アイス

□その歌声が
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その歌声が




『歌姫を空中舞台へ連れていくのが解放の条件だと?ふざけるな!』

『つまり、自由と引き換えに案内しろって事ね…。いいわよ』

『私がですか?はい、がんばりますね』

『俺みたいな若輩者が歌姫の護衛だなんて本当に良いんですか?』

『レンが行くならついていくんだから。だって私はレンの守護精霊だもん』

『分かっていますわ』





『…ちょっと困ったことになりそうだな。しかたないな』









「んー……」

カーテンを閉めているため、暗い室内に朝日がほんの少しだけ射し込む。うっすら目を開けて認識したその光景に何故だかとても安心して、カイトは再びまどろみの中へと目を閉じた。

「カイトさん、レンさん、そろそろ起きてください」

けれども眠りにつく前に室内に響き渡った声に起こされてしまった。
部屋へ入りカーテンを開けていくルカは、長い髪を緩く赤いリボンでまとめていた。彼女が開いたカーテンも、リボンでまとめられ朝日が窓一面から射し込んできた。これではカイトに眠るという選択肢はないだろう、すがすがしい朝だった。レンはまだ眠っている。日頃しっかりしている分、眠っているときは子供のように安心しきっている。

「おはよう。もう皆起きてるの?」
「おはようございます。まだわたくしとメイコさんだけですわ。起こしてきますから、朝食をお願いします」
「ん。わかった」

昨夜、辿り着いた街で宿屋を訪ねると空いている部屋はわずかだった。他の宿屋もそんな状態だった為、仕方なくグループ分けをして泊まったのだ。メイコとルカ、ミクとリン、カイトとレンで別れたのだが、リンが納得するまでに時間がかかった。

『リンはレンの守護精霊なのよ!』

そう言って別室になるのを拒んだが、レンの30分に及ぶ説得の末なんとかおさまった。
それもあってか、レンはベッドに入るなりすぐに寝息をたてていた。そのため、カイトがこっそり部屋を出たことには全く気づかなかったのだった。

「さぁ、レンさんも起きてください」
「んー……?」
「朝ですわ」
「朝?……あ、おはようございます」
「おはようございます。支度をして降りてきてくださいね」
「はぁい」

まだ寝ぼけているのか間延びした声をだしながら目をさすっている。
ルカが部屋を出るのに続き、カイトも朝食の用意をすべく部屋を出た。
何故そんなことになったかといえばメイコが宿代をまけるよう交渉したからだ。主人もいい人だったがなかなか難しい顔をしていた。だが、朝食をこちらで作って振る舞うからとメイコが食い下がると、材料はあるものを使ってくれと主人は苦笑しながら承諾してくれた。もちろんメイコはその後カイトに押し付けたわけだが、メンバーの中で一番料理が好きで上手いのはカイトなので特に問題はなかった。

「♪〜♪〜♪」

鼻歌まじりに朝食を用意していくカイトを見て宿の主人は少々驚いた顔をした。
が、その手際のよさと楽しそうな様子に、自然と笑みを溢した。後から奥さんも入ってくると、三人で他愛もない話を始めた。奥さんはいつも料理を作っている為、こうして人が料理をするのを見るのは久しぶりだと笑った。

「こんなに美味しそうに作れるなんて……私にも教えてちょうだい」
「俺の作り方でよろしければ」
「ありがとう。ねぇあなた、これメニューに入れましょうよ」
「んー……こう言ってるんだがあんたは構わないかい?」
「ええ」

そこまで話して奥さんにレシピを教えていると、メイコが入ってきた。

「何か手伝うことはあるかしら?」
「もうできてるから、あとは運ぶだけだよ」

次第に騒がしくなっていく外を覗いてみると、既に全員がテーブルでいまかいまかと待っていた。

「じゃあ、これ持ってくわよ。ルカ、手伝ってちょうだい」
「はい、すぐに」




「「「いただきまーす!!」」」

もともと、宿泊客は食事の時間が決まっているようで、今日も全員が揃って手をあわせることとなった。この街では珍しい宿屋みたいだが、これもまたいいだろうと皆で笑いあった。







「で、様子は?」
『問題なし。しばらくは困らないだろ』
「そっちは?」
「相変わらずだよ。帯人が一番危ない」
『一刻も早く……くそっ』
「仕方がないことだ。だからこそ、俺たちでなんとかするしかない」
『わかってるよ……』
「そうそう、恋人(コイト)から伝言」
「伝言?」
「無理はしないでって」
『……そっか』
「……そうも言ってられないけどな」
『そんじゃ、そろそろ行くとするか」
「そうだな。そろそろ時間だろ』
「じゃ、僕もこのへんで」







