アイス
□だから私は
1ページ/1ページ
だから私は
「「メイコ姉ー!!」」
幼い声に呼ばれ振り返ると、先週我が家にやって来た双子がいた。
「ねぇー、今日のおやつはー?」
「何何ー?」
姉の鏡音リンと弟の鏡音レン。
中学生くらいなのに、二人が本気を出せば入れ替わりも容易いくらいにそっくりだ。さすが双子。
二人とも初対面の時から元気いっぱいで、我が家に太陽が来たみたいだと思った。
「今日はカイトが作るらしいわよ」
「ホント?!」
「やったぁ!!」
カイト兄の手作りお菓子ー、とお花を飛ばしながらカイトがいるであろうキッチンへたたたっと走っていく。
「元気だねー。ミクはもうへとへとなのに……」
「お疲れ様、ミク」
元気いっぱいな子供が二人もいるのだ。遊ぶにしても一人で相手をするのは些か骨が折れる。
「さ、カイトがおやつを用意してるはずよ。私達も行きましょ」
*****
「わわっ!危ないよっ」
キッチンでは、マフラーを後ろでリボン結びにしたカイトがリンレンに苦戦しながらホットケーキを焼いていた。
カイトの腰より少し高いくらいの身長なので、身動きは取りづらそうだ。
「ほら、もうすぐ出来るから待ってて」
「「は〜い!」」
大人しくテーブルへ向かった双子にほっとしたカイトがようやくこちらに気付いた。
「あ、めーちゃんにミク。もうすぐ出来るから待ってて」
「ありがと。双子のは持ってくわよ」
「ありがとう」
ぽややんとした笑顔を浮かべるカイトに、自然と微笑む。
ミクと一緒にテーブルにホットケーキを運ぶと、少ししてカイトもエプロンをはずしながら席に着いた。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
我が家では、マスターが作った最低限のルールを守ることになっている。
私が一番最初にここに来たけれど、ルールが出来たのはミクが来てカイトが来てからだった。
カイトはマスターのお友達から譲り受けたボーカロイドで、最初こそ哀しそうではあったが、そのお友達さんもちょくちょくここに来るので笑顔が戻ってくるのは早かった。
マスターも、カイトを気遣ってこのルールを作った。
『挨拶をする』とか
『早寝早起きをする』とか
『お小遣いの無駄遣いをしない』など。
ちょっとしたことではあるけれど、おかげで我が家には笑顔が溢れている。
たまに喧嘩をすることもあるが、すぐに仲直りをするので最後には笑い話だ。
「「おいしい〜!!」」
「リン、カイト兄のお菓子大好き!」
「俺も!」
「ありがとう」
カイトがにっこりと微笑むと、ミクも競うように声を上げた。
「ミクも!ミクもお兄ちゃんのお菓子好きだよ!」
「ありがとう、ミク」
カイトのとなりに座っていたミクはカイトに頭を撫でて貰えてご満悦だ。
もちろんそれをリンとレンが見逃すはずもない。
「リンも!リンも撫でて!」
「ずるいぞ、リン!カイト兄、俺も!」
「わわ、順番ね。ほら、お皿があるから暴れないで……」
「ほら、あんた達。遊ぶのは食べ終わってからにしなさい」
「「は〜い」」
大人しくなった二人にふわりと微笑むカイトの皿にはまだホットケーキが残っている。
「あんたもさっさと食べなさいよ」
そう促して皿を持ってキッチンに向かうとき、「早いよめーちゃん」というつぶやきが聞こえた。
*****
「あら、寝ちゃったの?」
我が家ではお昼寝の習慣はないけれど、リンとレンが来てからはミクも一緒になってお昼寝をすることが増えた。
たまに私がみることもあるが、大抵はカイトが子守歌を歌いながらみている。
よほど安心するのか、三人の寝顔はとても幸せそうだ。
「うん。はしゃいでたから疲れたみたい」
優しく微笑みながらリンとレンの髪を撫でる。レンが髪を解いているせいで一瞬リンとの見分けがつかなかった。いや、服でわかるのだけれども。
「あの、めーちゃんも撫でようか?」
「は?」
「いや、すっごい見てるから」
