。
中古のボーカロイドはネガティブ思考になりやすいと聞いたことがあるが、カイトは新品だ。最初は何故?とおもっていたが…まぁ、個性があるんだろう。時々そうなるくらいで、日頃は普通だ。そりゃあもう可愛い。
可愛い過ぎて理性が崩れそうになることもあるくらいだ。……おい、こいつ大丈夫か、とか思ったやつ。言っておくが俺はノーマルだ。断じてソッチ系じゃない。それにうちのカイトは可愛いんだ。見りゃわかる。見せてやんないけどな。
おっと、着いたか。

「カイトー?いるのか?」

ドアを開けると、カイトが怯えた目でこちらを見ていた。やっぱりな。
これ以上悪化させないように俺からは近付かない。あ、うちのやり方だから、正しいかは知らないぞ。

「カイト?」

呼び掛けると、立ち上がろうとしてまた座り込む。

「カーイートー」

よろよろしながら俺のもとまで来た。遠慮がちに俺の袖を掴んでいるが、恐らく無意識だ。いちいち可愛い。

「カイト、ただいま」
「……おかえりなさい」
「言っておくが俺は怒ってないぞ?」
「でも…」
「俺がカイトのアイス食べちゃったんだから、俺が悪い。ごめんな」
「そんなっ!マスターは悪くないです!俺はマスターの所有物だから」
「カイト」
「!!…ごめんなさい」

カイトはネガティブに陥ると、自分をマスターである俺の所有物だと考えることがある。最初のころもそうだった。
それもあって、俺はカイトとあの約束をした。

「ん。わかればいい。ところでカイト、何で泣いてたんだ?」
「…マスターに迷惑を…かけちゃった、から」
「うん、それで?」
「も、要ら…ないって、言われたら……どうしッ…よ、て」
「ん。」
「でも、ますた、と…一緒に、居たいっ…から!」

止まっていた涙が再び流れ出した。
カイトの気持ちが聞きたいから、話を遮ることはしない。わかってても、きちんとカイトの口から聞くようにしている。が…

「あーもう可愛いな!俺もカイトと一緒に居たいっ!」
「ふぇ!」

こうして衝動にまかせることもある。ぎゅうっと抱き締めるとカイトから声があがる。

「ま、ますたぁ?」

やっとネガティブから帰ってきたようだ。いつの間にか涙も止まっている。

「あ、の……ますた、苦し」「あ、ごめん!」

抱き締める力を緩めてやる。
「なぁ、カイト。後で一緒にアイス食べような」
「え?じゃあ、マスターさっき」
「スーパーに材料買いに行ってたんだよ。だから、怒ってない」
「材料?まさか、手作りですか?」
「あ、驚かせようと思ったのに!……嫌か?」
「そんなことないです!嬉しいです」

泣き腫らした顔をさらに赤くしてぎゅぅっと抱きついてきた。

「ありがとうございます、マスター」

お前はどこまで俺を煽れば気が済むんだっ!理性を総動員させて押し倒すのは我慢した。よく耐えた!俺!!
それから二人でアイスを食べたんだが…カイトが幸せそうに食べるもんだから、俺は今度からなるべく手作りしようと決めた。






ごめんなさいの気持ちを込めて



(カイト…なんだかアイスの減りが早い気がするんだが)
(だってマスターのアイス美味しいんです!)
((あぁああああぁぁぁあ可愛い!!))


END

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