「カイトさん」

呼ばれて振り返ったカイトは、泣いているリンを見て驚いた。

「どうしたの?!」
「レンが……」
「レン君が?」
「レンのばかーー!!!」

そのままわんわん泣き出してしまったリンを撫でながら、カイトは近くのソファに誘導した。幸い、リンが声をかけたのは一階のフロアだったので待合室のような場所があった。
やがて落ち着いてきたのか、泣き声も小さくなってきた。

「落ち着いた?」
「…………うん」
「どうしたの?」
「レンとケンカしたの」

いつも一緒で仲良くしているのにケンカをするなんて珍しい、とカイトは驚く。
この旅をするにあたって、いくつか決まり事を作ったことがあった。
空中舞台なんて、その実、場所を知っているのはごく限られた者だけだ。その案内役を買って出たメイコによればやはり、そう簡単な道程ではないらしい。
そこで、少なくともしばらくは共に過ごすのだから、簡単にルールを設けようと提案したのはルカだった。
歌姫のよき相談相手である彼女は、頭の回転が早く、優秀な召喚士として有名だった。顔はあまり知られていないようで、様々な街に寄ってきたが人々には身分はバレていない。
さて、そのルカに続きミクもルールは必要だと賛成した。普段おっとりしている分、こうした話し合いではっきり意見を述べる彼女も珍しく、反対意見は出なかった。
話を戻すと、そのルールの中には「喧嘩はしないこと」とあったのだ。ルールを破ったからといってとくに罰もない。ただ、共通の認識として定めただけである。かといって、優しく面倒見のよいカイトが放っておくはずもなく、リンの話を真摯に聞いている。
要約すると、朝食の後必要なものを調達に行ったルカとミクの護衛としてついて行ったレンに、「リンも好きなものを見てきたら?」と言われたらしい。
レンはいつも自分と一緒だからたまには、という気遣いからそんなことを言ったのだろう。だが、リンには「ついてくるな」という風に聞こえたようだ。レンが歌姫であるミクを護ることを己の最優先事項としているように、リンはレンを護ることを自分の存在意義としている。そんな彼女には、レンに振り回されているなどという感覚は皆無なのだ。

「リンは……ッ!レン、の……守護精霊っなのに……ッ!」
「大丈夫。レンだってわかってるよ。きっとレンは」
「リン!!」

走ってきたのか、息が乱れてるレンはリンに袋を差し出した。掌に収まる、小さな淡いピンクの布袋。

「さっきは…………ゴメン」
「レン……」

袋を開いたリンは驚いた顔をして、少し頬を赤く染め、「ありがとう」とふわりと笑った。







『あー!ニガイト!それはッ!』
『ふぇ?……!!かっ辛いーーっ!!』
『あーもう、ほら水飲め』
『ニガイトどうしたの?』
『カイコか。間違えて俺のハバネロ食ったんだよ』
『ええ?!大変!どうしよう!』
『落ち着け。水飲んでるし『恋人っニガイトが!』
『どしたのー?』
『…………聞けよ』
『え!大変!ママー!』
『ママー!』
『アカイト……アンタまたカイコを泣かせたわね』
『はぁ?!俺じゃねぇしカイコも泣いてな』
『カイコちゃん、大丈夫?』
『ニガイトが……ニガイトが』
『覚悟はいいわよねぇ』
『ちょっ!ストップストップ!ぐあっ』









「さて、そろそろ出発よ」

昼食を済ませ、皆で宿屋の夫婦に挨拶するとメイコが先頭に立った。

「この街を出れば敵も増えてくるわ。しかも強い」
「事前にある程度調べてはありますけど、やはり心配ですわね」
「リン、力貸してくれるよな」
「もちろん!」
「ミクは安全なところに隠れること。カイトも何とかしなさいよ」
「ええ?!俺に出来ることなんて」
「なかったわね……」

戦闘になった場合、第一は歌姫を守ること。その次が敵を倒すことだ。メイコ、ルカにリン、レンは戦闘能力を備えているが、カイトはおっとりとしている見た目通り、戦闘能力を有していなかった。今まではそこまで危機的状況には陥らなかったが、これから先はわからない。いわば足手まといは困るのだが、上からの命令により同行しているカイトをメンバーから外すことは出来なかった。

「最低限、歌姫を守ること」
「はい」
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