灰色の空

□わかっていても
1ページ/2ページ

頑張れば、努力を続けていれば、きっとそれらがちゃんと返ってくるものだと信じていた。
返ってくるものが少ないと感じたなら、それは努力が足りなかったんだと精一杯のさらに上を目指していた。

でも、世界はそんな簡単なものじゃなかった。






      わかっていても






天才。
彼らを見て、どうにもできないことがあると知った。
生まれ持った才能に、後付けの努力はどんなに足掻いても近づくことすらできないのだと思い知った。
あんなにも楽しかったバスケが、今では自分の才能のなさを思い知らせ僕を苦しませるだけのものとなっていた。

特に何かできたわけじゃない。勉強が得意とか、運動神経がとびきりよかったわけでもない。
でも、小さいころからお父さんとやっていたボール遊びが大好きだった。休日にはいつもより遅くまで寝ているお父さんを起こして、お母さんも一緒に公園へ遊びに行った。キャッチボールだったり、球蹴りだったり、やるのはいつもまちまちだったけどとても楽しかった。あっという間にお昼になって、いったんお昼ご飯を食べに家に帰って、それからまた、今度は少し遠い公園まで遊びに行った。その時はお母さんはお家でお留守番で、夕方になるとお父さんが「母さんが待ってるからそろそろ帰ろう」と言ってちょっぴり名残惜しくもお母さんが待つ家に二人で手を繋いで帰った。
小学校でバスケをやるようになって、毎日が一層楽しくなっていった。こんなに楽しいスポーツがあるのかとあっという間に虜になった。
周りにもそこそこ強いやつはいて、お互い負けたくなくていつも競っていた。それでも、いつだったかどちらからともなく声をかけ、バスケが好きだとさんざん盛り上がったあと、僕とそいつはライバルであり友達になった。中学校は離れてしまうことがわかっていたから僕らはうんと遊ん。バスケだけでなく一緒に宿題をやったりお互いの家に遊びに行って、気づけばお母さんたちも仲良くなっていた。
そんな頃から、バスケをするときにはクラスの女の子も何人か混ぜてほしいと一緒に遊ぶことが多くなった。足の速い子、腕の力が強い子、頭の回転がいい子、いろんなタイプがいてさらにバスケが楽しくなった。
卒業して離れてしまうまで、みんなとのバスケが楽しかった。

中学に上がって、みんなとは離れてしまったけどそれでも楽しかったバスケは続けようとバスケ部に入った。
先輩たちを見て、こんなにも違うものになるのかという驚き、僕もあそこまで行きたいと思うようになった。
そして、見つけてしまった。




練習しても、確かに成長しているのにそれを成長とは思えなくなった。
自分なりに、頑張ればいいじゃないかと言い聞かせても、どこかで黒い感情がそれを受け入れてくれなかった。
そんなものに負けてしまいそうな自分が情けなくて悔しくて、それでも、誰かに聞いてほしいと思ってもそれを形にはできなかった。
そんな中、同じバスケ部の灰崎が喧嘩で問題を起こしていると耳にした。学校内外問わず何かと問題を起こしていると先生たちも頭を抱えているらしい。クラスメイトに聞いた話では、灰崎の才能を妬んだやつも喧嘩を仕掛け、返り討ちにあったという。そう、灰崎も天才の一人。他人の技を、自分のものにできる。先輩の中にも、灰崎に技をとられ恨んでいるものがいた。本人に直接言うことはなく、練習が終わった後や、部室に向かう途中の廊下で、いたるところでキセキの世代に対する陰口が飛び交っていた。それも、大事にはならないように一つ二つ会話の中に混ざっているだけ。だから、喧嘩の問題も知っているものだけがハッキリとした原因がわかっている。僕が知っている側なのはなんとなしに情報を集めたからだ。何かをしようとしたわけじゃあない。ただ、ちょっと気になったから。自分が、どこにいるのか。
集めてみればなんてことはない。僕は恨んでいる側にいた。
否定はできない。だってあんなに楽しかったバスケが、彼らにあったことで面白くなくなっていたから。綺麗ごとを並べるなら、彼らにだけ責任を押し付けるのは筋違いだろうが、それでも。それでも、何かの、誰かのせいにしなくては気が済まなかった。駄目だな、こうやって人間って駄目になっていくんだななんて、ガキの頭でそんなことを思った。

今日もまたそんな思考に苛まれながら帰路につく。つこうとしたところでふと、一人になりたいと思った。今日は珍しく予定よりも早く練習が終わった。いつもより遅くなっては心配されるかもしれないがこの時間ならどこかで物思いにふけってから帰っても問題ないだろう。家に帰ろうとしていた踵を返し僕は人気のない寂れた公園に向かった。

