アイス

□わがまま
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「カイト」
「はい」
「……お前、勝手にフォルダ弄っただろ」
「…………」
「何目逸らしてんだ」




わがまま




仕事に出掛けたマスターを見送って、午前中の家事を終わらせアイスを食べる。マスターがアイスを作ってくれるのは日曜日だけだから、毎日少しずつ食べている。
ふと窓に目を向ければ、澄んだ青空が広がっていた。

『お前の青って……空みたいだな。……綺麗だ』

僕がこの家に来て数日。マスターがずぅーっと僕を見るので、何かしてしまったのかと不安になって訊いてみると、返ってきた答えはそれだった。マスターは何の気なしに言ったのかもしれないが、僕はすごく嬉しかった。

「マスター、早く帰ってこないかな」

途端に寂しくなって、僕はパソコンをいじりだした。歌の練習をすれば、マスターも喜んでくれるし時間が経つのもあっという間だろう。

「あれ?」

見覚えのないフォルダが目に入った。クリックするか悩んで、でも曲のフォルダに入ってるから新曲かな。
マスターはDTMが出来ないから僕に歌をくれることはそうそうない。いつもカバーだ。だからといって不満があるわけではないけれど。
やっぱりマスターが僕に作ってくれた歌を歌うのは楽しい。カバーですら必死に調教してくれるのに、それを短いとはいえオリジナルなんて。
僕は誘惑に負けてフォルダをクリックした。

「♪〜♪〜♪」

聞いたことのない曲。
まだ歌詞を知らないけれど、きっと大切な人へ向けた曲だ。
ふと、とても哀しくなった。
マスターだって、いい大人だ。好きな人を見つけて、一緒に過ごして、結婚だってするだろう。僕が知らないだけで、彼女だっているのかもしれない。

これは、この曲は。
僕には歌えない。
そもそも歌わせてもらえないだろうけれど。
たとえ与えられても、僕は歌わない。
マスターの、想い人への歌なんて。
僕はボーカロイドなのに。
マスターの特別でありたいだなんて………。

だんだん悲しくなってきて、それ以上考えるのをやめた。
誤魔化すように他の歌を練習したりお夕飯の買い物に行ったりして、気づけばもうすぐマスターが帰ってくる時間だった。

「ただいまー」
「おかえりなさい、マスター」

フォルダを勝手に見たことはマスターに知られてはいけない。そう思って隠しとおすことにしたのに…………

「カイト」
「はい」
「お前、勝手にフォルダ弄っただろ」
「…………」
「何目逸らしてんだ」

パソコンを弄りだしたマスターに即行でバレた。
しかもうっかり目を逸らしてしまい、これでは白状したも同然だった。

「…………はぁ」

びくっと体が震えた。どうしよう……マスターに嫌われた。今までマスターに内緒で勝手なことなんてしたことなかったのに……どうして。
後悔してももう遅い。
最悪アンインストールかもしれない。マスターと初めて会ってから、すごく幸せだったのに。自分でそれを、壊してしまうなんて……

「カイト」
「ッ!……はい」
「俺は別に怒ってないぞ?」
「え?」

顔をあげれば、マスターは困ったように笑っていた。

「せっかく驚かせようとして内緒で作ってたのに……完成する前にバレちゃったな」

そう言って僕の頭を撫でるマスターは、本当に怒ってはいなくて、いつも通りの優しい僕のマスターだった。

「かぁ〜〜ッ!なんか恥ずかしかったから内緒にしてたのに……」

恥ずかしい……
やっぱり、彼女さんに宛てた曲なんだ。
いつも通りのマスターに嬉しくなって笑っていたのに、うつむいてしまった。

「カイト?」
「…………何でしょう」
「どうした?調子悪いのか?」
「あの曲………」
「ん?ああ、ちょっと……いやかなり遅くなったけど、お祝いにな」
「……おめでとうございます」

せめて祝ってあげたくて、笑顔を貼り付けてそう言うと、マスターはきょとんとした。

「は?……カイト、まさか勘違いしてないか?」
「え?」

勘違い?なんだろう……

「明後日、カイトが家に来て一年だ」
「……え?」
「だから、家に来たとき、歌わせてあげられなかっただろ?俺はオリジナルなんかなかなか作れないから、一年後ならまあまあな仕上がりになるんじゃないかって思ってたんだよ」

つまり、あの曲は――

「お前宛の、お前だけの歌だ」
「――ッ!!」

どうしよう
すごく……すごく嬉しい
マスターが、俺のために……

「あ、ありがとう、ございます……ッ!」

嬉しすぎて涙が零れた。
その涙を拭ってマスターが僕を抱きしめた。

「俺のところに来てくれて、ありがとう、カイト」
「ま、すた……ッ!ぅ、僕を、選んで、くださって……あり、がと、ございますっ」

泣き止まない僕につられてマスターも泣いた。
マスターが泣くなんて珍しいな、なんて思っていたら僕の涙は止まっていた。





「さて、明日から歌ってみるか」
「はい!……あ、マスター歌詞は……?」
「……これ」
「…………」
「何か言えよ」
「…………えと、なんか……恥ずかしぃ、です」
「うん……自覚はある」
「あるんですか」
「そんだけお前が好きだってことだ」
「〜〜ッ!」
「おわっ。どうしたんだよ、いきなり抱きついて」
「別に……」

(できれば面と向かって言ってほしいなんて)



わがままじゃないんですからね


END

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