どうやら撫でられているのを羨ましがっているように見えたらしい。そんな年でもないのだけれど……。
「なんなら私が撫でてあげるわよ?」
「ほんとっ?」
冗談で言ったのに予想外の喜びよう。たぶん尻尾があったらものすごくパタパタしていることだろう。
まったく。これで長男だとか言われているのだからビックリだ。もしかしたらレンと同じレベルかもしれない。
「♪〜♪〜」
「ご機嫌ね」
「だってめーちゃんに撫でてもらうの久しぶりだよ」
「そうだったかしら」
「「ねぇねぇ」」
「「?!」」
「メイコ姉とカイト兄って仲良いねぇ」
「あんた達」
「起きてたの?!」
「あれ〜?リンちゃんレン君知らないの?二人は付き合ってるんだよ?」
「ミクまで!?」
何の拍子か、目が覚めたリンとレンに続きミクまで起きる始末。
私は別に構わないんだけれど、カイトは人前でさっきみたいな空気になるのを嫌がる。本人曰く恥ずかしいらしいが、私に言わせればそのぽややんとしたところを直してから言ってほしい。
「「ホントに!?」」
「えぇ」
「それですっごく仲良かったんだね!」
「カイト兄いつもメイコ姉見てるもんね!」
「〜〜〜ッ!」
「わぁ、お兄ちゃん真っ赤ぁ」
バッと立ち上がったカイトがドアに向かう。
「カイトー、お醤油切らしてたからよろしく」
「もう!」
買い物に行くとふんで頼み事をしたらさらに怒って出ていった。
「メイコ姉、いいの?」
「何が?」
「カイト兄怒っちゃったよ?」
「あぁ、まあ、時々あるし問題ないわよ?お醤油も頼んだし」
「カイト兄お買いものに行ったの?」
「えぇ。良くできた恋人でしょう?」
リンとレンにそれぞれ解答してくすくす笑った。
怒っていてもちゃーんと私達のこと考えているんだもの。そんな時くらい、多少我が侭になったって怒らないのに。
*****
「ただいまー」
「おかえり。お醤油は?」
「ちゃんと買ってきたよ。もう、俺怒ってたのに……」
「だってお買いものに行くつもりだったでしょう?」
「そうだけど……」
子供のように拗ねたカイトに悪かったわ、と微笑んだ。
すると、しばし固まったカイトの顔が紅く染まった。
「めーちゃんには敵わないや」
苦笑しながら、買ってきた食材を冷蔵庫になおす。
あんたが私に勝とうなんてまだまだ早いわよ。
「そうそう、リンとレンが心配してたわよ」
「ほんとに?悪いことしちゃったなぁ。今日の晩ごはんは腕によりをかけて作らなくちゃ」
そういえばリンとレンが来てから初めて怒ったんだね。
カイトが今日までを思い出しながら呟いた。
「まぁ、あんたが怒ること自体珍しいわね」
「うー……俺だって怒るんだからね」
「はいはい。ちなみにどんな時に?」
「ふぇ?えーと、えっと」
「ほら見なさい」
「いきなり言われたって困るよ」
「そんなんじゃ別れることになるかもよ?」
からかうように言うと、カイトの表情が変わった。
普段の温厚な性格からは想像できないような真面目な顔だ。
目がすぅっと細められ、口が開いた。
「メイコは、俺が嫌い?」
「ちょっと……冗談に決まってるでしょう?からかっただけよ」
「冗談でも、そんなこと言ってほしくないよ。俺はメイコが好きだ。愛してる。メイコは?」
「――ッ!……言わなくても、わかるでしょ」
「メイコ」
思わず目を逸らした。
何なの?いきなりどうしたって言うのよ。
そっと頬に添えられた手にビクッと肩が揺れる。
「…………」
「――ッ!……好きよ。さっきは……ごめんなさい」
「ん。俺も好きだよ、めーちゃん」
ふわりと微笑むカイトはいつも通りのカイトだった。
「俺も……さっきはごめんね?」
「いいわよ。でも」
「?」
キョトンとした顔からはもうさっきのような鋭さは感じられない。
「あんたがそうやって、ぽや〜っとしてるから……」
「うん?何?」
「何でもないわ」
あんたがただ純粋に笑うから
だから私は
安心して私でいられるのよね
END