小さい頃、何度か来たことのあったそこはあの頃と何も変わっていなかった。公園なのに誰もいない。遊具はあるのにそれで遊ぶ子供の姿はない。まるでこの場所を守っているかのような、大きな桜の木もあの時のままだ。時間が止まっているような、世界から切り離されているような。あ、こういうのは中二病なんていうんだったろうか。けれど思わずにはいられなかった。このまま、この場所のように時が止まってしまえばいいのに。あの頃に戻れたらいいのにと。
このまま進んでいったところで、今以上に挫折や苦しみを味わっていくのなら……いっそ――

「君は、たしか同じバスケ部だったよね?」
「え?」

突然後ろから声をかけられて僕は驚きのあまり動けなかった。だって誰もいない……ああそうか、だから入口に立っていた僕の後ろから声がしたんだ。ってそうじゃない、いったい誰が……

「あ、かし?」

そこに立っていたのはあのキセキの世代をまとめ上げている、赤司征十郎だった。
およそ似つかわしくないだろうこんな、しかも公園になぜ?

「何か思いつめたような顔をしていたが、大丈夫か?」
「あ、うん。えと、」

混乱したままの頭ではそれだけ返すのが精一杯だった。

「おい、何やってんだよ」
「祥吾。早かったな」
「今日は特に何もなかったからな」
「とりあえず、中に……そういえば君もここに用事があるのかい?」
「え?あ……いや」
「ん?お前たしか」
「ああ、お前が技を奪った部員だな」

あれ?
技を奪った相手を覚えてる?
だって集めた情報では灰崎は技を奪った相手なんか覚えてないしもちろん謝罪もあったものじゃない、返してくれるわけもなくてそれも喧嘩を仕掛けられる原因の一つだって……

「じゃあ場所変えたほうがいいんじゃねーの?」
「いや……彼は大丈夫だろう。時間はあるか?千羽君」
「え?なんで名前」
「同じバスケ部なんだ、当然だろう」

そのまま桜のそばのベンチへ誘導された。赤司と僕はベンチに座り、灰崎が桜の木にもたれかかったところで話が始まる。

「さて、じゃあ今回は」
「ちょ、ちょっと待って」
「んだよ」

いや始まってもらっては困る。灰崎はただでさえ柄悪く見えるのにそんな不機嫌さを露わにしないでほしい正直怖い。

「いや、僕関係ないんじゃ……なんの話をするんだよ」
「お前さ、バスケ好き?」
「ぁ…………」

関わらないほうがいいんじゃないかと逃げ道を探したところで灰崎に訊かれたその質問に、僕は即答できない。
バスケは好きだった。だった。じゃあ、今は?

「俺に技とられたからもう嫌いか?」
「……ううん、そんなこと……ない。今でも、好きだけど」
「けど?」

赤司に続きを促される。

「好きだけど、胸張って……好きだとは、言えない」
「そうか」

灰崎はそこから少し考えるようにして赤司に話しかけた。

「たしかにこいつなら大丈夫だろうな。相変わらずお前の目にゃ敵わねえ」
「そうでもないだろう。さて、千羽君。俺たちはこれからお喋りするわけなんだが君はそれに参加しても問題はないと判断した。どうする?」
「ど、どうするって……というか赤司と灰崎って知り合いだったのか?」

いや、同じ部活なんだから知り合いだったのかという問いはおかしいが部活でこの二人が話しているところを見たことがなかった。ほかのキセキたちと赤司が話しているのは知っているし灰崎もまた然りだ。

「知り合いっていうか」
「そうだな、なんというか」

「「仲良しだ」」

一方はニヤリと、もう一方はクスリと笑いながら答えた。
なんだろう、何かとんでもないことに巻き込まれてしまった気がする。

「あ、そういやお前名前なんて言うんだよ。俺苗字しか知らねーんだ」
「せ、千羽彰人」
「アキトか。アキト、俺らはなここでちょっとした愚痴と会議をしてんだよ」
「愚痴と……会議?」

いきなりの名前呼びにびっくりしたもののそのあとの単語に顔をしかめた。
赤司が愚痴るとは思えなかったし会議というならなぜ灰崎なのだろう?聞いた限り見た限り、こんなところでそんなことをするとは到底思えない。

「千羽君は、どうしてここに来たんだい?」
「……」
「別にとって食おうだとか巻き込もうなんて思ってねーから安心しろよ。ちょっと他の意見も聞いてみたかっただけだからよ」
「他の意見……?」

いいんだろうか。このまま、ここにいても。
二人を見る。そして、遅いながらも気づいた。二人とも、部活で見るような学校で見るような赤司征十郎と灰崎祥吾ではなかった。なんだろう、何か違う。危険な雰囲気なぞ微塵も感じられなかった。いいか、何かあったとしても今の僕なら大したダメージもないだろう。

「時間は、あるよ。ただ、いつも帰るくらいの時間には家に帰ろうと思ってるけど」
「上出来だ。んじゃ、始めようぜ」

そういって灰崎は少し嬉しそうに笑った。始めてみた灰崎のそんな様子に、こんな顔もできるんだなと思いながら話をふられた赤司を見ると、こちらも年相応に微笑んでいた。
このわずかな時間の間に二人の印象がだいぶ変わってしまった気分である。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