灰色の空

□騒がしい
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「宮地ーっ!みーやーじーっ!!」
「宮地さん宮地さん!!」
「うるせえ轢くぞ!!!」






       騒がしい





やたらと付きまとってくる葉山にうんざりしていた俺だが、ある日スーパーでさらに面倒な出会いをしてしまった。その日はまあ、普通に食材を調達すべく買い物に来ていたわけだが普段知り合いに会うことはない。もちろん葉山も含め部員たちにも会うことはなかったのだが、その日俺は知り合い……ではなかったんだが向こうは俺を知っていたらしく声をかけられた。

「あの、秀徳の宮地さんですよね?」
「ん?……お前は?」
「あ、俺灰崎って言います。緑間と同中だった」

緑間に以前少しだけ聞いたことのあった灰崎は、話に聞いたような不良だの性格が悪いだのという印象はなく銀色のふわふわとした髪でピアスはしているもののなかなか好印象な少年だった。俺より低いと言えど高身長なのに纏う雰囲気はお花が飛んでいても違和感がないくらいだった。

「お前が灰崎か。なんか話に聞いてたのとは違うな」
「まあ、あいつらとはいろいろありましたから……」

その時に見えたどことなく哀しそうな表情は、第一印象に似合わないもので俺には何があったかなんて想像もつかなかったがそれでも緑間たちとこいつの間には誤解が生じているんだろうという察しがついた。

「で?お前なんで俺を知ってたんだ?」
「え?あー、試合とかで見たので」
「声をかけたのは?」
「なんとなくです」

俺はこっからどうすればいいんだ?特に話題もないのになんとなくでしかも知り合いと断言できない相手に話しかけるとか……
これが高尾とか緑間ならイラッとするところだが灰崎はちゃんと敬語も使っているしもう少し話してみるのもいいかもしれない。特に話題も思いつかなかった俺はとりあえず灰崎のカゴの中身で話を振ってみた。

「お前料理できるのか?」
「はい。宮地さんも、こうして買い物してるってことはできるんですか?」
「おう」
「あ、よかったら今日うちに来ませんか?ご馳走しますよ」

もっと話してみたいという灰崎だったが、いきなり人の家にお邪魔するのもと妙な遠慮の仕方をした俺はこちらの家に来ないかと提案してみた。いいんですか?と灰崎も遠慮したがいっそ一緒に晩飯作るか、だとかだったら食材は何が必要かだとか気付けばついさっき知り合ったばかりだとは思えないくらいに親しくなった。少し喋っただけでこれはどうかと思わなくもなかったが話に聞いたほど悪いやつではなかったのだし別にいいだろ、と後で待ち合わせをすることにして家に帰った。せっかく買った食材がダメになっては困るからな。


「お邪魔しまーす」

先程分担して買った食材を保冷バッグに、泊るのに必要なものをかばんに詰めた灰崎と合流して十数分。俺の住むマンションに着いてさっそくお茶を淹れた。今日は休日だからと早めに買い物に行っていたのでまだ夕方。晩飯を作るには少し早かったので、お茶を飲みつつ話をしようというわけだ。

「いただきます」

ここでも礼儀正しい灰崎は、本当は別人なんじゃないかと思うくらいでけれども礼儀正しいからと嫌な気持ちになったりはしないのでさりげなく聞いてみた。

「灰崎、お前話に聞いてたのとずいぶん違うがあいつらと離れてからなんかあったのか?」
「…………」

少しの沈黙。それから、照れくさそうに笑った灰崎はぽつりぽつりと話し始めた。

「主将が、とてもいい人で……俺なんかを見放さないでちゃんと向き合ってくれたんです。いろいろありましたけど、誤解もされっぱなしですけど、あの人は……福田総合の皆は、俺を見てくれましたから。だから、ちゃんとしようって……あの人たちのために」

恥ずかしいですけど、俺の自慢のチームメイトですからちょっとは話したくなるんです。そう言う灰崎は顔をほのかに赤らめて嬉しそうに笑った。

「……お前、実は不良じゃねえだろ」
「!なんで」
「そっから誤解されてるのか……まあ見えなくもないが」
「…………」
「いや!そう意味じゃなく!ああもうそんな顔すんな!」

目に見えて落ち込んだ灰崎に思わず慌てて弁解しようとするがそれすら許さず銀色の双眸に涙がうっすらと浮かび始める。ふわふわの髪がくしゃくしゃになるのも構わず頭を撫でると驚きはしたものの灰崎は嬉しそうに笑った。

「何をどうしたらそんなんで誤解されるんだよ」
「いろいろあったんです」

困ったように笑う灰崎はそれ以上話そうとはしない。俺も聞こうとはしなかった。
と、そこへ来訪者を報せるインターホンが鳴った。

「何だ?宅急便か?」

灰崎の頭をぽんぽん、と撫でてから玄関の扉を開けるとそこにいたのはキラキラした目で家主が出てくるのを待っている葉山だった。

「……帰れ」
「ええ?!宮地酷いよせっかく来たのに!」
「知るか轢くぞつかなんで家知ってんだよ」
「赤司に訊いたら教えてくれた!」

あの野郎何勝手に個人情報ばらまいてんだ。というかその情報もいったいどこから……

「お邪魔しまーすっ」
「あ、コラ待て!」

勝手に俺の傍をすり抜けて葉山が上がりこむ。こいつには礼儀はないのか焼いていいか?というか今灰崎が――

「…………」
「…………」

二人とも瞬きしながらお互いを見たまま何も言葉を発さない。

「えと」
「みやじどういうこと?!俺はダメなのにこいつはいいの?!ってか誰なの?!」
「落ち着け葉山刺すぞ」
「え?あの……」
「お前宮地のなんなの?!なんでお茶とか飲んでるの宮地は俺とバスケするの!!!」
「やかましい!」

葉山の頭をはたいて正座させる。互いに自己紹介させて葉山の面倒な誤解を解いたところで葉山も泊ると言い出した。灰崎を泊める以上葉山だけ帰すのも、と迷いはしたがこれは別に迷わずに今すぐ追い出しても俺は悪くないだろと思考が普通に戻ったところで。

「三人だともっと楽しそうですね!」

なんてにこーっとしながら言われたらこれはもう追い返すわけにもいかなくなる。なんだろう、灰崎ってすごく甘やかしくなるんだが本当になんで不良だなんて誤解を受けてるんだろうかはなはだ疑問だ。

「葉山」
「はいっ」
「泊ってけ」
「やった!!準備しといてよかった!」

ちょっと待てなんで準備してるんだおかしくないか?

「お前なんなんだよ轢かれたいのか?あ?」
「だ、だって宮地とバスケしたいんだもん」
「もん、じゃねんよ少しは灰崎を見習え」
「ふえ?!」

いきなり呼ばれた灰崎はびっくりしたようでキッと睨む葉山に怯えている。

「やめろ」

再び頭をはたくと痛っ!と悲鳴が上がるがそんなのはお構いなしだ。泊めることになったのだし一応茶くらい出すか、とキッチンへ向かう。さっき買ってきたクッキーを出し忘れていたのを思い出しそれも用意する。二人の元へ戻ると、さほど時間は経っていないはずなのに仲良くなっていた。

「あ!みやじ!!」
「宮地さん!!」

二人してそんなキラキラした目で俺を見るんじゃねぇ……なんなんだよ、俺に何を求めてんだよ。

晩飯の量が増えたが多めに買っておいた食材のおかげで特に問題はなさそうだ。ちなみにメニューは簡単なもののほうが早くできるしたくさん話もできるだろうということで親子丼になった。二人で作るほどではないだろうが、ほうれん草の胡麻和えだとかお吸い物もつけるので適当に分担して作ることにした。葉山も手伝うといってわめいていたが料理はできるのかときいたところ足手まといになりそうな予感しかしなかったので胡麻を擦らせた。
料理の間もあれやこれやと話していたが、話せば話すほど楽しくなるのでこれには俺もびっくりだった。バスケの話はもちろん、最近作った料理だとかおすすめの本だとか他愛もない話を、晩飯を食べ終わるまで話し続けた。

「なんかあっという間ですね」
「ねーっ灰崎が料理上手なんて意外だったよ。今度お菓子の作り方教えてー!」
「はい!宮地さんも一緒に作りましょう!」
「みやじも一緒!」
「わかったっつーの。何作るんだ?」
「えーっとねー……何がいいかな?」
「無難にクッキーとか?」
「あ!じゃあじゃあ猫とか動物の形のつくろーよ!」

あれよあれよという間にお菓子作りの約束もして、楽しい時間はホントに過ぎるのが早いなと片付けを済ませ風呂から上がってもなお話が尽きない。にこにこと花を飛ばしてる二人を微笑ましくも思った。普段こういうことがないだけに、頬が緩んでも仕方がないってもんだ。部活のときもまあ騒がしいけど、あれとは違うんだよなあ……



たまにはこんな風に騒がしいのも、いいもんだな。




「宮地宮地!今日一緒に寝よ!」
「あ、あの俺も……」
「……布団床に敷いて川の字でいいだろ」
「えーっ宮地真ん中だから川じゃないよ」
「うるせえ、ほら布団敷くから手伝え」
「そういえば布団あるんですか?」
「一応な。普段使わねーけど定期的に干してはある」
「宮地マメだねー」
「さっさと寝るぞ。明日バスケするんだろ?」
「うんっ!」「はいっ!」


END

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